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第一章 ゾンビ女とレンタル彼氏
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ピンポーン、ピンポーン。
インターホンの呼び出し音が鳴った。モニターを見ると一階のエントランスに知らない男が立っている。
どうせ何かの勧誘だろう。
無視していると、二度三度と呼び出し音が繰り返し響いた。
「しつこいなぁ、こっちは今それどころじゃないのよ」
みさをは苛々しながら応答ボタンを押し、「はい、今ちょっと取り込んでいるので」と追い返そうとした。
しかしその男はひるむどころか、明るく元気な声で、「セレンディピティから来ましたキキです。えーと萩野みさをさんですよね?」と言った。
「えっ!?」
ちょっと待って。セレンディピティって例のレンタル彼氏を派遣する会社じゃないか。そしてよく見るとモニターに映っているのは、昨晩みさをが選んだ男だ。
「やられた」
みさをは頭を抱えた。何が起きているのかはすぐに分かった。みさをが寝た後、優希が勝手にレンタル彼氏の予約を入れたのだろう。
さて、どうしたものか。
何にしても間違いだと言って帰ってもらうしかないが、もうマンションまで来てしまっているのだ。交通費くらいは払わないとマズいだろう。
仕方なく一旦部屋まで上がって来てもらうことにした。
数分後、今度は玄関の呼び出し音が鳴った。
「はーい」
玄関に走り出したみさをは、自分が上半身裸なことに気づいて、慌てて服を着た。
「どうもー。セレンディピティから来ましたキキです。お客様は初めてのご利用ですよね? ご指名ありがとうございます!」
扉を開けたとたん、爽やかな風のように入ってきたキキという名の男は、写真では分からなかったが、ずいぶん身長が高く、顔が小さかった。他の男と比較したら真面目そうに見えたが、こういうバイトをしているだけあって、やっぱり話し方はチャラい。
「ああ、ええと」
「コースはおまかせになってますが、どうします? 何処かへ出かけますか?」
キキはそう言った後、みさをの姿をまじまじと観察した。よれよれのスウェット姿にすっぴんの顔。とても外に出られる格好でないと判断したのだろう。
「うちでのんびりした方がいいかな。俺、何か作りましょうか? パスタとかなら作れますよ」
キキは笑顔を崩さず提案を変えた。
「あのね、申し訳ないんだけど、今回は友達が勝手に申し込んでしまって」
キキのペースに飲まれ、なかなか口をはさめずにいたが、ようやくそう切り出した。
「えっ!?」
それを受けキキは顔を曇らせた。無駄足を踏まされたと思ったのだろう。
「あ、でも心配しないで。ちゃんとお金は払いますから」
誰が申し込んだかはこちらの問題で、キキに否はない。金額を交渉するのも筋違いに思えてきて、交通費だけでなく全額支払うことにした。
「あっ、そうなんですねー。良かった」
するとキキの顔は瞬時に元の営業スマイルに戻った。見事なまでの切り替えの早さだった。
その様子を見てみさをは軽く感動に似たものを覚えた。
ああ、そうか。この子は演技をしているんだ。
これは一種のお芝居で、客はなりたい自分を演じ、相手にも合わせて演じてもらう。ほんのひと時だけ現実と違う夢のような舞台を楽しむ。レンタル彼氏とはそういうサービスなのだと理解した。
みさをはマナの気持ちが少しだけ分かった気がした。
もしかしたらこれは神様がくれたチャンスかもしれない。突然みさをの頭にそんな考えが降ってきた。
自分のことを何も知らず、且つこちらから依頼しなければ二度と会うことのない男と部屋に二人きり。この状況は今の自分にうってつけではないか。
こんな機会はもう二度と巡ってこないだろう。
みさをは心に決めた。今この時だけ全くの別人になりきると。
そうだ、マナのように自由奔放で大胆な女性を演じよう。キキは即興劇が得意そうだから、きっと上手く合わせてくれる。
「ねえ、レンタル彼氏って何でもしてもらえるの?」
みさをは声色を変え、下手な流し目をしながらキキに近づいた。
「もちろん出来ないこともありますけど、なるべくご要望に添えるよう努力します」
キキの方はそんなみさをの心境の変化など気づくはずもなく、マニュアル通りの返事をした。
「ふーん」
緊張のせいか唇が異常に乾いていることに気づき、舌を使って湿らせる。
「それなら君に頼みたいことがあるんだけど……」
そう言いながら、みさをは羞恥心を振り払うように、勢いよく上着を脱ぎ捨てた。
いきなり年上女の裸を見せられ、キキの顔からスーッと笑みが消える。
ザザ……ザー。
