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第2章「新たな地、灯ノ原」
第16話「鬼宴週 ~鬼たちの宴~」
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「若矢、昨日はどこへ行ってたんだ? タイニーはじいちゃんの将棋に付き合わされて大変だった。若矢がいてくれれば助かったのに」
朝食を食べに食堂へと向かうとタイニーが、そう声を掛けてきた。彼は眠たそうに欠伸をしている。
「おはよう若矢くん、夜遊びかの?」
ラグーも若矢の姿を見ると、茶化すように言う。
「ん? 若矢、なんか顔が赤いぞ? 熱でもあるんじゃないか?」
「い、いや! 大丈夫だ!」
「そうか? ならいいが」
タイニーは首を傾げる。一方のラグーは、ホッホッホッと愉快そうな笑い声を上げていた。
朝食後、予定通り馬車を雇おうとした若矢たちだったが、現在桜京から江城へ続く道は全て閉鎖されてしまっているという。ラグーが御者にその理由を尋ねると、どうやら桜京では今日から7日間は鬼宴週と呼ばれる週に入るらしい。
鬼宴週とはその名の通り鬼たちの宴であり、その期間の夜間には鬼たちが桜京の町や近辺を練り歩くのだそうだ。また、夜でなくとも人気の少ない山道や林道では、鬼たちが出没して旅人を襲うこともあるという。
そして普段は主要な道として使われている街道なのだが、先日起きた土砂崩れでしばらくは使えないため、山道や林道を迂回しなければならないらしい。つまり鬼が出現する危険な山道や林道を通らなくてはならず、馬車の御者たちも命がいくつあっても足りない、と誰も引き受けてはくれないのだ。
「ふむ……早めに江城に入っておきたいところじゃったが、仕方ないのぅ。ここは無理をせん方がよいじゃろう」
ラグーの判断に若矢も従うことにし、その日は再び自由行動、ということになった。
若矢はラグーに行きたいところがあるため、今日も出掛けると告げた。彼はそれを止めなかったが、鬼に襲われないように夜間はくれぐれも外に出歩かないようにと釘を刺した。
若矢は宿を出ると、お美津の店を目指した。彼女の店は夜が稼ぎ時である飲み屋ということもあって、鬼宴週の間は休業するらしく、そのような張り紙が出ていた。
扉を何度か軽く叩くと、短い返事と共に彼女が顔を出した。彼女は若矢の姿を見ると驚きと嬉しさが入り混じったような表情を浮かべ、慌てて彼の手を取って中へと引き入れた。そして彼女は若矢に抱き着きながら言うのだった。
「ほんまに来てくれたんやね! 嬉しわぁ」
若矢は鬼宴週が明けるまでは、桜京に居ることを伝える。だから今日もお酒を飲みたい、と。
お美津は嬉しそうにうなずくと、若矢を奥の部屋へと案内するのだった。美味しいお酒と、お美津が作った料理に舌鼓を打つ若矢。
それから数時間、お美津は若矢の異世界の話を飽きることなく、興味深そうに聞いていた。
幼い頃に両親を亡くした若矢は、お美津に母親の温もりのようなものを感じていたのだ
窓の外は、次第に陽が落ち始めていた。鬼宴週のためか、普段は活気があり外を行き交う人々の声や芸事の音が聞こえてくるこの通りも、異様な静けさに包まれていた。
お美津は家中の施錠を念入りに確認し、よし、と呟いている。
「若矢はん、鬼宴週の夜はできるだけ外に灯りを漏らしたらあかんのよ。ちぃと早いんやけど、念のために暗くさしてもらうね。堪忍してな」
と、彼女は申し訳なさそうに手を合わせる。
若矢は昨日の男たちのお礼参りを警戒していたのだが、結局男たちは現れていない。
(鬼宴週だと、ヤクザたちも出歩かないのか?)
