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第1章「幼少期~小学生の日々」
第20話「華怜との修行と母との時間」
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翌朝。今日は金曜日で学校がある。
昨今の治安の悪さ、そして昨日の一件が決め手となり、しばらくの間、学校からスクールバスでの送迎がされることになった。
これは正直かなりありがたい。少なくとも最も狙われやすいであろう、登下校を1人ですることは無くなるわけだし、多少の安心感は得られる。
俺は心配そうな表情の母さんに見送られながら、スクールバスに乗って学校に向かうのだった。
学校に到着すると、華怜が俺を見つけるなり、駆け寄ってくる。
「雄飛、昨日は大変だったけど、あの後大丈夫だった?」
「大丈夫だよ華怜。心配してくれてありがとう」
俺がそう答えると、華怜は安心したような顔をする。
「よかった……。でも油断しないでね? Ouroborosのヤツら、いずれまた接触を図ってくるだろうから……」
「うん、分かってるよ。だから俺、決めたんだ。早く自分の能力をコントロールできるようになるって。華怜、協力してくれないか? もちろん、無理のない範囲でいいんだけどさ……」
俺がそう言うと、華怜は少し驚いた顔をしたけどすぐに笑顔に戻る。そして、俺の決意を受け止めてくれた。
「ええ、当然よ! ふふ、頼もしくなって来たじゃない。……それじゃあ、今日早速特訓と行きましょうか」
「うん! よろしく!」
こうして俺は華怜と共に、放課後に訓練を行うことになった。場所は俺の家の庭だ。それなりの広さがあるから何をするにもうってつけだ。
母さんが常に家にいるけど、仕事で部屋にいることが多いから大丈夫だろう。そこなら、人目を気にすることなく特訓できる。
そして放課後。俺と華怜は帰宅し……。
「さぁ雄飛! さっそく始めるわよ? ……私が雄飛に教えてあげるのは、実戦的な体術よ」
「た、体術? 格闘ってこと?」
俺はてっきり能力の使い方についての修行だと思っていたから、少しビックリした。
「ええ、そうよ。昨日みたいに、いつまた力づくで迫られないとも限らないわ。能力の方は、入間から指示されたことを続けてちょうだい。私は、より実戦的な対処法をあなたに教えるわ」
「う、うん! 分かった。……でもさ、俺格闘技ってやったことないんだけど……。華怜はあるの?」
俺がそう尋ねると、華怜はふふんと得意気に腕を組む。
「ええ、もちろんよ。私はこう見えても、前世前々世さらにその前……結構な修羅場を潜り抜けて来たのよ? さぁ、それじゃあ始めるわよ! まずは基本の構えから……」
こうして華怜による俺の格闘技修行が始まった。
その日は一日、動き方と精神集中で終わった。俺としてはもっと実戦的な体術をすぐにでも覚えたかったのだけど、華怜曰く「無茶すると逆効果だから、少しずつやっていきましょ」だそうだ。
そして夜、華怜が帰った後、俺は母さんと一緒に夕食を食べて部屋に戻ると、さっきまでの修行の続きとして目を閉じて精神集中を行う。
こうすることで、俺の異常な性欲も抑えられる気がするからだ。最初のうちは頭にいろいろと浮かんでくるけど、数分意識を集中させるとそれも落ち着いてくる。
基本は体を動かすことで昇華しているけど、夜寝る前や筋肉痛で体を動かしにくい時などは、この方法で落ち着かせるのがいいかもしれない。
30分ほど続けた後、俺は宿題を済ませてお風呂に入る。そしてその後、修行の疲れもあってかすぐに眠りに就くのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃。Ouroborosの拠点であるとある洋館にて……。
「神の子種を持つ少年、雄飛よ……。それでよい……。成長を続けるのです……。神に選ばれし新たな人類の父となる者。そして新たなる人類たちが崇める神の父となる者。"聖母懐胎の刻"はいずれ来たれり。神の子種を持つ者よ。我らが救世主よ……」
水晶を覗きながら修道女のような衣装を着た若い女性はそう呟く。
