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しおりを挟む雨宮くんに促され、外に目を遣る。いつの間にか日は沈みかけ、町全体が紫がかったラベンダー色に包まれていた。忙しない足取りで人々が行き交う往来の先、密接に建ち並んだ商店を見渡してみると――
「……あ」
いた。パン屋と中華料理店に挟まれた細い路地、そこの換気ボイラーにふてぶてしく陣取る、黒い縞模様のキジトラ猫。ふくよかな体型を見せびらかすように寝そべる姿は、「余の辞書に警戒心という文字はない」と言わんばかりだった。ちょうど通りすがりのおばあちゃんにお腹を撫でられるところを目撃したが、猫さんはされるがままで、お互いに慣れている感じだった。
「あの猫を見てたら思い出したんだ。初めて茜さんと逢った日のこと」
雨宮くんの言葉を聞き、あなたはすぐに記憶を引っ張り出せた。忘れたことなんてない。だけど、彼と過ごす日々の色褪せないキラメキに埋もれ、思い浮かべるきっかけに恵まれない、そんな記憶だった。
「懐かしいね。たしかに、あの時の猫もあんな感じだったかも。もう一年以上経つなんて、信じられる?」
「うん。懐かしい……ほんとに懐かしい」
雨宮くんは夢うつつといった調子で呟く。その声は優しすぎて、あなたは一瞬、彼が泣いているのかと思った。しかし、どうやらそれは勘違いのようだった。
道端には水溜りができていた。今朝のニュースだと昼過ぎに通り雨が降るという予報だった。時折、雲で見え隠れする眩い日差しが、水溜りを通して雨宮くんの瞳を照らし、暖炉でとろとろ燃える火のような輝きを与えた。
その輝きに見惚れるのも束の間、あなたは慌てて目を逸らす。このまま彼の神秘的な眼差しに触れ続けていたら、呆気なく絆され、跡形もなく溶けて大気に消え失せてしまうような感覚に襲われて。
そうして窓に映る自分の顔を眺めていると、あなたの頭の中にまた別の記憶が蘇ってきた。あれはまだ付き合う前、あなたが雨宮くんを好きだと――まさに、このファミレスで――確信した日のことを。
ねえ、おぼえてる? あのとき、まだ二人とも苗字で呼び合ってて、あたしも少しだけ緊張していて。君は全然目を合わせてくれないし、話も弾まないから、今みたいに賑やかな店内で、あたしたちのテーブルだけ気まずい空気が流れてたよね。
あたしは途方に暮れて、何となく窓の外の景色に視線を向けてみると。窓に映るあなたが、あたしを見ていることに気づいたの。あれは魔が差したって言うのかな。出来心、悪戯心? とにかく、あたしは突然ふり向いてやった。君は百点満点のリアクションでびっくりして、照れて俯いちゃって。もう首までまっ赤だったよ? 赤くなる音が聞こえたような気がするくらい。
あはは。あんまりイジると、さすがに君も拗ねちゃうからね、自重しておいてあげる。知ってるでしょ、あたしは気が短いだけで心は広いのよ? 感謝してよね……ふふっ。まあでも、君が蒸し返してほしくないのは、告白してくれたときの話のほうかな。
なんか、ふしぎな感じ。あたし達って、初めからあたし達だと思ってたけど。出逢ったばかりの頃は、まさかこんなに親しくなるなんて、きっと夢にも思わなかったよ――
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