と、思ったその瞬間だった。ドンドンと扉を叩く音と共に何やら叫ぶ声が聞こえる。耳を澄ましてみると、どうやら昨日の奥沢組とやらの男たちらしく
「オラ、オバハン出てこいやぁ!! ワシらは昨日のモンや! 昨日のガキも一緒なんやったらはよ出てこんかい!」
外から大きな声が聞こえてきた。
(やっぱり来たか……)
若矢が立ち上がろうとすると、お美津が彼の手を掴んで首を振る。そして小声で
「若矢はん相手にしたらあかん……。家を開けたら鬼が入って来よるんや……。あいつらも鬼宴週の夜やいうのに、外なんか出とったら鬼に喰われるで」
と、囁いた。若矢は無言でうなずき座り直した。2人とも息を殺したまま、しばらく沈黙が続く。
外からは相変わらず男たちの叫び声が聞こえてくる。
「なんや店閉め切ってだんまりかいな! どいつもこいつも鬼宴週とかいう頭の悪い風習信じて、静まり返りよって。酒も飲まれへんわ、ホンマくだらん」
「兄貴の言う通りっすわ。鬼なんか山奥にしかおらんねん。ほんまに町に鬼がおんねやったら、俺ら奥沢組が鬼を退治してやりますわ!」
大声で笑う男たち。
だが次に聞こえた音と声に、お美津はビクッと体を震わせた。
「ん? 人間がいるじゃないか? おい、みんなこっちに来いよ! マズそうだが人間がいるぞ」
それは地の底から響くような声だった。
「な、なんや……このデカいの! ま、まさか……ほんまにお、鬼なんか?」
外の男たちの驚く声も、大きくハッキリと奥の部屋まで聞こえてくる。
「本当だ。人間だ。おいおい、今は俺たちの時間だろう? 外にいるってことは、喰っていいってことだよな?」
「みんなで分けて食べよう。人間は久しぶりだよ、美味しかったらいいな」
若矢がお美津を見ると、彼女は体を震えさせながら、しきりにうなずく。
(やっぱりこの恐ろしい声は、鬼なんだ……。本当に鬼がいるんだ……)
若矢がそんなことを考えていると、外では奥沢組の連中が鬼を前にして狼狽えている。
「あ、兄貴……。どないします? は、早う逃げた方がええんとちゃいます?」
「ア、アホぬかせっ! 天下の凶末会が戦わずに逃げたいうてみぃ、他のモンから笑い者にされるやろが!」
奥沢組の男たちが言い合っていると、次に地鳴りのような音がドンッ、ドドンッと響き渡っている。
「な……なんやの、この音は?」
お美津が不安げに若矢に尋ねる。彼はお美津を安心させるように彼女の手を優しく握るのだった。
そしてある決断をする。
「お美津さん、一瞬だけ入口の戸を開けてもいいですか? 俺が外に出たら、鍵を閉めてください……。俺が戸を強く3回、弱く2回ゆっくりノックしたら、また開けてください」
若矢の言葉にお美津は目を見開いて首を振る。
「そないなことしたらあかん! 若矢はんまで喰われてまうわ!」
お美津が涙ながらに引き留めようとしたが、若矢は優しく微笑むと入口へと向かっていく。
(アイツら嫌なヤツだけど、人が鬼に喰われるのを黙って見ているわけにはいかない! エルさんやラムルに顔向けできない)
若矢は覚悟を決めて外に出る。
そこには、角を生やし、鋭い牙を口から覗かせる体長3メートルはあろうかという屈強な鬼の姿が5体ほどあった。鬼たちは、昨日の奥沢組の男たちを踏みつけたり、首を捕まえて持ち上げたりしている。奥沢組の男たちは抵抗しようとはしているものの、その拳も蹴りも鬼には全く効いていないようだった。
「は、ははは離せやアホンダラ!」
「ひ、ひいぃい!!」
奥沢組の男たちは口々に叫んでいるが、鬼たちはそんな彼らを嘲笑うかのように軽々と投げ飛ばしたり、振り回したりしている。
