推しと俺はゲームの世界で幸せに暮らしたい!

花輝夜(はなかぐや)

文字の大きさ
6 / 101
1章

ピンクの看板で受付に人がいなくて水槽のある宿屋は普通の宿屋ではない(確信)

しおりを挟む

外に出た片喰は、非常にありがたい状況に出会っていた。

「ル…ルイ…」

「怖い?あ、重い?ごめんね、僕魔道具なんてあんまり使わないからさ…これしかなくて」

ルイは庭に出るなり、白衣のポケットの中に仕舞われていた小さな部品を取り出して地面に投げつけた。
ちかちかとした光と共にそれは人間ひとりが寝られるくらいの大きさのカプセルへと変化する。
お薬カプセルのような色味のそれには長く太い紐のようなものに縛られた腰掛けがついており、用途が不明すぎるものだった。
ルイはそれを軽々と上に投げる。
カプセルは無重力空間で持ち上げられたようにすっと宙に浮いた。
カプセルに縛られた腰掛けは乗り物のようになり、全体的に見れば気球にぶら下がった空飛ぶブランコだ。
そこへ本当にブランコのごとく座るようにと指示された片喰はしっかりと紐を握りながら恐る恐る腰掛ける。
そして、その片喰の膝の上に当然のような顔をしてルイが上から座ってきたのだ。
声をあげるよりも先にカプセルブランコは浮上し、見る間に空高く舞い上がる。急なアトラクションに片喰は文句を言うタイミングすらも失っていた。

「僕の魔道具なんだけど、カプセルの中に患者を入れて回復しながら搬送するためのものなんだ。だから乗るところなくってさ」

「そ、そ、そ、そうか」

「不便だから乗れるように改造してもらったんだけど、まさかふたりで行動することがあると思わなかったんだ」

「そ、そ、そうだよな」

ルイの話がほとんど頭に入ってこない。推しの尻が自分の膝を温めている。推しの手が自分の手の上に添えられている。推しの銀髪が目の前を行ったり来たりしている。推しが軽くて小さい。そして今いる場所は空。
片喰は完全に処理落ちしていた。

「さっきも言ったけど、毒の洞窟は遠くてさ。今日はもしかすると泊まりになるかもしれない。宿屋があるといいけどなぁ」

「と…とまり…ははっ」

さらなる爆弾も飛んでくる。箒に乗った女性や謎の生き物に跨った集団など様々な珍しい光景とすれ違い、足元には煌びやかな街の絶景が広がっている。
ただ、カプセルは見た目から想像していたよりも速度が出るため少し肌寒く、紐を握る手は冷たい。
優雅な空の旅とはいえないが、片喰は死ぬなら今かもとさえ考えていた。

「ドクオオトカゲ自体は戦闘に長けた種族ではないし、簡単に倒せると思うんだけど。調査っていうのがね…あんなところに一体何が好き好んで寄り付いているのか…」

ルイの声を聴きながら、やはり死ぬよりもこの愛おしい推しを守り抜くことを決意した片喰は必死にゲームの戦闘を思い出していた。
移動、ジャンプ、回避の他にも必殺技や能力と職業技のコンボなどもあった。
ただ、ファンクションキーもLRボタンもない以上、ルイを守れるかどうかは片喰の肉体の強さと能力を操るセンスにかかっていると言っても過言ではない。

「ルイ…俺…がんばるから…」

その後、何度か休憩を挟みつつ山を越え野原を超えて森の入り口まで来たところでルイはカプセルを地上におろした。
何時間くらい乗っていたのだろうか、腰が痛い。
この森の奥に洞窟があるらしい。まだ暗くはなっていないが日は傾き、今から森に入れば着く頃には真っ暗になっていそうだった。

「うーんやっぱり今日は泊まって、明日朝いちの方がよさそうだね。近くの宿屋に泊まろう」

「え、あ、あぁ…」

急遽発生したお泊りイベントに片喰は内心心臓を吐きそうになるほど緊張しながらルイに着いていく。昨晩は別室だったが、宿ならツインルームかもしれない。
森の入り口には小さい町があり、派手な宿屋や飲み屋が何軒か並んでいた。男女が酒を飲みかわし、楽し気に腕を組んで歩いている。

