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第3話・無言の執着
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午後、会議室の時計の音だけがやけに大きく聞こえていた。
目の前にはA社の担当者。
話し方こそ丁寧だが、その言葉の端々に鋭さがある。
「つまり、そちらの対応が遅れたせいで、弊社側の工程にも影響が出ているということですね?」
(違う、そうではない…私の説明が足りないわけではないけど……でも、どう返せば)
言葉が詰まった。
事実だけで返せば角が立つ。
でも、このまま沈黙するわけにもいかない。
資料をめくる手が震えていた。
「その件については……ご指摘は、ごもっともで……」
苦し紛れの言葉が、喉の奥で崩れていく。
そのときだった。
「失礼します」
低く落ち着いた声が、会議室の扉の向こうから響いた。
崇雅が、何の前触れもなく現れた。
「続きは私から」
「あの工程の変更については、貴社側の追加要望が影響しています。
双方で進行管理の見直しが必要かと。こちらの再調整案をご確認ください」
彼は無駄な言葉を使わず、資料のポイントだけを的確に示していく。
A社の担当者は、一瞬言葉を失うも、それから何度か頷いた。
会議室の空気が、変わった。
(……すごい)
私は思わず、見入ってしまっていた。
あの厳しいクライアントを、圧も怒りも使わずに納得させる。
打ち合わせはそのまま、崇雅主導で進み、短時間でまとまった。
私はほとんど言葉を発せずに終えてしまった。
打ち合わせが終わり、部屋を出るとすぐ、私は立ち止まる。
「……どうして来てくださったのでしょうか?」
気がつけば、問いかけていた。
彼は、ほんの少し間を置いて答えた。
「“ひとりで大丈夫”と言う顔ではなかった」
それだけだった。
表情は、やっぱり読めない。
けれど、
それがどこまでも“本気”の声だった。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
嬉しい気持ちと、情けない気持ちと、
言い表せない感情がぐちゃぐちゃに混ざっていた。
それでも私は、深く頭を下げた。
「ありがとうございました……」
小さくそう言うと、彼は何も言わずに歩いていった。
背中は、やっぱり遠くて。
でも、今だけは――ほんの少し、近づいた気がした。
——————
彼女の資料のミスに気づいたとき、
最初に見えたのは、澪の顔だった。
顔色が明らかに悪く、
手元の動きがぎこちなかった。
言わなくてもわかる。
――限界が近い。
あのとき、自然に動いていた。
他の誰かなら任せただろう仕事も、
彼女のときだけは、自分が先に動いていた。
理由は、後からしかわからなかった。
(……放っておけなかった)
ただ、それだけだった。
彼女は真面目で、誠実で、手を抜かない。
ミスをするタイプじゃないことは、誰よりもわかっている。
それでもミスが起きたということは、
それだけ追い込まれていたということだ。
――俺のもとで。
自分の指導の仕方が、彼女を追い詰めたのかもしれない。
退職の意向を聞いたとき、何も言い返せなかったのは、
そう思わせるだけの理由を、与えてしまっていたからだ。
そしてA社との打ち合わせ。
あの会議室の前を通りかかったとき、
彼女の声が詰まったのが聞こえた。
次の予定を調整するより先に、扉を開けていた。
彼女の目が、助けを求めていたわけじゃない。
それでも、そう見えた。
俺は怒っていた。
誰に?……わからない。
クライアントか、彼女自身か、
それとも何もできなかった俺自身か。
その怒りを、言葉ではなく行動で抑え込んだ。
「失礼します。続きは私から」
彼女の代わりに、会議をまとめた。
その間、彼女は一言も発さなかった。
顔を上げることすらなかった。
(悔しかっただろうな)
でも、俺は彼女を放っておくことができなかった。
退職されたら、俺にはもうどうすることもできない。
この距離感でさえ、保てなくなる。
だからせめて、今は守ろうと思った。