「やめろっ!」
若矢が叫ぶと、鬼たちは一斉に彼の方を向いた。その目は暗闇の中で恐ろしい光を放っており、その威圧感に若矢は動揺を隠せない。
「おい、新しい人間だぞ」
「お前も俺たちに喰われたいのか?」
若矢は感じたことのない恐怖で足が竦みそうになったが、奥沢組の男たちを守らねばという思いから必死に踏みとどまった。
「こいつらを喰うのは、待って欲しい! 人の代わりにご馳走を用意するから!」
すると鬼たちは一斉に笑い出す。そして1体の鬼が若矢の前に進み出た。
「おい、人間の小僧。俺たちにとってご馳走ってのは、人間や獣の肉なんだよ。つまりお前もご馳走だ。喰っていいか?」
若矢は、本能的な恐怖に震える自分の足を叩き、鬼を睨みつけた。
「お前らなんかに喰われてたまるか! その人たちも離してもらう」
若矢の言葉に、鬼たちは笑みを浮かべる。
「ほぅ、面白いことを言う小僧だ」
「人間風情が俺たちに逆らうなんてな」
と、口々に言い合っている。
鬼は若矢に手を伸ばしてきたが、若矢はその手を振り払うと、1体の鬼を殴りつけた。巨体を誇る鬼だったが、若矢の高い身体能力から繰り出される正拳突きで、数メートルは吹き飛ばされていた。
「な、なんだ? こいつの力は?」
1体の鬼が驚きの声を上げると、他の4体が一斉に若矢に飛びかかった。だが若矢は素早く動き回りながら、次々と鬼たちを倒していく。
「こ……こいつ! ただ者じゃないぞ」
「まさか人間か? こんな強い人間がいるなんて」
4体は一旦距離を取ると若矢を睨みつけた。
「す、すげぇ! に、兄ちゃん……。あない酷いことしたワシらを助けてくれるんか……?」
奥沢組のリーダーらしき男が若矢に尋ねる。
「あぁ、ここでアンタたちが鬼に喰われるのを黙って見ているわけにはいかないからな。でもお美津さんにはもう関わるな!」
「き、昨日のことはほんまにスマンかった! もうあの店には近づかんときますぅ! おおきに! おおきにです!」
奥沢組の男たちが若矢に頭を下げ、逃げ出す。それを追おうとする鬼を若矢が殴りつけ、
「まだやるのか! 俺の拳の強さは見たはずだ! これ以上は俺も容赦しない!」
と、一喝した。
鬼たちは若矢を見てニヤリと笑う。
「わかった。ここは退いてやる。だが、俺たちを止めてそれで何がどうなる? 今宵は鬼宴週。町のいたる所で、我らが同胞が肉と血を求めて闊歩しているのだ。それをお前はどうする?」
鬼の言葉に若矢は唇を噛む。
「それは……。でも俺は、お前たちを野放しにはしない! 必ず俺が止めて見せる!」
若矢の力強い言葉に、鬼たちは声を上げて笑ったのだった。
「面白い小僧だ。だがよく耳を澄ませろ。……聞こえないか?」
鬼が言い終わると、しばし夜の闇に沈黙が流れる。
しかしすぐに若矢の耳は、何かが砕ける音と何かを啜る音、そして悲鳴を捉えたのだった。そう、それはどこかで鬼に喰われた者の断末魔、そしてその肉を喰らい、血を啜る鬼たちによる宴のざわめきであった。
「こ、この音……まさか?」
鬼たちはニヤリと笑うと若矢に言った。
「そうだ。今この瞬間にも鬼は町を徘徊し、人間を喰らっている。その全てを止めるつもりか?」
若矢は鬼の言葉に、拳を強く握りしめる。
「それでも……俺は止める! お前たちを!」
若矢の決意に満ちた目を見て、鬼たちは再び笑い出すのだった。
「面白い小僧だ。せいぜい頑張ることだな」
そう言って、若矢の前に現れた鬼たちはまるで闇に溶け込むように姿を消したのだった。
