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第75話・ひとつ、またひとつ
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店主は、静かに並べた布地の上に、いくつかの草履とバッグをそっと置いた。
「こちらが、お振袖の色に合うと思います。
刺繍が差し色になりますし、生成り地なら帯の色ともよく馴染みます」
生成りの生地に、桜の刺繍が施されている。
柔らかな照明の下で、その文様が上品にきらめいた。
夫人の言葉に、琴葉はそっと手を伸ばし、バッグの表面を指先で撫でた。
「……桜の刺繍、可愛い。
確かにこれが一番、しっくりくるかも」
その声に、母も嬉しそうに微笑む。
「そうね。派手すぎなくて、品のある華やかさだわ」
店主が隣に置かれた草履を手に取り、
「こちらとお揃いのものになります」と差し出す。
草履の鼻緒にも、同じ桜模様。
生成りの中に小さく咲いた紅が、優しい印象を添えていた。
「可愛い……」
琴葉が小さく息を漏らしたその瞬間、隣で静かに見守っていた奏一の胸の奥が、ふっと熱を帯びた。
「……とても、似合っていますよ。琴葉さん」
穏やかな声でそう言うと、琴葉は照れたように顔を上げた。
「ほんとに? 変じゃない?」
「ええ。琴葉さんらしいです」
小さく頷く奏一の横顔を見つめ、琴葉は少しだけ頬を染める。
母も満足そうに頷き、店主も柔らかく微笑んだ。
「では、この生成り地の桜刺繍で揃えましょうか」
控えを取る店員の筆が走る音だけが、静かな空間にやさしく響いた。
やがて店主が視線を移す。
「小物が決まりましたので……次は、髪飾りですね。
こちらは、もうお考えはありますか?」
「……まだなんです」
琴葉が少しだけ首を傾げる。
「振袖が赤だから、やっぱり赤いお花がいいかなって思ってたんですけど……
この組み合わせだと、どうなんでしょう」
店主はふんわりと微笑んだ。
「お嬢様のお振袖でしたら、白もよく映えますよ。
帯揚げにも白が入っていますし、お顔立ちが柔らかいので、全体が明るく見えると思います」
「白……」
琴葉はそっと並べられた髪飾りの方へ目を向けた。
正絹の花びらが連なる中で、ひときわ目を引く白い大きなお花。
光を受けてやわらかく艶めき、まるで息をしているかのようだった。
「……すごく、綺麗」
思わず零れた声に、店主がにこやかに頷く。
「この白を基調にして、赤いお花や小花を添えると華やかになりますね」
「赤と白……」
琴葉は花をひとつひとつ見比べながら、眉を寄せた。
「うーん……どれにしたらいいんだろう」
真剣に悩む様子に、店主がくすりと笑う。
「ゆっくり悩んで大丈夫ですよ。
私とお母様は奥で今後の打ち合わせをしてまいりますね」
「はい、ありがとうございます」
夫人と母が奥へ下がり、店内には、琴葉と店員、そして奏一だけが残った。
「……うう、決められない」
琴葉は花を手に取っては戻し、また別の花を見つめる。
「白も赤も可愛いし、下がりのあるのも素敵だし……」
「そんなに悩まなくても、どれも琴葉さんに似合うと思いますよ」
「でもね、ちゃんと決めたいの」
琴葉は頬を赤らめて、小さな声で続けた。
「……だって、そうちゃんに見てもらうんだもん」
その一言に、奏一の胸が静かに熱を帯びる。
彼は少しだけ息を整え、並ぶ花の中からひとつを取った。
「……では、これがいいと思います」
「白?」
「ええ。振袖の赤を引き立ててくれますし、
琴葉さんの雰囲気にも合っていると思います」
「……そうかな」
「派手さよりも、落ち着いた上品さがある。
……その方が、琴葉さんらしいです」
ほんの少し笑みを浮かべてそう言われ、琴葉の胸の奥がふわりと温かくなる。
「うん……そうちゃんが言うなら、これにしようかな」
店員が優しく頷き、「では、白をメインに赤のお花、それと小花を添える組み合わせですね。
秋の撮影なら、少し長めの下がりも映えますよ」と提案する。
「それがいいです!」
琴葉が嬉しそうに顔を上げると、奏一は穏やかに「ええ」と答えた。
その静かな声に、琴葉の心がまた少し柔らかく溶けていった。
やがて奥から母と夫人が戻ってくる。
「決まったの?」
「うん。白をメインに、赤いお花と小花と下がりもつける」
「まぁ、素敵ね。琴葉にぴったりだわ」
店主も満足そうにうなずいた。
「では、その組み合わせでお仕立ていたしますね。
仕上がり次第、ご連絡差し上げます」
控えを取る筆音が、さらさらと響く。
振袖も、小物も、髪飾りも――
すべてが、ひとつの物語のように重なっていく。
奏一は隣で、そっと琴葉を見つめた。
“どうか、この笑顔が少しでも長く続きますように――”
そう願いながら、彼は手を伸ばし、
触れない距離で、琴葉の髪の先に指を止めた。