その目元はフードによって隠れて見えないが、口元に笑みを浮かべているのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。今日は土曜日で学校は休みだけど、華怜から自主練をしようと連絡があった。俺はもちろん了承して、彼女に家の庭に来てもらった。
「よし、それじゃあ始めるわよ! 昨日の練習を思い出しながらやってみてね」
華怜はそう言うと、まずは昨日の復習から俺に始めさせる。昨日のことを思い出しながら、俺は必死に体を動かすのだった。
「雄飛ちゃ~ん、華怜ちゃ~ん! そろそろお昼だよ~♪ サンドウィッチでもいいかな? 華怜ちゃんは、好き嫌いある?」
俺と華怜が体術の練習をしていると、母さんが庭を覗き込みながらそう聞いてきた。
時計を見るともう12時だ。
「私、なんでも好きです! あ、あの……でもほんとにいいんですか? お昼ごちそうになっても?」
華怜は遠慮がちに尋ねると、母さんは彼女の髪を撫でて答える。
「遠慮しないで! 雄飛と遊んでくれてありがと♪ 簡単なものだけど、よかったら食べてね」
母さんがそう言うと、華怜は目を輝かせる。
「わ~い♪ ありがとうございます! じゃあお昼ご飯いただきます!」
子供のように嬉しそうにしている華怜を見ると、なんだか俺も嬉しくなる。
3人で食事を終え、少し休憩した後、母さんは自室でデザインの仕事の続き、俺と華怜は2人で修行の続きを開始するのだった。
「さて雄飛、それじゃあ午後からはもう少し実戦的な動きをしてみましょ? さっそくだけど、私に殴りかかって来てみて?」
「え? で、できないよ……。華怜を殴るなんて……」
俺は思わずそう答えるが、彼女は構わず続ける。
「まぁまぁ、じゃあまずは本気じゃなくてもいいから、ね? そのうち悔しくて本気になると思うけど」
女の子に殴りかかるなんて気が進まないどころの話じゃないけど、修行のためだ。ここは華怜に従おう。
「そ、それじゃいくよ! えいっ!」
俺はそう言って、拳を繰り出す。すると……。華怜はその場からほとんど動くことなく、俺の攻撃を躱し続ける。拳だけじゃなくて蹴りも繰り出しているのに、彼女は涼しい顔で避け続ける。
「ほいっと! あ、足ももっと使わないとダメよ? そんなんじゃ隙を突かれて手痛い反撃を食らっちゃうからね」
そして、最後に俺の胸に手を当てて少し押すと……俺はバランスを崩して尻餅をついてしまった。
「あいたっ!」
「ふふん♪ まだまだね」
華怜はニヤリと笑う。悔しかったけど、それ以上に少しでも華怜に認めてもらいたいと感じ始めていた。
彼女に言われた「悔しくて本気になる」という言葉を実感し、俺は立ち上がる。
「今日中にちょっとは認めさせてみせる! いくぞ、華怜!」
「ふふ、いいわね! その意気よ!」
そして俺は華怜に再び攻撃を仕掛ける。だがやはり難なく躱されてしまい、最後には一撃で転倒させられてしまう。そんなことが何度も続いた。
つ、強い……。まるで大人の武闘家のような身のこなしだ。俺はあらためて華怜が相当な修羅場をくぐり抜けてきたであろうことを感じる。
「ふぅ……。今日はこれぐらいにしましょ」
「はぁはぁ……ま、まだまだぁ……!」
俺はそう言って立ちあがろうとするが、足に力が入らず崩れ落ちる。もう何時間もぶっ続けで動いていたので、疲労困憊になっていたみたいだ。華怜はそんな俺の額をトンッと押した。
と、たったそれだけのことで俺の体は簡単に倒れ、地面に背中を着く。どうやら相当体が疲れているらしい。
「ここまでよ、雄飛」
「う……はい……」
正直悔しいけど、体が動かない以上仕方ない。俺は素直に負けを認める。結局、その日は一度も華怜に攻撃を当てることはできなかったのだった。
「悔しそうにしてるけど、最初からこれだけ動ければ大したものよ。だから自信持ちなさいよね」
彼女はそう言って、倒れた俺に手を差し伸べて、引っ張り起してくれながら、俺を励ましてくれる。
「ありがとう。……華怜って強いだけじゃなくて優しいよね」
俺が素直にそう褒めると、彼女は照れたのか少し顔を赤くする。
「べ、別に……優しくなんか……。……と、とにかく! 今日はここまで! 明日は筋肉痛が酷いだろうから、しっかり休みなさいよ?」
「うん。分かった」
こうしてその日の修行は終わった。今のところ、華怜に一撃でも当てられる自分が想像できない。……華怜を照れさせるのは簡単なんだけど……。
でも、少しずつだけど手応えは感じている。毎日頑張っていれば、きっと強くなれるはずだ……そう信じたい。
華怜が帰った後、俺は部屋に戻って夕食前に宿題を済ませると、リビングにいる母さんがチラシを見ていた。俺の姿に気付くと優しく微笑んで、俺に尋ねる。
「雄飛ちゃん、たまにはお寿司なにか、宅配してもらう? 最近食べてなかったでしょ? ママ、久し振りにお寿司が食べたいな~」
「いいね! じゃあそうしよう!」
母さんのその提案に賛成する。そういえば最近食べてなかったっけ……。俺は母さんの隣に座って、お寿司のチラシを見る。そしてそれぞれ食べたいものを注文するのだった。
1時間ほど経って、注文したお寿司が玄関前に届けられた。
「ママ、届いたよ。食べよう?」
台所に立つ母さんに俺は声を掛ける。
「は~い、今行くからちょっと待っててね~」
母さんが茶わん蒸しを作ってくれており、お寿司と一緒に食べる。
2人で食事を終えた俺は、お風呂に入ってテレビを見ていた。俺の後にお風呂に入った母さんも、お風呂から上がると俺と一緒にテレビを見る。
俺が見ていたのは、ドラマだった。
2人で話をしながら適当に見ていると、何やらドラマのシーンは主人公の男性とヒロインの女性が良い感じのムードに……。
「ちょっ! ちょっと2人とも! まだ早いよ!!」
母さんはドラマのシーンを見てそう叫んで、慌ててテレビのチャンネルを変えるのだった。
そして急に叫んだことに少し恥ずかしくなったのか顔を赤くする。俺はそんな母さんが可愛くて、思わず笑ってしまった。
「はは、母さんってこういうドラマの恋愛シーンに弱いよね」
俺が笑いながらそう言うと、母さんはさらに顔を赤くして……。
「そ、そんなことないもん~! もぅ! からかわないでよ~!」
「ごめんごめん! からかってなんかないって!」
父さんは今日も帰って来ないみたいで少し寂しいけど、こうやって母さんが楽しそうにしてくれていると俺も嬉しい。
母さんは太陽だ。誰よりも笑顔が眩しくて、温かい。そんな母さんを俺は守りたい。
俺はあらためてそう強く決意するのだった。
その日の夜だった。
寝つきの悪かった俺は、水でも飲もうと下の階に降りた。
すると母さんが誰かと話している声が聞こえた。どうやら電話をしているようだ。
「1日でいいから帰って来れない? 雄飛ちゃんがストーカーに襲われたんだよ!? 秀ちゃんだって心配でしょ? ……そ、それはそうかもしれないけど……。お願い、1日でもいいから……ね?」
……電話の相手は父さんのようだ。母さんは不安そうな顔で何度も「帰ってきて」と頼み込むけど、父さんの返事は母さんの願ったものではなさそうだ。
「……わ、分かった。ごめんね秀ちゃん……。じゃあせめて、来週中には1回帰ってよね? 約束だからね? ……うん、それじゃあ切るね……おやすみ」
母さんは肩を落として悲しそうに電話を切るのだった。
俺は思わず声を掛ける。
「ママ……?」
「あ、雄飛ちゃん……!」
母さんは俺に気付くと慌てて涙を拭き、優しく微笑む。そして俺をぎゅっと抱き締めた。
「ごめんね……。ママ、パパに頼ろうとしたけど忙しいんだって……」
「うん」
俺はただうなずくことしかできなかった。
「大丈夫だよ、パパが居なくてもママが雄飛ちゃんを守るから。だから心配しないで、ね?」
「ありがとう、ママ……。俺も強くなるから……必ず」
俺はそう言って母さんを抱き締め返す。すると彼女はさらに強く俺を抱きしめた。
「うん、ありがとう雄飛ちゃん……。ママ、ちょっと疲れちゃったから……今日はもう寝るね。雄飛ちゃんももう寝ようね?」
「うん。おやすみ、ママ」
「おやすみなさい」
そして母さんは部屋に戻る。
自分の部屋へと戻り、布団に入る俺。
だけど母さんのさっきの悲しそうな顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。
(母さんにあんな顔……させないでよ父さん……。いくら仕事だからって……。もし週刊誌のゴシップ記事が本当で、父さんが彩さんと不倫しているとしたら……そんなの許せないよ……)
