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この幽霊が平成のエロゲ産であれば
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例えばこんな質問があったとしよう。
Q.人間の三大欲求の中で、最も強い欲求は何か。
そりゃあ大抵の人間は食欲だとか、睡眠欲求だとかを挙げ連ねるだろう。なにせ、食べなくちゃ死ぬし、寝なきゃ死ぬからだ。
なら、生存に必須な食欲や睡眠欲求こそが、三大欲求の頂点を飾るべき欲なのか?
――否! あえて言わせてもらおう。三大欲求の頂点は〝性欲〟であると!
お前らはセックスしてる最中に腹が減るのか? 腰を打ち付けている最中に「眠みぃ~~~~~」って思うのか? 思わねえだろ? ……思わねえよな⁇
だが、飯食ってる最中に「゛あ~、ヤりてぇ~~~、柔らかそ~~~」ってテレビ画面のAV女優に発情するのは男の常だし、熟睡中に透け透けレースのベビードールを着たえっちぃお姉さん様に騎乗位される夢を見て、朝起きたらおパンツが大変なことになっていたことなんて週に三回はみんな経験していることだろう。
食と睡眠が生きるのに必要な〝だけ〟の欲であるのに対して、性欲とは個の生存に必要が無くとも己の内側から湧いてくる渇望。
もうわかっただろう。
つまり、性欲こそ至高であると――。
「……と、いうわけで、玲依さん! 今すぐ俺とセックスしてくれ」
「無理に決まっとるじゃろドアホ」
「あいてっ」
今日も今日とて、そんなことを宣った俺の頭に、豪速でぶつけられた小石のつぶて。絶対に人間じゃ出せないスピードだし、絶対に人間にぶつけちゃダメな威力のやつだ。
可哀想な俺はヒィヒィと涙を目に浮かべ、隣の美少女を見る。
あ、やっぱこのお方胸がでけえ。たゆんって言ったぞ、たゆんって。
……エロゲじゃん。
「おい、優よ。お主、今どこを見とる」
「おっぱい」
「素直過ぎるのも考えものよの……。ほれ、もっと他のとこも舐め回すように見んか。例えばこの超絶プリティフェイスとか」
「あ、乳以外に用はないんで」
「――滅せ」
「いてててて。あの、そろそろ石ぶつけんのやめてくれません⁉ 喘ぐぞ⁇」
むすっとした表情で小石の群れをぶつけてくる玲依さんに、片目を瞑って必死に叫ぶ俺。ちなみに俺にはMっ気もあるので、この状況はそれなりにご褒美だったりもする。
が、普通に危ないので、一旦やめにしていただきたい。
なにせここは、大阪で二番目にでかい大和川を跨ぐ、高速道路という名の橋の上なのだ。まかり間違って真夜中の大和川にフォールインワン&ゴートゥーヘブンしてしまった日には、地元新聞の一面を飾ってしまう。
まあ、そんなことになる前に、玲依さんが助けてくれるとは思うけど。
「でもほんと、そろそろやめてくださいって~。〝生きてる人間〟に危害を加えるのは玲依さんのポリシー的にも避けたい状況なんでしょ? ね⁇」
「う゛……、それを言われると、ちと弱いな……」
「それに俺ドMなんで、んなことしても悦ぶだけっすよ。ほら、ちょっと勃ってきてる」
「こわ……」
玲依さんが心底ドン引いたって表情で静止した瞬間、空中に浮かんでいた小石の残弾がパラパラと落下した。彼女の念動力すら途切れさせてしまうとは……、俺の言動はそんなになのか⁇
一度冷静になって考えてみてほしい。だって、平成のエロゲでしか見たことないような、銀髪碧眼合法のじゃロリ巨乳が、心底軽蔑した眼差しで石を投げてくるんだぞ? 股間にクるものがあるだろうが。男子諸君ならきっと、わかってくれることだろう。
なお、念動力を発動させるたびに巨大なおっぱいが、ゆっさゆさと揺れているものとする。
「おい、優よ。また鼻の下が伸びておるぞ」
「おっと、失敬」
「やれやれ。今度は何を考えておるんだか」
「やだな。玲依さんのことに決まってるじゃないっすか。……大好きですよ」
「はっ? な……!」
「あ、照れた。かわい~」
「くっ、おのれ、外道め……!」
「あはははは」
こうやって目を細めてとろんと笑いかければ、顔を赤らめてそっぽを向いてしまうんだから、本当に玲依さんはチョロかわいい。マジでかわいい。今すぐにも襲って、性的に食べてしまいたいくらいだ。
まあ、それは当分、叶いそうにもないけれど。
そんなこと、俺にだってわかっている。
「――なあ、優よ」
「嫌です」
「はあ……本題を告げる前に返答する奴があるか、バカたれ。儂は何も意地悪をしたくて、言っておるわけじゃない。お主のためを思ってのことよ」
「……」
ずるい。そんな辛そうな目で言われたら、何も言い返せないじゃないか。
「……いい加減、儂のことは諦めよ。もう、出会ってから二週間じゃ。連日連夜、朝まで儂に付き合うて……、お主の負担も相当なもんじゃろう。今日は特に、目の隈が濃い」
「……」
「もう、これっきりにしよう」
「……やだ」
いつになく真剣な声で、快晴の日の海みたいな碧眼で、真っ直ぐに玲依さんが俺を見つめる。視線で射抜く。
俺はそんな彼女から目を逸らすこともできずに、子供じみた丸っこい拒絶を零す。
「そう幼子みたいに駄々をこねるでない。お主もわかっとるじゃろう。なにせ儂は――〝幽霊〟なんじゃから」
「……」
そう言った玲依さんの身体は、ぼんやりと向こう側が見えるほど、文字通り透き通っていた。それがどうしようもなく悲しくて、でもその儚さが美しくもあって、俺は複雑な心境を吐き出せないまま、きゅっと眉を下げる。
「……昨日言った通り、いつかは〝死神〟に消される運命じゃ。だから、お主とは一緒にはなれぬのよ」
