推しと俺はゲームの世界で幸せに暮らしたい!

花輝夜(はなかぐや)

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3章

僕と生きて僕と死んでくれ

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湯で滑る肌が触れ合ってルイはその身を固まらせる。
ルイの首に腕を回して顔を埋め、抱きつく片喰の感情は読み取れない。
死を恐れているのかもしれないと思うとルイの胃袋はひっくり返ったように痙攣して吐き気を催した。

「片喰……さん……」

どう声をかけていいか、どう償えばいいか、なす術をなくして何もかもわからなくなってしまったルイの頼りない呼びかけに片喰は緩慢な動きで顔を上げる。
片喰はルイの予想とは違い、恐怖に引き攣れた表情はしていなかった。
むしろどこか清々しいような誇らしいようなそんな顔をしていた。

「ルイ……俺は、お前のことが好きだ」

肩を掴まれ、突然の直球の告白にルイは体が熱くなるのを感じた。茶化せる雰囲気でも流せる雰囲気でもなくルイはただただ首を縦に振って頷く。

「だから、ムータチオン・トレラントでなくなることはない。未来永劫、ずっとない」

片喰の瞳は濁りなくただただ真っ直ぐだった。
薄い緑色のペリドットはルイだけを純粋に映して言葉よりも饒舌に約束をしている。
片喰が嘘を言うはずがない。片喰が約束を破るわけがない。そんなことは、ルイが誰よりもよく知っていた。

「でも……」

それでも心の底からは信じることができず、含みを持たせてルイは顔を歪ませた。
片喰は少しだけ困ったように眉を下げて微笑み、ルイの髪に頬ずりをする。

「…ルイが双子の兄と体の関係があっても、ムータチオン・トレラントが昔にいても、家が面倒くさくても、関係ない。俺はどんなルイでも愛するよ。全部話してくれていい」

優しく汚れのない囁きにルイの瞳からさらに大粒の涙が溢れる。
まだなにかありそうだと察した片喰に背中を優しく撫でられて堪えきれないようにしゃくりあげたルイはくしゃくしゃにした顔で片喰の首に腕を回し、大声を上げて泣いた。

「片喰さん、僕…!僕、この毒で……!この毒で、ユグルを殺したんだ……!僕は、医者なんかじゃない!人殺しなんだ!ユグルがもういないのは、僕が…!僕がこの毒で殺したからなんだよ……!」

「ユグル…?」

「僕のムータチオン・トレラントだ…彼女は、僕を愛せなくなったときに言い出せなくって…!僕と同じ布団で寝て、朝起きたら………!あぁああ……!」

ルイの涙が片喰の肩を伝う。
片喰は最初にルイに想いを伝えた後、慣れてきても決して自分の部屋には立ち入らせてくれないルイの頑なな姿勢を思い出していた。
ルイが妙に愛することに慎重なところも、誰にでも救いの手を差し伸べようとするところも、いつでも献身的でどこか自己犠牲的なところも、全てに納得がいった。
ルイは恐れていたのだ。
愛したものを再び自分の手で殺めてしまうことを。
誰かを愛してしまうことで、許されたような錯覚に陥ってしまうことを。
決して、自分自身を許すことができなかったのだ。
ルイの全ての根底にあるのは、この事柄だった。
片喰に話せなかった最もたるものが、これだった。

「ルイ……」

「嫌われたくない、死んでほしくない、でも、隠しておけることでもない…!いつかはぼろが出る…うっ、うっ……片喰さん…ごめん…ごめんなさい……!」

これが最期の抱擁とでもいうように、ルイは片喰の体温を抱いて泣きじゃくる。
ルイの涙を浴びて、ムータチオン・トレラント以外はもう生き残れるはずがなかった。
湯船の湯が少しずつぬるくなっていく。
片喰にしがみついてしゃくりあげ泣くルイが落ち着いてきた頃合いを見計らって、片喰はゆっくりと口を開いた。

「……ルイは、何で俺にお前の血を輸血したんだ?」

「んっ……」

「あんなに恐れていて、なぜ?」

毒を浴びて全く動じていないいつも通りの片喰にルイは虚をつかれて体を離す。
片喰は微笑んでいるような寂しいような顔でルイをまた真っ直ぐに見つめた。
ルイは口を引き結ぶと目線を彷徨わせ、俯く。そして再度片喰と目を合わせ、白銀の睫毛を震わせた。

「片喰さんに…死んでほしくなくて……」

優しい表情でルイの紡ぎ出す言葉を待つ片喰の顔に、かつての片喰の顔が過ぎる。
熱く力強い腕を思い出す。
血を失って死の淵に立ちながら片喰の胸に耳を当て、脆弱な鼓動を聞きつつ輸血を逡巡していた朦朧とした記憶が呼び起こされる。
死んでほしくない。
それは、本当のことだったが。
ルイは徐々に高鳴っていく自分の心臓の音を、上がる呼吸を数えながら緩慢に首を振った。

「ううん………ちがう……な…」

永遠の愛を誓う片喰。
焼きたてのパンのような柔らかな低音と、朝露に濡れた花々の香り。
照れくさそうに笑う顔と、優しく揺れる薄い緑の瞳。
血を流し、死にかけている横顔。
死んでほしくないと思った。
殺したくないと思った。
でも、違った。あのときにルイの心を、脳裏を支配したのはそんなありきたりな感情ではなかった。
そんな普遍的な言葉で片付けていいような生半可な願いではなかった。
もっと、もっと。

————————とこしえの愛ならくれてやる。だからルイ、俺と生きて俺と死んでくれ。

「僕は…………………」

———————-僕と生きて、僕と死んでくれる?

「僕は………!」

ルイの瞳から枯れることを知らない涙がいくつも落ちる。
片喰は小さくため息をつくと、その先に続く言葉をずっと前から知っていたと言いたげに笑い、ルイに向かって両手を広げた。

「片喰さんに、僕と生きて、僕と死んで欲しかったぁ……!!!」

「あはは!そうだなぁルイ!」

ルイは片喰の胸に飛び込んで抱きつき声を上げる。
すっかりぬるくなってしまった湯が衝撃で大波を立てて溢れたがふたりは気にも留めない。
片喰は目にたくさん涙を浮かべたまま満面の笑みを浮かべ、ルイを力一杯抱きしめた。

「俺もだ、ルイ!俺は、お前と生きてお前のために死んでやるよ!お前のことを生涯愛したままな!」

「うん、うん……」

「お前も、俺と生きて俺と死んでくれるか?」

「うん……!」

「…あっはっは!!」

体温よりも生ぬるい湯の中で、そんなことには全く気が付かないほど熱い抱擁を交わす。
片喰はルイのふわふわとした白銀の髪に顔を埋めて深呼吸をすると、少しだけ体を離して泣きすぎで虚な目になるルイの顎を指で押し上げた。
もう少しでも動けば唇が触れる位置で目を細める。
狂ってしまいそうなほどの興奮を感じている気分とは乖離して、頭は妙に冷静だった。

「ルイ……」

「ん…」

薄らと欲情を孕む片喰の薄目に射抜かれたルイは拒むことなく素直に目を閉じる。

「愛してる。永遠にだ」

「………」

かつてないほど本気の声音で囁く片喰に、ルイは頬に影を落とす長い睫毛を震わせると、片喰と同じように薄らと目を開けて小さく微笑んだ。

「……僕も」

片喰はルイを体ごと引き寄せると、唇にそっと触れた。

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