92 / 102
第92話・ほどけた時間
しおりを挟む
昼下がりのキャンパス。
ガラス越しの陽射しがやわらかく差し込むカフェテラスで、3人はランチトレーを囲んでいた。
「……え、ちょっと待って琴葉ちゃん、それってもしかして……!」
真奈が突然、箸を止めた。
視線は、琴葉の左手に釘づけになっている。
「うそ!? えっ、えっ、いつの間に!?」
綾花がすかさず身を乗り出す。
「え? あ……うん」
琴葉は一瞬、何のことかわからずに首を傾げたが、真奈の視線の先を追って、ようやく自分の指先に気づいた。
昼の光を受けて、小さなダイヤが静かにきらめいている。
「誕生日に、もらったの」
その言葉が落ちた瞬間、真奈と綾花の声が見事に揃った。
「「えええ~~っ!!?」」
店内に響いたその声に、周囲の学生たちがちらりと視線を向ける。
琴葉は慌てて両手を振った。
「ちょ、ちょっと、そんなに大きい声出さないで……!」
「いやいや無理! だってさ、婚約指輪だよね!? 本物でしょ!?」
「きゃー! 見せて!見せて! ちょっと、触ってもいい!?」
「もう……大げさだってば……」
頬をほんのり赤く染めながらも、差し出した左手を2人がのぞき込む。
ガラス越しの光が反射して、指輪のラインをきらりと照らした。
「……すごく似合ってる」
綾花の声が、少しだけ柔らかくなる。
「うん……なんか、琴葉ちゃんらしい」
真奈も笑いながらそう言った。
琴葉は照れくさそうに笑って、小さくつぶやく。
「ありがとう……」
胸の奥が、ぽっとあたたかくなる。
「え~~でも、ほんとすごいよね」
真奈が指輪を見つめながら、感嘆のため息をつく。
「前に少しだけ挨拶させてもらった、あの彼氏さんでしょ?」
「あの時、琴葉ちゃんを迎えに来てくれてた人だよね」と綾花が頷く。
「めちゃくちゃ落ち着いてたよね……なんか、“大人の男性”って感じで」
「うんうん。静かなんだけど、ちゃんと目を引くっていうか……あれは同年代じゃ出せない雰囲気だよ」
「わかる。ガツガツしてないのに、余裕があって頼りがいあるっていうか」
「もう~、そんな大げさだよ」
琴葉は顔を真っ赤にしながら苦笑する。
「だって本当のことだよ! 駅で待ってくれてたとき、ちょっと空気が変わってたもん」
「うん、“なんかすごい人いる”って感じだった」
「やめてよ……そうちゃん、そんな人じゃないってば」
「“そうちゃん”って呼んでるのも可愛い~!」
「ほんと、なんか少女漫画みたい」
2人の言葉に、琴葉は思わず小さく俯いた。
「でも……いいなぁ」
綾花がぽつりと呟く。
「私たち、まだこの先どうなるかも分からなくて、将来の話なんてぼんやりしてるのにさ」
「うん。卒業後のこととか、ちゃんと考えるのはまだ先って感じだしね」
真奈が続ける。
「でも琴葉ちゃんは、もう“誰かと一緒の未来”を見てる感じがして……なんか、大人っぽい」
「そ、そんなことないよ……!」
慌てて否定しながらも、琴葉の声にはどこか照れと、少しの嬉しさが滲んでいた。
「だってさ、婚約ってもう“家族になる”ってことでしょ?
