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第30話 最後の抵抗
レオニスから明確な断りがあったものの、アマーリエは引き下がらなかった。
結婚について拒否された翌日。
今度は外交官を通じて、圧力をかけてきた。
「第三王子の婚約者として、侯爵令嬢エレノアは相応しくない」
その主張が、王宮内に広まる。
ここは、王宮の奥にある議会の間。
高い天井、壁一面に飾られた国内の風景画は壮観なものだ。
長い楕円形のテーブルが中央に置かれ、重要な議題が討議される場所である。
今日は、シュタインベルク王国の外交官――中年の男、グレゴール――が中心となり、この場を仕切っている。
彼は、腕を組んで椅子に深く座り、偉そうな態度で周囲を見回していた。
自国の重臣たちも、何人か列席している。
財務卿リオルド、外務卿エドガー、そして宰相候補のジェオール王子。
そして――エレノア・ヴァルディスが、中央に立たされていた。
「エレノア・ヴァルディス」
グレゴールが、冷たい声で言う。
「あなたには、元婚約者に婚約破棄された過去がある」
彼は、書類をテーブルに叩きつける。
「はい」
エレノアは、淡々と答える。
表情は、一切変えない。
「婚約破棄された女が、王子の婚約者として相応しいとお思いか」
グレゴールは、勝ち誇ったように続ける。
「以前結んでいた婚約は破棄しましたが、それは私の瑕疵ではありません」
エレノアは、静かに反論する。
「婚約破棄の理由は、元婚約者ディートリヒ・ルーゼンの不貞です」
手元から資料を取り出し、テーブルに置くエレノア。
「こちらが、その証拠です」
重臣たちが、資料に目を通す。
ジェオール王子は、眼鏡の奥で冷静に資料を読み込んでいる。
「……確かに」
財務卿リオルドが、頷く。
「これは、ルーゼン家側の問題だな」
グレゴールは、少し顔をしかめる。
だが、すぐに次の攻撃に移った。
「では、家族問題は? 義妹との確執があると聞いているが」
「確執ではありません」
エレノアは、答えながら首を振る。
「彼女は、礼儀を知らず、貴族社会に適応できませんでした」
「……」
「私は侯爵家の長女として、適切な距離を保っただけです」
エレノアは、冷静に説明する。そもそもリリアナは、ヴァルディス家とは縁のない娘なのだ。現侯爵の後妻セレナの元夫の連れ子。血のつながりがない、継承権もない、当然ヴァルディス性を名乗る資格はない。そう明記した書類も用意されていた。
それを読んだグレゴールは、苛立ったように腕を組み直し次のターンへ。
「では――女性が当主となることについては?」
「外交官ともあろう方が、隣国の法をご存知ないはずございませんが言わせていただきますと、我が国は長子継承制です」
エレノアは、即座に一息で答える。
「男女の別なく、最初に生まれた子が家を継ぐ。これは、数百年の伝統です」
「……」
「当然ご存知でしたと思いますので、ご心配されているのは政治手腕についてかと思います。そこで、こちらの資料をご用意いたしました。領地運営の実績は、ご覧の通りです」
エレノアは、別の資料を提示する。
ヴァルディス領の税収、領民の生活水準、交易実績――。
すべてが、具体的な数字で示されている。
重臣たちも、資料を手に取り目を通す。
「……これは」
外務卿エドガーが、驚きの声を上げる。
「税収が、前年比で一割増えている」
「領民の生活水準も、向上している」
ジェオール王子も、資料を読みながら頷いている。
「素晴らしい実績だ」
重臣たちの評価は明らかで、それを見たグレゴールは――顔を真っ赤にする。
「だ、だが――」
彼は、何か言おうとするが――。
言葉が出てこない。
エレノアの提示した資料は、完璧だった。
反論の余地がない。
グレゴールは、何も言えなくなった。
エレノアの能力の高さを目の当たりにし、口を噤むしかない。
一方、その頃。