俺は心の中でそう呟くのだった。
昨今の治安の悪さ、そして昨日の一件が決め手となり、しばらくの間、学校からスクールバスでの送迎がされることになった。
これは正直かなりありがたい。少なくとも最も狙われやすいであろう、登下校を1人ですることは無くなるわけだし、多少の安心感は得られる。
俺は心配そうな表情の母さんに見送られながら、スクールバスに乗って学校に向かうのだった。
学校に到着すると、華怜が俺を見つけるなり、駆け寄ってくる。
「雄飛、昨日は大変だったけど、あの後大丈夫だった?」
「大丈夫だよ華怜。心配してくれてありがとう」
俺がそう答えると、華怜は安心したような顔をする。
「よかった……。でも油断しないでね? Ouroborosのヤツら、いずれまた接触を図ってくるだろうから……」
「うん、分かってるよ。だから俺、決めたんだ。早く自分の能力をコントロールできるようになるって。華怜、協力してくれないか? もちろん、無理のない範囲でいいんだけどさ……」
俺がそう言うと、華怜は少し驚いた顔をしたけどすぐに笑顔に戻る。そして、俺の決意を受け止めてくれた。
「ええ、当然よ! ふふ、頼もしくなって来たじゃない。……それじゃあ、今日早速特訓と行きましょうか」
「うん! よろしく!」
こうして俺は華怜と共に、放課後に訓練を行うことになった。場所は俺の家の庭だ。それなりの広さがあるから何をするにもうってつけだ。
母さんが常に家にいるけど、仕事で部屋にいることが多いから大丈夫だろう。そこなら、人目を気にすることなく特訓できる。
そして放課後。俺と華怜は帰宅し……。
「さぁ雄飛! さっそく始めるわよ? ……私が雄飛に教えてあげるのは、実戦的な体術よ」
「た、体術? 格闘ってこと?」
俺はてっきり能力の使い方についての修行だと思っていたから、少しビックリした。
「ええ、そうよ。昨日みたいに、いつまた力づくで迫られないとも限らないわ。能力の方は、入間から指示されたことを続けてちょうだい。私は、より実戦的な対処法をあなたに教えるわ」
「う、うん! 分かった。……でもさ、俺格闘技ってやったことないんだけど……。華怜はあるの?」
俺がそう尋ねると、華怜はふふんと得意気に腕を組む。
「ええ、もちろんよ。私はこう見えても、前世前々世さらにその前……結構な修羅場を潜り抜けて来たのよ? さぁ、それじゃあ始めるわよ! まずは基本の構えから……」
こうして華怜による俺の格闘技修行が始まった。
その日は一日、動き方と精神集中で終わった。俺としてはもっと実戦的な体術をすぐにでも覚えたかったのだけど、華怜曰く「無茶すると逆効果だから、少しずつやっていきましょ」だそうだ。
そして夜、華怜が帰った後、俺は母さんと一緒に夕食を食べて部屋に戻ると、さっきまでの修行の続きとして目を閉じて精神集中を行う。
こうすることで、俺の異常な性欲も抑えられる気がするからだ。最初のうちは頭にいろいろと浮かんでくるけど、数分意識を集中させるとそれも落ち着いてくる。
基本は体を動かすことで昇華しているけど、夜寝る前や筋肉痛で体を動かしにくい時などは、この方法で落ち着かせるのがいいかもしれない。
30分ほど続けた後、俺は宿題を済ませてお風呂に入る。そしてその後、修行の疲れもあってかすぐに眠りに就くのだった。
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その頃。Ouroborosの拠点であるとある洋館にて……。
「神の子種を持つ少年、雄飛よ……。それでよい……。成長を続けるのです……。神に選ばれし新たな人類の父となる者。そして新たなる人類たちが崇める神の父となる者。"聖母懐胎の刻"はいずれ来たれり。神の子種を持つ者よ。我らが救世主よ……」
水晶を覗きながら修道女のような衣装を着た若い女性はそう呟く。
その目元はフードによって隠れて見えないが、口元に笑みを浮かべているのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。今日は土曜日で学校は休みだけど、華怜から自主練をしようと連絡があった。俺はもちろん了承して、彼女に家の庭に来てもらった。