夜の町を走り出そうとした若矢の腕を、店から飛び出したお美津が掴んだ。彼女は不安げな表情を浮かべている。
「あかん! 若矢はん、行ったらアカン!」
だが若矢はお美津の手を優しく振りほどくと、鬼たちの後を追い町へと駆け出した。お美津は走り去る若矢の背中を見ながら、その場にへたり込むのだった。
朝食を食べに食堂へと向かうとタイニーが、そう声を掛けてきた。彼は眠たそうに欠伸をしている。
「おはよう若矢くん、夜遊びかの?」
ラグーも若矢の姿を見ると、茶化すように言う。
「ん? 若矢、なんか顔が赤いぞ? 熱でもあるんじゃないか?」
「い、いや! 大丈夫だ!」
「そうか? ならいいが」
タイニーは首を傾げる。一方のラグーは、ホッホッホッと愉快そうな笑い声を上げていた。
朝食後、予定通り馬車を雇おうとした若矢たちだったが、現在桜京から江城へ続く道は全て閉鎖されてしまっているという。ラグーが御者にその理由を尋ねると、どうやら桜京では今日から7日間は鬼宴週と呼ばれる週に入るらしい。
鬼宴週とはその名の通り鬼たちの宴であり、その期間の夜間には鬼たちが桜京の町や近辺を練り歩くのだそうだ。また、夜でなくとも人気の少ない山道や林道では、鬼たちが出没して旅人を襲うこともあるという。
そして普段は主要な道として使われている街道なのだが、先日起きた土砂崩れでしばらくは使えないため、山道や林道を迂回しなければならないらしい。つまり鬼が出現する危険な山道や林道を通らなくてはならず、馬車の御者たちも命がいくつあっても足りない、と誰も引き受けてはくれないのだ。
「ふむ……早めに江城に入っておきたいところじゃったが、仕方ないのぅ。ここは無理をせん方がよいじゃろう」
ラグーの判断に若矢も従うことにし、その日は再び自由行動、ということになった。
若矢はラグーに行きたいところがあるため、今日も出掛けると告げた。彼はそれを止めなかったが、鬼に襲われないように夜間はくれぐれも外に出歩かないようにと釘を刺した。
若矢は宿を出ると、お美津の店を目指した。彼女の店は夜が稼ぎ時である飲み屋ということもあって、鬼宴週の間は休業するらしく、そのような張り紙が出ていた。
扉を何度か軽く叩くと、短い返事と共に彼女が顔を出した。彼女は若矢の姿を見ると驚きと嬉しさが入り混じったような表情を浮かべ、慌てて彼の手を取って中へと引き入れた。そして彼女は若矢に抱き着きながら言うのだった。
「ほんまに来てくれたんやね! 嬉しわぁ」
若矢は鬼宴週が明けるまでは、桜京に居ることを伝える。だから今日もお酒を飲みたい、と。
お美津は嬉しそうにうなずくと、若矢を奥の部屋へと案内するのだった。美味しいお酒と、お美津が作った料理に舌鼓を打つ若矢。
それから数時間、お美津は若矢の異世界の話を飽きることなく、興味深そうに聞いていた。
幼い頃に両親を亡くした若矢は、お美津に母親の温もりのようなものを感じていたのだ
窓の外は、次第に陽が落ち始めていた。鬼宴週のためか、普段は活気があり外を行き交う人々の声や芸事の音が聞こえてくるこの通りも、異様な静けさに包まれていた。
お美津は家中の施錠を念入りに確認し、よし、と呟いている。
「若矢はん、鬼宴週の夜はできるだけ外に灯りを漏らしたらあかんのよ。ちぃと早いんやけど、念のために暗くさしてもらうね。堪忍してな」
と、彼女は申し訳なさそうに手を合わせる。
若矢は昨日の男たちのお礼参りを警戒していたのだが、結局男たちは現れていない。
(鬼宴週だと、ヤクザたちも出歩かないのか?)
