【完結】婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜

井上 佳

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第27話 執着

アマーリエ王女が来国してから、三日が経った。
その間、彼女は様々な場で私に攻撃を仕掛けてきた。

廊下でに出会い、私の過去を掘り出す。
社交の場での体で、私の立場を貶める。

だが――私はすべて、冷静に対応していた。
それが、彼女をさらに追い詰めているのかもしれない。


その日の夕刻。

王宮では、アマーリエ王女の訪問を祝う晩餐が開かれた。
国王陛下、王妃陛下、王族たち、そして重臣と高位貴族が並ぶ。
私は、レオニスの隣に席を取っていた。

アマーリエ王女は――レオニスの反対側、つまり私から隔てて並んでいる。

「エレノアさん」

晩餐が始まってしばらくして、アマーリエ王女の声がこちらに飛んでくる。

「はい」

私は、穏やかに顔を向ける。

「元婚約者に婚約破棄されたそうですわね」

その言葉に、テーブル周りがざわめく。
まさか、このような場で――。

「はい」

私は、冷静に答える。
表情も変えない。
アマーリエ王女は、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「まあ、お気の毒に。よっぽど、あなたに魅力がなかったのですわね」

周囲の貴族たちが、息を呑む。

これは、明確な侮辱だ。

だが――私の表情は、一切変わらない。

「婚約破棄の理由は、元婚約者の不貞です」

私は、淡々と事実だけを述べる。

「ヴァルディス家は、正式な違約金も請求しました」

アマーリエ王女は、少し勢いを失うように表情が揺らぐ。
だが、すぐに取り直した。

「……それってだから、あなたに魅力がないから浮気されたってことでは?」

彼女は、勝ち誇ったように言う。
私は、そのまま微笑む。

「アマーリエ王女、事実は先ほどお伝えしたとおりです」
「……っ」

アマーリエ王女が、顔を真っ赤にする。

「アマーリエ王女」

レオニスの声が、割り込んだ。
低く、静かに。だが、その中には明確な冷たさがある。

「私の婚約者を侮辱するのは、おやめください」
「……レオニス」

アマーリエ王女が、レオニスに顔を向ける。
レオニスは――はっきりと、言う。

「エレノアは、誼よりも優秀で、美しく、誇り高い女性です」

その言葉に、テーブル周りの空気が変わる。

「それを理解できなかった男が、愚かだっただけです」

レオニスの語調は、穏やかだが揺るぎない。
周囲の貴族たちが、頷く。

「さすが、レオニス殿下」
「エレノア様は、何も悪くないのよね」
「ええ、とても優秀でいらっしゃるし」

アマーリエ王女の顔が、真っ赤になる。

「で、でも! でもですわ!」

彼女は、必死に食い下がる。

「私は、シュタインベルク王国の王女ですのよ! 王女! 何でも知っている王女!」

その主張に、テーブル周りは少し引いている。

「……王女だということは、皆存じ上げております」

私は、穏やかに答える。

「ですから、敬意を持って接しております」
「……」

アマーリエ王女は、私の冷静さに――さらにイライラする。

「むむむ……!」

彼女は、腕を組んで唇を噛む。
まるで、キャンキャン吠える子犬のように。

マルティナの言葉を思い出して口角が上がりそうになったので、扇で隠した。

私に何を言っても、傷つかない。

怒らない。

罵っても、冷静に事実だけを述べる。
それが――アマーリエ王女にとって、最もダメージを与える対応だった。


晩餐が続く中。
アマーリエ王女は、もう一度攻撃を仕掛けてくる。

「エレノアさん」
「はい」
「あなたの家は、女性が家を継ぐのですよね」
「はい」
「……それって、おかしくないですの? 男性が、家の当主になるべきでしょう」

アマーリエ王女は、勝ち誇るように言う。

「……アマーリエ王女」

私は、少し首を傾げる。

「我が国は、長子継承制です。ヴァルディス家に限ったことではございません」
「……長子、継承?」
「はい。男女の別なく、最初に生まれた子どもが家を継ぐ」

私は、冷静に説明する。

「これは、数百年の伝統です」
「……そ、そうですの……でも……」

アマーリエ王女は、言葉に詰まる。

「反対意見があれば、国に対して異議を唱えることになりますが」

私は、穏やかに続ける。

「それは、当然貴国との外交に影響を与えることもあるかもしれません」
「……っ」
「不勉強で済まされる話ではございません」

アマーリエ王女は、急に口を閉じる。
周囲の重臣たちが、隣国の王女を相手に毅然とした態度を取るエレノアに感心した表情を浮かべる。

「……さすが、エレノア様」
「冷静なものですね」

アマーリエ王女は――悔しそうに、唇を噛む。


晩餐が終わり、廊下へ出る途中。
アマーリエ王女が、私を追いかけてくる。

「エレノアさん!」

私は、振り返る。

「何ですか」
「……私、まだ諦めませんわよ」

アマーリエ王女は、腕を組んで言う。

「レオニス殿下は、私の婿になるべき人ですのよ!」
「……アマーリエ王女」

私は、穏やかに言う。

「レオニス殿下は、私と婚約しています」
「……そんなの、変えられますわよ!」
「……」
「私、王女ですのよ! シュタインベルク王国の王女! あなたに負けるなんて……」