夜空を見上げた玲依さんの碧眼は、酷く寂し気な色をしていた。何も返せず沈黙する俺の横顔を、目の前を通過する車のヘッドライトが照らしていく。
きっと、この高速道路を走る運転手たちの目には、俺が一人で黄昏れている様子しか映っていないんだろう。玲依さんは見えていないんだろう。
……わかってる。
だって。
俺は〝人間〟で。
玲依さんは〝幽霊〟だから。
そして、幽霊である玲依さんはいつか、〝死神〟に見つかって、消滅させられてしまうから。だからこんなナリして意外にも真面目な彼女は、絶対に俺に振り向いてはくれない。
そんなことはわかっている。
けど。
「玲依さん」
「なんじゃ」
「――俺さ、平成のエロゲが大好きなんだよ」
「ん⁇」
突如、脈絡もへったくれもないことを言い出した俺に呆ける玲依さんを置き去りにし、俺は続ける。
「キャラデザも、泣けるストーリーも、ヌけるエロシーンも。全部をこよなく愛してる。愛も友情も青春もセックスも、大事なことは全部エロゲで学んだ。Keyとゆずソフトが俺の人生のバイブルなんだよ」
「突然どうした⁉ 気でも触れたのか⁉」
「いや、俺のこれは正常でしょーが」
「それもそうか……」
あっけなく納得されてしまった。なんか釈然としないが……、まあ、いいか。
「んで、今、俺の目の前には銀髪碧眼の合法のじゃロリ巨乳幽霊がいる!」
「な、なんじゃと! ……いや、優よ。男児に現実を見せるようで悪いが、髪は普通に月二で美容院で染めとったし、この超ロングハーフツインはエクステじゃし、目はただのカラコンじゃよ。口調だって、ただ中二病を卒業できないまま、ここまで来てしもうただけじゃし……。服は男受けの悪さに定評のあるフリフリブラウスじゃし……。童顔巨乳と幽霊だけは事実じゃが……」
気まずげに視線を明後日の方向に逸らし、もじもじと内股をすり合わせるいじらしい玲依さんに、キュンと甘い電気信号が俺の下半身付近を爆走する。破壊力がえぐい。
その恥じらいこそが至高のスパイスであることを、鈍感な彼女は理解しえないのだろう。
ならば、わからせるまで。
「……ふっ、甘いな。玲依さん」
「なにっ⁉」
「確かに、自認なんちゃらだとか、二次元の美少女が現実だとだいぶイタいのは今や周知の事実だ。だが! 俺は羞恥心に喘ぐ玲依さんの花姿を見られた感謝だけで、ありがとうございますって言いながら五発はヌけるぜ? ……今すぐ証明しようか?」
「いらんわ。絶倫か」
言ってから、数秒遅れてくすくすとバイブレーションしはじめる玲依さん。
うん。やっぱ悲し気な顔より、そういう顔の方がかわいいし、玲依さんにはずっと笑っていてほしい。乳も揺れてるし。……支部のGIFかな。
「で、話を戻すけど、俺の目の前には平成のエロゲ産美少女幽霊・玲依さんがいる」
「二十一歳じゃけどな」
「まだ言うか、むしろご褒美だわ。合法ロリなんて見た目と実年齢が離れていればいるほど美味いんだから。俺より年上に生まれてきてくれて、本当にありがとうございます。……で、何の話してたっけ?」
「儂が平成のエロゲ産美少女幽霊じゃというところまでは聞いたな」
「あ、そうそう。その平成のエロゲ産美少女幽霊が、成仏できなくて困ってて、死神っていう存在に追われてて、なおかつ、今まで幽霊なんか見たこともない・霊感なんか微塵もない俺の前にこうやって姿を現してくれている。そんなお誂え向きの状況を、エロゲ好きの俺が見過ごせるとでも⁇」
「……お主、儂のこのひっ迫した状況を、エロゲになぞらえて楽しんでおるのか⁇」
「うぐっ」
そう言われると心臓が痛むが、そのジト目上目遣いは下半身にクる。この場合、俺は胸と股間のどっちを抑えればいいんだろう。
この画角で玲依さんの顔が俺の股間の位置にあったら、完っ璧にアウトだった。いや、もうすでに半勃ちだけれども。
「……まあ、別に良いがな。儂は寛大じゃから許してやる」
「ははっ、ありがたき幸せ」
「それで続きは?」
「続きって言われても、もうあんまないんだけど……。まあとにかく、俺は玲依さんの成仏を手伝いたいの。で、成仏つったらやっぱセックスだろ? だから、俺は玲依さんと除霊セックスして、昇天成仏させたいの!」
「アホか! 企画ものAVの見過ぎじゃわ! あとそれだと、儂がまるで悪霊みたいではないか!」
「ぐえっ」
言うが早いか、再び小石を一個飛ばしてくる玲依さん。
どう考えてもこれは俺が悪いし、霊体である彼女は物理的に俺を殴ったりすることはできないため、致し方なし。甘んじて受け入れよう。
こういった、小競り合いみたいな和やかな時間も、あと何日続けられるかわかんないんだし。
「……ほんとは、居なくなってほしくなんかないんすけどね」
「……ん? すまぬ、耳が遠くて聞こえなんだわ。お主、今なんと?」
「あ~! ほらやっぱ、こーゆーとき、すーぐ突発性難聴になる~~~。ほんと、そーゆーとこまで、エロゲじみなくていいんだけどーーーーー!」
「ご、ごめんつかまつる……?」
「や、いーよ。別に、玲依さんが悪いわけじゃないし……」
「さ、さようか?」
「ん! おっきい声出してごめんね」
悪いことしたかな、と、玲依さんが心配げに俺の顔を覗き込む。
街灯と俺の虚像を映して、うるんだ碧眼がぱちりと瞬く。
これはカラコンらしいから、彼女本来の瞳の色は俺と同じ黒なんだろうけど、彼女ならきっと、何色でもかわいく見えるんだろうなと、確信している。
「……? 優?」
白桃色の頬に手を伸ばしかけたところで、そう言えば触れられないんだったと思い出して、だらりと腕を下ろした。
玲依さんは目の前にいるのに、とてつもない距離を感じて、少し胸の奥が痛くなる。