一緒に生きていくって、ちゃんと決めてる感じがする」
「そう言われると、確かに現実味あるね」
「うん。でも、やっぱりいいなぁ。好きな人とずっと一緒にいられるって」
その言葉に、琴葉は小さく笑った。
「……うん。私も、そう思う」
「……あ、そういえばさ」
真奈がストローをくるくる回しながら、ふと思い出したように言う。
「琴葉ちゃん、しばらく大学来れてなかったよね。体、もう大丈夫なの?」
「うん……今はもう大丈夫。でも、ちょっと休みすぎちゃったかも」
琴葉はそう言って、苦笑いを浮かべる。
レポートや課題の締切が、頭の片隅をよぎっていた。
「あー、6月は地味にきついよね」
真奈の言葉に、綾花がうんうんと頷く。
「中間レポート増えるし、先生によっては小テストもあるし。なんでこんな忙しいのって感じ」
真奈のぼやきに、3人で小さく笑う。
「……私、ちゃんと追いつけるかな」
ぽつりとこぼれた琴葉の声は、弱音というより不安だった。
すると真奈が、何でもないことのように言う。
「じゃあさ、今日の講義終わったら、図書館かどっかで一緒にレポートやろ?」
「うん、いいね。ひとりでやるより、みんなでやったほうが楽だし」
“助けてあげる”でも、“大丈夫?”でもない。
ただ、当たり前みたいに並べられた選択肢。
琴葉は一瞬だけ言葉を失ってから、小さく笑った。
「……ありがとう。なんか、2人がいると心強い」
「何それ、今さらだよ~」
「ほんと。友達なんだから、気にしないで」
からりと笑う2人を見ながら、琴葉は胸の奥で静かに息をつく。
これまでも、体調を崩して休むことは何度もあった。
そのたびに、追いつこうとして、ひとりで焦っていた。
けれど今は、戻ってきた場所に、自然に席が用意されている。
指先のリングが、初夏の光を受けて控えめに輝いていた。
それを見つめながら、琴葉は、トレーの上のカップにそっと手を伸ばす。
――ここにいる。
友達と笑って、課題の話をして、当たり前みたいに、午後を過ごしている。
それだけで、少し胸が落ち着いた。
ガラス越しの陽射しがやわらかく差し込むカフェテラスで、3人はランチトレーを囲んでいた。
「……え、ちょっと待って琴葉ちゃん、それってもしかして……!」
真奈が突然、箸を止めた。
視線は、琴葉の左手に釘づけになっている。
「うそ!? えっ、えっ、いつの間に!?」
綾花がすかさず身を乗り出す。
「え? あ……うん」
琴葉は一瞬、何のことかわからずに首を傾げたが、真奈の視線の先を追って、ようやく自分の指先に気づいた。
昼の光を受けて、小さなダイヤが静かにきらめいている。
「誕生日に、もらったの」
その言葉が落ちた瞬間、真奈と綾花の声が見事に揃った。
「「えええ~~っ!!?」」
店内に響いたその声に、周囲の学生たちがちらりと視線を向ける。
琴葉は慌てて両手を振った。
「ちょ、ちょっと、そんなに大きい声出さないで……!」
「いやいや無理! だってさ、婚約指輪だよね!? 本物でしょ!?」
「きゃー! 見せて!見せて! ちょっと、触ってもいい!?」
「もう……大げさだってば……」
頬をほんのり赤く染めながらも、差し出した左手を2人がのぞき込む。
ガラス越しの光が反射して、指輪のラインをきらりと照らした。
「……すごく似合ってる」
綾花の声が、少しだけ柔らかくなる。
「うん……なんか、琴葉ちゃんらしい」
真奈も笑いながらそう言った。
琴葉は照れくさそうに笑って、小さくつぶやく。
「ありがとう……」
胸の奥が、ぽっとあたたかくなる。
「え~~でも、ほんとすごいよね」
真奈が指輪を見つめながら、感嘆のため息をつく。
「前に少しだけ挨拶させてもらった、あの彼氏さんでしょ?」
「あの時、琴葉ちゃんを迎えに来てくれてた人だよね」と綾花が頷く。
「めちゃくちゃ落ち着いてたよね……なんか、“大人の男性”って感じで」
「うんうん。静かなんだけど、ちゃんと目を引くっていうか……あれは同年代じゃ出せない雰囲気だよ」
「わかる。ガツガツしてないのに、余裕があって頼りがいあるっていうか」
「もう~、そんな大げさだよ」
琴葉は顔を真っ赤にしながら苦笑する。
「だって本当のことだよ! 駅で待ってくれてたとき、ちょっと空気が変わってたもん」
「うん、“なんかすごい人いる”って感じだった」
「やめてよ……そうちゃん、そんな人じゃないってば」
「“そうちゃん”って呼んでるのも可愛い~!」
「ほんと、なんか少女漫画みたい」
2人の言葉に、琴葉は思わず小さく俯いた。
「でも……いいなぁ」
綾花がぽつりと呟く。
「私たち、まだこの先どうなるかも分からなくて、将来の話なんてぼんやりしてるのにさ」
「うん。卒業後のこととか、ちゃんと考えるのはまだ先って感じだしね」
真奈が続ける。
「でも琴葉ちゃんは、もう“誰かと一緒の未来”を見てる感じがして……なんか、大人っぽい」
「そ、そんなことないよ……!」
慌てて否定しながらも、琴葉の声にはどこか照れと、少しの嬉しさが滲んでいた。
「だってさ、婚約ってもう“家族になる”ってことでしょ?
