借りてきたカレ

第九章 降って湧いた婚約者

（17）

「平森の奴、卑怯な手を使いやがって！」

　勝俣はますます殺気立って、「小野瀬、これ生中継ライブなんだよな？」と聞いた。

「はい」

　小野瀬が頷くと同時に、勝俣は机の上にあった車のキーを引っ掴むと、外に飛び出して行ってしまった。慌てて小野瀬とみさをも後を追う。

「社長、待ってください！　これから大事な予定が」

　小野瀬の呼びかけは、勝俣が走り去った廊下に虚しく響いた。

「小野瀬さん、社長を追いかけましょう」とみさをが言うと、「でも今から大株主の村下さんがいらっしゃるんです。私まで席を空けたら……」小野瀬は泣きそうな表情で答えた。

「じゃ、私が行きます」

　みさをは一も二もなくエレベーターホールに走った。

　勝俣は通勤に使っている自家用のスポーツカーで、平森が会見を行っている会場に行くつもりだろう。携帯で調べると、場所は紀尾井町ホテルだと分かった。

　一階に下り、ビルの前につけていたタクシーに乗り込む。

「紀尾井町ホテルまで、急いで！」

「はいよ」

　みさをが急かしても、タクシーの運転手はゆっくり手袋をはめたりして、すこぶるマイペースだ。
　もー、こっちは緊急事態だっていうのに。
　みさをは焦る気持ちを抑えられず、後部座席で小刻みに膝を揺する。

　さらにこの運転手はあまり道を知らないようで、まともに大通りを進み、すぐに渋滞にはまってしまった。
　勝俣はドライブが趣味で都内の道にも詳しい。運転手つきの車で移動する時でも、自ら裏道を指示してうまく渋滞を回避させている。これではとても追いつけないだろう。
　脇を走る自転車にも追い抜かれ、しびれを切らしたみさをは、電車の方が早いと判断してタクシーを降りた。