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第十三話:処刑
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ベニアミーナは、後ろ手で縛られたまま、天井から吊り下げられると、耐えきれずに悲痛な叫び声を上げた。全身が激しく痛む中、彼女は神に祈りを捧げるかのように声を震わせた。
「ああ、聖母よ! 私をお救いください! 痛い! どうかこの苦しみから解放してください! 全てお話しします、もう何も隠しません!」
彼女の叫びは牢の冷たい壁に響き渡り、監視役たちの表情を少しも揺るがすことはなかった。ベニアミーナはすでに、拷問が始まる前から自白することを決意していたのだ。共犯者たちの証言、城内に残る数々の証拠、そしてフィデンツィオの遺体に残された凄惨な傷跡――すべてが、彼女に逃れる術のないことを示していた。彼女は、もはや自らの命を救うことができないことを理解していたが、それでも一つだけ、彼女にとって重要なことがあった。
「私は拷問を恐れているから自白したのではない」という姿勢を、彼女は何よりも守りたかった。ベニアミーナは、自分だけが逃れようとせず、他の者たちと同じ苦しみを共有し、その上で自白したいと思っていた。それこそが、彼女が最後まで持ち続けた誇りであり、名誉だった。しかし、肉体の苦痛は想像をはるかに超えており、彼女は結局すぐに口を開いてしまった。それは、どうにもならない人の限界だった。
「執事のオッターヴィオが、私とルイージャ夫人に提案したのです。フィデンツィオを殺すべきだ、と。私はもちろん、そんなことをすれば死刑になると反対しましたが、彼は大丈夫だ、自分が全ての責任を負うと言い切ったのです。そして、私たちはあまりにも酷い仕打ちに耐えかねて、彼の言葉に乗ってしまったのです……」
彼女の声は冷静で、感情を押し殺したかのようだったが、その内心では、かつて愛したオッターヴィオに対する憎しみが沸き上がっていた。彼は彼女を裏切り、彼女のそばを離れ、郊外の薄暗い路地で無残にも殺された。ベニアミーナは、オッターヴィオが死んだと聞かされた時、自らの罪を彼に押し付けることを心に決めた。彼女に残された最後の選択肢は、死者に罪を着せることだった。
「オッターヴィオは、私たちを救うために全てを行ったのです」
彼女の証言は徹底してオッターヴィオに責任を転嫁するものであり、死者に口なしという言葉が頭をよぎった。彼女は、すでに自らの計画が失敗し、すべてが崩壊したことを理解していたが、それでも彼女は最後の一筋の誇りを残そうとしたのだ。
裁判の結果は、ベニアミーナ、ルイージャ、そしてジャンパオロに対して、揃って死刑が宣告されるという残酷なものだった。ベニアミーナの美しさや若さもあいまって、彼女たちを弁護する多くの嘆願書が法王のもとに届けられたにもかかわらず、特赦が与えられることはついになかった。それどころか、法王はチェーヴァ家の莫大な財産を没収する意図を持っており、そのために処刑を強行するつもりだという噂が広まっていた。ベニアミーナはその噂を聞きつけ、真実味を感じながらも、法王の意図を阻止する手段は何も残されていなかった。
それでも彼女は、己の運命を受け入れつつも、最後に自分の意思で行動を起こそうと決意した。彼女は遺言を作成し、その中で自身の財産を慈善団体や教会に寄付する旨を記した。これにより、少なくともすべてが法王の思惑通りになることはない、と希望を持つことができた。
その中に、サルドレア夫人に宛てた手紙があった。
「サルドレア夫人。マルコ少年のために、私の財産の一部をあなたに託します。どうか、この子が健やかに成長し、私が果たせなかった未来を歩むことができますように。もし、あなたが先に亡くなられた場合、この資金を信頼できる他の方に託すようお願い申し上げます。また、万が一、マルコが先立つようなことがあれば、その時には、その財産はあなたのものとしてお使いください」
ベニアミーナは、獄中で息子を出産していたのだ。その子はすぐに取り上げられてしまい、直接抱きしめることさえ許されなかったが、ベニアミーナは一つだけ望みを果たすことができた。彼女は、その子に「マルコ」と名付けたのだ。それは彼女の最後の愛情が注がれた瞬間であり、その名は彼女の全ての感情を集約していた。
処刑の日――
ルイージャの刑が最初に執行されることとなった。彼女は恐怖に震えながらも、最後の最後まで娘であるベニアミーナの目をまったく見ようとしなかった。その次に、ジャンパオロが処刑台に引き出された。彼は神に許しを請い、何度も祈りの言葉を唱えていたが、その声も断ち切られる瞬間が訪れた。
ベニアミーナは冷静に彼らの処刑を見届け、自らの番を待つことに決めていた。
「恐れることはない。すべては神の御心のままに……」
彼女は断頭台に向かうとき、迷いのない足取りで進んでいき、まるで運命を受け入れたかのように首を差し出した。その瞬間、彼女の美しい金髪が風に舞い、ベニアミーナ・チェーヴァの生涯は、静かに幕を閉じた。
彼女の死後、遺言に基づき、ベニアミーナの財産は教会や慈善団体に寄付された。法王が望んだチェーヴァ家の財産没収計画は、完全には実現しなかった。彼女の最期はロマホフ中に波紋を広げ、ベニアミーナ・チェーヴァの悲劇的な運命は、人々の心に深く刻まれることとなった。