「んーん、なんでもない。――大好きだよ、玲依さん」
「!」
なんでもないように微笑んでそう告げれば、「……あまり儂を揶揄うでない」と、耳の先端を赤くして目を逸らす玲依さん。
冗談だと、揶揄っているのだと思って、本気にしていないんだろう。
違うのに。本当に、好きなのに。
「自業自得だけど、届かないって悲しいなぁ……」
「?」
相変わらず、平成エロゲナイズドされている彼女には、囁き声というものが届かないらしい。
まあここは現実なので、耳が悪いとかって科学的な理由の裏付けがあるんだろうけど。
でもまあ、言葉が耳に届いたとしても、こんな俺の告白を、彼女は本気で受け取ってはくれないだろう。
「好きだよ」
縋るように、祈るように、もう一度呟く。
どうか気づいて・気づかないでと、相反する思いを抱えたまま、心の声をぽつりと零す。
「好き」
小鳥みたいなキスをしたい。細い首筋に舌を這わせたい。それよりも、ぎゅっと抱きしめてほしい。触れられないのに、どうしたって求めたくなってしまう。
いつか、メイクもカラコンも服も全部取っ払ったありのままの彼女を見てみたいと、本気でそう思うのだ。
「……充分、伝わっとるから。そんなに何度も口にせんでよい、ぞ」
気恥ずかしさに頬を紅潮させているのに。
耳の先端まで赤くなっているのに。
うるんだ瞳で、けれど真正面から俺を見つめて、伝えてくれる。
「かわいいね、玲依さん」
そんな、俺には到底持ちえない真っすぐさに、二週間前のあの日から、俺は心底惚れ抜いているのだ。
◆
――てなわけで、強制的過去回想に入らせていただこう。
まあ、そんなに長くはないので気軽に聞いていってほしい。
二週間前のある日の晩、メンタルがえげつない沈降化現象を引き起こしていた俺は、半ばぼんやりとした心地で「あ、死の」と急に思い立って、大和川に身投げするために外に出た。
数週間もの間引きこもっていたのに、我ながらすさまじい行動力だったと思う。
死にたかった理由は、自分でもまだよくわかっていない。
人間関係とか、漠然とした将来への不安とか、仲の良かったダチが死んだことだとか。そういうのが色々重なって、ダメになったんだろうとは思うけど、どれが決定打だったのかはわからない。
でも自殺を決意したきっかけはよく覚えている。
時計の秒針をぼーっと眺めていたときに、洗面所の蛇口が出しっぱになっていることに気づいたのだ。それだけだった。
ジャージャー流れる水の音がやけに耳について、閉め忘れたんだな、と当たり前のことを思って、いつから出しっぱになってたんだろうなって考えようとして、気づけば外に出ていた。
たぶん、家の鍵も閉め忘れていたと思う。スマホも財布もなにも持っていなかったし。
とにかくもう死のうと思って、歩道橋を普段よりずっと重い足取りで上がって、欄干を跨いで越えたところで。
「やめよ! 早まるな!」
と。必死な顔で駆け寄ってきた半透明の美少女幽霊に、ポルターガイスト全開で引き止められ、ゆさりと揺れる巨大なたわわを目の当たりにした。
瞬間、俺の脳髄と股間に電撃が走った。
思い出したのだ。
メンタル限界生活の中でも、全然性欲だけは衰えていなかったことを。
「あー死にて~。俺ってゴミ~」と思いながら日に五、六回はヌいていたし、なんなら疲労感が天元突破してるおかげで最近は普段より濃かったことを。
正常時に幽霊なんて見ようもんなら、パニックホラー俳優も仰天のオーバーリアクションで逃げ出していただろうが、その時の俺は「へ~、幽霊っていたんだ~。それよりこの子かわいいな。Hカップかな」しか考えていなかった。
脳みそが下半身の眷属になっていたんだと思う。
結果、見事、俺の性欲は希死観念にすら勝利してしまった。
えっちな年上のお姉さんに食われて腹上死したらしいダチのことだって、一瞬で頭の片隅からすっぽ抜けた。
まあ、今度あいつの墓にはうなじが綺麗な人妻NTRもののAVを差し入れてやろうと思う。
ともかく。
そんな経緯で玲依さんに命を救われた俺は、毎夜この橋に通うようになった。
ご覧の通り、決して下半身の暴走ではなく、ちゃんとした乙女チックな恋だったということだけご留意いただきたい。
で、玲依さんの元へ通うさなか。
「将来のことが不安で~」
と、玲依さんに相談すれば。
「そりゃお主は今この時分にやるべきことを為しておらんからじゃろう。ちゃんとやっとる人間は不安を感じる暇すらなかろうて」
と、辛辣な正論を返され。
「玲依さんに一目惚れしました。抱かせてください」
と、直球で勝負すれば。
「やはりお主だけは大和川へ投げ捨ててやろうか」
と、ちょっくら念動力で高い高いされ。
そうやって俺と玲依さんは短い時間の中で着実に仲を育んでいった。
そして、昨日。
「儂はな、ここで死んだんじゃよ。この橋で。丁度、この間のお主のように、真夜中の大和川へ飛び降りて、死んだ」
橋の欄干にもたれかかって夜空を仰ぎ、内緒の思い出話を語るみたいに、あったかくて懐かしい記憶に浸るように、玲依さんは自分の死因を語りだした。
「死んだのはだいたい、二か月前くらいじゃ。こんな見た目でこんな性格なのでな、上手く周りに馴染めんで、これから先もずっとこうなのかと思ったら……な」
「……」
身に染みて、自分事のように心臓が痛む話だった。
「玲依さんは、死んだこと後悔してる?」
気づけば口に出していた。
言ってから、やらかしたと思って口を押えた。顔から血の気が引いた。
玲依さんは「よいよい」と笑って流してくれた。
