純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第五章:みんなと歩く日常

第63話・満たされて

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血を吸い終えたあと、
ルナフィエラはそっと口を離した。

かすかに名残惜しさを感じながらも、
それ以上は本能が“十分だ”と告げていた。

「……ありがとう、ヴィクトル……」

声はわずかに掠れていたけれど、
どこか満ち足りた、温もりに包まれた響きだった。

ヴィクトルはルナフィエラの髪をゆっくりと撫でる。

「どうでしたか?……不安は、消えましたか?」

「……うん。すごく、優しかった。
ヴィクトルの血って……あたたかくて、安心する」

ルナフィエラは彼の胸元にそっと額を寄せたまま、
まるで、まだ余韻に浸るように、じっと目を閉じていた。

ヴィクトルはもう片方の手で手首の傷を癒しながら、
何も言わずにルナフィエラの背に手を回し、そっと抱きしめる。

ふたりのあいだには、会話以上のものが流れていた。

言葉ではなく、
血の味でもなく、
ただそこに“信頼”があるという事実。

ヴィクトルの膝の上で、ルナフィエラは小さく息を吐く。

「……変だね。怖かったはずなのに……今は、眠くなっちゃいそう」

「それは、渇きが癒えたからです。
魔力も落ち着いたでしょう。体も素直に休もうとしています」

「……そうなんだ」

そのまま、ルナフィエラは目を閉じた。
まるで子どもが安心しきって眠るような、柔らかな表情。


ヴィクトルは静かにその額に口づける。

「……ルナ様。これからも、何度でも頼ってください。
あなたが望むなら、私はいつでも……差し出します」

その声は祈りのようで、
誓いのようで――
ただ、ひとりの騎士が姫に捧げる無償の愛だった。

しばらくのあいだ、
部屋には言葉も動きもなく、
ただ、ふたりの穏やかな鼓動と、
そっと触れ合うぬくもりだけが、そこにあった。

それは、渇きを癒す吸血という行為でありながら――
どこまでも静かで、どこまでも深い、
“心を満たすひととき”だった。


——————

数日後ー。
午後の陽が柔らかく差し込む、図書室の奥。
人気のない窓際で、ルナフィエラはそっとヴィクトルの隣に座っていた。

「……今日も、ごめんね」

「謝らないでください。私はいつでも、ルナ様のために在ります」

ヴィクトルは静かに手袋を外し、右手の指先を差し出す。
その中指を爪で少しだけ傷つけると、赤い血が小さくにじんだ。

その仕草を見て、ルナフィエラの喉が自然に鳴る。

(……ヴィクトルの血……)

いつしか、それは“欲しい”という感情に変わっていた。
罪悪感と欲望がせめぎあうまま、彼の指に唇を寄せる。

「……いただきます」

ちゅ、と控えめな音を立てて、唇が触れる。
舌先で血をすくうように吸いながら、
ルナフィエラはほんの少しだけ、彼の指をくわえてしまっていた。

(っ……吸ってるだけなのに、なんか恥ずかしい……)


――ガチャッ

「ヴィクトル、この資料さ――」

声が止まる。

扉の向こうに立っていたのは、フィンだった。

フィンの目に飛び込んできたのは、
ルナフィエラがヴィクトルの指を両手で包み込みながら、
その中指をちゅーちゅー吸っている姿だった。

「……………………」

ルナフィエラ:吸ってる最中でフリーズ
ヴィクトル:微動だにせず冷静にルナフィエラを支える
フィン:固まる

「……………………」

「……………………」

「………………………………ッッッッ!!!!」

「ルナぁぁぁぁぁああああああああああ!!!???」

部屋中に響く全力の叫び。
ルナは「はっ!」と吸血をやめ、
ヴィクトルの指を離した瞬間――

「な、なに!? フィン!?!? なんで!?!?」

「ヴィクトルの指しゃぶってたよね!?!?」

「しゃ、しゃぶってない!!違うの!!いまのは、その、ちがっ……」

「ずるいずるいずるいずるい!! ヴィクトルだけなんてずるすぎる~~~っ!!」

フィンは廊下に駆け出しながら叫び続ける。

「シグー! ユリウスー!
ルナがヴィクトルの指を! !指を吸ってるうううう!!」


数分後、図書室に現れたシグとユリウスの視線が、じっとルナに突き刺さる。

「……ルナ、どんだけ吸ってんだ?」

「それ以前に、指……とは」

ルナは顔を真っ赤にしながら答える。

「違うのっ……まだちゃんと牙が使えなくて…いつもは手首からなんだけど、吸いすぎて眠たくなっちゃうから……昼間は指から少しだけもらっていたの……!」

「なぜ僕たちには一言もなかったんだ?」

ユリウスの口調にだけ、珍しく怒気が混じっている。
シグも腕を組んで、どこか拗ねたような顔をしていた。

「俺らの血は飲めないってことか?」

「……っ、ちが……っ」

ルナはぎゅっと拳を握って、唇を噛みしめた。

「ちがうの……怖かったの……最初は、どうしたらいいかわからなくて……でも、ヴィクトルは……最初に気づいてくれたし……同じヴァンパイアだから……」

その声は、言い訳というよりも、本音だった。

「ユリウスも、シグも、フィンも……優しくしてくれるのに……なんか、申し訳なくて、言えなかったの……」

その言葉に、3人の表情が一瞬だけ和らぐ。

「……まあ、気持ちはわかるけどな」

シグがため息混じりに言った。

「でも、だからって、黙ってヴィクトルだけってのは、やっぱり不公平……」

フィンは涙目。
ユリウスは静かに息を吐いた。

「……僕たちを頼るのが“負担”になるなら、それは寂しいことだね」

ルナフィエラは小さく頭を下げた。

「……次は、ちゃんと……お願いするから」

ルナは顔を真っ赤にしながら、でもほんの少し、笑った。

(……頼っても、いいんだよね)

そう思えたことが、何よりの救いだった。
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