わるいむし

おととななな

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 「はぁ…」
 大学のカフェテリアで、新汰は何度目かわからないため息を吐いた。
 まだ梅雨明けではないものの連日の鉛を張ったような曇り空から一変、今日は雲一つない快晴で夏の訪れを感じさせている。
 しかし雨に濡れる心配もないのに、新汰の心は曇天のままだった。
 理由は一つ。
 三日前にやってしまった大失態のせいだ。
 升谷を陥れ弱味を握るはずがそれも失敗し、あげく兄からの信頼も失ってしまった。
 その証拠に、あれから兄とは必要最低限の会話しか交わせていない。
 食事の用意などの家事は普段通りだが、あまり新汰の方を見なくなったし、優しい眼差しも向けられなくなった。
 それは、兄が新汰に対して不満を感じているからだろう。
 恋人と勝手に会い、酒を飲んで酔っ払い、グラスを倒して服を濡らしたあげく寝てしまったのだから当然だ。
 「はぁ…」
 新汰は再びため息をつくと、テーブルに顔を伏せた。
 升谷を排除する前に、失った兄からの信頼を取り戻さないと精神的にきつすぎる。
 新汰にとって兄は絶対的存在。
 奏汰から冷たくされるということはつまり新汰にとってはかなりの苦痛であるということだ。
 それを抱えて過ごしたこの三日間は、殺虫スプレーをかけられた虫のような気持ちだった。
 なんとかいつものような関係に戻りたいが、あまり兄弟喧嘩というものをしたことがない新汰にはその解決方法が全くわからない。
 「…詰んでる」
 新汰は呟いた。
 やんわりと避けられ、話すチャンスも与えられないとなると完全に終わってる。
 すると、頭上から声がした。
 「新汰くん?どうしたの?具合い悪い?」
 のそりと顔を上げると、こちらをじっと見つめる大量の睫毛とたっぷりのラメにおおわれた目が見えた。
 「なんでもないよ、杏菜ちゃん」
 鬱陶しいな…
 心の中で舌打ちをしながらも返事をする。
 「本当?あんまり顔色よくないよ」
 杏菜はまた了承も得ず、同じテーブルに自分の居場所を作った。
 「寝不足でさ。ほら、もうすぐテストあるから」
 新汰の嘘に杏菜は疑うことなくそっかーと頷く。
 「杏菜も今回はまじで頑張んないとヤバいんだよね。あ、新汰くん保岡教授のレジュメって持ってる?えーっと…確かエッグ?ベネディクトのなしょ…なしょなずむ…り?ってやつ」
 「………ベネディクト・アンダーソンのナショナリズムね」
 「そう!それ!」
 杏菜は両手を合わせるとまるで祈るようなポーズで懇願してきた。
 「おねがい!コピー取らしてくれない?新汰くんのレジュメ見やすいし要点おさえててすっごくわかりやすいから」
 
 
 
 
 
 
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