「儂は、死んだことをもの凄く後悔しておるよ。今だから言えることじゃが、儂は死にたかったのではなくて、ただ安寧や休息が欲しかったんじゃ。それ以外にも方法はあったろうに、視野が狭くなっていたんじゃろうな。死んだら楽になると、そう信じ込んで身を投げた。……まだ死体も上がっとらんから、家族は儂が死んだことすらも知らんかもしれん」
「……そっか」
「死んでよかったことなど何もないとも言い切れんが、生きていられるならそっちの方が良い」
「……」
納得がいった。だから、玲依さんは俺を引き止めてくれたんだろう。
本当に、この人は素直で真っすぐで、悲しくなるほど――生きていてほしかったと心から思うほど、優しすぎる。
快活に笑って「ま、念動力は至極使い勝手が良いがの」と零す玲依さんに、俺はなんて返したらいいのかわからずに押し黙った。
「じゃが、儂を消滅させようとたまに死神が襲いかかってきおるし、やはり死んでからのデメリットの方が多いかもしれん」
「え、なにそれ? 死神⁇ 襲ってくる⁇ 初耳なんだけど⁇」
「あれま、言ってなんだか」
「聞いてなんですよ⁉」
「あはは、日本語が変じゃぞ」
唐突に爆弾情報を落とした玲依さんに、目を白黒させて絶叫する俺。
その後詳しく話を聞いていくにつれ、「だいぶヤバい状況じゃん! なんでもっと早く言わないかなあ!」とちょっとおこになったことは言うまでもない。
もちろん、ぷるぷると小刻みに身を震わせて「す、すまぬ……」と涙目で許しを請う玲依さんは大変かわいかった。勃った。
「じゃあ、今日はいったん帰るけど、どうやったら成仏できるのかとか調べてくるから! ほんと! 覚悟しといてくださいよ‼」
と、ザコ敵の捨て台詞みたいな文言と共に、前かがみで退散したのがまじで今朝方のこと。
それから一睡もせず真剣にどうやったら成仏できるのかを調べて、調べて、調べた結果、除霊SEX系AVに行きついて、性欲の素晴らしさを説きながら玲依さんに迫ったのがさっきのこと。
つまり、回想終了である。
◆
所帰って、現在。
「で、本日もそろそろ夜が明けるわけじゃが……、ほら優よ、そろそろ帰らんか」
「やだ。……もうちょい玲依さんと一緒に居たい」
「本当に、お主は……、ほんとうに、もう」
白み始めた空の下、俺は仔犬の甘え啼きみたいな声でごねていて、玲依さんは仕方ないなって顔で俺をあやしていた。実質、赤ちゃんプレイである。
「いや、ここに留まっても仕様がないじゃろう。どうせ、お主もうすぐ儂のことが見えんくなるんじゃし」
「……」
玲依さんお得意の正論が炸裂し、俺はしゅん……と勢いをなくした。
そう。
俺が玲依さんのことを認識できるのは夜の間だけで、朝になるとまるっきり見えなくなってしまうのだ。
その証拠に段々と、今もなお玲依さんの身体が薄くなり続けている。
確かに、今ここに残ったところで、俺にできることなんて微塵もないだろう。
玲依さんは世にも珍しい除霊セックス反対派みたいだし、他の成仏手段を考えるためにもそろそろ一度帰宅した方がいい。
そんなことはわかっている。
だが俺はまだ、玲依さんを――揺れるその巨大な乳を眺めていたいのだ。
「……でも本気で成仏を目指すならアプローチを変えて、玲依さんの未練をあたるとかした方がいいかもな。なら今日は生前の玲依さんを苦しめた連中を一掃するとか……」
「ゆ、優? いくらなんでも、儂のためにそこまでせんで良いからな⁉」
「あ、ミスった! 心の声と逆だった!」
ここにきて優くん痛恨のミス! ……だめだ、本当に頭が働いていない。眠気と頭痛がえぐすぎる。
さすがに作業効率を上げるためにも一旦仮眠を取りに帰った方がいいだろう。まだ玲依さんと一緒に居たかったけど。
「ふわぁ~……、んー……、じゃあ名残惜しいけど、俺はそろそろおいとまします。じゃ、また今晩。今度こそいい報告ができるように頑張るから期待してて」
「うむ。言いたいことは色々あるが……、取り敢えず、くれぐれも警察に捕まったり、身体を壊したりするようなことはするでないぞ。……お主が会いに来てくれんようになれば、儂とてほんの少しは、寂しいからの」
「うわ、わ……、貴重なデレをありがとうございます! 下半身ともども、めちゃくちゃ元気になりました‼ 感謝の気持ちを込めて、今すぐ何発かヌきましょうか⁉」
「寝言は永眠して申すな、たわけが」
調子を取り戻した俺に、しっしっと手を振る玲依さん。
俺の心配までしてくれるなんて天使過ぎる。いや、幽霊だけど。
しかめっ面すらかわいい彼女に満面の笑みでバイバイすれば、小さく手を振り返してくれた。だめだ、離れがたすぎる……。
だがいつまでも留まるわけにもいかないので、挙動が愛らしすぎる玲依さんに最高に気持ち悪い笑みをお返しし、いい加減帰路につこうと来た道を振り返ろうとした――瞬間。
「え、は?」
眼前に広がる光景に、絶句して凍りついた。
車の行きかう高速道路を挟んだ、その向こう側。
ゆらゆらと風に棚引くボロ布と、昇り始めた陽光を受けてきらめく大鎌。
そして、ボロ布の下から覗くしゃれこうべ。
――それが、十数体分。
「ん?」
目をこする。だが、道路の向こう側に広がる光景は変わらない。どうやら眠すぎて多重で見えているわけではないらしい。
と、いうことはつまり、ええと、どういうことだろう。
「えー……、玲依さんの魂を狩るために、〝死神〟さんたちが総出でお出ましになったと。……いや、多くね⁉」
俺の渾身のツッコミを受け、死神一同は一斉にカタカタと歯を打ち鳴らし始めた。威嚇か爆笑かはわからないが、十数体分の大合唱である。クソうるせえ。
「……まさか、こんな大群で来おるとは。儂も買い被られすぎたものよの」
