【完結】婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜

井上 佳

文字の大きさ
40 / 60
第二章

第37話 東方交易への転換

結婚から、数ヶ月が経った。
ここは、ヴァルディス侯爵領の領主館。
石造りの堅牢な建物で、代々ヴァルディス家の当主が住んできた場所だ。高い天井、広い廊下、数多くの部屋。窓からは、領都の街並みが見渡せる。

私はレオニスと共に、ここで新婚生活を送っている。

朝は共に朝食を取り、昼はそれぞれが執務に励む。夜は、また共に夕食を取り、時には領地の問題について話し合う。
穏やかで、充実した日々だ。

今日も、執務室で書類を整理していた。領地の税収報告、領民からの陳情、交易商人からの契約書――山積みの書類が、机の上に並んでいる。

「エレノア」

ドアがノックされ、レオニスが入ってくる。

「レオニス」

顔を上げると、彼は一通の手紙を持っていた。

「王宮から、通達が届いた」
「通達?」

手紙を受け取り、開封する。
王家の印章が押された、正式な文書だ。


『ヴァルディス侯爵家への通達
王国の交易政策について、以下の通り決定したことを通達する。

交易路のリスク分散、およびコスト削減のため
北方ノルディア王国からの塩の仕入れを、東方諸国に変更する。

以上
国王ラダトゥール印』


読み終えて、驚きで息を呑む。

「……これ」
「ああ」

レオニスは、頷く。

「君がかつて財政会議で提案した、『北方交易のリスク分散』だ」

そうだ。
あれは――結婚前、アマーリエ王女が来国していた頃。財政会議で、北方交易への依存度が高すぎることを指摘し、東方諸国との交易路開拓を提案した。

その時は、重臣たちも興味を示してくれたが――まさか、こんなに早く実行に移されるとは。

「……採用されたのね」
「ああ」

レオニスは、微笑む。

「君の提案が、国を動かしたんだ」

胸が、温かくなる。
自分の提案が、国の政策として採用された。それは――侯爵家の当主として、大きな誇りだ。

「でも――」

レオニスの表情が、少し曇る。

「これで、ノルディア王国との関係が悪化しなければいいが」
「……」

その言葉に、少し不安が過る。
確かに――長年の交易相手を、一方的に変更するのだ。ノルディア王国、特に塩湖を領地に持つパイナッパー伯爵は――不満を持つかもしれない。

「大丈夫よ」

でも、私は首を振る。

「国で、議会で承認されたということは、それだけきちんと話し合いがなされたということでしょう?」
「そう、だな」

レオニスは、少し安心したように頷く。

「きっと、大丈夫だろう」


だが――その懸念は、すぐに現実となる。


数日後。
朝、執務室に入ると――マルティナが、険しい表情で待っていた。

「お嬢様」
「どうしたの?」
「……王宮から、緊急の連絡が」

マルティナは、手紙を差し出す。
受け取って、読む。



ノルディア王国パイナッパー伯爵より、抗議の手紙が届いた。
内容は、「長年の交易関係を一方的に断つとは、何事か」というもの。
また、王国内の商人たちからも、不満の声が上がっている。
詳細は、追って報告する。
外務卿エドガー



手紙を握りしめる。
やはり――パイナッパー伯爵側は、不満があったようだ。

「……」

レオニスも、隣で手紙を読んでいる。

「予想していたことだが――」

彼は、ため息をつく。

「やはり、問題になったか」
「でも」

私は、冷静に言う。

「これは、国の決定よ。私たちが直接謝罪する必要はないわ」
「そうだが――」

レオニスは、少し心配そうに私を見る。

「君が提案したことは、多くの者が知っている」
「……」
「もし、誰かが君を標的にしようとしたら――」

その言葉に、胸が冷たくなる。
確かに――国の決定とはいえ、提案したのは私だ。
もし誰かが、私を悪者に仕立て上げようとしたら――。

「大丈夫」

でも、私は首を振る。

「私は、正しいことをしたのだから」

交易路を分散することで、国の損失を減らすことができる。つまりは国にとって益がある政策だということ。ノルディア国との話し合いがうまくいっていない? もしくは、国同士でやり取りして、塩の主な生産地であるパイナッパー領主に説明がない、とか?

