純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第二章:4騎士との出会い

第16話・古城への帰路

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小屋に戻ったルナフィエラは、すぐにフィンと向き合った。

「それで、魔力の調整を始めるのよね?」

ルナフィエラが真剣な表情で切り出すと、フィンは少し考えるように彼女を見つめた後、静かに首を振った。

「その前に、一つ提案があるんだけど……ここで話し続けるのはやめたほうがいい」

「……え?」

ルナフィエラは思わずフィンを見つめ返した。

「どういうこと?」

「この小屋には、たまに人が訪ねてくるんだ」

フィンは少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら、言葉を続ける。

「頻繁ではないけど、治癒魔法を求めて人がやってくることがある。
もし、彼らが君たちの姿を見たら……ただ事じゃ済まないかもしれない」

ルナフィエラの表情がわずかに曇った。

「ヴァンパイアと人間は……そう簡単に交わるものじゃないものね」

「そう」

フィンは軽く息を吐きながら、棚に置かれた薬草の束を指で弄る。

「僕はあまり人前に出ないけど、それでも助けを求めてくる人はいる。
彼らは僕をただの変わり者の治癒師だと思ってるけど……もし、ここにヴァンパイアがいると知れたら、きっと騒ぎになる」

「……確かに、そうね」

ルナフィエラはわずかに考え込む。

ユリウスとヴィクトルも話を聞きながら、それぞれの表情を曇らせた。

「なるほどねぇ」

ユリウスが腕を組みながら、興味深げに呟いた。

「つまり、君は人間に知られるのを避けたい。だから、ここじゃなくて別の場所で話したいってこと?」

「そういうこと」

フィンは頷くと、ルナフィエラをまっすぐに見つめる。

「君たちの住んでいるところへ移動しよう。そっちのほうが落ち着いて話せるし、魔力の調整もやりやすいはずだ」

「……でも、それで大丈夫なの?」

ルナフィエラが少し躊躇うように聞くと、フィンは微笑んだ。

「僕がここを離れたところで、困る人はあまりいないよ」

「……そう?」

「それに、君を放っておけないからね」

ルナフィエラの心臓が、わずかに跳ねた。

彼の声は穏やかで、けれど強い意志がこもっていた。

フィンがここを離れることで問題がないのか少し不安もあったが、確かにこの場所に長居するのは危険だ。

ルナフィエラはゆっくりと頷いた。

「分かった……それなら、お願いするわ」

「決まりだな」

シグが軽く肩をすくめる。

「さっさと準備して移動しようぜ。あんまり長居して、面倒なことになるのは勘弁だからな」

「……それには同意します」

ヴィクトルも頷いた。

こうして、ルナフィエラたちはフィンとともに小屋を後にし、自分たちの拠点へと戻ることになった——。



フィンの小屋を出た一行は、森の中へと足を踏み入れた。

準備を整え、無駄な時間をかけずに移動を開始したが、森の道は決して楽なものではなかった。

夜が明け始めたとはいえ、森の中はまだ薄暗く、湿った土の香りが漂っている。
木々の合間から差し込む朝の光が揺れ、静寂の中に鳥のさえずりが響いていた。

フィンが後ろを振り返る。

「歩ける?」

「ええ、大丈夫」

ルナフィエラは頷いたが、それはあくまで気持ちの問題だった。

確かに昨夜より体調は良くなっていたが、完全ではない。
森を歩くにはまだ体力が心許なく、少しずつ疲労が蓄積していくのを感じていた。

(……あとどれくらいで着くのかしら)