と、思ったその瞬間だった。ドンドンと扉を叩く音と共に何やら叫ぶ声が聞こえる。耳を澄ましてみると、どうやら昨日の奥沢組とやらの男たちらしく
「オラ、オバハン出てこいやぁ!! ワシらは昨日のモンや! 昨日のガキも一緒なんやったらはよ出てこんかい!」
外から大きな声が聞こえてきた。
(やっぱり来たか……)
若矢が立ち上がろうとすると、お美津が彼の手を掴んで首を振る。そして小声で
「若矢はん相手にしたらあかん……。家を開けたら鬼が入って来よるんや……。あいつらも鬼宴週の夜やいうのに、外なんか出とったら鬼に喰われるで」
と、囁いた。若矢は無言でうなずき座り直した。2人とも息を殺したまま、しばらく沈黙が続く。
外からは相変わらず男たちの叫び声が聞こえてくる。
「なんや店閉め切ってだんまりかいな! どいつもこいつも鬼宴週とかいう頭の悪い風習信じて、静まり返りよって。酒も飲まれへんわ、ホンマくだらん」
「兄貴の言う通りっすわ。鬼なんか山奥にしかおらんねん。ほんまに町に鬼がおんねやったら、俺ら奥沢組が鬼を退治してやりますわ!」
大声で笑う男たち。
だが次に聞こえた音と声に、お美津はビクッと体を震わせた。
「ん? 人間がいるじゃないか? おい、みんなこっちに来いよ! マズそうだが人間がいるぞ」
それは地の底から響くような声だった。
「な、なんや……このデカいの! ま、まさか……ほんまにお、鬼なんか?」
外の男たちの驚く声も、大きくハッキリと奥の部屋まで聞こえてくる。
「本当だ。人間だ。おいおい、今は俺たちの時間だろう? 外にいるってことは、喰っていいってことだよな?」
「みんなで分けて食べよう。人間は久しぶりだよ、美味しかったらいいな」
若矢がお美津を見ると、彼女は体を震えさせながら、しきりにうなずく。
(やっぱりこの恐ろしい声は、鬼なんだ……。本当に鬼がいるんだ……)
若矢がそんなことを考えていると、外では奥沢組の連中が鬼を前にして狼狽えている。
「あ、兄貴……。どないします? は、早う逃げた方がええんとちゃいます?」
「ア、アホぬかせっ! 天下の凶末会が戦わずに逃げたいうてみぃ、他のモンから笑い者にされるやろが!」
奥沢組の男たちが言い合っていると、次に地鳴りのような音がドンッ、ドドンッと響き渡っている。
「な……なんやの、この音は?」
お美津が不安げに若矢に尋ねる。彼はお美津を安心させるように彼女の手を優しく握るのだった。
そしてある決断をする。
「お美津さん、一瞬だけ入口の戸を開けてもいいですか? 俺が外に出たら、鍵を閉めてください……。俺が戸を強く3回、弱く2回ゆっくりノックしたら、また開けてください」
若矢の言葉にお美津は目を見開いて首を振る。
「そないなことしたらあかん! 若矢はんまで喰われてまうわ!」
お美津が涙ながらに引き留めようとしたが、若矢は優しく微笑むと入口へと向かっていく。
(アイツら嫌なヤツだけど、人が鬼に喰われるのを黙って見ているわけにはいかない! エルさんやラムルに顔向けできない)
若矢は覚悟を決めて外に出る。
そこには、角を生やし、鋭い牙を口から覗かせる体長3メートルはあろうかという屈強な鬼の姿が5体ほどあった。鬼たちは、昨日の奥沢組の男たちを踏みつけたり、首を捕まえて持ち上げたりしている。奥沢組の男たちは抵抗しようとはしているものの、その拳も蹴りも鬼には全く効いていないようだった。
「は、ははは離せやアホンダラ!」
「ひ、ひいぃい!!」
奥沢組の男たちは口々に叫んでいるが、鬼たちはそんな彼らを嘲笑うかのように軽々と投げ飛ばしたり、振り回したりしている。
「やめろっ!」
