病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

文字の大きさ
2 / 69

第2話・今日もまた、決められた一日を

しおりを挟む
春が過ぎ、夏の気配が近づいている。
琴葉は18歳を迎え、高校最後の一年を歩き始めていた。

周りの同級生たちは進路の話で盛り上がっている。
志望大学、オープンキャンパス、模試の結果。
休み時間の教室には、未来の話題が軽やかに飛び交っていた。

けれど――琴葉だけは、その輪の中に入れなかった。

大学はすでに決まっている。
都内の私立大学。
自宅から電車一本で通学でき、奏一が勤める病院への救急搬送ルートも最短になるよう選ばれた学部。

それは父と母、そして奏一が話し合って決め、琴葉の意志が反映される余地はなかった。

受験といっても、実質は推薦。
欠席の多さも学校と病院の調整で問題なくクリアされる。
授業の組み方も、通学時間も、「無理がない」よう綿密に整えられていた。

(……これ、誰の人生なんだろう。
“私の人生のはずなのに”、私が決めさせてもらえることなんてひとつもない)

そう思いながらも、制限だらけの日々は淡々と過ぎていく。

体育は見学。
文化祭や校外行事は体調を理由に不参加。
放課後の寄り道はもちろん禁止で、友達と遊びの誘いも、全て断らなければならなかった。

母と奏一の番号は“緊急連絡先”として登録され、位置情報アプリも常にオン。
友達と帰る時は「誰と、どのルートで、何時に帰るか」の報告が必須だった。

(……どこにも、自由がない)

そんな気持ちを抱えながらも、琴葉は“優等生”を演じ続ける。

——笑っていれば、余計な心配をされないから。

本当は、大学だって、自分で選びたかった。
受験勉強も、もっと頑張りたかった。
学校行事だって、一度くらい全力で参加してみたかった。

なのに全ては「倒れたら大変」「命に関わる」で片づけられ、琴葉の未来は“安全管理項目”の延長に収まっていった。


ある日の放課後、校門を出ると母の車がすぐそばに停まっていた。

(今日は、病院だった……)

友達の「じゃあね~!」という声を背中で聞きながら、琴葉は無言で後部座席に座る。

「お疲れさま、琴葉。今日は検診の日だから――」

「……わかってる。説明いらない」

声は冷たい。
でも、怒鳴るでもなく、感情をぶつけるわけでもない。
拒絶の色だけを淡々と混ぜる。

車内の沈黙は、いつものことだった。


病院に着き、受付を済ませると、母が当然のように横を歩く。

「診察室には……ひとりで入る?」

「うん。ついて来ないで」

言い放つと、母は苦笑とも悲しさともつかない表情を浮かべた。

名前を呼ばれ診察室へ入ると、白衣の男――
遠野奏一が、椅子から立ち上がった。

「こんにちは、琴葉さん。体調に大きな変化はありませんか?」

「別に。倒れてないし」

ぶっきらぼうな返事をしながら座る。
反射的に目を逸らした。

「まず、脈をみますね」

手首に触れられた瞬間、琴葉はわずかに手を引いた。

「触らないでほしいんだけど」

「診察ですから」

淡々としていて、必要最低限の揺れも温度もない声。

(……こういうところ嫌い。
ママと同じ、“正しいこと”ばっかり言う大人)

聴診、脈拍、血圧。
すべてが静かに、流れるように進んでいく。

「では、そちらで横になって、胸元を少し開けてください。心電図を取ります」

「また? 毎月やる意味ある?」

「再発の可能性がありますから。
念のため、ではなく“必要な検査”です」

「……」

制服の胸元を最低限だけ開けて、冷たい電極を貼られる感触にぞわりと肩が強張る。

測定はすぐ終わり、紙が吐き出された。
奏一の目が波形の上を静かになぞる。

「大きな乱れはありませんし、不整脈も見られません。お薬の飲み忘れは?」

「さあ。たまには忘れますけど、死んでないから大丈夫じゃないですか?」

一瞬、わずかに奏一の指が止まった。
けれど、声色は変わらない。

「琴葉さん、そういう言い方は――」

「じゃあ何? 真面目に答えたらこの検診がなくなるの? どうせ義務なんでしょ? だったら黙って受けますから」

刺々しく投げられる言葉。
琴葉の声は冷たく、尖っていた。

わかっている。
彼はいつだって冷静で、怒鳴ったことも、無理を強いられたこともない。
ただ正しく、淡々と、琴葉を“守ろうとしている”だけだ。

でも――だからこそ、距離の遠さが胸を締めつける。

(この人との結婚に、何の意味があるの……)

