病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第91話・生きて、ここにいる

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「そうちゃん」

「はい」

「私ね、20歳の誕生日が、こんなに穏やかで幸せになるなんて思ってなかった」

「……ええ、私もです。
琴葉さんがここにいて、笑ってくださることが、こんなに嬉しいとは思わなかった」

ふたりの間に、言葉では言い表せない温度が流れた。
テーブルのキャンドルがやさしく揺れ、淡いベリーの香りと紅茶の湯気が、静かに空気を満たしていく。

――その瞬間、琴葉の胸の奥に、静かに込み上げるものがあった。

生まれたときから抱えてきた心臓の病。
手術を受けても、ずっとつきまとってきた「もしもの不安」。
20歳まで生きられるのか――
子どものころから、どこかでそれを怖がっていた。

誕生日を迎えるたびに、来年も同じように笑えているだろうか、とふと考えてしまう自分がいた。

けれど、いまはこうして隣にいる。
温かい手のぬくもりを感じながら、
大好きな人が作った料理を食べ、笑い合っている。

「――それだけで、もう奇跡みたいだね」

つぶやくように、琴葉が笑う。
その言葉の意味を、奏一はきっと理解していた。

“生きて、ここにいること”

それが彼女にとって、どれほど大きな通過点なのかを。

「……ありがとう、そうちゃん。
今日、ここにいられて、本当によかった」

「琴葉さん……」

彼女の頬に残る涙のあとを、そっと親指で拭う。
琴葉の手を包み込むように握り返し、奏一は静かに立ち上がった。

「……もうひとつ、渡したいものがあります」

そう言って、奏一は小さなベルベットの箱をテーブルの上に置いた。
黒のケースに、キャンドルの灯りが柔らかく反射する。
琴葉は息を呑み、それを見つめた。

「これ……」

「開けてみてください」

指先でそっと蓋を開ける。
中には、一列にダイヤが並ぶ繊細なリングが収まっていた。
光を受けるたび、粒ひとつひとつが小さく息づくように輝く。

「……きれい……」

「“エタニティリング”といいます。
永遠に続く愛を意味するデザインなんです。
琴葉さんと私が、どんな時も繋がっていられるように――そう願って、選びました」

「そうちゃん……」

奏一はゆっくりと琴葉の前に膝をつく。
その動作は自然で、静かで、けれど確かな決意を帯びていた。

「私は、琴葉さんと生きたい。
これから先の時間を、すべてあなたと共に歩みたいです。
もし琴葉さんの手が、また冷たくなりそうなときは何度でも温めます。
あなたがどんなに弱っても、私は決して離れません」

涙が一粒、琴葉の頬を伝って落ちる。
それでも、彼女は笑っていた。

「……うん。
私も、そうちゃんと生きたい。
これからも、ずっと……一緒にいたい」

その言葉を聞いた瞬間、奏一の表情がやわらかくほころぶ。
奏一はそっと琴葉の左手を取り、薬指に指輪を通した。

小さな光の粒が、彼女の白い指の上で連なり、
途切れることなく淡い輝きを放つ。

「……少しゆるいかもしれませんね」

「ふふ……大丈夫。
こうして、そうちゃんがつけてくれたから。
それだけで、ぴったりだよ」

琴葉は、涙の跡を残したまま微笑んだ。
ダイヤの連なりを見つめながら、小さく呟く。

「……すごいね。どこまでも繋がってるみたい。
まるで、そうちゃんと私みたい」

「ええ。まさに、そのための指輪です」

静かに笑い合う二人。
けれど、ふと琴葉は指輪を見つめながら眉を寄せる。

「でも……検査とか、入院の時は外さなきゃだよね……」

「はい。検査の時は、私が預かります。
入院の時は――ネックレスに通して、身につけましょう。
あなたの手から、離れることはありません」

「……うん。ありがとう」

言葉と一緒に、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。

そこで、ようやく気づく。
奏一は、ずっとこうして愛を伝えてくれていた。
それに気づけなかったのは、自分のほうだった。

頬が熱くなり、耳まで赤く染まる。
「どうしました?」と首をかしげる奏一に、琴葉は照れくさそうに俯いて笑う。

「……なんでもない。
ただ、すごく幸せだなって思っただけ」

その言葉に、奏一の胸がぎゅっと締めつけられる。
彼女を包み込むように抱き寄せ、耳元で静かに囁いた。

「――私もです。
この瞬間を、何度でも生きたいくらいに」

しばらくのあいだ、何も言葉はいらなかった。
指輪の輝きと、互いの心音だけが、静かな部屋に響いていた。
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