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1章 一人のオメガと二人のアルファ
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森生潤と森生颯真は二十九年前に二卵性双生児としてともにこの世に生を受けた。颯真が先に生まれたので兄、その僅かあとに生まれた潤は弟。
森生、というと、主に精密機器と医療分野でプレゼンスを確立しており、日本国内だけでなく海外にもその名を聞く企業グループだ。潤と颯真はその森生グループの創業家一族に生まれた。
両親は典型的なアルファとオメガなのだが、他の家庭とは少し違っていた。オメガの母親が自宅で父親に囲われるタイプではなく、互いに違うグループ会社を経営していたというところがだ。両親は世界を飛び回っていることが多く、会う事もままならなかったが、祖母が親代わりとなってふたりを育ててくれた。潤からみれば、双子の兄である颯真がいたから、寂しい幼少期を送ることなく、すくすくと育った。
小学校に入学する頃には、長男の颯真はすでにアルファとしての片鱗を覗かせていた。身体は平均ながらも、その身体能力は高く、また頭脳明晰で、とかくなにをするにも期待以上の成果を上げた。おそらくこの子はアルファだろうなと、創業家の長男がアルファであることを、一族で確信していたという。
また、次男の潤も、やはり身体は平均的ながらも、総合的な能力はその年の子供以上だったという。親族は潤もアルファに違いないと安堵したという。
その後、潤と颯真は中学校で横浜市内でも難関大学の合格率が高いとされる進学校に入学した。そこで知り合ったのが、江上廉だ。彼は、森生家の分家の少年だった。
潤は江上と、中学校から大学まで同窓という腐れ縁の仲だ。また、兄の颯真とも中学校は同じだった。中学校時代はよく三人でつるんでいた。
ただ、大きく違ったのは、潤はオメガであり、彼らはアルファであるという事実。平和だったのはその事実を知るまでだった。
中学校三年生の春。潤は思いもよらない結果を受け取った。自分の第二の性が、アルファではなくオメガだったことが判明した。この時、この瞬間まで、潤は自分がアルファであることを疑っていなかった。
自分というものの根幹が、崩れ落ちるような音を聞いた気がした。何かの間違いなのではないかとさえ思った。
その通知を見た颯真と江上は、なにも言わなかった。
彼らは、自分達と潤は違うと認識したに違いない。そして潤は、彼らと大きく違う自分に絶望した。
颯真と江上は予想どおりアルファであった。超進学校であったためか、アルファだったと話していた同級生は多かったが、潤が見聞きした中ではオメガであったという話は誰からも聞かれなかった。ひょっとしたら学年でオメガは潤だけだったのかもしれない。
同じ日に同じ親から生まれた双子の兄がアルファなのに、どうして自分はオメガなのだ。
そんな問答を、潤はずっと繰り返している。
潤の意識は夢と現をゆらゆらと漂っていた。
「ならば……」
ふと耳にひっかったのは男の声。
「社長のスケジュールをちゃんと一週間押さえた方がよいですね」
江上の声だ。自分の秘書なのでそれはすぐに分かる。
となると社長とは自分のことか。
自分のスケジュールを一週間も押さえる?