対岸を睨み据え、毅然と笑ってみせる玲依さんはさすがの貫禄である。俺はチビりそうになっているというのに、この差はなんなんだろう。
だが。
「……さすがの儂も年貢の納め時かもしれんな」
彼女の透けた白魚の手が小刻みに震えているのを、俺の目は確かに捉えた。
だから。
「玲依さん、逃げよう! ん? あ、すり抜け……ってそうだ、手繋げないんだった~~~‼ 俺、かっこわる……って、今それどころじゃねーわ! こっち! ついてきて‼」
「お、おお……?」
「いいから走れ!」
「あ、相分かった!」
俺は玲依さんの手を引こうとして失敗した不格好さそのままに、駆けだした。
「はあ、はあ……、っく、は、……徹夜明けの、全力疾走きっつ……」
走る。
いつまで逃げればいいんだろうとか、どこまでだとか。
そろそろ普段なら玲依さんが見えなくなる時間だとか。
めっちゃ胸揺れてるな。超かわいいとか。
脳みそをフル回転させ、必要なことも余計なことも全部考えながら、ただひたすらに橋を駆け下り、階段を駆け下り、土手を爆走する。
「ふっ、は、……」
振り返る。
すぐ後ろには小走りで着いてくる玲依さん。
そのさらに後方に、十数体の死神ども。
幸いなことに、奴らは浮いてるくせにさほど速度は出せないようだった。
これなら振り切れそうだ。
「――あ」
そう思ったのに。
「優! 止まれ!」
グサッと、俺の眼前に、大鎌が一本、突き刺さった。
驚愕。瞠目。まばたき。急停止。
その零コンマ数秒の隙をつき、瞬間移動じみた速度で前に回り込む一体の死神。
いや、本当に瞬間移動だったかもしれない。
奴は鎌を持っていなかった。
大地に刺さった大鎌が引き抜かれる。振り上げられる。
刹那、俺の脳裏を掠める〝死〟の一文字。
「――っ」
避けられるか? いや、無理だ。第一後ろには玲依さんがいる。
死? 死ぬのか? せっかく玲依さんに救ってもらった命なのに?
考えろ。手はあるはずだ。考えろ。ここで俺が死んだら、玲依さんはどうなる? そんなのだめだ。なんとかしなければ。なんとか……ああでも。
これ、マジで無理なヤツだ。
「優!」
玲依さんの悲痛な叫びが鼓膜をつんざく。
どうせなら、最期に見る光景は玲依さんがいいと思って、視線を送る。
そこには涙目で、必死に俺の身体に縋る玲依さんがいた。まるで初めて出会った日の、俺が一目惚れした日の再現みたいだ。
斬撃に巻き込まれるかもしれないから離れていてほしいのに、彼女を遠ざけるすべすら俺にはない。
でもまあ、触れられないとはいえ、平成のエロゲ産・銀髪碧眼合法のじゃロリ巨乳に抱きつかれるなんていう状況は男としての本懐であるわけで。
こんなときでも勃つもんは勃つんだなあ、と感慨に耽りながら来たる衝撃に備え、俺は静かに瞼を閉じた。
が、しかし。
「ん?」
一向に衝撃は訪れなかった。
どういうことだと訝しみながら、恐る恐る瞼を開く。
「え、うわっ!」
驚いて間抜けな声をあげ、思わず後ずさった。
そりゃ驚きもするだろう。なにせ、大鎌の切っ先が目と鼻の先にあったし、十数体の死神が円陣でも組むように俺たちを取り囲んでいたのだから。
だが、それだけ接近していてなお、奴らは攻撃を仕掛けてこない――いや、攻撃を仕掛けられないようだった。
まるで俺と死神たちの間に反重力でも発生しているみたいだ。
死神たちがどれだけ力を込めても、どれだけ近づこうとあがいても、見えない壁に阻まれて到達出来ないでいる。
「えっ、玲依さん、玲依さん、これどういうこと⁇」
「わ、儂にもわからん……、一先ず、助かったのか?」
ぱっと隣の玲依さんに問いかければ、彼女はぶるぶると激しく首を横に振った。当然、たわわもぶるんぶるんと左右に揺れている。
……やっぱ、支部のGIF画像みたいだな。ああ、どうしよう。どんどん愚息が直立していく……。
「お? おお? 見よ、優! さらに死神どもが遠のいてゆくぞ!」
「……ッ、ス~……、……あね、そーゆーことね。オーケー。完っ全に、理解した……」
「?」
ピンとこない様子で小首を傾げる玲依さん。とてもかわいい。
が、それどころではない。おっかない死神どもを遠ざける方法が判明したのだ。
もうわかっただろう。それはつまり……。
「玲依さん。落ち着いて聞いてほしいんだけど」
「なんじゃ?」
「死神をね、遠ざける方法がわかったんですよ……」
「なんと! して、その方法とは何ぞ」
「それがさ、今、俺、おちんちんが勃っ……ちゃってるん、ですよね……」
「はあ? わりといつものことじゃろ。それがどうし――いや、お主まさか……!」
「うん。たぶん、そのまさかっすね……」
「つまりその、あれか。いわゆるその……」
「うん」
「……除霊セックスを、した方がよい感じか」
「っすね~……」
「うっそじゃろ」
ここで今一度、冒頭の俺の性欲に対する大演説を思い出してほしい。
性欲とは、三大欲求の一つ。
食欲や睡眠欲求とは異なり、生存に必要なくとも湧き上がってくる、欲の中の欲。
生きることへの活力そのもの。精気。
それすなわち、生気。
つまり、死をつかさどるものの天敵。
「いやいやいやいや、お、お主何を考えとるんじゃ! 第一、儂らは触れ合うことも出来ぬのだぞ! 不可能じゃ! 儂、幽霊じゃし!」
「ノープロブレム。大丈夫だよ、玲依さん。俺に、良い考えがある」
「なにも大丈夫ではないが⁉」
赤面してイヤイヤと首を振る玲依さんに、人生で言ってみたかったセリフ第十六位を口にし、思案の海に潜る。
確かに、俺と玲依さんは物理的に触れ合うことはできない。人間と幽霊だからだ。
だが、よく考えてみてほしい。
俺たちはなぜ、AVやエロ漫画で興奮する? えっちなASMRで興奮する?