もう二度と、彼女が“辞めたい”なんて言わないように。
そのためなら、どれだけでも動くとそう決めた。
目の前にはA社の担当者。
話し方こそ丁寧だが、その言葉の端々に鋭さがある。
「つまり、そちらの対応が遅れたせいで、弊社側の工程にも影響が出ているということですね?」
(違う、そうではない…私の説明が足りないわけではないけど……でも、どう返せば)
言葉が詰まった。
事実だけで返せば角が立つ。
でも、このまま沈黙するわけにもいかない。
資料をめくる手が震えていた。
「その件については……ご指摘は、ごもっともで……」
苦し紛れの言葉が、喉の奥で崩れていく。
そのときだった。
「失礼します」
低く落ち着いた声が、会議室の扉の向こうから響いた。
崇雅が、何の前触れもなく現れた。
「続きは私から」
「あの工程の変更については、貴社側の追加要望が影響しています。
双方で進行管理の見直しが必要かと。こちらの再調整案をご確認ください」
彼は無駄な言葉を使わず、資料のポイントだけを的確に示していく。
A社の担当者は、一瞬言葉を失うも、それから何度か頷いた。
会議室の空気が、変わった。
(……すごい)
私は思わず、見入ってしまっていた。
あの厳しいクライアントを、圧も怒りも使わずに納得させる。
打ち合わせはそのまま、崇雅主導で進み、短時間でまとまった。
私はほとんど言葉を発せずに終えてしまった。
打ち合わせが終わり、部屋を出るとすぐ、私は立ち止まる。
「……どうして来てくださったのでしょうか?」
気がつけば、問いかけていた。
彼は、ほんの少し間を置いて答えた。
「“ひとりで大丈夫”と言う顔ではなかった」
それだけだった。
表情は、やっぱり読めない。
けれど、
それがどこまでも“本気”の声だった。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
嬉しい気持ちと、情けない気持ちと、
言い表せない感情がぐちゃぐちゃに混ざっていた。
それでも私は、深く頭を下げた。
「ありがとうございました……」
小さくそう言うと、彼は何も言わずに歩いていった。
背中は、やっぱり遠くて。
でも、今だけは――ほんの少し、近づいた気がした。
——————
彼女の資料のミスに気づいたとき、
最初に見えたのは、澪の顔だった。
顔色が明らかに悪く、
手元の動きがぎこちなかった。
言わなくてもわかる。
――限界が近い。
あのとき、自然に動いていた。
他の誰かなら任せただろう仕事も、
彼女のときだけは、自分が先に動いていた。
理由は、後からしかわからなかった。
(……放っておけなかった)
ただ、それだけだった。
彼女は真面目で、誠実で、手を抜かない。
ミスをするタイプじゃないことは、誰よりもわかっている。
それでもミスが起きたということは、
それだけ追い込まれていたということだ。
――俺のもとで。
自分の指導の仕方が、彼女を追い詰めたのかもしれない。
退職の意向を聞いたとき、何も言い返せなかったのは、
そう思わせるだけの理由を、与えてしまっていたからだ。
そしてA社との打ち合わせ。
あの会議室の前を通りかかったとき、
彼女の声が詰まったのが聞こえた。
次の予定を調整するより先に、扉を開けていた。
彼女の目が、助けを求めていたわけじゃない。
それでも、そう見えた。
俺は怒っていた。
誰に?……わからない。
クライアントか、彼女自身か、
それとも何もできなかった俺自身か。
その怒りを、言葉ではなく行動で抑え込んだ。
「失礼します。続きは私から」
彼女の代わりに、会議をまとめた。
その間、彼女は一言も発さなかった。
顔を上げることすらなかった。
(悔しかっただろうな)
でも、俺は彼女を放っておくことができなかった。
退職されたら、俺にはもうどうすることもできない。
この距離感でさえ、保てなくなる。
だからせめて、今は守ろうと思った。
もう二度と、彼女が“辞めたい”なんて言わないように。
そのためなら、どれだけでも動くとそう決めた。
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