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OKAYU*

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 いちおう、傘を借りてる身なので「あたしが差すよ」と提案したものの、にべもなく断られてしまった。

「転んだとき、傘もってたら危ないでしょ。おれは運動神経ずば抜けてるから心配ないけど」

「ねえ。それ、あたしのことディスってるでしょ。幼稚園からバスケしてるあたしの体幹、舐めないでほしいんだけど。ていうか、あんまり近づかないでもらえます? 付き合ってるとか勘違いされるの、ありえないし」

 傘の柄をつかんで、かれの肩を押しのけ……ようとするが、細身の外見にそぐわず微動だにしない。だから思いっきり体当たりすることにした。

「あんまり暴れるなって。というか、傘あれば顔なんてわからないって、そっちが言ったんじゃ」「うるさーい。うるさくて聞こえなーい」

 そうしてあたしらはアグレッシブな振り子になり、しばらくの間ふざけて肩をぶつけ笑いあった。

 そんなやりとりを挟んで、けっきょく、傘はかわりばんこに持つことになった。雪が積もって重くなったら、雪をふりおとし、あいてにわたす。そのくり返し。


 ならんで歩くのって、ちょっとコツがいるみたい。背伸びして引き分けの身長差。ペースをそろえても歩幅が違うから傘からはみ出たり、おたがいの靴の踵を踏んじゃったり。

 いつもは大抵、あたしの後ろにかれがいる。不意に会話がぷつんと途切れ、ぱっとふり返ったら、探し絵ゲームのはじまり。縁石ブロックの上におにぎりサイズの雪だるまの家族をつくったり、生垣のすき間をのぞいて仲良しのゴールデンレトリバーをさがしたりするかれの。

 やがて市街地をぬけ視界いっぱいに田園風景がひろがる。そうしたら、踏切はすぐそこ。バイバイの分岐点。等間隔の紅白鉄塔がみえてくると、あたしの胸のなか、いつもざわざわする。あたかも季節はずれの蝶の群れが羽ばたいてるように。

 ひとつ、ふたつと指折りかぞえる。ふたりだけの帰り道、あといくつ曲がり角をのこしてたっけ。あそこの角を曲がった拍子にでも、神さまの些細な手違いで、時の砂時計をひっくり返してくれたらな。ダッフルコートの袖にかくれ、みっつ、よっつ。願うように。怯えるように。

 ふと、景色の見え方がちがうことに気づく。傘の当番をかれに代わってもらってから。どうしてだろう?――理由は単純だった。雪をかぶり、ほんのり濡れているかれの右肩。あたしのほうに傾いた傘。

「……この傘、ちょっと小さくない?」

 あたしは素直になれず、くいっと、中棒の位置を真ん中にもどす。かれは暢気なもので、

「んー、後輩の子にもらったやつだからかな」

 と、やけに間延びした声。

「後輩の子?」

「そう。おなじ部活の。ことしの梅雨くらいに貸してもらって、あげるから返さなくていいですって」

 そうなんだ。あたしは改めてみつめる。透明で、ふちの部分がミルキートーンに彩られた、かわいらしい傘。

「しょっちゅう忘れるから、なんども貸すのめんどうって言われたんだよ。ひどくない?」

 けらけら笑うかれ。あたしは鏡になれなかった。曖昧にうなづき、しおれた花のように項垂れるあたし。

 当たりまえすぎて、気にも留めなかったこと。あたしの目に映るかれが、かれのすべてじゃないこと。

 白い吐息がまじり合う距離。からだは近くても見透せないもの。みんなが知っていて、あたしだけが知らないかれの日常。かれの、心のはたらき。

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