セックスで重要視されるのは、本当に触覚だけか? ――違うだろ。
間接照明に映える、あられもない艶姿。耳朶を擽る嬌声。絡まる舌から伝う唾液の味。柔肌から香り立つ甘い匂い。指の沈み込む双丘の感触。
それら全てを味わい尽くしてこその、セックスだ。
現状、俺の指は玲依さんに届かない。触れられない。
でも、声は届く。まだ、その姿を見ることもできる。
なら、いくらでもやりようはあるはずだ。
「……」
俺たちを取り囲む死神の群れを睥睨する。
奴らに玲依さんのあられもない姿を見せることになると思うと癪だが、今は生きるか死ぬかの瀬戸際。ヤってみるだけの、価値がある。
「――見とけよ、死神ども。俺らのいちゃラブ♡セックスで、大気圏外までぶっ飛ばしてやんよ」
今ここに、聖戦のギャラルホルンが鳴り響いた!
「お、おい、優? なぜにじり寄ってくるんじゃ? 目がキマっておるぞ……?」
「いいから。一旦玲依さんは目、瞑ってて。……俺のこと、信じて?」
「くぅ~……! セックスに縺れ込ませようとするときばかり、可愛らしい顔をしよってからに……! じゃが、それしか手は無いんじゃもんな!」
「うんうん‼」
「仕様がないもんな!」
「しょうがないしょうがない‼」
「もらい事故みたいなもんじゃしな! 儂ら、悪くないよな⁉」
「悪くない悪くない‼ 大丈夫、何があっても全責任をもって俺が娶るから!」
「その言葉に二言はないな?」
「もち‼」
「……ええい、ままよ。この身、この魂、お主の好きなように弄りまわすがいい! ……じゃが、儂はそういった経験は皆無じゃから、や、優しくするんじゃぞ」
「ありがとうございますっ‼」
諦めの境地に達し、顔をしわくちゃにして五体投地した玲依さんに、俺はゆっくりと覆いかぶさった。
こうしてみると、玲依さんは本当に可愛い。短い草の上に流れる綺麗な銀髪も、紅潮した頬も、仰向けになってなお存在を主張している巨大な胸も、俺に全部を委ねて目を閉じていることも。
全部が愛しくてたまらない。喉の奥の方からきゅーっと耐えがたい熱情がせり上がってくる。
通り過ぎ去っていく自転車に絶対変な目で見られただろうことすら気にも留めず、俺は彼女の顔のすぐ横に両肘をついて、縁まで真っ赤になった耳に唇を寄せた。
触れてもいないのに、玲依さんの身体がビクンと跳ねる。
「好きだよ、玲依さん。大好き。――愛してる」
「ひぁっ……!」
吐息を多く孕んだ声で擽るように囁けば、か細くて甘い熱のこもった声が小さく漏れた。華奢な腰が上向きに反って、嬌声を堪えるように玲依さんが指の背を口に咥える。
ずっと言いたかった言葉。真っすぐに届けたかった想い。
普段口にしているそれよりもいっそう執着を滲ませて、縋るように、許しを請うように耳元で零す。
「……玲依さん、ね、声我慢しないで。俺、もっと玲依さんの声聞きたい。おねがい」
「うぅ……、わ、わかった……」
「ん、いいこ」
ちゅ、と軽いリップ音を鳴らせば、玲依さんは「んっ……」と甘い声を出して身を捩った。目を閉じている分、聴覚が過敏になっているんだろう。
太ももを擦り合わせて身体をくねらせる玲依さんに、「好きだよ」「大好き」「愛してる」を繰り返して、馬鹿の一つ覚えみたいに何度も何度も愛を囁く。
「好き」
「んぅ……」
「玲依さん。大好き」
「ええい、わ、かった、から……っ!」
「えへ、かわいい」
耳元で呟いてふっと息を吹きかければ、「ひあぁぁっ♡」と今日一番の甘い声をあげ、玲依さんはガクガクと腰を揺らした。
その時。
「ん? あれ、玲依さんが、あったかい……?」
俺は確かに、玲依さんに温度を感じた。
組み敷いて密着した身体から、仄かな熱がじんわりと伝わってくる。とくんとくんと微かに鼓動の音がする。
いや、それ以前に――。
「俺、玲依さんに触われてる……⁉」
「んぇ……?」
そう。先程までは空気のようにすり抜けていた彼女の身体に、肉感が宿っている。
目をとろんとさせて荒い呼吸を繰り返している玲依さん自身は気づいていないかもしれないが、脇腹を指先でつーっとなぞれば擽ったそうに反応するし、薄い腹の肉も僅かに摘まむことができる。
つまり、玲依さんが実体化してきているのだ。
「!」
死神の様子を確認するべく背後を仰ぎ見れば、大鎌を構えた彼らははるか遠く……とまではいかないが、四、五十メートルは離れていた。
それだけ玲依さんの生気――性欲が強まっているのだろう。
「……ねえ、玲依さん。ひょっとして今、甘イキした?」
「なっ……! し、しとらんっ! 断じて、まだ、イって、にゃんか……っ!」
「んんー……、そっか~」
噓だ。どう見ても噓だ。絶対イった。
だって、目には潤んだ熱がこもってるし、余韻で腰が痙攣してるし、呂律も回ってないし。
ここが二次元なら、今頃は瞳孔がハート型にでも変形しているだろう。そんな場面すら思い描けるほど確実に、イった。
耳への刺激だけで甘イキするなんて、玲依さんはえっち方面の才能がめっちゃあるのかもしれない。とてもかわいい……という周知の事実は置いておいて。
一旦、話を進めよう。
今、玲依さんは甘イキした。反応の感じからして、本イキではなく甘イキなのは確かだ。
で、甘イキしただけで、俺は玲依さんに触れられるようになった。
なら、本イキさせたらどうなるんだ?
