この関係に名前をつけるとするならば

花輝夜(はなかぐや)

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想いが溢れて滴ったからといって何があるわけでもない。わたしがあの人が「すき」だとはっきり自覚しただけだった。自覚したからどうなるか?どうもならない。想いを告げることなどできるはずもないし、今まで通り過ごすだけである。ただ、誘いに心臓が口から出そうなほど跳ね上がる弊害はあった。今回のことなどその最もたる例である。
「どうしても行きたい!ねぇお願い」
いかにもか弱そうな白魚は、思いの外強い力でわたしの制服の袖を引いていた。
「もっといるだろ、他に誘う人とか…」
「いやだ、あなたと行きたい」
目尻だけ跳ね上がった長い睫毛に縁どられた瞳がこちらをまっすぐに見上げてくる。
黒く透き通ったガラス玉はきっと触ればひんやりしていたことだろう。
熱に火照ったわたしはその冷たさが恋しかったに違いない。気付けば縦に頷いていた。
「やった、浴衣着ていく!あなたも着てきてよ?」
決して恋人だらけの夏祭りに好きな人と行けると、浮かれたわけではないのである。あなたと、という部分に惹かれたわけでもないのである。決して。


闇の帳が空を覆ってなお蒸し暑い日であった。やけに眩しい光を放つ屋台が数メートル先まで列をなし大蛇のようになっている中を、ごみごみとした無数の人がその餌に成り下がっている、そう最初に思った。
肝心の白魚は今日は一段と闇にその白さを主張し、わたしの隣で必死に餌に成り下がっていた。リンゴ飴に綿菓子、かき氷にたい焼き、よくそんなに食べられると呆れたものだ。
それでも何とかの弱みというのか、可愛いと思ってしまうのだから仕方がない。
白魚の先についた小さな桜貝がリンゴ飴の尻をつつき、赤い汁が伝うのが何とも官能的で目に毒だった。
歩くうちに足が鼻緒で痛くなったらしい、食べ終わった後のリンゴ飴の棒を持て余しながらひとけがなく暗いお寺の階段に腰かけて動かなくなった。よく見えないが確かに足の指の間が赤く擦れているようだ。
別に屋台の間をうろうろしたかったわけでもない、わたしは隣に腰かけてゆっくりと自身の心臓の音を聴いていた。
よく見るとどのみち屋台はそろそろ店じまいをするらしい。頭にタオルを巻いた厳ついおじさんが、重そうにたこ焼きののぼりを下ろしていた。
「お祭り終わっちゃう」
「うん。帰ろうか。歩ける?ちょっと足見せて」
名残惜しそうな様子につられてしまわないように面を伏せて指と同じような白魚の足を見る。もっとよく見ようと屈むと、急に耳のあたりを鷲掴まれた。
「な、なに」
「ふわって、いい匂いがしたの。あなたの髪。」
見上げると、彼女はなぜか紅潮した頬と潤んだ瞳でこちらを見ていた。
そんな表情は初めて見た。
夏の太陽のような明るさはない。秋の月のような妖艶な顔だった。
「だから、なんの…」
「あなたが好きよ」
「匂いが」
「そうよ」
心臓が早鐘を打って苦しい。喉の奥に血の味が込みあがって、全身の血が昂るのが痛いほどわかった。匂いだけでいい。匂いだけでも、好きでいてくれるのならわたしは。
「あなたのことが好き」
誤解するような言い方はやめてくれ、まだ、心臓が言うことをきかないのだから。
「あなたの匂いも、あなた自身も」
かたまるわたしに柔らかな頬を寄せる。
あぁそうか、リンゴ飴はこんな味だったか。
それは想像以上に甘くて、むせ返りそうになったわたしは小さく鼻を鳴らした。
わたしの心がじわっと吐いた想いが、溢れた想いが、掬い取られた瞬間だった。
そして同じく、「好きな人」が「恋人」になった瞬間でもあった。
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