一緒に生きていくって、ちゃんと決めてる感じがする」
「そう言われると、確かに現実味あるね」
「うん。でも、やっぱりいいなぁ。好きな人とずっと一緒にいられるって」
その言葉に、琴葉は小さく笑った。
「……うん。私も、そう思う」
「……あ、そういえばさ」
真奈がストローをくるくる回しながら、ふと思い出したように言う。
「琴葉ちゃん、しばらく大学来れてなかったよね。体、もう大丈夫なの?」
「うん……今はもう大丈夫。でも、ちょっと休みすぎちゃったかも」
琴葉はそう言って、苦笑いを浮かべる。
レポートや課題の締切が、頭の片隅をよぎっていた。
「あー、6月は地味にきついよね」
真奈の言葉に、綾花がうんうんと頷く。
「中間レポート増えるし、先生によっては小テストもあるし。なんでこんな忙しいのって感じ」
真奈のぼやきに、3人で小さく笑う。
「……私、ちゃんと追いつけるかな」
ぽつりとこぼれた琴葉の声は、弱音というより不安だった。
すると真奈が、何でもないことのように言う。
「じゃあさ、今日の講義終わったら、図書館かどっかで一緒にレポートやろ?」
「うん、いいね。ひとりでやるより、みんなでやったほうが楽だし」
“助けてあげる”でも、“大丈夫?”でもない。
ただ、当たり前みたいに並べられた選択肢。
琴葉は一瞬だけ言葉を失ってから、小さく笑った。
「……ありがとう。なんか、2人がいると心強い」
「何それ、今さらだよ~」
「ほんと。友達なんだから、気にしないで」
からりと笑う2人を見ながら、琴葉は胸の奥で静かに息をつく。
これまでも、体調を崩して休むことは何度もあった。
そのたびに、追いつこうとして、ひとりで焦っていた。
けれど今は、戻ってきた場所に、自然に席が用意されている。
指先のリングが、初夏の光を受けて控えめに輝いていた。
それを見つめながら、琴葉は、トレーの上のカップにそっと手を伸ばす。
――ここにいる。
友達と笑って、課題の話をして、当たり前みたいに、午後を過ごしている。
それだけで、少し胸が落ち着いた。
42
あなたにおすすめの小説
身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~
ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。
彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。
――死んだはずの彼女が、生きている?
同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。
「今さら、逃げ道があると思うなよ」
瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。
秘された皇子と、選び直した愛。
三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?
* * *
後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。
虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい
隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫
◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。
◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。
◼︎超高速展開、サクッと読めます。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
君は恋人、でもまだ家族じゃない
山田森湖
恋愛
あらすじ
同棲して3年。
毎朝コーヒーを淹れて、彼の寝ぼけた声に微笑んで、
一緒に暮らす当たり前の幸せを噛みしめる——そのはずだった。
彼女は彼を愛している。
彼も自分を愛してくれていると信じている。
それでも、胸の奥には消えない不安がある。
「私たちは、このまま“恋人”で止まってしまうの?」
結婚の話になると、彼はいつも曖昧に笑ってごまかす。
最初は理由をつけていたのに、今では何も言わなくなった。
周囲の友人は次々と結婚し、家族を持ち始めている。
幸せそうな写真を見るたび、彼女の心には
“言えない言葉”だけが増えていく。
愛している。
でも、それだけでは前に進めない。
同棲という甘い日常の裏で、
少しずつ、確かにズレ始めているふたりの未来。
このまま時間に流されるだけの恋なのか、
それとも、家族へと歩き出せる恋なのか——。
彼の寝息を聞きながら、
彼女は初めて「涙が出そうな夜」を迎えていた。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~
有賀冬馬
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」
婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。
けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。
セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。
「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。
――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる