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第2章「新たな地、灯ノ原」
第19話「旅医者、六村秀次」
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残された若矢は緊張の糸が切れたのかその場に座り込む。
「若矢くん、大丈夫かのぅ? タイニーもよく頑張ったようじゃな……」
若矢に声を掛けながらタイニーの頭を撫でてやるラグー。
「は、はい……俺は。で、でもタイニーが!」
彼はぐったりとしているタイニーを背負うと歩き出す。
「すまんがコイツを宿屋で寝かせたら、ワシと一緒に医者か薬屋を探すのを手伝ってくれんか? 鬼宴週の夜じゃし、店を開けてくれる者は限られるじゃろうが……。このままでは朝まで持つかわからんからの」
「もちろんです! タイニーのおかげで、俺は救われたので……!」
と、若矢は悔しそうに下唇を噛む。そんな若矢の頭にポンッと手を乗せ優しく撫でるラグー。
「あの……! ラグーさんはタイニーと一緒にいてあげてください! 俺が絶対に医者か薬屋を探して連れていきますから!」
若矢は決心したように提案する。
ラグーは先ほどの魅月のような高位の鬼が出てくる可能性は低いと思うが、それでも若矢1人では危険だと告げる。しかし若矢の決意は揺らがず、その瞳には先ほどまでの恐れは映っていなかった。
「わかった。……すまんが頼んだぞ? 若矢くん」
少し考えたラグーは、優しく微笑むのだった。
町に蔓延る下位の鬼を躱したり、退治したりしながら町中の医者、薬屋の看板を掲げている店の扉を叩いて回るも、外は鬼だらけの鬼宴週の夜であるためか、誰も若矢に返事を返そうとしなかった。
(くそっ!! 1人の命が危険だっていうのに……。なんのための医者と薬屋なんだよっ!!)
内心で悪態をつきながらも若矢は必死で走り続けていた。そしてふとあることを思い出す。
(そうだ、お美津さんなら何か情報を知ってるかもしれない!)
若矢はそう思うと同時に、お美津の店へと全力で走るのだった。
「はぁ……はあ……!お美津さん!!」
若矢は汗だくになりながらもお美津の家にたどり着くと、自分が鬼でないことを証明するためにお美津に伝えた合図の通り、戸を強く3回、弱く2回ゆっくりノックした。
やや間があって、中から
「わ、若矢はん? ほんまに若矢はんなん!?」
と戸が開く。
「よかったぁ……!ほんま心配したんやで? 鬼宴週やし、若矢はん町に出ていって心配になってもうて……」
お美津の目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
「すみません、お美津さん。急に飛び出したりして。でもまだ終わってないんです! 誰か鬼宴週でも患者を診てくれるお医者さんか薬屋さんはいませんか? 俺の仲間が……!」
と、お美津に縋りつく若矢。
その必死な様子に彼女は急ぎの事情だと察したのか、急いで考えを巡らせているようだった。
「そ、そういえば……。江城から来てるって噂の、六村ゆう男が西宮の古宿辺りで医者をしてるって聞いたことあるわ。なんでも前回の鬼宴週ん時も怪我した人を治療しとったとかで……。もしかしたらまだ町にいるかもしれん……。ちょい待ち、地図に印付けたげるわ」
お美津は戸棚から地図を取り出すと、六村が泊まっているという古宿がどの辺りにあるのか印をつける。
「ありがとうございます!」
若矢はその地図を受け取るとお美津にお礼を言って走り出した。
「あ、若矢はん!! 気ぃつけてなっ!! 絶対無事でまた戻って来てな」
お美津は心配しながらも、その背中を見送るのだった。
お美津から印を付けてもらった地図を見ながら走り、印の辺りまでたどり着く若矢。その辺りは先ほどまでの場所よりもさらに暗く、若矢が掲げている提灯だけが光を放っている。
今にでもその灯に釣られて鬼たちが寄ってきそうな気配があった。
「町の医者は当てにならない……。でも、六村って人は本当に信用できる人なのか?」
お美津が教えてくれた情報に不安を抱きつつも、若矢はその古宿の戸を叩く。
ドンドンッ!
「すみません!誰かいませんかっ!! 六村さんっ!! 六村さんはいませんかっ!!」
と叫ぶも中から反応はない。
(くそっ!やっぱり開けてくれないのか?)
その時だった。急に戸が開かれたかと思うと、何者かが若矢を後ろから羽交い絞めにしその口を押え中に連れ込んだ。
そして戸の鍵を閉めると、若矢が持っていた提灯の火をフゥ~と息を吐いて消す。そのまま、彼の耳元で囁く。
「し~っ。あんまし大きい声出すんじゃねぇよ。……見な」
その声の主が指差す方向を、宿の壁に空いた僅かな隙間から見ると、若矢の声に釣られてたくさん集まった鬼たちが若矢を探していた。
「す、すみません……」
小声で謝る若矢に、その男は落ち着かせるように声を掛けてくれた。
「ま、気にすんな。どうやら俺に用があって来たみてぇだな。鬼どもに聞かれねぇように奥の部屋で話を聞くぜ」
と若矢を奥の部屋へと案内してくれた。
奥の部屋には灯りが灯っている。
若矢が座ると男も向かい合うように座り、その灯りに男の姿が照らされた。彼は和服の着流しに身を包み煙管を咥えていた。二枚目な顔立ちにキリリとした眉毛がどことなく色っぽい。
「さてと、俺は六村秀次。まずはお前さんの名前を聞こうか?」
と男に言われ若矢は名乗る。
「俺は牛方若矢って言います。六村さん! 俺、仲間が鬼に襲われて怪我して……!」
慌てて説明するも男は、その勢いを遮って落ち着かせようとする。
「まぁ若矢。そう慌てなくても話は聞いてやるさ」
そんな男の言葉に少し落ち着きを取り戻す若矢だったが、仲間が鬼に襲われて危険な状態であることを伝えると、六村の表情が変わる。
「鬼に刺された……か。それなら一刻を争うな。わかった。とりあえず診てやるから、そこに案内しな」
と立ち上がった。
彼は持ち出し用の医療セットを抱えると、若矢に案内するように頼んだ。
「おっと、そういやお前さん腕は立つのかい? 悪ぃが道中で鬼に出くわしたら、守ってもらってもいいか? 治療する医者が怪我してたんじゃ笑えねぇからな」
「大丈夫です!任せてください!!」
六村の言葉に若矢は力強く答えるのだった。
古宿を出発した2人は夜の町を進んでいく。鬼が集まるのを避けるために、提灯の火は消したまま向かうことにした。夜道を照らすのは月明かりだけであり、鬼たちの気配があちらこちらから感じ取れた。
そんな中でも六村は堂々としており、道中で出くわした鬼たちに対しても一切動じない様子だった。
だがそんな時である。若矢と六村の背後から忍び寄る影があったのだ。その影は1つ2つでは収まらない数だ。
「六村さん、後ろに何かいます!」
若矢が叫ぶも、六村は冷静に
「鬼さんこちらってな……。5体くらいの鬼に囲まれちまったか」
と、状況を分析していた。
鬼たちはゆっくりと距離を詰めてくる。若矢が拳に力を籠めたその時だった。走り出した2体の鬼が悲鳴を上げて、その場に倒れ伏した。
若矢が暗闇の中で目を凝らすと、まだ10歳前後の少年が鬼の血が付いた刀を手にし、こちらに背を向けて立っている姿が月明かりに浮かび上がる。
そして2人に向かって一言。
「ここは僕が食い止めます。早く怪我人を治してあげてください」
その言葉を聞いた若矢は思わず叫ぶ。
「き、君は……!」
少年はチラリとこちらを見たが、何も言わずにまた刀を振るうと鬼を次々と斬り捨てていく。
「頼んだぜ。……若矢、ここはあいつに任せるぞ。怪我人のところに案内してくれ」
少年のことは気がかりだったが、その巧みな刀の扱いを見た若矢は、六村の言葉に従うことにした。少年に心の中で感謝しつつ、若矢は六村を案内し、やっとのことでタイニーが休んでいる宿へとたどり着く。