なにも聞いてないぞ。
「……そうだな。可能であれば十日ほど押さえて欲しいな」
「かしこまりました」
江上の話し相手も分かる。
颯真だ。
自分の話を二人が決めているということか。起きないとと思うが、瞼が重い。
「いつ頃ならいけそう?」
颯真の声。
「明日の密着取材が一段落して、今月末の取締役会が終わればでしょうか」
「例の件と被らないようにした方がいいよな」
「その方が助かります……」
「わかった。こちらも入院の手続きをしよう。…で、なんでお前は、俺にまで敬語なんだ?」
「一応職務中ですから。休まれてるとはいえ社長の前ですし」
「…そういうことか。お前にそう対応されると違和感しかないな。…おや、目が醒めたな」
ぼんやりと目を開くと、すぐに颯真が気がついてくれた。
「潤、気分はどうだ?」
当たりを見回せば、先程の診察室とは風景が違う。天井が違うし、自分が寝ていたのは堅いベッドだったはずなのに、いつの間にかソファの上だ。
ここは颯真が使っているオフィスか……。身を起こすと、先程までの眠気や怠さが消えていることに気がついた。
「……うん、寝たら、なんか良くなったのかな」
目の前に白衣姿の颯真とスーツ姿の江上がいて、向かいのソファに座っていた。
「お前の場合は疲れとストレスもあるけど、寝ている間に抑制剤も入れておいた」
自分の手元を辿れば、そこから管が伸びている。
「点滴ついでにな」
やはり颯真には隠し事はできない。昨日から碌なものを食べていないと気がついていたのだろう。
「ありがと……。でも抑制剤ってことは……」
「発情期の初期症状だったしな」
「そう……」
「一度はちゃんと発情期を越えて、サイクルを戻した方がいいと、江上と話していたところなんだ」
なぜそんな超プライベートなことを秘書と話しているのだと、不満に思ったのを颯真が素早く察知したのだろう。兄特有の口角をすこし上げた笑みを見せた。
「そんなこと、今更だろ?」
……確かにと思う。江上は潤の周期はもちろん、これまでその手のことに経験がないことも知っている。腐れ縁が続く幼馴染みであるためだ。
「まあもう仕方ないしね。でも、そんなことできるの?」
颯真は、最近はいい抑制剤と、フェロモン誘発剤が出てきたからな、と頷いた。
「メルト製薬様々だ」
ちょっとした颯真の嫌味だ。潤が経営者として采配を振るう森生グループの一角を成す「森生メディカル」も抑制剤を取り扱っており、内資系企業では健闘している部類であるが、その領域のリーディングカンパニーであるメルト製薬にはシェアでは及ばない。
米製薬大手のメルト製薬が「フェロモン誘発剤」という新たなカテゴリーの薬剤を上市したのは昨年のことだ。これまではオメガのフェロモンは「抑える」が基本だったが、これにより「抑える」と「促す」が可能になり、的確のフェロモンコントロールができるようになった。その一方で、悪用されかねない薬剤でもあるため、厳格な管理が求められており、基本的には専門医が投与することを前提として販売されている。
気軽に使える抑制剤とは異なり、決して市場規模が大きいわけではないが、それでもフェロモンを巧くコントロールできない場合や、不妊に悩むオメガの福音になると話題になった。
颯真は当然ながらアルファ・オメガ科の専門医だ。年齢的には通常であれば後期研修医課程にあるはずだが、この国のアルファのみに認められる飛び級制度で、十七歳で医学部に入学し、二十歳で医師免許を取得。二十三歳で専門医の資格を取得した。
そのため、潤は大学時代から颯真に抑制剤の処方を含めた体調管理を委ねている。
「抑制剤と誘発剤をうまく使えば、かなりのところまでコントロールは利く。辛くないようにしてやれるから、一週間くらい都合をつけてくれ。特別室を押さえておくから、入院しても問題はないよ。発情期を一度経験しておくと、周期も安定すると思う」
アルファ・オメガ科における「特別室」というのは、通常の診療科における特別室とは使われ方が少し異なっており、発情期のオメガを収容する個室を指す。大抵はスタッフステーションの近くに設置されており、シャワーとトイレが完備されている。一番大きいのは、防音設備が整っていることと、内側から鍵がかけられるということ。その鍵を外から開けられる鍵は、主治医が持つ一本と、スタッフステーションに厳重に保管されている一本の計二本のみという。
この病院には計二室の特別室があると聞いている。
自分が特別室に入院とか……発情期とか……。
潤は目を瞑った。
なにも言えなくて、気分が落ち込む。やっぱり、自分はオメガであって、アルファの彼らとは違い、どこかでオメガ性と対峙しなけれなならないということなのだろう。
今の自分にとって、いくら颯真が体調をみてくれているといっても、果たしてあの記憶が飛ぶくらいでたらめに本能に忠実になってしまう発情期に、果たして自分は耐えることができるだろうか。
思わず手をギュッと握り込んだ。
そのとき、腕に何かが触れ、思わず身体がのけぞった。
