【完結】婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜

井上 佳

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第28話 比べられる二人

私はジェオール・アルバート・クラウゼル。
この国の第二王子で、次期宰相だ。

兄バレンドが王太子として国の将来を担うように、私は政務と国策の側で国を支える役割を負っている。
現在は、現宰相であり王弟の叔父・リォルド殿の元で修行中だ。

リォルド殿は、厳格で知識の深い人物だ。毎日、書類の山と政務の激しさの中で、私は重くのしかかるほどの訓練を受ける日々である。

一言で言えば、忙しい。

だが――それでも、王宮で起きることは把握しておく必要がある。
それが、政務を司る者の責務だ。

だから今日も、財政会議の傍に列席した。


財政会議の間。
重臣たちが並ぶ中、アマーリエ王女も同席している。

「私は、シュタインベルク王国の財政についても学んでおりますわ!」

アマーリエ王女が、自慢げに言う。

私は、眼鏡の奥で少し眉を上げた。
シュタインベルク王国の財政。
一つ目の問題だな、と思った。

「ほう」

重臣が、興味深そうに聞く。

「では、王女殿下。北方交易について、ご意見を」
「え? あ、ええと……」

アマーリエ王女は、言葉に詰まる。

その場が、静まる。

「……北方は、寒いですわ。だから、毛皮とかが取れますわね」

アマーリエ王女は、なんとか言葉を絞り出す。
重臣たちは、苦笑する。

「……そうですね」

私は――深くため息をつきたくなった。
だが、この場で言葉を出すのは、私の役割ではない。

「では、エレノア様。いかがでしょうか」

別の重臣が、エレノア嬢に向けて問いかける。
彼女は、静かに立ち上がる。

「北方交易については、リスク分散が重要です」

冷静に、具体的な提案を始める。

「現在の交易路に加え、東方諸国との新ルートを開拓することで、一つの交易路に依存しない構造を作ることが重要だと考えます」
「……東方諸国?」

重臣が、興味深そうに聞く。

「はい。東方諸国は、現在まだ交易の開拓余地があります」

エレノア嬢は、資料を提示する。

「現在の北方交易路の売上と、東方諸国との潜在的な交易規模を比較すると――」

数字が、明確に並べられる。
重臣たちは、真剣に聞き入る。

「……なるほど」
「確かに、リスク分散は重要だな」
「エレノア様の意見は、具体的で説得力がある」

私も――その提案の質に、率直に感心した。

エレノア嬢は、幼い頃からこれくらいの知識と思考力を持っていた。
レオニスの幼馴染として、何度か王宮にも足を運んでいた娘だ。

当時の私も、「この娘は、将来侯爵家をしっかりと背負って立つ器だな」と思った。
今やその確信は、さらに強まっている。

アマーリエ王女は――悔しそうに、エレノア嬢を睨む。

「むむむ……!」

私は、その様子を静かに観察した。
やはり、エレノア嬢の方が数段上だな。いや、比べるまでもないだろう。


財政会議が終わった後、王宮の社交の間では――。

「私のドレス、シュタインベルク王国の最高級品ですのよ!」

アマーリエ王女が、令嬢たちの前で自慢する。
私は、廊下の脇で報告書を読みながら、その会話が漏れてくるのを聞いていた。

「まあ、素敵ですわね」
「ええとても。お美しいです」

令嬢たちが、社交辞令で褒める。

「でしょう!? このドレスは――」

アマーリエ王女が、延々と語り続ける。
衣装のデザインや流行は、政務には全く関係がない、と私は思った。もちろん、女性の社交では重要な話題なのだろうが、彼女の話は一番人気のデザイナーが仕立てた最新のドレス、という情報しかないようだ。絹の産地や流通経路、作った職人だのの深い話まではしていない。「シュタインベルクのご領地で?」という質問は華麗にスルーしていた。