「ラグーさん! お医者さんを連れてきました!! タイニーは!?」
勢いよく戸を引きながら言う若矢。その声に気が付いたのかラグーは奥からやってきた。
「おぉ、若矢くんか! ……無事でなによりじゃ。タイニーもまだ目を覚まさんが、呼吸は落ち着いてきておる」
と息を1つ吐く。
「よかったぁ……」
安心したようにその場にへたり込む若矢。そんな彼の肩に手を置きながらラグーは六村に視線を移す。
「……それで、この男性が若矢くんの連れて来てくれた医者なのかのぅ?」
ラグーが尋ねると、六村は「あぁ」と短く答えた。
「俺は六村って者で、旅医者をやってる者です。……で、そこで横になってる若い猫の獣人が怪我人で間違いありませんか?」
六村はタイニーの側まで近づき様子を見る。
「ふむ……。背中から腹部を刃物で刺されたか……。出血が酷いな。それに、鬼の好んで使う毒草が塗られてやがる。急いだほうがいいな」
六村は道具箱からいくつもの医療セットを取り出し広げると、消毒液や手術具などを準備していく。
「さて……それじゃ始めるぞ?」
テキパキとした動きで治療を進める六村。
タイニーの処置は1時間ほどで、無事に終了した。
「ふぅ……これで大丈夫だ」
という六村の言葉に若矢とラグーは安堵の表情を浮かべる。
「おぉ、ありがとう! 本当に助かったわい!!」
頭を下げる2人に六村は軽く手を上げて答える。
術後の経過を見るために、その夜は六村も宿に残ることになった。外では相変わらず鬼の騒ぎ声が聞こえている。
(さっきの少年は大丈夫だろうか?)
若矢は少年のことが気になり、外の方にチラチラと視線を向ける。その視線に気づいたのか、六村がタイニーのタオルを交換しながら口を開く。
「さっきのガキのことが気になってんのかい? あいつなら心配いらねぇよ。あの刀さばきを見たろ? それにあいつは鬼殺しの一族なんだ。その辺の鬼にやられる玉じゃねぇ」
「鬼殺しの一族……」
若矢は初めて聞く言葉を、不思議そうに呟く。
その時だった。
「う……う~ん……」
タイニーが小さいうめき声と共に、意識を取り戻したのだ。
「タイニー!!」
若矢とラグーの呼びかけを聞くと、タイニーは目を小さく開けて呟く。
「タイニーは……イワシが食べたい……」
それと同時に彼のお腹がグゥ~と音を立てる。先ほどまで命の危険もあったというのに、彼のその第一声と間抜けな音に3人は思わず吹き出してしまうのだった。
その数時間後、すっかり元気になったタイニー。
「美味い! 美味いぞっ!! もっとイワシとサバが食べたいっ!!」
宿の朝食として出て来たイワシの丸干しを勢いよく食べている。いつも通りのタイニーの姿に、顔を見合わせて笑う若矢とラグー。
六村はそんな3人を横目に見て、安心したようにうなずく。
「さて……俺はそろそろ失礼させてもらうぜ。もうすっかり大丈夫そうだしな」
そう言って立ち上がる六村に、ラグーは
「うちの孫を助けてくれて、どうもありがとう。どうか受け取ってくだされ」
とゴールドを差し出す。
「いえ、結構ですよ。お孫さんにもっとたくさん美味いもんを食わしてやってください。俺は今朝の朝食をごちそうになっただけで、満足ですので」
六村はラグーにゴールドを受け取ろうとしなかった。
「いや、しかし……」
と食い下がるラグーだったが、六村はそれを再度断って宿の外へと出ていくのだった。
「若矢くん、大丈夫かのぅ? タイニーもよく頑張ったようじゃな……」
若矢に声を掛けながらタイニーの頭を撫でてやるラグー。
「は、はい……俺は。で、でもタイニーが!」