「随分派手な宿屋だね。中央街にはないタイプだなぁ。こことか、可愛い外観じゃない?中も綺麗そう。ここにしようか」

立ち並ぶ宿の中でルイが指さしたのはピンクの看板が下がっているものだ。
中に入ると、宿屋の受付らしくない狭いつくりになっていた。狭いくせに熱帯魚の水槽など置いてある。
ゲーム制作時に用意した回復宿屋はもっと質素で受付も広かったはずだ。片喰は嫌な予感がした。

「すみませーん。…受付に人がいないな。ん?」

ルイが呼んでも受付に人が出てこない。ふと手元に目をやると、鍵が入っている透明なボックスがいくつか並んでいた。

「302、205…もしかして部屋の鍵?前金650イム…なるほど、ここで前金を先払いして鍵を受け取るんだね」

「ちょっと待て、ルイ」

「ん?」

こんなセルフサービスな宿が訳ありじゃないわけがない。
片喰はルイを止めたが、ルイはすでに透明なボックスにお金を入れてしまっていた。
がちゃ、とボックスがあいて鍵が出てくる。

「どうしたの?」

「あ、いや…」

鍵には203という数字とふたりの人間が描かれている。

「これ、二人部屋だと思うんだ。前金にしてもちょっと安いけど…行こうか」

ルイはおそらく、先程までの片喰と同じでツインベッドの二人部屋を想像しているだろうが、片喰はそれが外れることを予感していた。
きっとここはキングベッドだ。やたらと大きいベッドがひとつあるタイプの宿に違いない。
階段を上って、203号室まで行く。階段の案内板や部屋番号が光っている。
こんな親切設計でおしゃれでかわいい見た目でセルフサービスな宿屋、あそこしかない。
部屋に入ったルイはその広さに驚いていた。

「え!?うわ、すごい広いよ!…ん?」

しかし、やはり部屋にはキングサイズのベッドがひとつ置いてあるだけだった。
そして、謎に透けているシャワールームに、鍵のないトイレ。ムーディな音楽に、不親切な暗い照明。

「あ、え?こんなに広いけど、ひとり部屋…だったみたい…」

引き返そうとするルイの後ろでドアががちゃりと閉まる。そして、お金を全額払わないと開かないドアへと変貌したのだった。

「え?え…待って、ここ…」

ルイも気が付いたようだ。
それきり絶句して何も言わなくなったため、気持ち悪がっているかもしれないとそっと顔を覗き込むと、予想外にもルイは耳まで真っ赤になっていた。

「ル…」

「ごめん片喰さん…ここ、…その…」

「あー、なんというか、大丈夫だ。俺こそもっと早く言えばよかったな」

意外過ぎる反応に片喰まで赤くなる。
設定もなく立ち絵だけだったルイは、サイドストーリーでは女を口説いたりきゃあきゃあ言われたりとなかなか遊び人そうな軽薄さが垣間見えていた。
若く面のいい医者というだけで、女が放っておかないだろうというイメージだったのだ。
てっきりこういう場所にも慣れているかと思ったが、そうでもないようだ。
とりあえずルームサービスのようなものがないか探す。
閉じ込められてしまった以上、ここで食事などを注文するほかないだろう。仕組みが元居た世界のいわゆるラブホテルと同じだと願う。

「あ、あの、僕、違う部屋とってくるよ…!」

ルイがお金を払って出て行こうとする。同性でそこまで意識されるとは思わず、片喰は反射的にルイの腕を掴んだ。

「待て、ルイ。そんなの払わせられねえよ。俺はソファで寝るから毒については安心しろ。それに、男同士だろ」

「え、あ、あ、そ、そっか……いや、でも…」

ルイはひどく狼狽しているようだった。
確かに片喰には下心がある。なんせガチ恋のタイプのオタクなのだ。
ルイが二次元だったときから息子が何度世話になったかはわからない。しかし本来は男同士、多少の抵抗はあれどそこまで危ないものでもないだろう。
片喰も、推しだからこそ軽率に手を出すことなどするはずがない。

「落ち着けよ。ひとまず風呂でも行ってこい」

指さした風呂は不必要に全面スケスケのシャワールームだ。

「あー、えっと…」

今度は片喰が赤くなり、ルイはそれを見て笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

処理中です...