ルナフィエラは小さく息を吐きながら、足を進める。

だが、移動を始めて 三分の一が過ぎたころ——

ふらっ

突然、足元がふわりと揺れる感覚に襲われた。

「……っ」

咄嗟に踏みとどまろうとするも、足に力が入らない。
視界が揺らぎ、地面が遠く感じた瞬間——

がしっ

「ルナフィエラ様!」

ヴィクトルの腕が、しっかりとルナフィエラの体を支えた。

「っ……大丈夫よ……」

ルナフィエラは息を整えながら、なんとか立とうとする。

「……大丈夫ではありません」

ヴィクトルの声は静かだったが、その中には強い意志が込められていた。

「歩けますか?」

「……」

ルナフィエラは言葉に詰まる。

本当は、もう足が限界だった。
けれど、まだ半分以上距離がある。
こんなところで足を止めるわけにはいかない——そう思い、立ち上がろうとした。

しかし、ヴィクトルの腕がそれを許さなかった。

「……失礼します」

そう言うと、ヴィクトルは迷いなくルナフィエラの体を抱き上げた。

「っ……!? ちょ、ちょっと……!」

「もう無理をなさらないでください」

ヴィクトルはルナフィエラを優しく抱えたまま、静かに言った。

「ここで倒れられるほうが困るのです。しばらくお休みください」

「で、でも……」

「ルナフィエラ、観念しなよ」

ユリウスが苦笑しながら横から口を挟む。

「君、今にも倒れそうだったじゃないか。僕らが移動しやすいように、君も大人しくしてたほうがいいよ?」

「……っ」

ルナフィエラは反論できず、顔を少しだけ伏せた。

(……本当に、私って……)

強がってみたものの、体は正直だった。

こうして、一行はヴィクトルがルナフィエラを抱えたまま、再び森の奥へと進んでいくのだった——。




森の中を進む一行は、半分を過ぎたところで一度足を止めた。

ヴィクトルは静かに息を吐くと、慎重にルナフィエラを下ろす。

「ここで少し休憩しましょう」

ルナフィエラは地面に足をつけると、安堵の息を漏らした。
ずっと抱えられていたせいで体の感覚が少しおかしくなっている気がする。

だが、休んでいるわけにはいかなかった。

「……もう大丈夫よ」

ルナフィエラはヴィクトルを見上げながら、しっかりとした声で言った。

「私はもう随分回復したし、これ以上迷惑はかけられない。自分で歩くわ」

そう言って一歩踏み出す。

足元は確かだ。
さっきよりもずっと、しっかりとした感覚がある。

これなら、最後まで歩ける——そう思った瞬間だった。

「んじゃ、歩かなくていいな」

シグの気楽な声が響く。

「え?」

次の瞬間——

「ほいっと」

「っ——!? えぇ!?」

ルナフィエラの体が、ふわりと宙に浮いた。

気づけば、シグの片腕がルナの腰を支え、もう片方の手で軽々と持ち上げられていた。

「ちょ、ちょっと待って!? 何を……!」

「歩く必要ねぇなら、運ぶほうが早ぇだろ?」

「でも私は——!」

「ルナフィエラ、さっき迷惑をかけたくないって言ったよな?」

「そ、そうよ……」

「なら、余計な抵抗すんな」

シグはにっと笑いながら言った。

「足を引きずって時間をかけるより、さっさと帰るほうが楽だろ?
ほら、大人しくしとけって」

「……っ」

反論しようとしたが、シグの言葉は的を射ていた。
確かに、自分で歩けば時間がかかるし、またふらつく可能性もある。

ヴィクトルが少しだけ呆れたようにため息をつく。

「……貴殿、本当に容赦がありませんね」

「お前が最初に抱えたんだから、次は俺の番ってことでいいだろ」

「そういう問題では……」

「まぁ……早く帰るためだし、いいんじゃない?」

ユリウスが苦笑しながら肩をすくめる。

「それにしても、こうもあっさり抱えられるのって……ルナフィエラ、もうちょっと食べたほうがいいんじゃない?」

「……ほっといて」

ルナフィエラは小さくため息をついた。

——こうして、ルナフィエラはシグに抱えられたまま、古城へと運ばれることになったのだった。
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