彼はぐったりとしているタイニーを背負うと歩き出す。
「すまんがコイツを宿屋で寝かせたら、ワシと一緒に医者か薬屋を探すのを手伝ってくれんか? 鬼宴週の夜じゃし、店を開けてくれる者は限られるじゃろうが……。このままでは朝まで持つかわからんからの」
「もちろんです! タイニーのおかげで、俺は救われたので……!」
と、若矢は悔しそうに下唇を噛む。そんな若矢の頭にポンッと手を乗せ優しく撫でるラグー。
「あの……! ラグーさんはタイニーと一緒にいてあげてください! 俺が絶対に医者か薬屋を探して連れていきますから!」
若矢は決心したように提案する。
ラグーは先ほどの魅月のような高位の鬼が出てくる可能性は低いと思うが、それでも若矢1人では危険だと告げる。しかし若矢の決意は揺らがず、その瞳には先ほどまでの恐れは映っていなかった。
「わかった。……すまんが頼んだぞ? 若矢くん」
少し考えたラグーは、優しく微笑むのだった。
町に蔓延る下位の鬼を躱したり、退治したりしながら町中の医者、薬屋の看板を掲げている店の扉を叩いて回るも、外は鬼だらけの鬼宴週の夜であるためか、誰も若矢に返事を返そうとしなかった。
(くそっ!! 1人の命が危険だっていうのに……。なんのための医者と薬屋なんだよっ!!)
内心で悪態をつきながらも若矢は必死で走り続けていた。そしてふとあることを思い出す。
(そうだ、お美津さんなら何か情報を知ってるかもしれない!)
若矢はそう思うと同時に、お美津の店へと全力で走るのだった。
「はぁ……はあ……!お美津さん!!」
若矢は汗だくになりながらもお美津の家にたどり着くと、自分が鬼でないことを証明するためにお美津に伝えた合図の通り、戸を強く3回、弱く2回ゆっくりノックした。
やや間があって、中から
「わ、若矢はん? ほんまに若矢はんなん!?」
と戸が開く。
「よかったぁ……!ほんま心配したんやで? 鬼宴週やし、若矢はん町に出ていって心配になってもうて……」
お美津の目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
「すみません、お美津さん。急に飛び出したりして。でもまだ終わってないんです! 誰か鬼宴週でも患者を診てくれるお医者さんか薬屋さんはいませんか? 俺の仲間が……!」
と、お美津に縋りつく若矢。
その必死な様子に彼女は急ぎの事情だと察したのか、急いで考えを巡らせているようだった。
「そ、そういえば……。江城から来てるって噂の、六村ゆう男が西宮の古宿辺りで医者をしてるって聞いたことあるわ。なんでも前回の鬼宴週ん時も怪我した人を治療しとったとかで……。もしかしたらまだ町にいるかもしれん……。ちょい待ち、地図に印付けたげるわ」
お美津は戸棚から地図を取り出すと、六村が泊まっているという古宿がどの辺りにあるのか印をつける。
「ありがとうございます!」
若矢はその地図を受け取るとお美津にお礼を言って走り出した。
「あ、若矢はん!! 気ぃつけてなっ!! 絶対無事でまた戻って来てな」
お美津は心配しながらも、その背中を見送るのだった。
お美津から印を付けてもらった地図を見ながら走り、印の辺りまでたどり着く若矢。その辺りは先ほどまでの場所よりもさらに暗く、若矢が掲げている提灯だけが光を放っている。
今にでもその灯に釣られて鬼たちが寄ってきそうな気配があった。
「町の医者は当てにならない……。でも、六村って人は本当に信用できる人なのか?」
お美津が教えてくれた情報に不安を抱きつつも、若矢はその古宿の戸を叩く。
ドンドンッ!