こうして、生涯を終えた彼女だったが、『ベニアミーナ・チェーヴァ』の名は、後世の人々によって語り継がれ、永遠に記憶されることとなった。
―完―
~参考~
『ベアトリーチェ・チェンチの悲劇』
「ああ、聖母よ! 私をお救いください! 痛い! どうかこの苦しみから解放してください! 全てお話しします、もう何も隠しません!」
彼女の叫びは牢の冷たい壁に響き渡り、監視役たちの表情を少しも揺るがすことはなかった。ベニアミーナはすでに、拷問が始まる前から自白することを決意していたのだ。共犯者たちの証言、城内に残る数々の証拠、そしてフィデンツィオの遺体に残された凄惨な傷跡――すべてが、彼女に逃れる術のないことを示していた。彼女は、もはや自らの命を救うことができないことを理解していたが、それでも一つだけ、彼女にとって重要なことがあった。
「私は拷問を恐れているから自白したのではない」という姿勢を、彼女は何よりも守りたかった。ベニアミーナは、自分だけが逃れようとせず、他の者たちと同じ苦しみを共有し、その上で自白したいと思っていた。それこそが、彼女が最後まで持ち続けた誇りであり、名誉だった。しかし、肉体の苦痛は想像をはるかに超えており、彼女は結局すぐに口を開いてしまった。それは、どうにもならない人の限界だった。
「執事のオッターヴィオが、私とルイージャ夫人に提案したのです。フィデンツィオを殺すべきだ、と。私はもちろん、そんなことをすれば死刑になると反対しましたが、彼は大丈夫だ、自分が全ての責任を負うと言い切ったのです。そして、私たちはあまりにも酷い仕打ちに耐えかねて、彼の言葉に乗ってしまったのです……」
彼女の声は冷静で、感情を押し殺したかのようだったが、その内心では、かつて愛したオッターヴィオに対する憎しみが沸き上がっていた。彼は彼女を裏切り、彼女のそばを離れ、郊外の薄暗い路地で無残にも殺された。ベニアミーナは、オッターヴィオが死んだと聞かされた時、自らの罪を彼に押し付けることを心に決めた。彼女に残された最後の選択肢は、死者に罪を着せることだった。
「オッターヴィオは、私たちを救うために全てを行ったのです」
彼女の証言は徹底してオッターヴィオに責任を転嫁するものであり、死者に口なしという言葉が頭をよぎった。彼女は、すでに自らの計画が失敗し、すべてが崩壊したことを理解していたが、それでも彼女は最後の一筋の誇りを残そうとしたのだ。
裁判の結果は、ベニアミーナ、ルイージャ、そしてジャンパオロに対して、揃って死刑が宣告されるという残酷なものだった。ベニアミーナの美しさや若さもあいまって、彼女たちを弁護する多くの嘆願書が法王のもとに届けられたにもかかわらず、特赦が与えられることはついになかった。それどころか、法王はチェーヴァ家の莫大な財産を没収する意図を持っており、そのために処刑を強行するつもりだという噂が広まっていた。ベニアミーナはその噂を聞きつけ、真実味を感じながらも、法王の意図を阻止する手段は何も残されていなかった。
それでも彼女は、己の運命を受け入れつつも、最後に自分の意思で行動を起こそうと決意した。彼女は遺言を作成し、その中で自身の財産を慈善団体や教会に寄付する旨を記した。これにより、少なくともすべてが法王の思惑通りになることはない、と希望を持つことができた。
その中に、サルドレア夫人に宛てた手紙があった。
「サルドレア夫人。マルコ少年のために、私の財産の一部をあなたに託します。どうか、この子が健やかに成長し、私が果たせなかった未来を歩むことができますように。もし、あなたが先に亡くなられた場合、この資金を信頼できる他の方に託すようお願い申し上げます。また、万が一、マルコが先立つようなことがあれば、その時には、その財産はあなたのものとしてお使いください」
ベニアミーナは、獄中で息子を出産していたのだ。その子はすぐに取り上げられてしまい、直接抱きしめることさえ許されなかったが、ベニアミーナは一つだけ望みを果たすことができた。彼女は、その子に「マルコ」と名付けたのだ。それは彼女の最後の愛情が注がれた瞬間であり、その名は彼女の全ての感情を集約していた。
処刑の日――
ルイージャの刑が最初に執行されることとなった。彼女は恐怖に震えながらも、最後の最後まで娘であるベニアミーナの目をまったく見ようとしなかった。その次に、ジャンパオロが処刑台に引き出された。彼は神に許しを請い、何度も祈りの言葉を唱えていたが、その声も断ち切られる瞬間が訪れた。
ベニアミーナは冷静に彼らの処刑を見届け、自らの番を待つことに決めていた。
「恐れることはない。すべては神の御心のままに……」
彼女は断頭台に向かうとき、迷いのない足取りで進んでいき、まるで運命を受け入れたかのように首を差し出した。その瞬間、彼女の美しい金髪が風に舞い、ベニアミーナ・チェーヴァの生涯は、静かに幕を閉じた。
彼女の死後、遺言に基づき、ベニアミーナの財産は教会や慈善団体に寄付された。法王が望んだチェーヴァ家の財産没収計画は、完全には実現しなかった。彼女の最期はロマホフ中に波紋を広げ、ベニアミーナ・チェーヴァの悲劇的な運命は、人々の心に深く刻まれることとなった。
こうして、生涯を終えた彼女だったが、『ベニアミーナ・チェーヴァ』の名は、後世の人々によって語り継がれ、永遠に記憶されることとなった。
―完―
~参考~
『ベアトリーチェ・チェンチの悲劇』
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