外はいつのまにか雨が降っていたようで、窓に叩きつける雨音が静まり返った部屋に響いていた。
インターホンの呼び出し音が鳴った。モニターを見ると一階のエントランスに知らない男が立っている。
どうせ何かの勧誘だろう。
無視していると、二度三度と呼び出し音が繰り返し響いた。
「しつこいなぁ、こっちは今それどころじゃないのよ」
みさをは苛々しながら応答ボタンを押し、「はい、今ちょっと取り込んでいるので」と追い返そうとした。
しかしその男はひるむどころか、明るく元気な声で、「セレンディピティから来ましたキキです。えーと萩野みさをさんですよね?」と言った。
「えっ!?」
ちょっと待って。セレンディピティって例のレンタル彼氏を派遣する会社じゃないか。そしてよく見るとモニターに映っているのは、昨晩みさをが選んだ男だ。
「やられた」
みさをは頭を抱えた。何が起きているのかはすぐに分かった。みさをが寝た後、優希が勝手にレンタル彼氏の予約を入れたのだろう。
さて、どうしたものか。
何にしても間違いだと言って帰ってもらうしかないが、もうマンションまで来てしまっているのだ。交通費くらいは払わないとマズいだろう。
仕方なく一旦部屋まで上がって来てもらうことにした。
数分後、今度は玄関の呼び出し音が鳴った。
「はーい」
玄関に走り出したみさをは、自分が上半身裸なことに気づいて、慌てて服を着た。
「どうもー。セレンディピティから来ましたキキです。お客様は初めてのご利用ですよね? ご指名ありがとうございます!」
扉を開けたとたん、爽やかな風のように入ってきたキキという名の男は、写真では分からなかったが、ずいぶん身長が高く、顔が小さかった。他の男と比較したら真面目そうに見えたが、こういうバイトをしているだけあって、やっぱり話し方はチャラい。
「ああ、ええと」
「コースはおまかせになってますが、どうします? 何処かへ出かけますか?」
キキはそう言った後、みさをの姿をまじまじと観察した。よれよれのスウェット姿にすっぴんの顔。とても外に出られる格好でないと判断したのだろう。
「うちでのんびりした方がいいかな。俺、何か作りましょうか? パスタとかなら作れますよ」
キキは笑顔を崩さず提案を変えた。
「あのね、申し訳ないんだけど、今回は友達が勝手に申し込んでしまって」
キキのペースに飲まれ、なかなか口をはさめずにいたが、ようやくそう切り出した。
「えっ!?」
それを受けキキは顔を曇らせた。無駄足を踏まされたと思ったのだろう。
「あ、でも心配しないで。ちゃんとお金は払いますから」
誰が申し込んだかはこちらの問題で、キキに否はない。金額を交渉するのも筋違いに思えてきて、交通費だけでなく全額支払うことにした。
「あっ、そうなんですねー。良かった」
するとキキの顔は瞬時に元の営業スマイルに戻った。見事なまでの切り替えの早さだった。
その様子を見てみさをは軽く感動に似たものを覚えた。
ああ、そうか。この子は演技をしているんだ。
これは一種のお芝居で、客はなりたい自分を演じ、相手にも合わせて演じてもらう。ほんのひと時だけ現実と違う夢のような舞台を楽しむ。レンタル彼氏とはそういうサービスなのだと理解した。
みさをはマナの気持ちが少しだけ分かった気がした。
もしかしたらこれは神様がくれたチャンスかもしれない。突然みさをの頭にそんな考えが降ってきた。
自分のことを何も知らず、且つこちらから依頼しなければ二度と会うことのない男と部屋に二人きり。この状況は今の自分にうってつけではないか。
こんな機会はもう二度と巡ってこないだろう。
みさをは心に決めた。今この時だけ全くの別人になりきると。
そうだ、マナのように自由奔放で大胆な女性を演じよう。キキは即興劇が得意そうだから、きっと上手く合わせてくれる。
「ねえ、レンタル彼氏って何でもしてもらえるの?」
みさをは声色を変え、下手な流し目をしながらキキに近づいた。
「もちろん出来ないこともありますけど、なるべくご要望に添えるよう努力します」
キキの方はそんなみさをの心境の変化など気づくはずもなく、マニュアル通りの返事をした。
「ふーん」
緊張のせいか唇が異常に乾いていることに気づき、舌を使って湿らせる。
「それなら君に頼みたいことがあるんだけど……」
そう言いながら、みさをは羞恥心を振り払うように、勢いよく上着を脱ぎ捨てた。
いきなり年上女の裸を見せられ、キキの顔からスーッと笑みが消える。
ザザ……ザー。
外はいつのまにか雨が降っていたようで、窓に叩きつける雨音が静まり返った部屋に響いていた。
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