その仕草に気づいた母が、やわらかく微笑む。
ガラス戸の向こうで、春を告げる風が静かに鳴っていた。
「こちらが、お振袖の色に合うと思います。
刺繍が差し色になりますし、生成り地なら帯の色ともよく馴染みます」
生成りの生地に、桜の刺繍が施されている。
柔らかな照明の下で、その文様が上品にきらめいた。
夫人の言葉に、琴葉はそっと手を伸ばし、バッグの表面を指先で撫でた。
「……桜の刺繍、可愛い。
確かにこれが一番、しっくりくるかも」
その声に、母も嬉しそうに微笑む。
「そうね。派手すぎなくて、品のある華やかさだわ」
店主が隣に置かれた草履を手に取り、
「こちらとお揃いのものになります」と差し出す。
草履の鼻緒にも、同じ桜模様。
生成りの中に小さく咲いた紅が、優しい印象を添えていた。
「可愛い……」
琴葉が小さく息を漏らしたその瞬間、隣で静かに見守っていた奏一の胸の奥が、ふっと熱を帯びた。
「……とても、似合っていますよ。琴葉さん」
穏やかな声でそう言うと、琴葉は照れたように顔を上げた。
「ほんとに? 変じゃない?」
「ええ。琴葉さんらしいです」
小さく頷く奏一の横顔を見つめ、琴葉は少しだけ頬を染める。
母も満足そうに頷き、店主も柔らかく微笑んだ。
「では、この生成り地の桜刺繍で揃えましょうか」
控えを取る店員の筆が走る音だけが、静かな空間にやさしく響いた。
やがて店主が視線を移す。
「小物が決まりましたので……次は、髪飾りですね。
こちらは、もうお考えはありますか?」
「……まだなんです」
琴葉が少しだけ首を傾げる。
「振袖が赤だから、やっぱり赤いお花がいいかなって思ってたんですけど……
この組み合わせだと、どうなんでしょう」
店主はふんわりと微笑んだ。
「お嬢様のお振袖でしたら、白もよく映えますよ。
帯揚げにも白が入っていますし、お顔立ちが柔らかいので、全体が明るく見えると思います」
「白……」
琴葉はそっと並べられた髪飾りの方へ目を向けた。
正絹の花びらが連なる中で、ひときわ目を引く白い大きなお花。
光を受けてやわらかく艶めき、まるで息をしているかのようだった。
「……すごく、綺麗」
思わず零れた声に、店主がにこやかに頷く。
「この白を基調にして、赤いお花や小花を添えると華やかになりますね」
「赤と白……」
琴葉は花をひとつひとつ見比べながら、眉を寄せた。
「うーん……どれにしたらいいんだろう」
真剣に悩む様子に、店主がくすりと笑う。
「ゆっくり悩んで大丈夫ですよ。
私とお母様は奥で今後の打ち合わせをしてまいりますね」
「はい、ありがとうございます」
夫人と母が奥へ下がり、店内には、琴葉と店員、そして奏一だけが残った。
「……うう、決められない」
琴葉は花を手に取っては戻し、また別の花を見つめる。
「白も赤も可愛いし、下がりのあるのも素敵だし……」
「そんなに悩まなくても、どれも琴葉さんに似合うと思いますよ」
「でもね、ちゃんと決めたいの」
琴葉は頬を赤らめて、小さな声で続けた。
「……だって、そうちゃんに見てもらうんだもん」
その一言に、奏一の胸が静かに熱を帯びる。
彼は少しだけ息を整え、並ぶ花の中からひとつを取った。
「……では、これがいいと思います」
「白?」
「ええ。振袖の赤を引き立ててくれますし、
琴葉さんの雰囲気にも合っていると思います」
「……そうかな」
「派手さよりも、落ち着いた上品さがある。
……その方が、琴葉さんらしいです」
ほんの少し笑みを浮かべてそう言われ、琴葉の胸の奥がふわりと温かくなる。
「うん……そうちゃんが言うなら、これにしようかな」
店員が優しく頷き、「では、白をメインに赤のお花、それと小花を添える組み合わせですね。
秋の撮影なら、少し長めの下がりも映えますよ」と提案する。
「それがいいです!」
琴葉が嬉しそうに顔を上げると、奏一は穏やかに「ええ」と答えた。
その静かな声に、琴葉の心がまた少し柔らかく溶けていった。
やがて奥から母と夫人が戻ってくる。
「決まったの?」
「うん。白をメインに、赤いお花と小花と下がりもつける」
「まぁ、素敵ね。琴葉にぴったりだわ」
店主も満足そうにうなずいた。
「では、その組み合わせでお仕立ていたしますね。
仕上がり次第、ご連絡差し上げます」
控えを取る筆音が、さらさらと響く。
振袖も、小物も、髪飾りも――
すべてが、ひとつの物語のように重なっていく。
奏一は隣で、そっと琴葉を見つめた。
“どうか、この笑顔が少しでも長く続きますように――”
そう願いながら、彼は手を伸ばし、
触れない距離で、琴葉の髪の先に指を止めた。
その仕草に気づいた母が、やわらかく微笑む。
ガラス戸の向こうで、春を告げる風が静かに鳴っていた。
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