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薔薇の耳飾り2
しおりを挟む「ここ?」
誰に言うまでもなく呟いた言葉は蝉の求愛に負けて消えていく。閑静な道でも更に静かになった奥の場所に、例の看板はあった。
風に乗ってくる喧騒は遥か遠く、目の前の小さな建物がやけに物々しく見える。こんな寂れた通りの終着点には似つかわしくないこざっぱりした西洋風の建物で、真新しく塗られたペンキの匂いがした。
町のケーキ屋と言われた方が納得がいきそうだが、仰々しく彫り模様が入れられた扉やひとつしかない丸窓にかかる暗いカーテンを見るにケーキは売っていなさそうだった。中には占い師か魔女でも住んでいるのかもしれない。
「まじであやしい…!これは病院説はとりあえず消えたな」
診療時間や営業時間も書いていない。病院どころか、変わり者が住んでいる普通の家だというほうが自然だろう。
一際存在感を放って佇む豪華な彫り模様の扉は、入ったら最後怪しい壺でも買うまで出てこられないような気がした。
扉の前でしばらく二の足を踏む。
「うー…」
しかし、結局好奇心が勝った。
吸い込まれるように扉に手を掛けそっと引く。カランコロンと想像より軽い音のドアベルが少しだけわたしを安心させた。
「あのー…ごめんください……」
店に入るのに緊張しすぎて普段は絶対に言わないような挨拶がうっかり口から漏れた。
自分を落ち着かせるようにそっと扉を閉めて中に入ると、紅茶のような香ばしく甘い香りに身を包まれる。聴いたことはないはずなのにどこか懐かしい優しい音楽がそっと耳を撫でた。
小さな外観と違って中は想像以上に広い。
締め切られたカーテンの中で薄暗い空間ではあるが、天井にさげられた小ぶりなシャンデリアとテーブルのキャンドルのおかげで息苦しさはない。
中央と左右にはひとつずつ大きめのテーブルが置いてあり、そこには何かシャンデリアの光を反射してキラキラ光るものがたくさん並べてあった。
「わあ……」
真ん中のテーブルに近寄ってみると、それはアクセサリーだった。深海色の蜻蛉玉、飴色のビーズに、カットが入った虹色の光を放つガラス細工まで、思わず手に取りたくなるようなピアスやネックレスが誇らしそうに己の美しさを競っている。
やはりアクセサリーショップだったのだ。これだけ綺麗なのだからどこかのブランドなのかもしれない。
「いらっしゃいませ」
入る前にあれほど怪しがっていたことは棚に上げ、穴が開くまでアクセサリーを見つめていると奥から声を掛けられた。
そちらに目をやり、わたしは息を呑む。
「初めての方ですか?」
「は……はい……」
奥のカウンターから出てきたのは美しい人形だった。いや、女性だった。
年の頃はわたしと同じか少し下くらいにも見えるが、大人びた雰囲気で妙に色気のある佇まいをしている。後ろで軽く結い上げても腰まで届く絹糸のように滑らかなぬばたまの髪は、たっぷりとした黒でありながら玉虫の羽に劣らず不思議な色の艶をしていた。
華奢で儚い背格好と清楚なワンピースに不釣り合いな涼しい目元は切れ長で、甘過ぎない大人の雰囲気を醸し出す要因であるようだ。口元にあるほくろが色っぽく、こちらへ歩み寄りながら微笑む表情に花を添えていた。
こんなアンティークショップにいてはうっかり人形かと思われても仕方がないだろう。実際にわたしは彼女を生身の人間であると一瞬理解できなかったのだから。
「奥へどうぞ」
「は…い……」
管理人の言っていたやけに綺麗な店主はこの人だ。そう確信した。
どこへ連れて行かれるのかもわからないまま彼女へついて行く。カウンターの後ろにある扉に、彼女は入っていった。
「こちらにおかけ下さい」
中は小さなテーブルと椅子がふたつあるだけのシンプルな部屋だった。先程よりは明るかったが、花も恥じ入るアクセサリーがここにはひとつもないせいで少しだけ寂れて見えた。
ふと、売り物がないこんな部屋になぜ通されたのだろうという思いが込み上げる。もしかして、ここで壺を買わされるのではないだろうか。
「本日はどうされましたか?」
「えっ?え…と……?ここが何屋さんなのか気になって、その…」
どうしたもこうしたも、アクセサリーショップに入る理由など語るほどあるはずがない。
そんなことはしつこく纒わりつく服屋の店員にも聞かれたことがなかった。
「あぁ…すみません、わかりにくいですよね。申し遅れました、わたしは月ノ華診療所の医者、朋華です」
「いしゃ……?」
「医者というよりは、カウンセラー…いや、手芸員ですね」
鈴の音を転がすような声で笑う、朋華と名乗った彼女を呆気に取られたように見る。医者?手芸員?つまり、なんなのか。
美しい彼女は実は狐で、現在進行形でつままれているんじゃないだろうかという思いさえ脳裏を過ぎった。
「ほ…ほしたらここは…アクセサリーショップじゃなくて、病院?」
自分でもありえないことを言っている自覚はあったが、彼女は自らを初めに医者だと名乗ったのだ。医者がいるのだから病院なのだろう。怜悧な目に似合わず少女のような明るい表情で微笑んだ彼女は、そうだともそうじゃないとも言うことはなかった。
「…何かお悩みがあるんじゃないですか?ここに来ようと思う人は、みんな知らず知らず何かを抱えているので」
身に覚えのない悩みを相談しろと言われても無理な話だ。
わたしを悩ませることといえば専ら、年々成長を続ける腹の肉くらいのもんである。
「す、すみません…アクセサリーショップだと思ってたもので、その、すみません」
ろくな相談も思い付かなかったわたしは、赤面してしどろもどろに席を立つ。
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