「わっ……!」
理由などない。身体の奥がざわつくものが触れたのだ。
「社長?」
触れていたのは江上の手だった。
潤は目を見開き、感覚を打ち消すように、いや、なんでもないと首を振る。
「ごめん」
思わず謝る。
「潤?」
「なんでもない……」
しかし、僅かに鼻から抜けるように感じられる、自分の忌々しい臭い。……もう嫌だ。
「大丈夫か?」
颯真が身体を寄せてきて、思わず潤は身を引いた。
「だ、大丈夫! で、入院の話だっけ?」
誤魔化すように話をすり替える。颯真は頷いた。
「そうだ。それでいいか?」
「……僕に拒否権はなさそうだよね」
ふたりで勝手に決めてしまった抗議の意味を込めると、颯真も少し困ったような表情を見せる。
「潤の負担を少しでも減らしたいからね」
そんな風に言われては拒絶できないではないかと諦めの気持ちに近くなる。息を吐いて、潤は江上を見た。
「……いつくらいになりそう?」
江上は背広の内ポケットから小さな手帳を取り出す。潤の問いかけは正確な報告を求めており、それを元にした決定に絡むことになる。颯真との雑談とは意味が違うと、秘書は分かっているのだ。
「今月末の取締役会の後ですね」
潤は頷いた。
「わかった。颯真、そういうことらしいよ。よろしく」
半分投げやりな対応だ。
取締役会が終わったら、発情期か……。
身体に掛けられていたタオルケットごと膝を抱える。憂鬱なことが続くな、と潤の気分はさらに落ち込んだ。
「じゃあ、入院予約が取れ次第、治療計画を立てようか」
颯真によると、計画的に発情期を起こすには厳格な薬物コントロールが必要なのだそうだ。ああ、取締役会の前から憂鬱なことが始まりそうだと思った。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
もちろん颯真の自家用車でだ。お前も乗ってく? と颯真は江上に聞いたが、遠慮しますとのことだった。
江上は潤たちの近くに住んでいるというのに。社用車は返してしまっているのだろうから、電車で帰るつもりなのだろうが、どうしたのだろうと思った。
森生、というと、主に精密機器と医療分野でプレゼンスを確立しており、日本国内だけでなく海外にもその名を聞く企業グループだ。潤と颯真はその森生グループの創業家一族に生まれた。
両親は典型的なアルファとオメガなのだが、他の家庭とは少し違っていた。オメガの母親が自宅で父親に囲われるタイプではなく、互いに違うグループ会社を経営していたというところがだ。両親は世界を飛び回っていることが多く、会う事もままならなかったが、祖母が親代わりとなってふたりを育ててくれた。潤からみれば、双子の兄である颯真がいたから、寂しい幼少期を送ることなく、すくすくと育った。
小学校に入学する頃には、長男の颯真はすでにアルファとしての片鱗を覗かせていた。身体は平均ながらも、その身体能力は高く、また頭脳明晰で、とかくなにをするにも期待以上の成果を上げた。おそらくこの子はアルファだろうなと、創業家の長男がアルファであることを、一族で確信していたという。
また、次男の潤も、やはり身体は平均的ながらも、総合的な能力はその年の子供以上だったという。親族は潤もアルファに違いないと安堵したという。
その後、潤と颯真は中学校で横浜市内でも難関大学の合格率が高いとされる進学校に入学した。そこで知り合ったのが、江上廉だ。彼は、森生家の分家の少年だった。
潤は江上と、中学校から大学まで同窓という腐れ縁の仲だ。また、兄の颯真とも中学校は同じだった。中学校時代はよく三人でつるんでいた。
ただ、大きく違ったのは、潤はオメガであり、彼らはアルファであるという事実。平和だったのはその事実を知るまでだった。
中学校三年生の春。潤は思いもよらない結果を受け取った。自分の第二の性が、アルファではなくオメガだったことが判明した。この時、この瞬間まで、潤は自分がアルファであることを疑っていなかった。
自分というものの根幹が、崩れ落ちるような音を聞いた気がした。何かの間違いなのではないかとさえ思った。
その通知を見た颯真と江上は、なにも言わなかった。
彼らは、自分達と潤は違うと認識したに違いない。そして潤は、彼らと大きく違う自分に絶望した。
颯真と江上は予想どおりアルファであった。超進学校であったためか、アルファだったと話していた同級生は多かったが、潤が見聞きした中ではオメガであったという話は誰からも聞かれなかった。ひょっとしたら学年でオメガは潤だけだったのかもしれない。
同じ日に同じ親から生まれた双子の兄がアルファなのに、どうして自分はオメガなのだ。
そんな問答を、潤はずっと繰り返している。
潤の意識は夢と現をゆらゆらと漂っていた。
「ならば……」
ふと耳にひっかったのは男の声。
「社長のスケジュールをちゃんと一週間押さえた方がよいですね」
江上の声だ。自分の秘書なのでそれはすぐに分かる。
となると社長とは自分のことか。
自分のスケジュールを一週間も押さえる?
