【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

文字の大きさ
154 / 168

番外編・無理をしないで ②

しおりを挟む
自宅マンションに着くと、澪は真っ先に崇雅の腕を取り、エントランスから部屋までをサポートするように歩いた。
いつもなら、さりげなくエスコートしてくれるはずの崇雅が、今はどこか頼りなく見えて、胸が締めつけられる。

澪はそっとバッグから鍵を取り出し、慣れた手つきで差し込む。

(崇雅さんが具合悪いときくらい、私がちゃんとしないと)

扉を開けると、玄関の明かりをつける前に、澪は靴を脱がせようとしゃがみ込む。
けれど、うっすらと眉をひそめた崇雅が、低い声で言った。

「……澪。無理しなくていい。自分で……やる」

「はいはい、立ってるのもしんどそうな人が何を言ってるんですか」

軽く笑って、澪はそのまま崇雅の腕を取り、支えながら中へと促す。

「ほら、ベッドまで行きましょう。ちゃんと横になってください」

「……すまない」

普段の崇雅なら、多少の熱くらいでは人に頼ろうとしない。
けれど今日は、何も言わず澪に体を預けて歩いている。
それだけで、どれほど無理をしていたのかが伝わってきた。

ベッドに崇雅を座らせたあと、澪はクローゼットを開けて部屋着を取り出す。

「スーツのままだと寝づらいですよね。 着替えましょう」

「……ああ」

ゆっくりとボタンを外し始めた崇雅の動きは、明らかに重い。
澪はスーツを受け取り、片づけながら彼の手元に目をやった。

「寒気もありますよね?ちゃんと暖かくして、これ以上、無理しないでください」

崇雅は小さく笑う。

「澪はほんとに……優しいな」

「当たり前です。風邪ひいてる旦那さんに冷たくなんてしません」

軽口を交わしながらも、澪は自然と手を伸ばし、ボタンを外すのを手伝った。
背中に手を回してシャツを脱がせる手つきはやわらかく、崇雅も素直に身を委ねる。

「はい、腕通してください」

「……ありがとな、澪」

「どういたしまして」

部屋着に着替え終えた崇雅をベッドに横にさせながら、澪はそっと額に手を当てた。

「……うん。やっぱり熱がありますね。少し横になっててください。おかゆ、作ってきますから」

「……あんまり無理しないでくれ。澪まで寝込んだら困る」

「うん、大丈夫です。少なくとも、今日の崇雅さんよりは元気ですから」

そう笑って、澪は部屋を後にした。


キッチンでおかゆを煮ながら、澪はときおり寝室を気にして様子をうかがった。
炊き上がったら火を止め、少し冷ましてから薬と水をトレーにのせ、寝室へ向かった。

「お待たせしました。起きられますか?」

そっと声をかけると、崇雅がゆっくりとまぶたを開けた。

「……ああ。澪の匂いがする」

「それはたぶん、おかゆの匂いです」

冗談めかすと、崇雅は小さく笑う。
澪はサイドテーブルにおかゆと薬を並べ、ベッドの縁に腰掛けた。

「冷ましてあるので食べやすいと思います。……はい、口開けて」

「……子ども扱いか?」

「患者扱いです。ほら、ちゃんと食べないと、薬飲めませんよ?」

澪のやわらかな微笑みに、崇雅は一瞬だけためらったが、小さく息を吐いて口を開けた。
スプーンをそっと運ぶと、崇雅は静かに咀嚼する。

「……どうですか? 味、薄くないですか?」

「……ちょうどいい。うまい」

「よかった。じゃあ、もうひと口」

またすくって、崇雅の口元へ。
何度かそれを繰り返すうちに、崇雅の表情にもほんの少しだけ余裕が戻ってくる。

その変化を見届けるように、澪は目を細め、そっと微笑んだ。


食べ終わったあとは薬を飲ませ、再び崇雅をベッドに寝かせる。
枕元で見守る澪に、崇雅が穏やかな目を向けた。

「……澪がそばにいると、安心する」

「眠るまでそばにいますから。ほら、ちゃんと寝てください。熱、下げましょうね」

照れ隠しのように、優しく笑いかける澪に、崇雅は目を閉じながら小さく頷いた。

そしてしばらくすると、深く穏やかな寝息が部屋に満ちていった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました

藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。 そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。 ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。 その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。 仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。 会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。 これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

処理中です...