借りてきたカレ

しじましろ

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第九章 降って湧いた婚約者

(1)

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 キキの態度が元に戻り、不意打ちを食らう心配がなくなってもみさをはジョギングを続けていた。

 朝から体を動かすことは案外気持ち良く、その後の仕事も捗ることが分かったからだ。

 そんなジョギング中、みさをには一つ気になっていることがあった。

 公園の中には人工の池があるのだが、そこで毎朝釣り糸を垂れている人がいるのだ。みさをより少し年上だろうその男性は、こざっぱりした身なりで不審者には見えない。しかし、マンション建設と同時に掘られたこの池に魚などいるはずがない。なぜこんなところで釣りをしているのだろう。もしかしてみさをが知らないだけで、誰かが放流でもしているのだろうか。男性がいつも脇に置いている小さなバケツに、獲物が入っているのか覗いてみたくて仕方なかった。

 ある時、あまりにジロジロ見ていたせいか、男性とバッチリ目が合ってしまった。人懐こい顔で男性が会釈してきたので、みさをも軽く頭を下げた。

「毎朝頑張ってますね」

 男性は言った。向こうも毎日前を通るみさをの存在に気づいていたようだ。
 みさをはいよいよ好奇心を抑えられなくなり、男性に近づいた。

「あの……釣れますか?」

「いやー、全然」

 男性は頭を掻いた。

 そっとバケツを覗くと見事に空っぽで、そこには水すらも入っていなかった。

「やっぱり」とみさをは心の声を漏らしてしまった。

「えっ!?」

「ごめんなさい。あなたの腕が悪いとかではなく、この池には魚はいないんじゃないかと……」

 驚いた顔をした男性に、慌てて言い訳をする。

「ああ、そうなんですか。どうりで釣れないわけだ」

 男性は事もなげに言うと、すぐに竿を引き上げた。そして、芝生の上に広げていた荷物を片付けだした。

「いやー、教えてくれてありがとう」

 この人は何日も来ていてその可能性を考えなかったのだろうか。みさをは呆れながらも、屈託なく笑うその男性に好感を持った。
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