なにも聞いてないぞ。
「……そうだな。可能であれば十日ほど押さえて欲しいな」
「かしこまりました」
江上の話し相手も分かる。
颯真だ。
自分の話を二人が決めているということか。起きないとと思うが、瞼が重い。
「いつ頃ならいけそう?」
颯真の声。
「明日の密着取材が一段落して、今月末の取締役会が終わればでしょうか」
「例の件と被らないようにした方がいいよな」
「その方が助かります……」
「わかった。こちらも入院の手続きをしよう。…で、なんでお前は、俺にまで敬語なんだ?」
「一応職務中ですから。休まれてるとはいえ社長の前ですし」
「…そういうことか。お前にそう対応されると違和感しかないな。…おや、目が醒めたな」
ぼんやりと目を開くと、すぐに颯真が気がついてくれた。
「潤、気分はどうだ?」
当たりを見回せば、先程の診察室とは風景が違う。天井が違うし、自分が寝ていたのは堅いベッドだったはずなのに、いつの間にかソファの上だ。
ここは颯真が使っているオフィスか……。身を起こすと、先程までの眠気や怠さが消えていることに気がついた。
「……うん、寝たら、なんか良くなったのかな」
目の前に白衣姿の颯真とスーツ姿の江上がいて、向かいのソファに座っていた。
「お前の場合は疲れとストレスもあるけど、寝ている間に抑制剤も入れておいた」
自分の手元を辿れば、そこから管が伸びている。
「点滴ついでにな」
やはり颯真には隠し事はできない。昨日から碌なものを食べていないと気がついていたのだろう。
「ありがと……。でも抑制剤ってことは……」
「発情期の初期症状だったしな」
「そう……」
「一度はちゃんと発情期を越えて、サイクルを戻した方がいいと、江上と話していたところなんだ」
なぜそんな超プライベートなことを秘書と話しているのだと、不満に思ったのを颯真が素早く察知したのだろう。兄特有の口角をすこし上げた笑みを見せた。
「そんなこと、今更だろ?」
……確かにと思う。江上は潤の周期はもちろん、これまでその手のことに経験がないことも知っている。腐れ縁が続く幼馴染みであるためだ。
「まあもう仕方ないしね。でも、そんなことできるの?」
颯真は、最近はいい抑制剤と、フェロモン誘発剤が出てきたからな、と頷いた。
「メルト製薬様々だ」
ちょっとした颯真の嫌味だ。潤が経営者として采配を振るう森生グループの一角を成す「森生メディカル」も抑制剤を取り扱っており、内資系企業では健闘している部類であるが、その領域のリーディングカンパニーであるメルト製薬にはシェアでは及ばない。
米製薬大手のメルト製薬が「フェロモン誘発剤」という新たなカテゴリーの薬剤を上市したのは昨年のことだ。これまではオメガのフェロモンは「抑える」が基本だったが、これにより「抑える」と「促す」が可能になり、的確のフェロモンコントロールができるようになった。その一方で、悪用されかねない薬剤でもあるため、厳格な管理が求められており、基本的には専門医が投与することを前提として販売されている。
気軽に使える抑制剤とは異なり、決して市場規模が大きいわけではないが、それでもフェロモンを巧くコントロールできない場合や、不妊に悩むオメガの福音になると話題になった。
颯真は当然ながらアルファ・オメガ科の専門医だ。年齢的には通常であれば後期研修医課程にあるはずだが、この国のアルファのみに認められる飛び級制度で、十七歳で医学部に入学し、二十歳で医師免許を取得。二十三歳で専門医の資格を取得した。