……昇天成仏の逆に、生き返ったりするんじゃねーの?
「はは」
我ながら、子供じみて童貞じみた可笑しな妄想だ。
だけど、そうなんじゃないかっていう確信めいた予感が俺の中で渦巻いている。
なにせ、目の前の銀髪碧眼合法のじゃロリ巨乳は、平成のエロゲから飛び出してきたようなとんでも女なのだ。
であれば。
この幽霊が平成のエロゲ産であれば。
――物語の盤面をひっくり返す奇跡は、約束された必然だ。
「玲依さん、好き」
「……わしも、おぬしが好きじゃよ。好き。……大好きじゃ、優」
「そか。……そっか。ありがと、玲依さん。俺も大好き」
「……うゆ」
「ん。じゃあ続けるけど、トばないでね」
「へ……? ぅあ、あ……っ♡」
首筋を強めにじゅっと吸って、ブラウスの中に冷えた指を滑り込ませる。無意識の力がこもって浮き出た首筋を舌先でごりっと舐め上げ、大きさを確かめるように下着越しに胸を揉み、先端を爪の先で引っ搔く。
「やっ……、ぁぅ、っお……♡」
「かわい」
「ひぁ、っ、~~~~~♡」
快感を逃がそうと弱々しく身を捩るが、俺の重みが邪魔をして上手くいかないらしく、「も、むり、やだぁ……っ♡」と目尻に涙を浮かべて両足をバタつかせる玲依さん。
潤んだ瞳に若干の怯えを滲ませて俺を見上げる彼女に、得体の知れない嗜虐性が背筋を駆け上がる。俗にいうキュートアグレッションってやつなんだろう。
よわい。抵抗できないんだ。かわいい。泣いちゃった。かわいい。もっと見たい。好き。……好き。好き。好き。好き!
「んふ……っ!」
考えるより先に、キスをしていた。
片手で手首を押さえつけて顔の角度を変え、狭い口内に無理やり舌をねじ込む。
「んむ、ん、んぅ……っ♡」
舌先を絡ませて嬲り、上顎の歯列の裏をゆっくりと舐めながら、ブラジャーをずらして感度の高いところは避け、その周囲を挑発的に撫でる。早鐘を打つ心臓の音が、直に伝わってくる。俺で、感じてくれている。
「ひゃ、ぁ、う……♡」
「は……」
息が続かなくなって顔をあげれば、唾液の糸がつーっと伝った。けほけほと噎せながら酸素を補給しようと肺を上下させる彼女をえっろ……と思いながら見下ろして、手の甲で己の口を乱雑に拭う。
イったわけでもないのに、脳と視界がチカチカする。度数の高い酒を煽ったみたいに、思考がずっとくらくら揺れて、夢見心地な幸福感が頭の奥の方からじゅわーっと上ってきている。
もっと欲しい。もっと、彼女と繋がっていたい。
セックスがしたい。
「はっ、は……っ」
「れいさん。おれ、もっとちゅーしたい。舌、べーってして。できる?」
「んぅ、えぇ……、?」
「そ。じょーずじょ―ず。そのままね」
「ぇあ……っ♡」
俺の言う通りに突き出された舌を唇で柔くはんで離し、ジュッと吸いつく。
「ぁ、んぇ、ん……♡」
はんで、舐め上げて、吸って、離れて、深くまで舌を入れる。
わざと音が際立つように唾液を絡め、くるくると乳輪をいじる。
玲依さんが俺の下でバタバタともがいている。漏れ出す嬌声がどんどん甘く、高くなっていく。
華奢な腕が俺の背に回される。快楽に耐えるように、掻き抱くように、爪が立てられる。そのわずかな痛みも刺激となって、バチバチとした電流のような快楽物質が脳内に溢れ出す。
「ぁ、ん、ゆう……♡ んむ、ゆう……っ♡」
息継ぎの隙間に俺の名を呼ぶ甘ったるい声が、とろけきった顔が、麻薬のように理性を溶かしていく。
イきそうなんだろう。でもあと少しが足りなくて、イけなくて、でも気持ちいいのが終わんなくて、もどかしくてたまらないんだろう。
かわいい。もっと、乱れる玲依さんを見ていたい。もっと縋って、俺の名前を呼んでほしい。俺を求めてほしい。俺の傍にいてほしい。ずっとこうしていたい。終わらせたくない。
でも、いつかは終わらせなくちゃだから。
もう、イかせてあげなきゃいけないから。
「ぷは……、玲依さん、イきそ? イきたい?」
「ひぅ、い、イきたい! イきたい……っ♡ イかせて……、ゆう」
「あは。ん、いーよ。……好き。大好き。愛してる」
「んうぅ……♡」
「じゃあ――イけ」
「ぁ」
熱を込めた吐息で囁き、ピンと胸の先端を指先ではじいた。
「あ゛~~~~~~~~っ♡♡♡」
俺の背を掻き抱いて、玲依さんが絶頂した。
胸と腰が反って、足先までビクンビクンと痙攣している。赤面して荒い息を吐きながら、「お゛、うぁ」と嗚咽を漏らして快楽の余韻に浸っている。
そんな玲依さんを見て俺は、ちゅ、と軽い口づけを落とした。
ずるずると上体を倒し、巨大な胸に顔をうずめる。疲れ果てて脱力しきっている彼女の身体を力強く抱きしめ、鼓動に耳を傾ける。
本当は今すぐ続きをしたい。最後までシてしまいたい。
でも、それは俺の身勝手な欲望でしかないから、この熱は収めないといけない。
「はぁ……はぁ……」
「好きだよ、玲依さん。……好き」
「ふぅ……、っは……」
ごめん、と言いかけた言葉は飲み込んだ。とくんとくんと、鼓動の音が緩やかになっていく。呼吸も整えられて、穏やかになっていっている。
「……」
目を瞑る。川のせせらぎが、風の声が、高速道路を走る車の排気音が、耳につく。