「よし、それじゃあ始めるわよ! 昨日の練習を思い出しながらやってみてね」
華怜はそう言うと、まずは昨日の復習から俺に始めさせる。昨日のことを思い出しながら、俺は必死に体を動かすのだった。
「雄飛ちゃ~ん、華怜ちゃ~ん! そろそろお昼だよ~♪ サンドウィッチでもいいかな? 華怜ちゃんは、好き嫌いある?」
俺と華怜が体術の練習をしていると、母さんが庭を覗き込みながらそう聞いてきた。
時計を見るともう12時だ。
「私、なんでも好きです! あ、あの……でもほんとにいいんですか? お昼ごちそうになっても?」
華怜は遠慮がちに尋ねると、母さんは彼女の髪を撫でて答える。
「遠慮しないで! 雄飛と遊んでくれてありがと♪ 簡単なものだけど、よかったら食べてね」
母さんがそう言うと、華怜は目を輝かせる。
「わ~い♪ ありがとうございます! じゃあお昼ご飯いただきます!」
子供のように嬉しそうにしている華怜を見ると、なんだか俺も嬉しくなる。
3人で食事を終え、少し休憩した後、母さんは自室でデザインの仕事の続き、俺と華怜は2人で修行の続きを開始するのだった。
「さて雄飛、それじゃあ午後からはもう少し実戦的な動きをしてみましょ? さっそくだけど、私に殴りかかって来てみて?」
「え? で、できないよ……。華怜を殴るなんて……」
俺は思わずそう答えるが、彼女は構わず続ける。
「まぁまぁ、じゃあまずは本気じゃなくてもいいから、ね? そのうち悔しくて本気になると思うけど」
女の子に殴りかかるなんて気が進まないどころの話じゃないけど、修行のためだ。ここは華怜に従おう。
「そ、それじゃいくよ! えいっ!」
俺はそう言って、拳を繰り出す。すると……。華怜はその場からほとんど動くことなく、俺の攻撃を躱し続ける。拳だけじゃなくて蹴りも繰り出しているのに、彼女は涼しい顔で避け続ける。
「ほいっと! あ、足ももっと使わないとダメよ? そんなんじゃ隙を突かれて手痛い反撃を食らっちゃうからね」
そして、最後に俺の胸に手を当てて少し押すと……俺はバランスを崩して尻餅をついてしまった。
「あいたっ!」
「ふふん♪ まだまだね」
華怜はニヤリと笑う。悔しかったけど、それ以上に少しでも華怜に認めてもらいたいと感じ始めていた。
彼女に言われた「悔しくて本気になる」という言葉を実感し、俺は立ち上がる。
「今日中にちょっとは認めさせてみせる! いくぞ、華怜!」
「ふふ、いいわね! その意気よ!」
そして俺は華怜に再び攻撃を仕掛ける。だがやはり難なく躱されてしまい、最後には一撃で転倒させられてしまう。そんなことが何度も続いた。
つ、強い……。まるで大人の武闘家のような身のこなしだ。俺はあらためて華怜が相当な修羅場をくぐり抜けてきたであろうことを感じる。
「ふぅ……。今日はこれぐらいにしましょ」
「はぁはぁ……ま、まだまだぁ……!」
俺はそう言って立ちあがろうとするが、足に力が入らず崩れ落ちる。もう何時間もぶっ続けで動いていたので、疲労困憊になっていたみたいだ。華怜はそんな俺の額をトンッと押した。
と、たったそれだけのことで俺の体は簡単に倒れ、地面に背中を着く。どうやら相当体が疲れているらしい。
「ここまでよ、雄飛」
「う……はい……」
正直悔しいけど、体が動かない以上仕方ない。俺は素直に負けを認める。結局、その日は一度も華怜に攻撃を当てることはできなかったのだった。
「悔しそうにしてるけど、最初からこれだけ動ければ大したものよ。だから自信持ちなさいよね」
彼女はそう言って、倒れた俺に手を差し伸べて、引っ張り起してくれながら、俺を励ましてくれる。
「ありがとう。……華怜って強いだけじゃなくて優しいよね」
俺が素直にそう褒めると、彼女は照れたのか少し顔を赤くする。
「べ、別に……優しくなんか……。……と、とにかく! 今日はここまで! 明日は筋肉痛が酷いだろうから、しっかり休みなさいよ?」
「うん。分かった」
こうしてその日の修行は終わった。今のところ、華怜に一撃でも当てられる自分が想像できない。……華怜を照れさせるのは簡単なんだけど……。