「以上です。次回も、来月の同じ週で予約を入れておきます」

「……どうせ私に選択権なんてないんでしょ」

小さく呟き、診察室をあとにする。

廊下を歩きながら、琴葉は喉の奥に溜まった塊を吐き出すように、小さく息をついた。

(何のために学校に行って、何のために生きているんだろう)

親に管理され、医者に監視される日々。
自由のない生活が、この先どれだけ続くのかもわからない。

ただ一つ言えるのは――
「誰かのための命」である限り、自分はきっと、自分の人生を選べないということだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~

ダルい
恋愛
「29歳? 子供産むならもっと若い子がよかったな」  中堅企業で働く早川結衣(29)は、婚活市場における年齢の壁と、デリカシーのない男たちにすり減らされる日々を送っていた。  そんな結衣の唯一の癒やしは、マンションの隣に住む幼馴染の高校生・瀬戸湊(16)。  両親が共働きの彼に代わって、幼い頃はお世話をしてあげていた……はずが、いつの間にか立場は逆転。 手料理を振る舞われ、愚痴を聞かれ、マッサージまでされる始末。「湊がお嫁さんならいいのに」なんて冗談を言っていたけれど。 「今の結衣姉が一番綺麗だよ。……早く、誰も手出しできない『おばさん』になってくれればいいのに」  可愛い弟分だと思っていた彼が、時折見せる『オス』の顔。 16歳の高校生と、もうすぐ30歳のアラサー。  13歳差の常識と理性に抗いながら、生意気な年下男子に外堀を埋められていく、甘くて重い現状維持(ラブストーリー)。 「俺が大人になるまで、誰とも結婚しないで」 癒やされたいすべての女性に贈る、最強の年下幼馴染による溺愛包囲網、開始。

毒味役の私がうっかり皇帝陛下の『呪い』を解いてしまった結果、異常な執着(物理)で迫られています

白桃
恋愛
「触れるな」――それが冷酷と噂される皇帝レオルの絶対の掟。 呪いにより誰にも触れられない孤独な彼に仕える毒味役のアリアは、ある日うっかりその呪いを解いてしまう。 初めて人の温もりを知った皇帝は、アリアに異常な執着を見せ始める。 「私のそばから離れるな」――物理的な距離感ゼロの溺愛(?)に戸惑うアリア。しかし、孤独な皇帝の心に触れるうち、二人の関係は思わぬ方向へ…? 呪いが繋いだ、凸凹主従(?)ラブファンタジー!

25番目の花嫁 ~妹の身代わりで嫁いだら、冷徹公爵が私を溺愛し始めました~

朝日みらい
恋愛
王都の春。 貴族令嬢リリアーナ・エインズワースは、第一王子ライオネル殿下との婚約を一方的に破棄された。 涙を見せないことが、彼女に残された唯一の誇りだった。だが運命は、彼女を思いがけない方向へ導く。 「氷の公爵」と呼ばれる孤高の男、ヴァレンティーヌ公爵。 二十四人の花嫁候補を断り続けた彼の元へ、「二十五番目の花嫁」として赴いたリリアーナ。 家の体裁のための結婚――そう割り切っていたはずなのに、氷のような瞳の奥に垣間見えた孤独が、彼女の心に小さな炎を灯してゆく。

初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~

ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。 それが十年続いた。 だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。 そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。 好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。 ツッコミどころ満載の5話完結です。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

処理中です...