若矢が叫ぶと、鬼たちは一斉に彼の方を向いた。その目は暗闇の中で恐ろしい光を放っており、その威圧感に若矢は動揺を隠せない。
「おい、新しい人間だぞ」
「お前も俺たちに喰われたいのか?」
若矢は感じたことのない恐怖で足が竦みそうになったが、奥沢組の男たちを守らねばという思いから必死に踏みとどまった。
「こいつらを喰うのは、待って欲しい! 人の代わりにご馳走を用意するから!」
すると鬼たちは一斉に笑い出す。そして1体の鬼が若矢の前に進み出た。
「おい、人間の小僧。俺たちにとってご馳走ってのは、人間や獣の肉なんだよ。つまりお前もご馳走だ。喰っていいか?」
若矢は、本能的な恐怖に震える自分の足を叩き、鬼を睨みつけた。
「お前らなんかに喰われてたまるか! その人たちも離してもらう」
若矢の言葉に、鬼たちは笑みを浮かべる。
「ほぅ、面白いことを言う小僧だ」
「人間風情が俺たちに逆らうなんてな」
と、口々に言い合っている。
鬼は若矢に手を伸ばしてきたが、若矢はその手を振り払うと、1体の鬼を殴りつけた。巨体を誇る鬼だったが、若矢の高い身体能力から繰り出される正拳突きで、数メートルは吹き飛ばされていた。
「な、なんだ? こいつの力は?」
1体の鬼が驚きの声を上げると、他の4体が一斉に若矢に飛びかかった。だが若矢は素早く動き回りながら、次々と鬼たちを倒していく。
「こ……こいつ! ただ者じゃないぞ」
「まさか人間か? こんな強い人間がいるなんて」
4体は一旦距離を取ると若矢を睨みつけた。
「す、すげぇ! に、兄ちゃん……。あない酷いことしたワシらを助けてくれるんか……?」
奥沢組のリーダーらしき男が若矢に尋ねる。
「あぁ、ここでアンタたちが鬼に喰われるのを黙って見ているわけにはいかないからな。でもお美津さんにはもう関わるな!」
「き、昨日のことはほんまにスマンかった! もうあの店には近づかんときますぅ! おおきに! おおきにです!」
奥沢組の男たちが若矢に頭を下げ、逃げ出す。それを追おうとする鬼を若矢が殴りつけ、
「まだやるのか! 俺の拳の強さは見たはずだ! これ以上は俺も容赦しない!」
と、一喝した。
鬼たちは若矢を見てニヤリと笑う。
「わかった。ここは退いてやる。だが、俺たちを止めてそれで何がどうなる? 今宵は鬼宴週。町のいたる所で、我らが同胞が肉と血を求めて闊歩しているのだ。それをお前はどうする?」
鬼の言葉に若矢は唇を噛む。
「それは……。でも俺は、お前たちを野放しにはしない! 必ず俺が止めて見せる!」
若矢の力強い言葉に、鬼たちは声を上げて笑ったのだった。
「面白い小僧だ。だがよく耳を澄ませろ。……聞こえないか?」
鬼が言い終わると、しばし夜の闇に沈黙が流れる。
しかしすぐに若矢の耳は、何かが砕ける音と何かを啜る音、そして悲鳴を捉えたのだった。そう、それはどこかで鬼に喰われた者の断末魔、そしてその肉を喰らい、血を啜る鬼たちによる宴のざわめきであった。
「こ、この音……まさか?」
鬼たちはニヤリと笑うと若矢に言った。
「そうだ。今この瞬間にも鬼は町を徘徊し、人間を喰らっている。その全てを止めるつもりか?」
若矢は鬼の言葉に、拳を強く握りしめる。
「それでも……俺は止める! お前たちを!」
若矢の決意に満ちた目を見て、鬼たちは再び笑い出すのだった。
「面白い小僧だ。せいぜい頑張ることだな」
そう言って、若矢の前に現れた鬼たちはまるで闇に溶け込むように姿を消したのだった。
夜の町を走り出そうとした若矢の腕を、店から飛び出したお美津が掴んだ。彼女は不安げな表情を浮かべている。
「あかん! 若矢はん、行ったらアカン!」
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