でも、少しずつだけど手応えは感じている。毎日頑張っていれば、きっと強くなれるはずだ……そう信じたい。
華怜が帰った後、俺は部屋に戻って夕食前に宿題を済ませると、リビングにいる母さんがチラシを見ていた。俺の姿に気付くと優しく微笑んで、俺に尋ねる。
「雄飛ちゃん、たまにはお寿司なにか、宅配してもらう? 最近食べてなかったでしょ? ママ、久し振りにお寿司が食べたいな~」
「いいね! じゃあそうしよう!」
母さんのその提案に賛成する。そういえば最近食べてなかったっけ……。俺は母さんの隣に座って、お寿司のチラシを見る。そしてそれぞれ食べたいものを注文するのだった。
1時間ほど経って、注文したお寿司が玄関前に届けられた。
「ママ、届いたよ。食べよう?」
台所に立つ母さんに俺は声を掛ける。
「は~い、今行くからちょっと待っててね~」
母さんが茶わん蒸しを作ってくれており、お寿司と一緒に食べる。
2人で食事を終えた俺は、お風呂に入ってテレビを見ていた。俺の後にお風呂に入った母さんも、お風呂から上がると俺と一緒にテレビを見る。
俺が見ていたのは、ドラマだった。
2人で話をしながら適当に見ていると、何やらドラマのシーンは主人公の男性とヒロインの女性が良い感じのムードに……。
「ちょっ! ちょっと2人とも! まだ早いよ!!」
母さんはドラマのシーンを見てそう叫んで、慌ててテレビのチャンネルを変えるのだった。
そして急に叫んだことに少し恥ずかしくなったのか顔を赤くする。俺はそんな母さんが可愛くて、思わず笑ってしまった。
「はは、母さんってこういうドラマの恋愛シーンに弱いよね」
俺が笑いながらそう言うと、母さんはさらに顔を赤くして……。
「そ、そんなことないもん~! もぅ! からかわないでよ~!」
「ごめんごめん! からかってなんかないって!」
父さんは今日も帰って来ないみたいで少し寂しいけど、こうやって母さんが楽しそうにしてくれていると俺も嬉しい。
母さんは太陽だ。誰よりも笑顔が眩しくて、温かい。そんな母さんを俺は守りたい。
俺はあらためてそう強く決意するのだった。
その日の夜だった。
寝つきの悪かった俺は、水でも飲もうと下の階に降りた。
すると母さんが誰かと話している声が聞こえた。どうやら電話をしているようだ。
「1日でいいから帰って来れない? 雄飛ちゃんがストーカーに襲われたんだよ!? 秀ちゃんだって心配でしょ? ……そ、それはそうかもしれないけど……。お願い、1日でもいいから……ね?」
……電話の相手は父さんのようだ。母さんは不安そうな顔で何度も「帰ってきて」と頼み込むけど、父さんの返事は母さんの願ったものではなさそうだ。
「……わ、分かった。ごめんね秀ちゃん……。じゃあせめて、来週中には1回帰ってよね? 約束だからね? ……うん、それじゃあ切るね……おやすみ」
母さんは肩を落として悲しそうに電話を切るのだった。
俺は思わず声を掛ける。
「ママ……?」
「あ、雄飛ちゃん……!」
母さんは俺に気付くと慌てて涙を拭き、優しく微笑む。そして俺をぎゅっと抱き締めた。
「ごめんね……。ママ、パパに頼ろうとしたけど忙しいんだって……」
「うん」
俺はただうなずくことしかできなかった。
「大丈夫だよ、パパが居なくてもママが雄飛ちゃんを守るから。だから心配しないで、ね?」
「ありがとう、ママ……。俺も強くなるから……必ず」
俺はそう言って母さんを抱き締め返す。すると彼女はさらに強く俺を抱きしめた。
「うん、ありがとう雄飛ちゃん……。ママ、ちょっと疲れちゃったから……今日はもう寝るね。雄飛ちゃんももう寝ようね?」
「うん。おやすみ、ママ」
「おやすみなさい」
そして母さんは部屋に戻る。
自分の部屋へと戻り、布団に入る俺。
だけど母さんのさっきの悲しそうな顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。
(母さんにあんな顔……させないでよ父さん……。いくら仕事だからって……。もし週刊誌のゴシップ記事が本当で、父さんが彩さんと不倫しているとしたら……そんなの許せないよ……)
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