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第二章
第37話 東方交易への転換
結婚から、数ヶ月が経った。
ここは、ヴァルディス侯爵領の領主館。
石造りの堅牢な建物で、代々ヴァルディス家の当主が住んできた場所だ。高い天井、広い廊下、数多くの部屋。窓からは、領都の街並みが見渡せる。
私はレオニスと共に、ここで新婚生活を送っている。
朝は共に朝食を取り、昼はそれぞれが執務に励む。夜は、また共に夕食を取り、時には領地の問題について話し合う。
穏やかで、充実した日々だ。
今日も、執務室で書類を整理していた。領地の税収報告、領民からの陳情、交易商人からの契約書――山積みの書類が、机の上に並んでいる。
「エレノア」
ドアがノックされ、レオニスが入ってくる。
「レオニス」
顔を上げると、彼は一通の手紙を持っていた。
「王宮から、通達が届いた」
「通達?」
手紙を受け取り、開封する。
王家の印章が押された、正式な文書だ。
『ヴァルディス侯爵家への通達
王国の交易政策について、以下の通り決定したことを通達する。
交易路のリスク分散、およびコスト削減のため
北方ノルディア王国からの塩の仕入れを、東方諸国に変更する。
以上
国王ラダトゥール印』
読み終えて、驚きで息を呑む。
「……これ」
「ああ」
レオニスは、頷く。
「君がかつて財政会議で提案した、『北方交易のリスク分散』だ」
そうだ。
あれは――結婚前、アマーリエ王女が来国していた頃。財政会議で、北方交易への依存度が高すぎることを指摘し、東方諸国との交易路開拓を提案した。
その時は、重臣たちも興味を示してくれたが――まさか、こんなに早く実行に移されるとは。
「……採用されたのね」
「ああ」
レオニスは、微笑む。
「君の提案が、国を動かしたんだ」
胸が、温かくなる。
自分の提案が、国の政策として採用された。それは――侯爵家の当主として、大きな誇りだ。
「でも――」
レオニスの表情が、少し曇る。
「これで、ノルディア王国との関係が悪化しなければいいが」
「……」
その言葉に、少し不安が過る。
確かに――長年の交易相手を、一方的に変更するのだ。ノルディア王国、特に塩湖を領地に持つパイナッパー伯爵は――不満を持つかもしれない。
「大丈夫よ」
でも、私は首を振る。
「国で、議会で承認されたということは、それだけきちんと話し合いがなされたということでしょう?」
「そう、だな」
レオニスは、少し安心したように頷く。
「きっと、大丈夫だろう」
だが――その懸念は、すぐに現実となる。
数日後。
朝、執務室に入ると――マルティナが、険しい表情で待っていた。
「お嬢様」
「どうしたの?」
「……王宮から、緊急の連絡が」
マルティナは、手紙を差し出す。
受け取って、読む。
『
ノルディア王国パイナッパー伯爵より、抗議の手紙が届いた。
内容は、「長年の交易関係を一方的に断つとは、何事か」というもの。
また、王国内の商人たちからも、不満の声が上がっている。
詳細は、追って報告する。
外務卿エドガー
』
手紙を握りしめる。
やはり――パイナッパー伯爵側は、不満があったようだ。
「……」
レオニスも、隣で手紙を読んでいる。
「予想していたことだが――」
彼は、ため息をつく。
「やはり、問題になったか」
「でも」
私は、冷静に言う。
「これは、国の決定よ。私たちが直接謝罪する必要はないわ」
「そうだが――」
レオニスは、少し心配そうに私を見る。
「君が提案したことは、多くの者が知っている」
「……」
「もし、誰かが君を標的にしようとしたら――」
その言葉に、胸が冷たくなる。
確かに――国の決定とはいえ、提案したのは私だ。
もし誰かが、私を悪者に仕立て上げようとしたら――。
「大丈夫」
でも、私は首を振る。
「私は、正しいことをしたのだから」
交易路を分散することで、国の損失を減らすことができる。つまりは国にとって益がある政策だということ。ノルディア国との話し合いがうまくいっていない? もしくは、国同士でやり取りして、塩の主な生産地であるパイナッパー領主に説明がない、とか?