アマーリエは、強張った笑みを浮かべる。

「……アマーリエ王女」

私は、少し近づいて。
静かに、優しく言う。

「……お疲れでしょう」
「……え?」
「長い旅で、お疲れのはず。今日は早めにお休みになってくださいね」

その言葉に、アマーリエ王女は――。
何も言えなくなったようだ。

私は、穏やかに一礼して、廊下を歩き続ける。


アマーリエ王女は、その場で立ち尽くしていた。

「……なぜ……」

彼女は、小さく呟く。

「なぜ、あの女は……私に優しいの……? 婚約者を奪おうという人間にーー」



その夜。
王宮の廊下を歩いていると、レオニスが待っていた。

「エレノア」
「レオニス」
「今日の晩餐、大丈夫だったか」
「ええ」

私は微笑む。

「アマーリエ王女のこと……」
「……あの王女」

私は少し考えて、正直に答える。

「……かわいそうだと思った」
「かわいそう?」

レオニスが、少し驚く。

「あれだけ必死にのしかかってきて」
「……ええ」

私は、レオニスの手を握る。

「でも――アマーリエ王女は、第一王女殿下と比べられて、国内にも居場所がないんでしょう」
「……エレノア」
「私には、あの王女を憎む理由がないの」
「理由」
「レオニスは、私を……とても大切にしてくれているから」
「そう、だね」
「王女だからといって、乗り換えたりしないでしょう?」
「もちろん」

その言葉に、レオニスは優しく微笑んだ。

「……私の気持ちがきちんと伝わっていて、よかったよ。嬉しいな」
「……そう」

私は、少し笑う。

「私の絶対の味方だと、思えるから」

レオニスは――私の手を握り返した。
温かく、しっかりと。

「……ありがとう、エレノア」



王宮の長い廊下。
レオニスは、一人で歩いていた。

「レオニス」

背後から、低い声がかかる。
振り返ると――深い褐色の髪と、威厳ある佇まいの男が立っていた。
王太子、バレンド・アルバート・クラウゼル。
レオニスの兄だ。

「……バレンド兄上」
「今日の晩餐、見ていたよ」

バレンドは、廊下を歩き始める。レオニスも、並んで歩く。

「アマーリエ王女のこと」
「……ああ」

レオニスは、頭を左右に揺らす。

「……面倒でした」
「そうだな」

バレンドは、静かに頷く。

「あの娘、シュタインベルクでも同じような騒動を起こしているそうだ」
「……本当ですか?」
「ああ。自国の有力貴族は誰も降嫁を申し出ないそうだ。父上も、対応に困っている」

バレンドは、腕を組む。

「とにかく、あの娘のことは父上に任せよう。お前が気にすることではない」
「……はい」

レオニスは頷く。
バレンドは、少し歩いてから――ふと、口調が変わった。

「で」
「……で?」
「エレノア嬢のこと」

バレンドは、兄らしい得意げな笑みを浮かべる。

「教えてくれ」
「……バレンド兄上」
「何が悪い。弟の婚約者のこと、知りたいのは自然なことだろう」
「……それだけですか」
「エレノア嬢はなんて言っている?」

バレンドは、正直に言う。
レオニスは、少し黙る。

「……エレノアは」
「ん?」
「……アマーリエ王女が、かわいそうだと言っていた」
「……かわいそう」

バレンドは、少し驚いた様子で眉を上げる。

「あれだけ好き勝手喚いて、かわいそうだと?」
「はい」
「……なかなかだな」

バレンドは、腕を組んで考える。

「……アマーリエ王女が国内で居場所を持てていないのは、周辺諸国にも噂が広まっている」
「……エレノアも、そのことを察していたようです」
「……やはり」

バレンドは、静かに頷く。

「王妃になる器だな」
「……」

レオニスが、少し驚いた顔をする。

「正しい言葉だ。お前の将来の妻は、王妃になるほどの器を持っている」
「まさか……」
「待て待て、奪ったりしないさ。それほどの者だ、という褒め言葉だ。睨むな」

バレンドは、レオニスを見る。

「お前は、良い相手を選んだな」
「……ありがとうございます」
「あと」
「……はい」
「お前の顔、今夜だけで三回も緩んだぞ」
「……っ」

レオニスが、少し耳を赤くする。
バレンドは、豊かな笑みを浮かべた。

「エレノア嬢の話、もっと聞かせてくれ」
「……バレンド兄上は、エレノアにそんなに興味があるのですか」
「お前は、あまり感情を見せないからな」

バレンドは、静かに言う。

「エレノア嬢の話をする時だけ、お前は本当に嬉しそうだ」

レオニスは――何も言えなかった。
少し考えてから、兄の話に乗ることにした。

「……晩餐会では、ご存知の通りアマーリエ王女が攻撃しっぱなしでした」
「そうだな。その後に?」
「エレノアが……アマーリエ王女に『お疲れでしょう。早めにお休みください』と言っていた」
「……」

バレンドは、少し笑った。

「……お前の婚約者、それを本心で言っているとしたら、本当に優しい娘だな」
「……はい。含みを持たせたような言葉ではなかったので」
「幸せだな」

レオニスは――静かに、頷いた。

「……はい。本当に」

バレンドは、廊下の窓から夜の王宮を見渡す。

「……わかった。あとは任せよう」
「ありがとうございます、兄上」
「お休み、レオニス」
「はい。お休みなさい」

バレンドは、廊下を歩き去る。
レオニスは――一人になった。

「……エレノア」

彼は、静かに呟いた。
エレノアの笑顔が、頭の中に浮かぶ。

レオニスは、微笑んで自分の部屋へと歩いていった。
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