堅物上司の不埒な激愛

結城由真《ガジュマル》

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「お疲れモッチー」

「お疲れさま」

 夕方、なんとか全ての受講を終え、各方面への挨拶回りも済んだところで私達はエレベーターに乗り込んだ。
 たくさんの収穫に充足感で胸が満たされ、今日は美味しいお酒が飲めそう。
 ……本当は、課長を誘いたかったな。
 一生懸命ライムの登録をしていた横顔や、酔って赤らんだ肌ととろんとした眼差し、薬指に絡んだ男らしく長い指を思い出して、心臓が弾む。
 だけどやっぱり私は、オカンとして良い仕事をして陰ながら課長に貢献するのが合っていそう。
 
「まだ17時前だから混んでなさそう」

「そうですね」

 水野さんとカレー屋さんの話をしながらエレベーターを降りた瞬間。
 見覚えのある長身の、スラッとしたスーツ姿の男性が目に入り、驚いて足が止まった。

 ……なんで課長がここに。
 休日だけどスーツを着ているから、もしかして課長もセミナーに参加していた?
 全く気づかなかったけど。
 ……それとも。
 自分の都合の良い解釈が頭をよぎって、途端に体温が上昇する。

 ない。ないよね。私に会いにきてくれたなんて。
 調子に乗って期待するにもほどがある。
 だけどこんな幸運滅多にないから、水野さんと行くカレー屋さんに誘いたい。 
 そう思い課長が佇む入り口付近に近づいた瞬間、再び立ち止まった。

 親しげな笑みで課長に話しかけている女性。
 長い髪と華奢な手足に、すぐに萩原さんだとわかった。

 ……もしかして、萩原さんと待ち合わせ?

 一瞬でも私を待っていると自惚れてしまった自分を盛大に恥じる。
 とてもじゃないけど二人に話しかけることができず、慌てて別の自動ドアへ急いだ。

「待ってよモッチー!」

 二人はこれから飲みに行ったりするのかな。
 昨日みたいな課長の無防備な姿、萩原さんも見るってことだ。
 甘く優しい声も、大きな手のひらの熱も。
 そう思うと苦しくて、胸が張り裂けそうだった。

「モッチー?」

 肩を叩かれハッと我に返る。
 逃げるように歩き続け、気づいた時には繁華街の路地裏だった。
 それになんというか、言ってしまうとラブホ街。

「……もしかして誘ってる?」

「え?」 

 顔を赤らめて私を見つめる水野さんに絶句する。

「いいよ。俺も望月さんのこといいなって思ってたし」

「な、何言ってるんですか! 水野さんまでいじんないでくださいよ!」

 必死に笑って冗談で流そうとするも、水野さんは真剣だった。

「……いや、ホントに」

「水野さん……」

 不意に掴まれた腕に身体が強張る。
 課長以外の人の手が触れたことで、改めて思い知ってしまった。
 私は恋がしたいんじゃなくて、課長に恋してしまっただけなんだと。

「望月さん!」

 突然響いた低い声に目を見開く。
 恐る恐る振り向くと、やっぱり背後には課長の姿が。
 それも息を切らして額には汗をかき、必死な表情で私を見つめている。
 胸が焦がれるほど高鳴るのと同時に、今は見られたくなかったという気まずさを覚えた。

 勢いよく腕を振りほどき水野さんから離れるも、時既に遅しだ。
 誤解された。ハッキリそう思った。 
 何もかもがタイミング悪く、私達が立ち止まっていたのは一際いかがわしそうな外観のホテルの入り口だ。

 後から追いかけてきた萩原さんが、私に向かってニヤリと微笑む。

「やっぱり。あの噂本当だったんだ」
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