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第2話・今日もまた、決められた一日を
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春が過ぎ、夏の気配が近づいている。
琴葉は18歳を迎え、高校最後の一年を歩き始めていた。
周りの同級生たちは進路の話で盛り上がっている。
志望大学、オープンキャンパス、模試の結果。
休み時間の教室には、未来の話題が軽やかに飛び交っていた。
けれど――琴葉だけは、その輪の中に入れなかった。
大学はすでに決まっている。
都内の私立大学。
自宅から電車一本で通学でき、奏一が勤める病院への救急搬送ルートも最短になるよう選ばれた学部。
それは父と母、そして奏一が話し合って決め、琴葉の意志が反映される余地はなかった。
受験といっても、実質は推薦。
欠席の多さも学校と病院の調整で問題なくクリアされる。
授業の組み方も、通学時間も、「無理がない」よう綿密に整えられていた。
(……これ、誰の人生なんだろう。
“私の人生のはずなのに”、私が決めさせてもらえることなんてひとつもない)
そう思いながらも、制限だらけの日々は淡々と過ぎていく。
体育は見学。
文化祭や校外行事は体調を理由に不参加。
放課後の寄り道はもちろん禁止で、友達と遊びの誘いも、全て断らなければならなかった。
母と奏一の番号は“緊急連絡先”として登録され、位置情報アプリも常にオン。
友達と帰る時は「誰と、どのルートで、何時に帰るか」の報告が必須だった。
(……どこにも、自由がない)
そんな気持ちを抱えながらも、琴葉は“優等生”を演じ続ける。
——笑っていれば、余計な心配をされないから。
本当は、大学だって、自分で選びたかった。
受験勉強も、もっと頑張りたかった。
学校行事だって、一度くらい全力で参加してみたかった。
なのに全ては「倒れたら大変」「命に関わる」で片づけられ、琴葉の未来は“安全管理項目”の延長に収まっていった。
ある日の放課後、校門を出ると母の車がすぐそばに停まっていた。
(今日は、病院だった……)
友達の「じゃあね~!」という声を背中で聞きながら、琴葉は無言で後部座席に座る。
「お疲れさま、琴葉。今日は検診の日だから――」
「……わかってる。説明いらない」
声は冷たい。
でも、怒鳴るでもなく、感情をぶつけるわけでもない。
拒絶の色だけを淡々と混ぜる。
車内の沈黙は、いつものことだった。
病院に着き、受付を済ませると、母が当然のように横を歩く。
「診察室には……ひとりで入る?」
「うん。ついて来ないで」
言い放つと、母は苦笑とも悲しさともつかない表情を浮かべた。
名前を呼ばれ診察室へ入ると、白衣の男――
遠野奏一が、椅子から立ち上がった。
「こんにちは、琴葉さん。体調に大きな変化はありませんか?」
「別に。倒れてないし」
ぶっきらぼうな返事をしながら座る。
反射的に目を逸らした。
「まず、脈をみますね」
手首に触れられた瞬間、琴葉はわずかに手を引いた。
「触らないでほしいんだけど」
「診察ですから」
淡々としていて、必要最低限の揺れも温度もない声。
(……こういうところ嫌い。
ママと同じ、“正しいこと”ばっかり言う大人)
聴診、脈拍、血圧。
すべてが静かに、流れるように進んでいく。
「では、そちらで横になって、胸元を少し開けてください。心電図を取ります」
「また? 毎月やる意味ある?」
「再発の可能性がありますから。
念のため、ではなく“必要な検査”です」
「……」
制服の胸元を最低限だけ開けて、冷たい電極を貼られる感触にぞわりと肩が強張る。
測定はすぐ終わり、紙が吐き出された。
奏一の目が波形の上を静かになぞる。
「大きな乱れはありませんし、不整脈も見られません。お薬の飲み忘れは?」
「さあ。たまには忘れますけど、死んでないから大丈夫じゃないですか?」
一瞬、わずかに奏一の指が止まった。
けれど、声色は変わらない。
「琴葉さん、そういう言い方は――」
「じゃあ何? 真面目に答えたらこの検診がなくなるの? どうせ義務なんでしょ? だったら黙って受けますから」
刺々しく投げられる言葉。
琴葉の声は冷たく、尖っていた。
わかっている。
彼はいつだって冷静で、怒鳴ったことも、無理を強いられたこともない。
ただ正しく、淡々と、琴葉を“守ろうとしている”だけだ。
でも――だからこそ、距離の遠さが胸を締めつける。
(この人との結婚に、何の意味があるの……)
「以上です。次回も、来月の同じ週で予約を入れておきます」
「……どうせ私に選択権なんてないんでしょ」
小さく呟き、診察室をあとにする。
廊下を歩きながら、琴葉は喉の奥に溜まった塊を吐き出すように、小さく息をついた。
(何のために学校に行って、何のために生きているんだろう)
親に管理され、医者に監視される日々。