アマーリエは、グレゴールにエレノアをコテンパンにするよう言い聞かせ、自分は滞在するゲストルームの続きの間に、商人を呼びつけていた。
ローデン・ベルク。
この国で最大の商会を率いる、銀髪の商人だ。
彼は、上質な黒いコートを着て、静かに立っている。
「あなたがローデン・ベルクね!」
アマーリエが、椅子に座ったまま言う。
「はい、王女殿下」
ローデンは、丁寧に一礼する。
アマーリエは見目麗しい大商会の若き商会長を一目で気に入った。
「私、シュタインベルク王国の特産品が欲しいの」
「ご連絡はいただいておりますので、何点かーー」
ローデンは、穏やかに答える。
「こちらにご用意させていただいております」
「いいわね! 見せてちょうだい」
アマーリエは、満足そうに頷く。
「あなた、この国で一番の商人なのでしょう?」
「ありがたいことに、そう言われております」
「なら、私の要望も簡単に叶えられるわね」
アマーリエは、自信満々に言う。
「生意気な侯爵令嬢では到底手が出ないような、私に似合う素晴らしい宝飾品を出してちょうだい」
ローデンは――少し、表情を変える。
アマーリエが指す『侯爵令嬢』が誰のことか、すぐに当たりがついたからだろう。
「……王女殿下」
「何?」
「失礼ながら、ひとつ申し上げておきます」
ローデンは、静かに続ける。
「私が、この国で最大の商会を持てたのは――エレノア・ヴァルディス様のおかげです」
その言葉に、アマーリエの顔が固まる。
「……何ですって?」
「エレノア様が幼い頃、私の作った細工品を気に入ってくださいました」
ローデンは、穏やかに語る。
「それを切っ掛けに、ヴァルディス侯爵家に出入りする機会をいただき――」
「……」
「エレノア様は、私の才能を見出してくださった。そして、多くの貴族に紹介してくださいました」
ローデンは、アマーリエを見つめる。
「今の私があるのは、すべてエレノア様のおかげです」
アマーリエは――顔を真っ赤にする。
「で、でも――」
「王女殿下」
ローデンは、静かに言う。
「エレノア様は、人を見る目があります」
「……」
「そして、情があり義理を忘れない方です」
ローデンは、一歩下がる。
「失礼ながら――王女様では、いささか役不足かと」
その言葉に、アマーリエは――。
何も言えなくなった。
「……出て行きなさい」
「おや、こちらにご用意した品はお気に召しませんか?」
「いらないわ!」
「失礼、いたしました」
ローデンは、丁寧に一礼して――部屋を出ていった。
アマーリエは――一人、椅子に座ったまま。
拳を握りしめる。
「……エレノア・ヴァルディス……!」
悔しさで、涙が出そうになった。
その後、グレゴールはアマーリエの元へ報告に向かった。
「王女殿下」
「……どうだったの?」
アマーリエが、期待を込めて聞く。
「……申し訳ございません」
グレゴールは、頭を下げる。
「エレノア・ヴァルディスは――完璧でした」
「……完璧」
「反論の余地がありませんでした」
その言葉に、アマーリエは――。
「そんな……そんなはずないわ!」
喚き散らす。
「私の方が、王女なのよ! 王女!」
「……王女殿下」
「エレノアなんて、ただの侯爵家の娘じゃない!」
アマーリエは、泣き叫ぶ。
グレゴールは、誇ることが血筋しかない王女を哀れに思い――ため息をついた。
「……王女殿下。そろそろ、諦めた方がよろしいかと」
「嫌よ! 嫌!」
アマーリエは、子供のように駄々をこねる。彼女にはまだ、レオニスが公爵位を賜り自分と結婚する、という未来が見えているようだ。
グレゴールは、何も言えずその姿を見つめていた。
議会の間を出た後。
私は、廊下でマルティナと合流した。
「お嬢様、お疲れ様でした」
「ありがとう」
私は、少し疲れた様子で微笑む。
「……アマーリエ王女、これで諦めてくださるといいですね」
「……そうね」
「お嬢様の実績は、誰にも負けません」
マルティナは、誇らしげに言う。
「ええ、ありがとう」
私は、窓の外を見つめる。
――もう、大丈夫。
私は、自分の力で証明した。
