病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第24話・小さな自由が戻る日

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熱中症から1週間後ー。
症状そのものは軽度だったとはいえ、身体に残った疲れが完全に抜けるまでには少し時間を要した。
それでも今の琴葉は、すっかり元の調子を取り戻している。

食欲、睡眠、顔色、歩き方。
どれも普段と変わらない――いや、それ以上に安定していた。

奏一は何も言わないが、医者として、そしてそれ以上の立場として、琴葉の様子を注意深く見守り続けていた。
ほんの些細な表情の揺れも、日々の行動のクセも、見逃すことはない。
彼女の“いつも通り”を守るために、これまで以上に神経を研ぎ澄ませていた。


夕食後。
皿洗いと片付けを終えた奏一は、食後の薬を飲み終えた琴葉に視線を向けた。

「――今週末、どこかへ出かけませんか」

「え?」

琴葉は思わず手が止まる。
しばらく外出はないと思っていたから、予想外だった。

「体調も安定していますし、私の休みに合わせて。行きたい場所があれば、教えてください」

「……いいの?」

問い返すと、奏一は静かに頷いた。
その表情はいつもと大きく変わらない。
けれど、どこか優しさが滲んでいる気がした。
柔らかくて、安心できる空気。

「もちろん、安全な場所に限定させていただきます。無理のない範囲で、気分転換をしましょう」

「……わかった」

そっけなく返したつもりだったのに、口元が自然と緩んでしまう。

また――外に出られる。
自分で行き先を決めて、好きなものを見られる。
たったそれだけのことなのに、その自由が、自分の世界をぐっと広げてくれるような気がした。

嬉しさをごまかすように視線を逸らす。
けれど奏一は、何も言わずに、ただ静かに微笑んでいた。


その後、入浴を終えて部屋着に着替えた琴葉は、リビングのソファでスマホを眺めていた。

何気なくスクロールしていたSNSのタイムライン。
ふと目に留まったのは、花びらを閉じ込めた透明なゼリーと、ふわふわなスポンジケーキに白いクリーム、色とりどりのお花を飾ったケーキが並んだ写真だった。

背景にはガラス張りのカフェ、溢れる花々、淡い光。
まるで絵本の中を切り取ったような写真だった。

「……なにこれ、めちゃくちゃ可愛い」

思わず声が漏れる。
タグを追っていくと、植物園の中にあるカフェらしい。
写真のスイーツはエディブルフラワーを使った期間限定メニューで、投稿には「最高に映える!」の文字。

「先生、これ……」

ダイニングテーブルで、ノートパソコンに向かっていた奏一に、スマホの画面を差し出す。

「このカフェ、行ってみたい」

ほんの少し頬が熱くなる。
けれど奏一は何の躊躇もみせず画面を受け取り、確認しながらキーボードを叩いた。

「……こちらは、◯◯植物園ですね。温室が中心で、バリアフリー。日陰も多く、休憩所も設けられています」

機械的なようでいて、どこか優しい声音。
琴葉はその響きに少し安心しながら、静かに息をついた。

やがて、奏一が画面を見せてきた。

「それと、併設されているクラフト体験施設で、ボタニカルキャンドル作りのワークショップも開催されているようです」

「えっ、これ……!」

サイトに載っていた見本の写真に、琴葉の目が釘付けになる。
半透明のロウの中に、花々が咲いている。
まるで小さな季節を閉じ込めた宝石のようだった。

「これ、作りたい……!」

思わず素直な声がこぼれ、すぐに恥ずかしくなって俯く。
だけど奏一は、ただ静かに――けれど確かに、優しく頷いた。

「では、予約を入れておきますね。体調を見ながら、無理のないスケジュールを組みましょう」

「……うん」

琴葉はもう一度スマホの画面を見た。
どこか夢みたいな景色。
自分がそこに行けるなんて、まだ信じられない。

でも今の自分には、それを「行ってみたい」と言える自由がある――
その事実が、胸の奥をじんわりと温かくしていた。
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