私は――別の方向に視線を向ける。
エレノア嬢が、少し離れた場所で、友人と話している。

「フローラ、そのブローチ、素敵ね」
「ありがとう。亡き祖母の形見なの」
「そう。大切にしているのね」

エレノア嬢の声は、温かい。
話している友人の表情も、明るい。

そして周りの令嬢たちも、自然と輪に加わっている。

アマーリエ王女の方では――令嬢たちが少しずつ、引いていく様子がある。

私は、静かに観察した。
人間関係は、政務と同じだ。
強制する者には、やがて人が離れていく。

「なぜ!? なぜ、私の方が高価なドレスを着ているのに!?」

アマーリエ王女の声が、大きくなる。
その声には、イライラが混じっている。

私は、報告書から目を上げて、アマーリエ王女を見る。
この娘、シュタインベルクで同じような失敗をしているのだろうな。
外交官から報告を受けた通りだ。

「ジェオール」

リォルド叔父上が、廊下から近づいてくる。

「……叔父上」
「財政会議の報告書、仕上がっているか」
「はい。ただ今」

私は、報告書を差し出す。
リォルド叔父上は、早々に目を通すと顔を上げた。

「……エレノア嬢の提案、きちんと盛り込んだか」
「はい」
「良い」

リォルド叔父上は、頷く。

「あの娘の提案は、国策にも取り入れるべきだな」
「同意しますが、アマーリエ王女の件が――」
「あの娘のことは、王に任せよ」

リォルド叔父上は、淡々と言う。

「お前の仕事は、政務だ」
「……はい」

私は、頷く。



その夜。
王宮の書斎に、バレンド兄上が入ってきた。

「ジェオール」
「兄上」

私は、書類から目を上げる。
兄上は、椅子に腰を下ろして、足を組む。

「今日の財政会議、見ていたか」
「はい」
「アマーリエ王女のこと」
「……はい」

私は、眼鏡を少し上げる。

「北方交易について、『寒いから毛皮が取れる』と言っていました」

兄上は――少し笑った。

「……そうだな」
「兄上、あれは……」
「面白かった」
「……兄上」

私は、少し厳しい顔をする。

「あれは、外国の王女が公の場で恥をかかされたのです。笑い事ではありません」
「わかっている」

兄上は、笑みを収める。

「だが、レオニスが『面倒だ』と言いながらも穏やかに対応しているのも見ていて面白い」
「兄上……」
「わかっているよ、ジェオール」

最近のレオニスは、エレノア嬢の影響か、笑顔が増えたように思う。
そして兄上は、静かに言う。

「これは外交問題だ。シュタインベルクとの関係も、慎重に扱う必要がある」
「……はい」
「だが――」

兄上は、少し眉を上げる。

「エレノア嬢の対応は、本当に素晴らしかった」
「……同意します」

私は、頷く。

「エレノア嬢は、幼い頃からあの程度の思考力を持っていた娘です」
「レオニスの幼馴染だからな」

兄上は、腕を組む。

「あの娘を見つけたのは、レオニスのセンスだな」
「……幼馴染なので、『見つけた』というよりは――」
「ずっとそばにいた?」

私は静かに頷いて、昔を思い出していた。

「レオニスは、幼い頃からエレノア嬢のことを見ていた」

私は――その言葉に、少し考える。
そう、レオニスはエレノア嬢のことをずっと見て来たのだ。

「……兄上」
「ん?」
「レオニスは、本当に幸せだと思います」

兄上は、豊かな笑みを浮かべた。

「……ああ。あの娘と得た幸せは、本物だな」


私は、書斎に戻った。

窓の外の夜の王宮を見つめながら、今日のことを整理する。
アマーリエ王女の言動は、政務的には問題になりうる。

だが――エレノア嬢の対応は、すべてを穏やかに収めていた。

「……エレノア嬢」

静かに名前を口にした。

「レオニスは、良い婚約者を持ったな」

私はそう思って、明日には提出する予定の報告書の続きに取り掛かった。
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