レオニスの婚約者として、相応しいことを。
結婚について拒否された翌日。
今度は外交官を通じて、圧力をかけてきた。
「第三王子の婚約者として、侯爵令嬢エレノアは相応しくない」
その主張が、王宮内に広まる。
ここは、王宮の奥にある議会の間。
高い天井、壁一面に飾られた国内の風景画は壮観なものだ。
長い楕円形のテーブルが中央に置かれ、重要な議題が討議される場所である。
今日は、シュタインベルク王国の外交官――中年の男、グレゴール――が中心となり、この場を仕切っている。
彼は、腕を組んで椅子に深く座り、偉そうな態度で周囲を見回していた。
自国の重臣たちも、何人か列席している。
財務卿リオルド、外務卿エドガー、そして宰相候補のジェオール王子。
そして――エレノア・ヴァルディスが、中央に立たされていた。
「エレノア・ヴァルディス」
グレゴールが、冷たい声で言う。
「あなたには、元婚約者に婚約破棄された過去がある」
彼は、書類をテーブルに叩きつける。
「はい」
エレノアは、淡々と答える。
表情は、一切変えない。
「婚約破棄された女が、王子の婚約者として相応しいとお思いか」
グレゴールは、勝ち誇ったように続ける。
「以前結んでいた婚約は破棄しましたが、それは私の瑕疵ではありません」
エレノアは、静かに反論する。
「婚約破棄の理由は、元婚約者ディートリヒ・ルーゼンの不貞です」
手元から資料を取り出し、テーブルに置くエレノア。
「こちらが、その証拠です」
重臣たちが、資料に目を通す。
ジェオール王子は、眼鏡の奥で冷静に資料を読み込んでいる。
「……確かに」
財務卿リオルドが、頷く。
「これは、ルーゼン家側の問題だな」
グレゴールは、少し顔をしかめる。
だが、すぐに次の攻撃に移った。
「では、家族問題は? 義妹との確執があると聞いているが」
「確執ではありません」
エレノアは、答えながら首を振る。
「彼女は、礼儀を知らず、貴族社会に適応できませんでした」
「……」
「私は侯爵家の長女として、適切な距離を保っただけです」
エレノアは、冷静に説明する。そもそもリリアナは、ヴァルディス家とは縁のない娘なのだ。現侯爵の後妻セレナの元夫の連れ子。血のつながりがない、継承権もない、当然ヴァルディス性を名乗る資格はない。そう明記した書類も用意されていた。
それを読んだグレゴールは、苛立ったように腕を組み直し次のターンへ。
「では――女性が当主となることについては?」
「外交官ともあろう方が、隣国の法をご存知ないはずございませんが言わせていただきますと、我が国は長子継承制です」
エレノアは、即座に一息で答える。
「男女の別なく、最初に生まれた子が家を継ぐ。これは、数百年の伝統です」
「……」
「当然ご存知でしたと思いますので、ご心配されているのは政治手腕についてかと思います。そこで、こちらの資料をご用意いたしました。領地運営の実績は、ご覧の通りです」
エレノアは、別の資料を提示する。
ヴァルディス領の税収、領民の生活水準、交易実績――。
すべてが、具体的な数字で示されている。
重臣たちも、資料を手に取り目を通す。
「……これは」
外務卿エドガーが、驚きの声を上げる。
「税収が、前年比で一割増えている」
「領民の生活水準も、向上している」
ジェオール王子も、資料を読みながら頷いている。
「素晴らしい実績だ」
重臣たちの評価は明らかで、それを見たグレゴールは――顔を真っ赤にする。
「だ、だが――」
彼は、何か言おうとするが――。
言葉が出てこない。
エレノアの提示した資料は、完璧だった。
反論の余地がない。
グレゴールは、何も言えなくなった。
エレノアの能力の高さを目の当たりにし、口を噤むしかない。
一方、その頃。
アマーリエは、グレゴールにエレノアをコテンパンにするよう言い聞かせ、自分は滞在するゲストルームの続きの間に、商人を呼びつけていた。
ローデン・ベルク。
この国で最大の商会を率いる、銀髪の商人だ。
