1 / 5
1.
しおりを挟む「あなたの香り、好きだな」
そう言われてから、わたしはわたしの香りが特別になった。
それはじんわりと心の奥から染み出してくるような好意だった。夏の強い照り返しで炙られた肌から滲む汗と同じ様子でいつの間にか心に染みをつくっていた。気付いたころにはびしょ濡れで、取り返しがつかなかったのである。
「暑いなぁ」
そういって笑うその真っ白な制服も所々汗で濡れて張り付いていた。
若干透けて薄く見える肌色が、笑顔に模様作る木の影に晒されて随分輝いて見えた。
周りには人がいない。暮れ時にはまだ早い、日の一番高い時刻である。買い物に行く主婦や散歩中の暇なお年寄りと出会ってもおかしくないが、やはりこの暑さでは誰も出歩かないようだった。隣を歩くローファーがアスファルトを蹴る優しい音と、遠くに聞こえる蝉の声だけが耳に心地よく響いた。
「これで、足りる?」
「多分」
白くて細い、腕時計すらはめた跡もない手がわたしの持つ袋を指差している。中には変哲のない数リットルの飲み物が入っている。文化祭の準備をしているみんなへの差し入れだ。わたしたちはつまり、体のいい使い走りである。
「アイスでもこっそり食べに行っちゃう?抜け出してさ」
「ジュースぬるくなっちゃうでしょうが。早く帰るよ」
悪戯っ子のようにころころと笑う姿に染みは広がるのを感じた。
一緒にいたからたまたまセットで選ばれた使い走り二人、それ以上でもそれ以下でもないのである。
「ねぇ、虫、ついてる」
「え?!どこ!」
「髪。取ってあげるからじっとして」
突然のことに驚き、言われるがままに動きを止める。その白魚を誇る指がわたしの汗で湿った髪を優しく撫で梳いた。
「なんか、いい匂いがする」
「なに?木とか?ところで虫は取れた?」
焦るわたしと裏腹に、わたしの髪をもてあそぶ白魚は余裕なものだ。うーん、と小さく声を上げ首を傾げたりなんかしている。
「違う。あなたの髪じゃないかな」
「…はぁ」
鼻をひくつかせてみるも酸っぱいようなしょっぱいような汗のにおいしかしなかった。
「どんな匂い?」
「うーん、うまく言えないけど」
そこで白魚はわたしの手からジュースの入った袋をひったくり、朗らかに笑ってみせた。
カンカン照りの太陽が霞んで一瞬時が止まったように見えた、そんな明るい笑顔だった。
「あなたの香り、好きだな」
わたしの心がじわっと吐いた想いが、滲み切れずに溢れた瞬間だった。
そして同じく、「仲のいい女友達」が「好きな人」になった瞬間でもあった。
0
あなたにおすすめの小説
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
真実の愛の祝福
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
皇太子フェルナンドは自らの恋人を苛める婚約者ティアラリーゼに辟易していた。
だが彼と彼女は、女神より『真実の愛の祝福』を賜っていた。
それでも強硬に婚約解消を願った彼は……。
カクヨム、小説家になろうにも掲載。
筆者は体調不良なことも多く、コメントなどを受け取らない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる