純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

第七章：恋を知る夜、愛に包まれる朝

第122話・愛に包まれる夜の始まり

市場を巡り、心もお腹も満たされた一行は、夕暮れとともに宿へと戻った。
王都の宿はさすがに規模が大きく、石造りの建物の中は整えられた調度品で満ちている。

「……広い……」

ルナフィエラは案内された部屋を見渡し、思わず小さく声を漏らした。

大きな寝台が並ぶ四人部屋。清潔な白布のシーツ、柔らかな羽毛布団。
これまでの街や村の宿とはまた違う、整った都市の宿の空気。

「今日はここで休めるね。ようやく肩の力を抜ける」

ユリウスが穏やかに微笑む。

「ルナ様が安心して休めるなら、それが何よりです」

ヴィクトルは彼女の荷を下ろし、背に手を添える。
フィンはベッドに飛び乗り、弾むように言った。

「やったね！　広いし、ふかふかだよ！　ルナも早く！」

その姿に思わず笑みを浮かべた瞬間、シグが当たり前のように彼女の腕を引いた。

「……今夜は俺だ」

ルナフィエラは少しだけ頬を赤らめながらも、導かれるままシグの寝台に腰を下ろした。


広い寝台に身を預けた瞬間、彼女はすぐにシグの腕に抱き込まれた。
大きな背に支えられるその感覚は、逃げ場を塞ぐようでいて――不思議と安心をくれるものだった。

（……あったかい……でも、どうして……こんなに胸が高鳴るの……）

鼓動が速くなる理由を、彼女自身もうまく言葉にできなかった。

その時、目の前に跪いたユリウスが、優しく紅い瞳を覗き込んできた。

「……ルナ。今夜は、いいかい？」

静かに落ちる声音に、胸がどきりと鳴る。
頬に熱が集まり、言葉が詰まる。

けれど――大切に問いかけられたことが嬉しくて、ルナフィエラは小さく息を吸い込み、顔を赤らめながらこくりと頷いた。

「……うん」

その答えに、ユリウスの瞳が柔らかく和らぐ。

「ありがとう。……それなら、存分に甘えて」

囁きと共にユリウスが顔を寄せ、唇が触れ合い、そっと熱が重なる。
優しい熱に胸がいっぱいになり、思わず瞼が震えた。

同時に、ヴィクトルがそっと髪を撫で、寄り添う。
耳元ではシグの低い声が落ち着きを与え、
無邪気なフィンは笑みを浮かべながら、ただ彼女を喜ばせようと必死だった。

触れる手も、寄せられる声も、すべてが彼女を包み込んでいく。
まるで愛情そのものに抱きしめられているように。

（……みんなが、私を……）

紅い瞳が揺れ、胸の奥が切ないほどに温かくなる。
声にならない思いが込み上げ、息が震えた。

どこを見ても、彼らの優しさがあった。
ヴィクトルは一歩引きながらも彼女を守り、
ユリウスは言葉と眼差しで心を導き、
シグは強さで支え、
フィンはまっすぐな想いを注いでくれる。

（……幸せ……こんなにも愛されて……）

熱とぬくもりに包まれながら、ルナフィエラは静かに目を閉じた。
彼らの想いが幾重にも重なり合い、
胸の奥まで満たしていく――そんな夜の始まりだった。

シグの腕から解き放たれるようにして、ルナフィエラはフィンに抱き上げられた。
軽やかな仕草なのに、不思議と逃げられない確かさがある。

「ルナ……今日は、僕からだよ」

耳元で囁かれた途端、胸が熱くなる。

（……フィン……やっぱり、無邪気なのに……すごく積極的……）

彼の唇が頬や額に、何度も何度も降り注ぐ。
愛しさが抑えきれないように、子供のように繰り返される口づけ。

（……くすぐったいのに……でも、嬉しい……フィンらしい……）

途切れなく降り注ぐ想いに、胸が苦しいほど満たされていく。
名前を呼ぶ声は真っ直ぐで、心をまるごと掴まれてしまう。

「ルナ……大好き……僕だけを見て……」

真っ直ぐな言葉に、胸が締めつけられる。
その想いに応えるように、彼の背に自然と腕がまわった。

（……こんなに真っ直ぐに言われたら……もう、抗えない……）

優しい熱とぬくもりに包まれ、心の奥まで静かに溶かされていく。
幸せで胸がいっぱいになり、瞼が熱く揺れる。

（……こんなに愛されて……私、本当に幸せ……）

やがてフィンの声とぬくもりに包まれながら、
ルナフィエラはそっと目を閉じ、静かに身を委ねていった。