「すみません!誰かいませんかっ!! 六村さんっ!! 六村さんはいませんかっ!!」
と叫ぶも中から反応はない。
(くそっ!やっぱり開けてくれないのか?)
その時だった。急に戸が開かれたかと思うと、何者かが若矢を後ろから羽交い絞めにしその口を押え中に連れ込んだ。
そして戸の鍵を閉めると、若矢が持っていた提灯の火をフゥ~と息を吐いて消す。そのまま、彼の耳元で囁く。
「し~っ。あんまし大きい声出すんじゃねぇよ。……見な」
その声の主が指差す方向を、宿の壁に空いた僅かな隙間から見ると、若矢の声に釣られてたくさん集まった鬼たちが若矢を探していた。
「す、すみません……」
小声で謝る若矢に、その男は落ち着かせるように声を掛けてくれた。
「ま、気にすんな。どうやら俺に用があって来たみてぇだな。鬼どもに聞かれねぇように奥の部屋で話を聞くぜ」
と若矢を奥の部屋へと案内してくれた。
奥の部屋には灯りが灯っている。
若矢が座ると男も向かい合うように座り、その灯りに男の姿が照らされた。彼は和服の着流しに身を包み煙管を咥えていた。二枚目な顔立ちにキリリとした眉毛がどことなく色っぽい。
「さてと、俺は六村秀次。まずはお前さんの名前を聞こうか?」
と男に言われ若矢は名乗る。
「俺は牛方若矢って言います。六村さん! 俺、仲間が鬼に襲われて怪我して……!」
慌てて説明するも男は、その勢いを遮って落ち着かせようとする。
「まぁ若矢。そう慌てなくても話は聞いてやるさ」
そんな男の言葉に少し落ち着きを取り戻す若矢だったが、仲間が鬼に襲われて危険な状態であることを伝えると、六村の表情が変わる。
「鬼に刺された……か。それなら一刻を争うな。わかった。とりあえず診てやるから、そこに案内しな」
と立ち上がった。
彼は持ち出し用の医療セットを抱えると、若矢に案内するように頼んだ。
「おっと、そういやお前さん腕は立つのかい? 悪ぃが道中で鬼に出くわしたら、守ってもらってもいいか? 治療する医者が怪我してたんじゃ笑えねぇからな」
「大丈夫です!任せてください!!」
六村の言葉に若矢は力強く答えるのだった。
古宿を出発した2人は夜の町を進んでいく。鬼が集まるのを避けるために、提灯の火は消したまま向かうことにした。夜道を照らすのは月明かりだけであり、鬼たちの気配があちらこちらから感じ取れた。
そんな中でも六村は堂々としており、道中で出くわした鬼たちに対しても一切動じない様子だった。
だがそんな時である。若矢と六村の背後から忍び寄る影があったのだ。その影は1つ2つでは収まらない数だ。
「六村さん、後ろに何かいます!」
若矢が叫ぶも、六村は冷静に
「鬼さんこちらってな……。5体くらいの鬼に囲まれちまったか」
と、状況を分析していた。
鬼たちはゆっくりと距離を詰めてくる。若矢が拳に力を籠めたその時だった。走り出した2体の鬼が悲鳴を上げて、その場に倒れ伏した。
若矢が暗闇の中で目を凝らすと、まだ10歳前後の少年が鬼の血が付いた刀を手にし、こちらに背を向けて立っている姿が月明かりに浮かび上がる。
そして2人に向かって一言。
「ここは僕が食い止めます。早く怪我人を治してあげてください」
その言葉を聞いた若矢は思わず叫ぶ。
「き、君は……!」
少年はチラリとこちらを見たが、何も言わずにまた刀を振るうと鬼を次々と斬り捨てていく。
「頼んだぜ。……若矢、ここはあいつに任せるぞ。怪我人のところに案内してくれ」
少年のことは気がかりだったが、その巧みな刀の扱いを見た若矢は、六村の言葉に従うことにした。少年に心の中で感謝しつつ、若矢は六村を案内し、やっとのことでタイニーが休んでいる宿へとたどり着く。