レオニスは――優しく、私の手を取る。
「……ああ。俺も、君を守る」
その温もりに、少し安心する。
だが――不安は、消えなかった。
ある日の午後。
執務室で、また書類を整理していると――。
「お嬢様」
マルティナが、急いで入ってくる。
「どうしたの?」
「……町で、噂が広まっています」
「噂?」
「はい」
マルティナは、少し言いにくそうに続ける。
「『塩の仕入れ先を変えたせいで、北方交易全体が滞っている』と」
「……」
「そして――『この決定を提案したのは、エレノア・ヴァルディスだ』と」
胸が、締め付けられる。
やはり――私が、標的にされている。
「誰が、そんなこと……」
「発生元は、わかりません……」
マルティナは、首を振る。
「ですが――商人たちの間で、急速に広まっています」
「……」
レオニスが、執務室に入ってくる。
「エレノア、今の話――」
「聞いていたの?」
「ああ」
レオニスは、険しい表情で頷く。
「誰かが、君を標的にしようとしているんだろう。意図して広められている」
「……」
「このままでは、君の名誉が傷つく」
レオニスは、私の肩に手を置く。
「私たちで、調査しよう」
「……ええ」
私は、頷く。
冷静に、状況を分析しなければ。
誰が、私を陥れようとしているのか。
そして――なぜ、今なのか。
窓の外を見る。
町は、いつもと変わらず平穏に見える。
だが――その下では、何かが動いている。
私は――それを、見つけ出さなければならない。
「マルティナ」
「はい」
「町の様子を、もっと詳しく調べて」
「かしこまりました」
マルティナは、深く一礼して――部屋を出ていく。
レオニスと、二人きりになる。
「……レオニス」
「ん?」
「私――」
少し、不安が過る。
「大丈夫かしら」
「大丈夫だ」
レオニスは、私を抱きしめる。
「私が、君を守る」
その温もりに、少し安心する。
でも――不安は、完全には消えない。
これから――どうなるのだろう。
私は――この試練を、乗り越えられるのだろうか。
窓の外では、雲が流れている。
穏やかな空。
だが――その下で、嵐が近づいている。
それを――私は、感じていた。
ヴァルディス領の町。
市場では、商人たちが集まって話している。
「聞いたか? 北方交易が、滞っているらしい」
「ああ。塩の仕入れ先を変えたせいだって」
「誰が、そんな決定を?」
「御領主の娘のエレノア様だって聞いたぞ」
商人たちは、顔を見合わせる。
「エレノア様が?」
「ああ。なんでも国の財政会議で提案したらしい」
「でも――それで、俺たちの商売に影響が出るなんて」
不満の声が、広がり始める。
だが――その中に、一人の男がいた。
バザササール侯爵家の使者だ。
彼は――静かに、微笑んでいた。
計画は、順調に進んでいる。
エレノア・ヴァルディスを、陥れる計画が。
男は――静かに、町を去っていった。
ここは、ヴァルディス侯爵領の領主館。
石造りの堅牢な建物で、代々ヴァルディス家の当主が住んできた場所だ。高い天井、広い廊下、数多くの部屋。窓からは、領都の街並みが見渡せる。
私はレオニスと共に、ここで新婚生活を送っている。
朝は共に朝食を取り、昼はそれぞれが執務に励む。夜は、また共に夕食を取り、時には領地の問題について話し合う。
穏やかで、充実した日々だ。
今日も、執務室で書類を整理していた。領地の税収報告、領民からの陳情、交易商人からの契約書――山積みの書類が、机の上に並んでいる。
「エレノア」
ドアがノックされ、レオニスが入ってくる。
「レオニス」
顔を上げると、彼は一通の手紙を持っていた。
「王宮から、通達が届いた」
「通達?」
手紙を受け取り、開封する。
王家の印章が押された、正式な文書だ。
『ヴァルディス侯爵家への通達
王国の交易政策について、以下の通り決定したことを通達する。
交易路のリスク分散、およびコスト削減のため
北方ノルディア王国からの塩の仕入れを、東方諸国に変更する。
以上
国王ラダトゥール印』
読み終えて、驚きで息を呑む。
「……これ」
「ああ」
レオニスは、頷く。
「君がかつて財政会議で提案した、『北方交易のリスク分散』だ」
そうだ。
あれは――結婚前、アマーリエ王女が来国していた頃。財政会議で、北方交易への依存度が高すぎることを指摘し、東方諸国との交易路開拓を提案した。
その時は、重臣たちも興味を示してくれたが――まさか、こんなに早く実行に移されるとは。
「……採用されたのね」
「ああ」
レオニスは、微笑む。
「君の提案が、国を動かしたんだ」
胸が、温かくなる。
自分の提案が、国の政策として採用された。それは――侯爵家の当主として、大きな誇りだ。
「でも――」
レオニスの表情が、少し曇る。
「これで、ノルディア王国との関係が悪化しなければいいが」
「……」
その言葉に、少し不安が過る。
確かに――長年の交易相手を、一方的に変更するのだ。ノルディア王国、特に塩湖を領地に持つパイナッパー伯爵は――不満を持つかもしれない。
