2 / 5
2.
しおりを挟む想いが溢れて滴ったからといって何があるわけでもない。わたしがあの人が「すき」だとはっきり自覚しただけだった。自覚したからどうなるか?どうもならない。想いを告げることなどできるはずもないし、今まで通り過ごすだけである。ただ、誘いに心臓が口から出そうなほど跳ね上がる弊害はあった。今回のことなどその最もたる例である。
「どうしても行きたい!ねぇお願い」
いかにもか弱そうな白魚は、思いの外強い力でわたしの制服の袖を引いていた。
「もっといるだろ、他に誘う人とか…」
「いやだ、あなたと行きたい」
目尻だけ跳ね上がった長い睫毛に縁どられた瞳がこちらをまっすぐに見上げてくる。
黒く透き通ったガラス玉はきっと触ればひんやりしていたことだろう。
熱に火照ったわたしはその冷たさが恋しかったに違いない。気付けば縦に頷いていた。
「やった、浴衣着ていく!あなたも着てきてよ?」
決して恋人だらけの夏祭りに好きな人と行けると、浮かれたわけではないのである。あなたと、という部分に惹かれたわけでもないのである。決して。
闇の帳が空を覆ってなお蒸し暑い日であった。やけに眩しい光を放つ屋台が数メートル先まで列をなし大蛇のようになっている中を、ごみごみとした無数の人がその餌に成り下がっている、そう最初に思った。
肝心の白魚は今日は一段と闇にその白さを主張し、わたしの隣で必死に餌に成り下がっていた。リンゴ飴に綿菓子、かき氷にたい焼き、よくそんなに食べられると呆れたものだ。
それでも何とかの弱みというのか、可愛いと思ってしまうのだから仕方がない。
白魚の先についた小さな桜貝がリンゴ飴の尻をつつき、赤い汁が伝うのが何とも官能的で目に毒だった。
歩くうちに足が鼻緒で痛くなったらしい、食べ終わった後のリンゴ飴の棒を持て余しながらひとけがなく暗いお寺の階段に腰かけて動かなくなった。よく見えないが確かに足の指の間が赤く擦れているようだ。
別に屋台の間をうろうろしたかったわけでもない、わたしは隣に腰かけてゆっくりと自身の心臓の音を聴いていた。
よく見るとどのみち屋台はそろそろ店じまいをするらしい。頭にタオルを巻いた厳ついおじさんが、重そうにたこ焼きののぼりを下ろしていた。
「お祭り終わっちゃう」
「うん。帰ろうか。歩ける?ちょっと足見せて」
名残惜しそうな様子につられてしまわないように面を伏せて指と同じような白魚の足を見る。もっとよく見ようと屈むと、急に耳のあたりを鷲掴まれた。
「な、なに」
「ふわって、いい匂いがしたの。あなたの髪。」
見上げると、彼女はなぜか紅潮した頬と潤んだ瞳でこちらを見ていた。
そんな表情は初めて見た。
夏の太陽のような明るさはない。秋の月のような妖艶な顔だった。
「だから、なんの…」
「あなたが好きよ」
「匂いが」
「そうよ」
心臓が早鐘を打って苦しい。喉の奥に血の味が込みあがって、全身の血が昂るのが痛いほどわかった。匂いだけでいい。匂いだけでも、好きでいてくれるのならわたしは。
「あなたのことが好き」
誤解するような言い方はやめてくれ、まだ、心臓が言うことをきかないのだから。
「あなたの匂いも、あなた自身も」
かたまるわたしに柔らかな頬を寄せる。
あぁそうか、リンゴ飴はこんな味だったか。
それは想像以上に甘くて、むせ返りそうになったわたしは小さく鼻を鳴らした。
わたしの心がじわっと吐いた想いが、溢れた想いが、掬い取られた瞬間だった。
そして同じく、「好きな人」が「恋人」になった瞬間でもあった。
0
あなたにおすすめの小説
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
真実の愛の祝福
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
皇太子フェルナンドは自らの恋人を苛める婚約者ティアラリーゼに辟易していた。
だが彼と彼女は、女神より『真実の愛の祝福』を賜っていた。
それでも強硬に婚約解消を願った彼は……。
カクヨム、小説家になろうにも掲載。
筆者は体調不良なことも多く、コメントなどを受け取らない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる