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第三章 最悪の再会
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「だからね、ホントありえない話なんですよ。外注さんはデザイン修正の確認のために一時的にプログラムを書き換えてたんですって。すぐ元に戻すつもりだったのに、急にお腹が痛くなって動けなくなって、そのまま病院に担ぎ込まれて緊急手術だなんて……」
食事の間、奈美江は先日のトラブルの顛末を語っていた。みさをは上の空で「うん、うん」と答え、カレーを機械的に口に運んではいたが、味は全く分からなかった。キキは黙って話を聞いていた。
食事のコーヒーを飲んでいると奈美江に電話が入り、「ちょっとごめんなさい」と言って席を外した。
「セレンディピティ」
キキが呪文のようにぼそっと呟いた。
みさをがビクッと体を震わせると、キキが声を上げて笑った。
やっぱり忘れてなどいなかったのだ。
その顔はインターンの阿倍野くんではなく、完全にレンタル彼氏のキキに変わっていた。
「びっくりしました? いやー、俺も驚きましたよ。まさかこんなところで会うなんて」
ということは、狙ってうちの会社に来たわけではなく、本当に偶然だったのか。なんて運命のいたずら。みさをは神様を恨みたくなった。
「あれっきり指名してくれないから、俺スゲー寂しかったんですよー」
キキは椅子をずらしみさをの横にぴったりつけると、大胆に顔を寄せてきた。
「お願いだから、もう少し離れて」手でキキの体を押し戻す。
今、奈美江が戻ってきたらどうするのだ。生きた心地がしなかった。
「冷たいなぁ、俺たちあんなことした仲なのに」
キキは拗ねたように唇を尖らせた。あんなことという言葉がストレートパンチのように効いて、みさをはぐっと息を詰まらせた。
「あ……あの日は私、どうかしてたの」
健康診断のことを話そうかと思ったが、そんな言い訳は通用しないと思い直した。
なぜなら再検査の結果は異常なしだったのだ。いい年した大人が勝手な思い込みで暴走しただけ、同情を買えるはずもない。
「あのことは奈美江ちゃんやみんなには内緒にしてもらえる?」
あれこれ考えている余裕はない。直球で願い出ることにした。
駆け引き上手なキキのことだ。「えーどうしよっかなー」など焦らされるかと思いきや、「いいですよ」と案外あっさり受け入れてくれた。
「その代わり一つ条件がある」キキは人差し指を立てた。
「何? 条件って」
みさをはゴクリと唾を飲んだ。
おそらくインターンに来ているくらいだから、就職に有利になるよう取り計らって欲しいとでもいうのだろう。そんなことが自分に出来るだろうかと心配になる。
「もう一回、俺をレンタルしてよ」
キキの要求は予想とは違った。レンタル彼氏はもう二度と利用しないと心に決めていたが、その誓いを破る方がコネ入社させるよりは数倍簡単だろう。
「分かった」
そう答えた時、奈美江がこちらに戻ってくるのが見えた。
「今晩部屋に行くから、詳しくはその時に」
キキは口元を手で隠し、そう耳打ちした。
「何なに? いつのまに二人、仲良くなったの?」
奈美江はみさをたちの座席が近づいているのを見て、からかうように言った。
「そんなんじゃ……」
「僕、スープカレーって初めて食べたから、服汚しちゃって。それで萩野さんが拭いてくれてたんです」
みさをが言葉に詰まっていると、キキは用意していたかのようにスラスラと弁明した。
「あら、大変。カレーって落ちないのよね。私、染み抜き持っているわよ」
適当な作り話を奈美江はいとも簡単に信じた。それだけキキは信用されているということか。
「ありがとうございます。でも、もう取れたので大丈夫です」
キキはすっかり純朴な大学生の顔に戻っていた。
食事の間、奈美江は先日のトラブルの顛末を語っていた。みさをは上の空で「うん、うん」と答え、カレーを機械的に口に運んではいたが、味は全く分からなかった。キキは黙って話を聞いていた。
食事のコーヒーを飲んでいると奈美江に電話が入り、「ちょっとごめんなさい」と言って席を外した。
「セレンディピティ」
キキが呪文のようにぼそっと呟いた。
みさをがビクッと体を震わせると、キキが声を上げて笑った。
やっぱり忘れてなどいなかったのだ。
その顔はインターンの阿倍野くんではなく、完全にレンタル彼氏のキキに変わっていた。
「びっくりしました? いやー、俺も驚きましたよ。まさかこんなところで会うなんて」
ということは、狙ってうちの会社に来たわけではなく、本当に偶然だったのか。なんて運命のいたずら。みさをは神様を恨みたくなった。
「あれっきり指名してくれないから、俺スゲー寂しかったんですよー」
キキは椅子をずらしみさをの横にぴったりつけると、大胆に顔を寄せてきた。
「お願いだから、もう少し離れて」手でキキの体を押し戻す。
今、奈美江が戻ってきたらどうするのだ。生きた心地がしなかった。
「冷たいなぁ、俺たちあんなことした仲なのに」
キキは拗ねたように唇を尖らせた。あんなことという言葉がストレートパンチのように効いて、みさをはぐっと息を詰まらせた。
「あ……あの日は私、どうかしてたの」
健康診断のことを話そうかと思ったが、そんな言い訳は通用しないと思い直した。
なぜなら再検査の結果は異常なしだったのだ。いい年した大人が勝手な思い込みで暴走しただけ、同情を買えるはずもない。
「あのことは奈美江ちゃんやみんなには内緒にしてもらえる?」
あれこれ考えている余裕はない。直球で願い出ることにした。
駆け引き上手なキキのことだ。「えーどうしよっかなー」など焦らされるかと思いきや、「いいですよ」と案外あっさり受け入れてくれた。
「その代わり一つ条件がある」キキは人差し指を立てた。
「何? 条件って」
みさをはゴクリと唾を飲んだ。
おそらくインターンに来ているくらいだから、就職に有利になるよう取り計らって欲しいとでもいうのだろう。そんなことが自分に出来るだろうかと心配になる。
「もう一回、俺をレンタルしてよ」
キキの要求は予想とは違った。レンタル彼氏はもう二度と利用しないと心に決めていたが、その誓いを破る方がコネ入社させるよりは数倍簡単だろう。
「分かった」
そう答えた時、奈美江がこちらに戻ってくるのが見えた。
「今晩部屋に行くから、詳しくはその時に」
キキは口元を手で隠し、そう耳打ちした。
「何なに? いつのまに二人、仲良くなったの?」
奈美江はみさをたちの座席が近づいているのを見て、からかうように言った。
「そんなんじゃ……」
「僕、スープカレーって初めて食べたから、服汚しちゃって。それで萩野さんが拭いてくれてたんです」
みさをが言葉に詰まっていると、キキは用意していたかのようにスラスラと弁明した。
「あら、大変。カレーって落ちないのよね。私、染み抜き持っているわよ」
適当な作り話を奈美江はいとも簡単に信じた。それだけキキは信用されているということか。
「ありがとうございます。でも、もう取れたので大丈夫です」
キキはすっかり純朴な大学生の顔に戻っていた。
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