レオニスは――優しく、私の手を取る。

「……ああ。俺も、君を守る」

その温もりに、少し安心する。
だが――不安は、消えなかった。


ある日の午後。
執務室で、また書類を整理していると――。

「お嬢様」

マルティナが、急いで入ってくる。

「どうしたの?」
「……町で、噂が広まっています」
「噂?」
「はい」

マルティナは、少し言いにくそうに続ける。

「『塩の仕入れ先を変えたせいで、北方交易全体が滞っている』と」
「……」
「そして――『この決定を提案したのは、エレノア・ヴァルディスだ』と」

胸が、締め付けられる。
やはり――私が、標的にされている。

「誰が、そんなこと……」
「発生元は、わかりません……」

マルティナは、首を振る。

「ですが――商人たちの間で、急速に広まっています」
「……」

レオニスが、執務室に入ってくる。

「エレノア、今の話――」
「聞いていたの?」
「ああ」

レオニスは、険しい表情で頷く。

「誰かが、君を標的にしようとしているんだろう。意図して広められている」
「……」
「このままでは、君の名誉が傷つく」

レオニスは、私の肩に手を置く。

「私たちで、調査しよう」
「……ええ」

私は、頷く。
冷静に、状況を分析しなければ。
誰が、私を陥れようとしているのか。

そして――なぜ、今なのか。

窓の外を見る。
町は、いつもと変わらず平穏に見える。

だが――その下では、何かが動いている。
私は――それを、見つけ出さなければならない。

「マルティナ」
「はい」
「町の様子を、もっと詳しく調べて」
「かしこまりました」

マルティナは、深く一礼して――部屋を出ていく。
レオニスと、二人きりになる。

「……レオニス」
「ん?」
「私――」

少し、不安が過る。

「大丈夫かしら」
「大丈夫だ」

レオニスは、私を抱きしめる。

「私が、君を守る」

その温もりに、少し安心する。

でも――不安は、完全には消えない。

これから――どうなるのだろう。
私は――この試練を、乗り越えられるのだろうか。

窓の外では、雲が流れている。
穏やかな空。

だが――その下で、嵐が近づいている。
それを――私は、感じていた。





ヴァルディス領の町。
市場では、商人たちが集まって話している。

「聞いたか? 北方交易が、滞っているらしい」
「ああ。塩の仕入れ先を変えたせいだって」
「誰が、そんな決定を?」
「御領主の娘のエレノア様だって聞いたぞ」

商人たちは、顔を見合わせる。

「エレノア様が?」
「ああ。なんでも国の財政会議で提案したらしい」
「でも――それで、俺たちの商売に影響が出るなんて」

不満の声が、広がり始める。
だが――その中に、一人の男がいた。

バザササール侯爵家の使者だ。

彼は――静かに、微笑んでいた。

計画は、順調に進んでいる。
エレノア・ヴァルディスを、陥れる計画が。

男は――静かに、町を去っていった。
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

【完結】婚約破棄を3時間で撤回された足枷令嬢は、恋とお菓子を味わいます。

青波鳩子
恋愛
ヴェルーデ王国の第一王子アルフレッドと婚約していている公爵令嬢のアリシアは、お妃教育の最中にアルフレッドから婚約破棄を告げられた。 その僅か三時間後に失意のアリシアの元を訪れたアルフレッドから、婚約破棄は冗談だったと謝罪を受ける。 あの時のアルフレッドの目は冗談などではなかったと思いながら、アリシアは婚約破棄を撤回したいアルフレッドにとりあえず流されておくことにした。 一方のアルフレッドは、誰にも何にも特に興味がなく王に決められた婚約者という存在を自分の足枷と思っていた。 婚約破棄をして自由を得たと思った直後に父である王からの命を受け、婚約破棄を撤回する必要に迫られる。 婚約破棄の撤回からの公爵令嬢アリシアと第一王子アルフレッドの不器用な恋。 アリシアとアルフレッドのハッピーエンドです。 「小説家になろう」でも連載中です。 修正が入っている箇所もあります。 タグはこの先ふえる場合があります。

真実の愛のお相手に婚約者を譲ろうと頑張った結果、毎回のように戻ってくる件

さこの
恋愛
好きな人ができたんだ。 婚約者であるフェリクスが切々と語ってくる。 でもどうすれば振り向いてくれるか分からないんだ。なぜかいつも相談を受ける プレゼントを渡したいんだ。 それならばこちらはいかがですか?王都で流行っていますよ? 甘いものが好きらしいんだよ それならば次回のお茶会で、こちらのスイーツをお出ししましょう。

【完結】都合のいい女ではありませんので

風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。 わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。 サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。 「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」 レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。 オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。 親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。 ※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

虐げられた伯爵令嬢は獅子公爵様に愛される

高福あさひ
恋愛
リリム王国辺境伯エインズワース伯爵家の長女、ユーニス・エインズワース。伯爵令嬢であるはずなのに、生活は使用人以下で、まともに育てられたことはない。それでも心優しく強かに育った彼女は、ある日、隣国との国境である森で二人の怪我をした男性を見つけて……?※不定期更新です。2024/5/14、18話が抜けていたため追加しました。 【2024/9/25 追記】 次回34話以降は10/30より、他サイト様と同時の更新予定です。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)