純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第九章:永遠の途 ― 祈りは光に還る ―

第151話・灯の消える前に

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洞窟の外では、風が木々を揺らしていた。
枝葉の擦れる音が、波のように遠くから押し寄せては消えていく。

その音に紛れて、かすかな足音が2つ。
灯を掲げたユリウスと、無言のまま前を歩くヴィクトル。

「……ここだ」

ヴィクトルの低い声が、湿った空気を震わせた。

2人が洞窟の奥へ進むと――
そこには、岩に背を預けたシグと、その胸に抱かれたルナフィエラの姿があった。

彼女は目を閉じ、静かな寝息を立てている。
涙の跡が頬に残ったまま、彼の腕の中で小さく身を寄せていた。

ヴィクトルは足を止めた。
灯の揺らめきが彼の瞳を照らし、微かに息を呑む音が響く。

「……見つけたか」

ユリウスがそっと灯を下ろす。
火の光がシグとルナフィエラの影を壁に映し出した。

シグは静かに微笑んでいた。
もう言葉を交わす力もないはずなのに、その表情は穏やかで、どこか満たされている。

「……まったく。お前らしいな」

ヴィクトルの声は掠れていた。
彼は一歩近づくと、しゃがみ込み、ルナフィエラの肩にかけられた外套をそっと整えた。

「ルナ様を泣かせた罰、覚悟しておけ」

言葉の裏に滲むのは、怒りではなく、深い安堵。
ユリウスはその隣で、静かに頷いた。

「……行こう。夜が明ける前に、連れ帰ろう」

ヴィクトルがシグに手を差し出す。
シグはゆっくりと頷き、残された力でルナフィエラの背をひと撫でしてから、彼女の髪にそっと唇を落とした。

「頼んだ……」

その小さな声に、ユリウスとヴィクトルは何も言わず頷いた。

彼女はまだ眠ったまま。
ヴィクトルがそっと抱き上げると、彼女の手が無意識にシグの服を掴んだ。

「……大丈夫だ。もう逃げたりしない」

そう囁いて、彼は立ち上がる。
ユリウスが灯を掲げ、3人とひとつの光が、ゆっくりと洞窟を後にした。


夜明け前の風は冷たく、森の木々の間を白い靄が漂っていた。
その中を、ヴィクトルが眠るルナフィエラを抱き、ユリウスが灯を掲げて歩いていく。
後ろには、シグがゆっくりと後に続いた。

一歩ごとに、足元の枯葉が小さく音を立てる。
彼の歩幅はいつもよりずっと短く、息も浅い。
それでも、最後まで背筋を伸ばしたまま、彼は歩き続けた。


やがて、古城の塔が靄の向こうに姿を現す。
戻るころには、空の端がわずかに明るみ始めていた。

扉を開けると、冷えた空気の中に微かな花の香りが混じる。
それは――フィンが育てていた花々が、今も中庭で咲いている証だった。

「……もう、ここまででいい」

シグが低く呟く。
その声には、長い戦いを終えた者の静かな疲労と、穏やかな諦めが滲んでいた。

ヴィクトルが振り返る。
腕の中のルナフィエラは深く眠っている。
泣き疲れた頬はわずかに紅潮し、涙の跡が光っていた。

「まだ終わりじゃない。部屋へ行こう」

ユリウスが歩み寄り、彼の腕を取る。
シグは小さく息を吐き、わずかに笑った。

「……悪ぃな。情けねぇところを見せちまって」

「情けないなどと思うな」

ユリウスの声は静かだが、確かな温度を帯びている。

「お前は、ずっと支えてきた。――今は支えられていい」

その言葉に、シグは小さく頷いた。
わずかに肩を預ける。
その重みは、もう風に消えそうなほど軽かった。

ようやく自室へとたどり着く。
窓辺から差す淡い光が、静かな部屋を柔らかく染めていた。

「……もう、自分の足じゃ立てねぇな」

掠れた声が漏れる。
ユリウスは何も言わずに頷き、その身体を支えながらベッドの縁へと導いた。

布の擦れる音とともに、シグはそっと横たわる。
大きな胸が一度だけ上下し、微かに息を吐いた。

「……すまねぇ。手間ばっか、かけちまって」

そう言いながら、薄く笑みを浮かべた。

「気にするな。お前は誰より長く立ってきた」

ユリウスの声は静かで、どこか祈りにも似ている。

そのとき、扉が軋む音を立てて開いた。
ヴィクトルが腕の中にルナフィエラを抱き、静かに入ってくる。

「……ルナ、まだ……寝てるのか」

「ああ、疲れ果てている。――ここ数日シグを探し回っていた。やっと見つけた安堵のせいだろう」

ヴィクトルの声は穏やかで、どこか哀しげだった。
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