「大丈夫よ」
でも、私は首を振る。
「国で、議会で承認されたということは、それだけきちんと話し合いがなされたということでしょう?」
「そう、だな」
レオニスは、少し安心したように頷く。
「きっと、大丈夫だろう」
だが――その懸念は、すぐに現実となる。
数日後。
朝、執務室に入ると――マルティナが、険しい表情で待っていた。
「お嬢様」
「どうしたの?」
「……王宮から、緊急の連絡が」
マルティナは、手紙を差し出す。
受け取って、読む。
『
ノルディア王国パイナッパー伯爵より、抗議の手紙が届いた。
内容は、「長年の交易関係を一方的に断つとは、何事か」というもの。
また、王国内の商人たちからも、不満の声が上がっている。
詳細は、追って報告する。
外務卿エドガー
』
手紙を握りしめる。
やはり――パイナッパー伯爵側は、不満があったようだ。
「……」
レオニスも、隣で手紙を読んでいる。
「予想していたことだが――」
彼は、ため息をつく。
「やはり、問題になったか」
「でも」
私は、冷静に言う。
「これは、国の決定よ。私たちが直接謝罪する必要はないわ」
「そうだが――」
レオニスは、少し心配そうに私を見る。
「君が提案したことは、多くの者が知っている」
「……」
「もし、誰かが君を標的にしようとしたら――」
その言葉に、胸が冷たくなる。
確かに――国の決定とはいえ、提案したのは私だ。
もし誰かが、私を悪者に仕立て上げようとしたら――。
「大丈夫」
でも、私は首を振る。
「私は、正しいことをしたのだから」
交易路を分散することで、国の損失を減らすことができる。つまりは国にとって益がある政策だということ。ノルディア国との話し合いがうまくいっていない? もしくは、国同士でやり取りして、塩の主な生産地であるパイナッパー領主に説明がない、とか?
レオニスは――優しく、私の手を取る。
「……ああ。俺も、君を守る」
その温もりに、少し安心する。
だが――不安は、消えなかった。
ある日の午後。
執務室で、また書類を整理していると――。
「お嬢様」
マルティナが、急いで入ってくる。
「どうしたの?」
「……町で、噂が広まっています」
「噂?」
「はい」
マルティナは、少し言いにくそうに続ける。
「『塩の仕入れ先を変えたせいで、北方交易全体が滞っている』と」
「……」
「そして――『この決定を提案したのは、エレノア・ヴァルディスだ』と」
胸が、締め付けられる。
やはり――私が、標的にされている。
「誰が、そんなこと……」
「発生元は、わかりません……」
マルティナは、首を振る。
「ですが――商人たちの間で、急速に広まっています」
「……」
レオニスが、執務室に入ってくる。
「エレノア、今の話――」
「聞いていたの?」
「ああ」
レオニスは、険しい表情で頷く。
「誰かが、君を標的にしようとしているんだろう。意図して広められている」
「……」
「このままでは、君の名誉が傷つく」
レオニスは、私の肩に手を置く。
「私たちで、調査しよう」
「……ええ」
私は、頷く。
冷静に、状況を分析しなければ。
誰が、私を陥れようとしているのか。
そして――なぜ、今なのか。
窓の外を見る。
町は、いつもと変わらず平穏に見える。
だが――その下では、何かが動いている。
私は――それを、見つけ出さなければならない。
「マルティナ」
「はい」
「町の様子を、もっと詳しく調べて」
「かしこまりました」
マルティナは、深く一礼して――部屋を出ていく。
レオニスと、二人きりになる。
「……レオニス」
「ん?」
「私――」
少し、不安が過る。
「大丈夫かしら」
「大丈夫だ」
レオニスは、私を抱きしめる。
「私が、君を守る」
その温もりに、少し安心する。
でも――不安は、完全には消えない。
これから――どうなるのだろう。
私は――この試練を、乗り越えられるのだろうか。
窓の外では、雲が流れている。
穏やかな空。
だが――その下で、嵐が近づいている。
それを――私は、感じていた。
ヴァルディス領の町。
市場では、商人たちが集まって話している。
「聞いたか? 北方交易が、滞っているらしい」
「ああ。塩の仕入れ先を変えたせいだって」
「誰が、そんな決定を?」
「御領主の娘のエレノア様だって聞いたぞ」
商人たちは、顔を見合わせる。
「エレノア様が?」
「ああ。なんでも国の財政会議で提案したらしい」
「でも――それで、俺たちの商売に影響が出るなんて」
不満の声が、広がり始める。
だが――その中に、一人の男がいた。
バザササール侯爵家の使者だ。
彼は――静かに、微笑んでいた。
計画は、順調に進んでいる。
エレノア・ヴァルディスを、陥れる計画が。
男は――静かに、町を去っていった。
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