「ラグーさん! お医者さんを連れてきました!! タイニーは!?」
勢いよく戸を引きながら言う若矢。その声に気が付いたのかラグーは奥からやってきた。
「おぉ、若矢くんか! ……無事でなによりじゃ。タイニーもまだ目を覚まさんが、呼吸は落ち着いてきておる」
と息を1つ吐く。
「よかったぁ……」
安心したようにその場にへたり込む若矢。そんな彼の肩に手を置きながらラグーは六村に視線を移す。
「……それで、この男性が若矢くんの連れて来てくれた医者なのかのぅ?」
ラグーが尋ねると、六村は「あぁ」と短く答えた。
「俺は六村って者で、旅医者をやってる者です。……で、そこで横になってる若い猫の獣人が怪我人で間違いありませんか?」
六村はタイニーの側まで近づき様子を見る。
「ふむ……。背中から腹部を刃物で刺されたか……。出血が酷いな。それに、鬼の好んで使う毒草が塗られてやがる。急いだほうがいいな」
六村は道具箱からいくつもの医療セットを取り出し広げると、消毒液や手術具などを準備していく。
「さて……それじゃ始めるぞ?」
テキパキとした動きで治療を進める六村。
タイニーの処置は1時間ほどで、無事に終了した。
「ふぅ……これで大丈夫だ」
という六村の言葉に若矢とラグーは安堵の表情を浮かべる。
「おぉ、ありがとう! 本当に助かったわい!!」
頭を下げる2人に六村は軽く手を上げて答える。
術後の経過を見るために、その夜は六村も宿に残ることになった。外では相変わらず鬼の騒ぎ声が聞こえている。
(さっきの少年は大丈夫だろうか?)
若矢は少年のことが気になり、外の方にチラチラと視線を向ける。その視線に気づいたのか、六村がタイニーのタオルを交換しながら口を開く。
「さっきのガキのことが気になってんのかい? あいつなら心配いらねぇよ。あの刀さばきを見たろ? それにあいつは鬼殺しの一族なんだ。その辺の鬼にやられる玉じゃねぇ」
「鬼殺しの一族……」
若矢は初めて聞く言葉を、不思議そうに呟く。
その時だった。
「う……う~ん……」
タイニーが小さいうめき声と共に、意識を取り戻したのだ。
「タイニー!!」
若矢とラグーの呼びかけを聞くと、タイニーは目を小さく開けて呟く。
「タイニーは……イワシが食べたい……」
それと同時に彼のお腹がグゥ~と音を立てる。先ほどまで命の危険もあったというのに、彼のその第一声と間抜けな音に3人は思わず吹き出してしまうのだった。
その数時間後、すっかり元気になったタイニー。
「美味い! 美味いぞっ!! もっとイワシとサバが食べたいっ!!」
宿の朝食として出て来たイワシの丸干しを勢いよく食べている。いつも通りのタイニーの姿に、顔を見合わせて笑う若矢とラグー。
六村はそんな3人を横目に見て、安心したようにうなずく。
「さて……俺はそろそろ失礼させてもらうぜ。もうすっかり大丈夫そうだしな」
そう言って立ち上がる六村に、ラグーは
「うちの孫を助けてくれて、どうもありがとう。どうか受け取ってくだされ」
とゴールドを差し出す。
「いえ、結構ですよ。お孫さんにもっとたくさん美味いもんを食わしてやってください。俺は今朝の朝食をごちそうになっただけで、満足ですので」
六村はラグーにゴールドを受け取ろうとしなかった。
「いや、しかし……」
と食い下がるラグーだったが、六村はそれを再度断って宿の外へと出ていくのだった。
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