そのため、潤は大学時代から颯真に抑制剤の処方を含めた体調管理を委ねている。
「抑制剤と誘発剤をうまく使えば、かなりのところまでコントロールは利く。辛くないようにしてやれるから、一週間くらい都合をつけてくれ。特別室を押さえておくから、入院しても問題はないよ。発情期を一度経験しておくと、周期も安定すると思う」
アルファ・オメガ科における「特別室」というのは、通常の診療科における特別室とは使われ方が少し異なっており、発情期のオメガを収容する個室を指す。大抵はスタッフステーションの近くに設置されており、シャワーとトイレが完備されている。一番大きいのは、防音設備が整っていることと、内側から鍵がかけられるということ。その鍵を外から開けられる鍵は、主治医が持つ一本と、スタッフステーションに厳重に保管されている一本の計二本のみという。
この病院には計二室の特別室があると聞いている。
自分が特別室に入院とか……発情期とか……。
潤は目を瞑った。
なにも言えなくて、気分が落ち込む。やっぱり、自分はオメガであって、アルファの彼らとは違い、どこかでオメガ性と対峙しなけれなならないということなのだろう。
今の自分にとって、いくら颯真が体調をみてくれているといっても、果たしてあの記憶が飛ぶくらいでたらめに本能に忠実になってしまう発情期に、果たして自分は耐えることができるだろうか。
思わず手をギュッと握り込んだ。
そのとき、腕に何かが触れ、思わず身体がのけぞった。
「わっ……!」
理由などない。身体の奥がざわつくものが触れたのだ。
「社長?」
触れていたのは江上の手だった。
潤は目を見開き、感覚を打ち消すように、いや、なんでもないと首を振る。
「ごめん」
思わず謝る。
「潤?」
「なんでもない……」
しかし、僅かに鼻から抜けるように感じられる、自分の忌々しい臭い。……もう嫌だ。
「大丈夫か?」
颯真が身体を寄せてきて、思わず潤は身を引いた。
「だ、大丈夫! で、入院の話だっけ?」
誤魔化すように話をすり替える。颯真は頷いた。
「そうだ。それでいいか?」
「……僕に拒否権はなさそうだよね」
ふたりで勝手に決めてしまった抗議の意味を込めると、颯真も少し困ったような表情を見せる。
「潤の負担を少しでも減らしたいからね」
そんな風に言われては拒絶できないではないかと諦めの気持ちに近くなる。息を吐いて、潤は江上を見た。
「……いつくらいになりそう?」
江上は背広の内ポケットから小さな手帳を取り出す。潤の問いかけは正確な報告を求めており、それを元にした決定に絡むことになる。颯真との雑談とは意味が違うと、秘書は分かっているのだ。
「今月末の取締役会の後ですね」
潤は頷いた。
「わかった。颯真、そういうことらしいよ。よろしく」
半分投げやりな対応だ。
取締役会が終わったら、発情期か……。
身体に掛けられていたタオルケットごと膝を抱える。憂鬱なことが続くな、と潤の気分はさらに落ち込んだ。
「じゃあ、入院予約が取れ次第、治療計画を立てようか」
颯真によると、計画的に発情期を起こすには厳格な薬物コントロールが必要なのだそうだ。ああ、取締役会の前から憂鬱なことが始まりそうだと思った。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
もちろん颯真の自家用車でだ。お前も乗ってく? と颯真は江上に聞いたが、遠慮しますとのことだった。
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