月の華診療所

花輝夜(はなかぐや)

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薔薇の耳飾り3

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そのとき、出かけ際にポケットに突っ込んだブレスレットが転がり落ちた。
「あ…」
パリン。
またこの腕輪だ、と思う間もなく、乾いたものが割れる音が響く。
慌てて拾い上げるも華奢なブレスレットに散りばめられたローズクォーツはどれも割れていなかった。
「あれ?」
「胸ですよ」
「え?」
先程までの可愛らしい笑みを引っ込め、少し眉を顰めた彼女はわたしの胸を指差していた。
シャワーを浴びたところで、ネックレスなどはつけてないないはずだが。
「あ…れ……」
無意識に胸へ当てた手にちくりと痛みが走る。恐る恐る見てみると、手には小さなくすんだ桃色のガラスの破片が刺さっていた。
「…あなたの、心ですよ」
胸に目をやる。
ラフなTシャツをものともせず、あまりにもキラキラしたガラスの破片と薔薇のような花がわたしの胸から溢れ出てきていた。
「えっ、なに、なんやこれ…!?」
シャンデリアの光にも負けない輝きを発しながらガラスと花は足元へ散らばる。散らばっては、一瞬で溶ける雪のように消えていった。
「なにかとても辛いことや我慢していることがあって、心が不安定だったんですね。それが、このブレスレットを見て一気に壊れた。ここは、それが可視化できる部屋なんです。…何か思い出の品ですか?」
彼女はブレスレットを拾い上げてわたしに手渡す。
彼女の言ってることの殆どがわからなかったが、ブレスレットを見ると胸が苦しくなってガラスの破片と薔薇の花弁が溢れてくるのは本当だった。
「いえ、友…友達にもらった誕生日プレゼントです」
友達と言うときに一層胸が苦しくなる。
彼女はわたしを再び座らせると、胸から溢れてくるガラスと花を数枚拾い上げた。足元に落ちたそれらは雪解けのように消えていくのに、彼女が触ったものはそのまま美しい輝きと歪な形を保ってそこに残った。
「大体わかったので、詳しいことは話さなくて大丈夫です。…お薬をお出しましょう。しばらくここでお待ちください」
優しく微笑むと彼女は破片と花を数枚を持って扉を出ていった。
その後どれくらい経ったであろうか。胸から溢れるものが落ち着いてきた頃、彼女は白魚の手に何か小さいものを乗せて戻ってきた。
「これが今回のあなたのお薬です。あなたが、会うのが苦しいと思う方の前に出るときお付けください。そうすれば少しはお手伝いできると思いますので」
手渡されたのは、桃色の薔薇のイヤリングだった。
さっきまでそこに咲いていたかのような自然で美しい形に、とうに息絶えていたと言わんばかりのくすんだ桃色はそのコントラストで一層艶やかさを増している。
優雅で大人っぽくもあり、可憐でもあった。
「薬?」
「はい、これはあなたの心で出来た薬です」
言われてよく見れば、先程わたしがボロボロ吐き出したガラスの破片と花弁でできていた。
「これは、朋華さんが?」
「それが仕事ですので」
あまりの精巧さに驚いたように彼女の目を見る。初めて見たときの笑顔と同じように、彼女は少女のように明るく笑っていた。
「綺麗です」
何に言うでもなく、わたしは彼女とイヤリングを交互に見る。
結局薬とはなんなのか、この店はどういう場所なのかわからないままわたしはそのイヤリングを購入し、店を後にした。包み紙はいつかの女性が幸せそうに抱えていたあの可愛いものだった。
「またお越しください」
彼女の声が不思議にいつまでも頭に残った。
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