彼は、上質な黒いコートを着て、静かに立っている。
「あなたがローデン・ベルクね!」
アマーリエが、椅子に座ったまま言う。
「はい、王女殿下」
ローデンは、丁寧に一礼する。
アマーリエは見目麗しい大商会の若き商会長を一目で気に入った。
「私、シュタインベルク王国の特産品が欲しいの」
「ご連絡はいただいておりますので、何点かーー」
ローデンは、穏やかに答える。
「こちらにご用意させていただいております」
「いいわね! 見せてちょうだい」
アマーリエは、満足そうに頷く。
「あなた、この国で一番の商人なのでしょう?」
「ありがたいことに、そう言われております」
「なら、私の要望も簡単に叶えられるわね」
アマーリエは、自信満々に言う。
「生意気な侯爵令嬢では到底手が出ないような、私に似合う素晴らしい宝飾品を出してちょうだい」
ローデンは――少し、表情を変える。
アマーリエが指す『侯爵令嬢』が誰のことか、すぐに当たりがついたからだろう。
「……王女殿下」
「何?」
「失礼ながら、ひとつ申し上げておきます」
ローデンは、静かに続ける。
「私が、この国で最大の商会を持てたのは――エレノア・ヴァルディス様のおかげです」
その言葉に、アマーリエの顔が固まる。
「……何ですって?」
「エレノア様が幼い頃、私の作った細工品を気に入ってくださいました」
ローデンは、穏やかに語る。
「それを切っ掛けに、ヴァルディス侯爵家に出入りする機会をいただき――」
「……」
「エレノア様は、私の才能を見出してくださった。そして、多くの貴族に紹介してくださいました」
ローデンは、アマーリエを見つめる。
「今の私があるのは、すべてエレノア様のおかげです」
アマーリエは――顔を真っ赤にする。
「で、でも――」
「王女殿下」
ローデンは、静かに言う。
「エレノア様は、人を見る目があります」
「……」
「そして、情があり義理を忘れない方です」
ローデンは、一歩下がる。
「失礼ながら――王女様では、いささか役不足かと」
その言葉に、アマーリエは――。
何も言えなくなった。
「……出て行きなさい」
「おや、こちらにご用意した品はお気に召しませんか?」
「いらないわ!」
「失礼、いたしました」
ローデンは、丁寧に一礼して――部屋を出ていった。
アマーリエは――一人、椅子に座ったまま。
拳を握りしめる。
「……エレノア・ヴァルディス……!」
悔しさで、涙が出そうになった。
その後、グレゴールはアマーリエの元へ報告に向かった。
「王女殿下」
「……どうだったの?」
アマーリエが、期待を込めて聞く。
「……申し訳ございません」
グレゴールは、頭を下げる。
「エレノア・ヴァルディスは――完璧でした」
「……完璧」
「反論の余地がありませんでした」
その言葉に、アマーリエは――。
「そんな……そんなはずないわ!」
喚き散らす。
「私の方が、王女なのよ! 王女!」
「……王女殿下」
「エレノアなんて、ただの侯爵家の娘じゃない!」
アマーリエは、泣き叫ぶ。
グレゴールは、誇ることが血筋しかない王女を哀れに思い――ため息をついた。
「……王女殿下。そろそろ、諦めた方がよろしいかと」
「嫌よ! 嫌!」
アマーリエは、子供のように駄々をこねる。彼女にはまだ、レオニスが公爵位を賜り自分と結婚する、という未来が見えているようだ。
グレゴールは、何も言えずその姿を見つめていた。
議会の間を出た後。
私は、廊下でマルティナと合流した。
「お嬢様、お疲れ様でした」
「ありがとう」
私は、少し疲れた様子で微笑む。
「……アマーリエ王女、これで諦めてくださるといいですね」
「……そうね」
「お嬢様の実績は、誰にも負けません」
マルティナは、誇らしげに言う。
「ええ、ありがとう」
私は、窓の外を見つめる。
――もう、大丈夫。
私は、自分の力で証明した。
レオニスの婚約者として、相応しいことを。
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