自由のない生活が、この先どれだけ続くのかもわからない。
ただ一つ言えるのは――
「誰かのための命」である限り、自分はきっと、自分の人生を選べないということだった。
琴葉は18歳を迎え、高校最後の一年を歩き始めていた。
周りの同級生たちは進路の話で盛り上がっている。
志望大学、オープンキャンパス、模試の結果。
休み時間の教室には、未来の話題が軽やかに飛び交っていた。
けれど――琴葉だけは、その輪の中に入れなかった。
大学はすでに決まっている。
都内の私立大学。
自宅から電車一本で通学でき、奏一が勤める病院への救急搬送ルートも最短になるよう選ばれた学部。
それは父と母、そして奏一が話し合って決め、琴葉の意志が反映される余地はなかった。
受験といっても、実質は推薦。
欠席の多さも学校と病院の調整で問題なくクリアされる。
授業の組み方も、通学時間も、「無理がない」よう綿密に整えられていた。
(……これ、誰の人生なんだろう。
“私の人生のはずなのに”、私が決めさせてもらえることなんてひとつもない)
そう思いながらも、制限だらけの日々は淡々と過ぎていく。
体育は見学。
文化祭や校外行事は体調を理由に不参加。
放課後の寄り道はもちろん禁止で、友達と遊びの誘いも、全て断らなければならなかった。
母と奏一の番号は“緊急連絡先”として登録され、位置情報アプリも常にオン。
友達と帰る時は「誰と、どのルートで、何時に帰るか」の報告が必須だった。
(……どこにも、自由がない)
そんな気持ちを抱えながらも、琴葉は“優等生”を演じ続ける。
——笑っていれば、余計な心配をされないから。
本当は、大学だって、自分で選びたかった。
受験勉強も、もっと頑張りたかった。
学校行事だって、一度くらい全力で参加してみたかった。
なのに全ては「倒れたら大変」「命に関わる」で片づけられ、琴葉の未来は“安全管理項目”の延長に収まっていった。
ある日の放課後、校門を出ると母の車がすぐそばに停まっていた。
(今日は、病院だった……)
友達の「じゃあね~!」という声を背中で聞きながら、琴葉は無言で後部座席に座る。
「お疲れさま、琴葉。今日は検診の日だから――」
「……わかってる。説明いらない」
声は冷たい。
でも、怒鳴るでもなく、感情をぶつけるわけでもない。
拒絶の色だけを淡々と混ぜる。
車内の沈黙は、いつものことだった。
病院に着き、受付を済ませると、母が当然のように横を歩く。
「診察室には……ひとりで入る?」
「うん。ついて来ないで」
言い放つと、母は苦笑とも悲しさともつかない表情を浮かべた。
名前を呼ばれ診察室へ入ると、白衣の男――
遠野奏一が、椅子から立ち上がった。
「こんにちは、琴葉さん。体調に大きな変化はありませんか?」
「別に。倒れてないし」
ぶっきらぼうな返事をしながら座る。
反射的に目を逸らした。
「まず、脈をみますね」
手首に触れられた瞬間、琴葉はわずかに手を引いた。
「触らないでほしいんだけど」
「診察ですから」
淡々としていて、必要最低限の揺れも温度もない声。
(……こういうところ嫌い。
ママと同じ、“正しいこと”ばっかり言う大人)
聴診、脈拍、血圧。
すべてが静かに、流れるように進んでいく。
「では、そちらで横になって、胸元を少し開けてください。心電図を取ります」
「また? 毎月やる意味ある?」
「再発の可能性がありますから。
念のため、ではなく“必要な検査”です」
「……」
制服の胸元を最低限だけ開けて、冷たい電極を貼られる感触にぞわりと肩が強張る。
測定はすぐ終わり、紙が吐き出された。
奏一の目が波形の上を静かになぞる。
「大きな乱れはありませんし、不整脈も見られません。お薬の飲み忘れは?」
「さあ。たまには忘れますけど、死んでないから大丈夫じゃないですか?」
一瞬、わずかに奏一の指が止まった。
けれど、声色は変わらない。
「琴葉さん、そういう言い方は――」
「じゃあ何? 真面目に答えたらこの検診がなくなるの? どうせ義務なんでしょ? だったら黙って受けますから」
刺々しく投げられる言葉。
琴葉の声は冷たく、尖っていた。
わかっている。
彼はいつだって冷静で、怒鳴ったことも、無理を強いられたこともない。
ただ正しく、淡々と、琴葉を“守ろうとしている”だけだ。
でも――だからこそ、距離の遠さが胸を締めつける。
(この人との結婚に、何の意味があるの……)
「以上です。次回も、来月の同じ週で予約を入れておきます」
「……どうせ私に選択権なんてないんでしょ」
小さく呟き、診察室をあとにする。
廊下を歩きながら、琴葉は喉の奥に溜まった塊を吐き出すように、小さく息をついた。
(何のために学校に行って、何のために生きているんだろう)
親に管理され、医者に監視される日々。
自由のない生活が、この先どれだけ続くのかもわからない。
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