この関係に名前をつけるとするならば

花輝夜(はなかぐや)

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季節が音もたてずにページをめくっていく。気怠い暑さにため息しながら床に転がっていたわたしはいつの間にかコタツに足を入れ、雪に鼻を赤くしていた彼女は最近、半年間眠っていた夏服の準備を始めた。
「好きだった冬が終わった」
校庭に降り注ぐ柔らかな日差しを恨めしく見ながら言うわたしに、彼女はどこか大人びた様子で相槌をうった。彼女は春が好きだったはずだ。わたしの戯言なんて気にせず、生命の芽吹く匂いをいっぱいに堪能しているに違いない。
「お前は、たしか春が好きだったよな」
いつもとどこか違う彼女を横目で追いながら、わたしはわかりきったことを声に出して尋ねた。案の定彼女は首を縦に振り、肯定を示した。
「だよな」
最近彼女は、口数が減った。それに伴ってわたしたちの間の会話も減った。元より大人しくて声の小さい彼女だったが、わたしの前ではよく喋りよく笑う子だったのに。
いつからだったろうと首を傾げていると、どこか遠くを見つめなが彼氏女がポツリと声を漏らした。
「…でも、嫌いになると思う。春のことを」
「え?」
すぐ後ろでチャイムが鳴る。校庭を歩いていたわたしたちは、気付けば学校を出て校門に立っていた。無粋な規則だらけの学校にも情緒を解する人はいたらしく、この世のものとは思えないほどに優雅に佇む大木の桜がそこには植えてあった。さわさわと風に揺れて薄紅色の花弁を散らすさまはつい数ヶ月前まで毎日辺りを白く染めた六花によく似ていると遠い意識の中でそんなことを思う。元から車の通行量が少ない田舎道で、下校時間はとっくに終わり、かといって日も暮れておらず学校もまだ開いているこんな微妙な時間では誰もここを通ることはなかった。
そんなひとけのない中、桜の混じった木漏れ日を制服の膝丈スカートに映す彼女は天女か、はたまた妖精か。とにかく、人ではない何かに間違えるほど儚く見えた。
ごく最近切りそろえた肩までの髪が桜に染まる。風に飛ばされてしまいそうな足取りでわたしから距離をとった彼女は、いつかも見た黒く透き通ったガラス玉でこちらを見据えた。
「話があるの」
「…なに?」
嫌でも悪い方向にもっていかれる想像に鼓動が早鐘を打つ。彼女の一挙一動がわたしの血液になってしまったように、全身に彼女という存在が意識させられる。自分の心臓の音で周囲の景色までもが見えなくなりそうだった。
「友達に戻ろう」
彼女はいつもと同じ声音で言い放った。桜に攫われて消えてしまいそうな声だったにも関わらず、直接脳に語り掛けられたのかと錯覚するほどはっきりと聞こえた。
「恋人を、やめる、ってこと?」
乾ききった口では、やっとそれしか言えなかった。彼女は小さく頷くと、風にあおられた髪を耳にかけた。
「嫌いになったわけじゃないの。あのね」
「…他に、好きな人ができた?」
自分でも驚くほど低い声だった。もちろん彼女も驚いた様子で、しかし一瞬後には元の無表情となりまたしても首を縦に振った。そのときわたしは初めて気が付いた。彼女の女の子らしいベージュ色のリュックサックに、見慣れないキーホルダーがついていたことに。
薄いレースがついたカバンにも吹奏楽部の彼女にも不似合いな、剣道の防具を模ったキーホルダー。
「………………男なんだね」
わたしのスカートが風に乗ってプリーツを広げる。彼女は何も応えなかった。無言の肯定だと、わからないほどの付き合いではなかった。
「そっか…」
心の中に底が見えなくなるほどのどす黒い渦が巻き起こる感覚がはっきりとわかった。それが悲しみなのか、惨めさなのか、嫉妬なのか。そこまではわからなかった。全部が入り乱れていたからこそこんなにも深い黒さだったのかもしれない。友達になんか戻れっこない、と全身が叫ぶ。それを声に、それから涙にして出さないとこの渦は晴れそうになかった。
「わかった、じゃあまたあした。」
そう知っていながら、わたしの口から漏れた言葉はそんな天邪鬼なものだった。なぜ、いつから。誰なのか。そんなのひどい、戻れるわけがない。問い詰めることも泣き叫ぶこともできないまま、わたしは帰り道を早足で進んだ。
いつかこうなるとはわかっていたものの、いざその時になってみれば涙も出ないものなんだなとどこかでわたしを見つめるわたしが小さく呟く。心だけが涙を流し、表面はいつもと同じ。まさしく道化師だった。
気分が沈んでいても足は勝手に動くもので、気付けばもう駅前にいた。
定期券を用意して、いざ改札をくぐるときに振り返って手をあげる。そこで、今日は別方向の電車に乗る彼女と一緒ではないことに気が付いた。乗る予定だった電車の発車音が虚しく辺りをこだまする。
「本当に、きらいになったわけじゃないの。ごめんね」
その日の夜、お風呂上りに見たメールにはそんな一文とこれからも友達でいてほしいという旨が記されていた。布団に入れば彼女のぬくもりを思い出し、夢にも桜色の彼女が出てきた。なるほど、本当に、儚い恋であった。
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