俺は達していないのに、すごく、心地いい気分だ。
なんだか、あったかくて、眠い。
「ゆう」
まどろみかけていた俺は、玲依さんの声で現実に引き戻された。
でも返事をする気にはならなくて、ぐりぐりと額を谷間に押しつけ、反対側を向く。
「優、死神は、追い払えたか……?」
「あ!」
そうだった。今度こそ完全に精神が現実に帰ってきた。
ガバッと上体を起こし、周囲を見回す。
「あぶな。目的忘れてた」
「……じゃろうな」
「えっと、死神は……、あ」
いた。
大和川の下流。水平線ギリギリに、数個の黒い点が浮かんでいた。
目を凝らしてもそれが何かはわからないが、まああれらが死神の群れであることは間違いないだろう。
点の群れが、陽炎のように揺らめいている。
俺はそれをじっと睨むように眺めた。
数秒か、数分か、いつまでそうしていたかはわからない。
点を見つめて、見つめ続けて、まばたきした瞬間。
ゆらりと大きく揺れ動いて、風に飛ばされるように消失した。
冥土に帰っていったのだろう。ほっと安堵に、長い息を吐く。
「……玲依さん、死神は消えたよ」
「さようか。……ところで優よ」
「なに?」
「肌寒いから服を借りたいんじゃが……」
「あ、気が利かなくてごめん! すぐ上脱ぐから……って、え」
「やっと気づいたか」
「キャーーーーーーーーーー‼」
「おお、生娘のような悲鳴じゃな」
服を脱いで渡そうとして玲依さんを見下ろしたところで、俺は絶叫した。
それはもう女子高生もびっくりの黄色い悲鳴が俺の喉から吐き出された。
なぜなら、そこには全裸の玲依さんがいたからだ。
もう一度言おう。全裸の平成のエロゲ産・銀髪合法のじゃロリ巨乳がいたからだ。
「――こんなの、こんなのエロゲじゃん‼」
両手で目を覆って指の隙間から玲依さんの裸体を観察しつつ、もう一度叫んだ。
ありがとう世界。
なにせ、ただの全裸ではないのだ。
二次元から来たとしか思えない超ロングハーフツインは、エクステがなくなって肩より少し長いくらいになっていたし。
めっちゃ似合っていた青カラコンはなくなっていて、これまためっちゃ可愛い、きゅるっきゅるの黒目になっていたし。
肌とか美白過ぎてもはや発光して見えるけどもう透き通っていないし、乳首とかも桜みたいな薄ピンクだしで。
成人男性が乙女みたいな絶叫をしてしまうのも仕方がない状況だったのである。
あとやっぱりおっぱいでかい。
「き、奇跡だ……! でも、いつから?」
「イった直後から。なぜか肉体が完全復活したようじゃ」
「えっちすぎる……」
「いや、さっきまで意気揚々とまさぐっとったじゃろうが。前から思っとったが、お主急に童貞ムーブかます癖があるよな」
「は? どどどどど、童貞ちゃうわ‼」
「……知っとるわ。で、服」
「あっはいすみません」
ジト目で催促され、俺は光の速さで着ていた薄手のパーカーを脱ぎ捨て、土下座で献上した。
玲依さんが俺の服をずぼっと被るのを盗み見ては、こてこてと自分の指をいじって目を逸らす。
ああ、おっぱいが布に覆われていく……、でもこれ、彼シャツってやつじゃん……、いや彼ぴでもねーし、シャツでもねーけど……。
「……お主、さっきから心の声全部漏れ出とるぞ」
「ア、大変申し訳ございません‼」
「それとあんまりジロジロ見るでない。今は限りなく素の状態じゃし、そう良いものでもなかろうに……」
「はっ、恐れながら申し上げさせていただきますが、玲依さんはいつもかわいいし、もちろん今のその状態もむちゃくちゃ可愛いし、どう頑張っても見ちゃいますのでどうかお許しください!」
「……さようか。許す」
「ありがたき幸せっ!」
「じゃが、あともう一つ」
「?」
そこまで口にして、玲依さんは押し黙った。
最初の体勢のまま土下座をしていた俺は頭にはてなマークを大量に思い浮かべ、顔を上げる。
そして。
「え」
目に大粒の涙をためて、プルプルと震えている玲依さんが目に入って硬直した。
「え、な、どどどどど、どしたん? 話聞こか……⁇」
「……だまれヤリチン」
「ヤリ……、え、ほんとにどうしたの……、あ、まさかほんとに俺とするのが嫌だったとか……」
「違うわ! ……だってお主、彼ぴじゃないって言うた」
「へ?」
「責任取るって言ったのに、彼ぴじゃないってゆった!」
「あ、あ~~~~~~ごめんごめんごめんごめんごめん! あれはその、そういう意味じゃなくて!」
「……じゃあ、儂と付き合うてくれるか」
「もちろん。順番が逆になったけど、俺と付き合ってください」
「よし、お主は儂の彼ぴじゃな?」
「はい。わたくし優めは、麗しき玲依さんの彼ぴ一号であります」
「……一号とか言うな。儂の彼氏は未来永劫お主だけじゃ」
「え、好き」
「知っとる。ついでに言うと、お主は伝わっておらんと思っとるようじゃが、今までお主が儂に言ってきた〝好き〟も〝大好き〟も〝愛してる〟も全部、儂はちゃんと受け取っとるからな。……でなければ絆されもせんし、抱かせもせんよ」
「……好き」
「おう。儂も優を好いておるよ」
……まったく本当に、玲依さん――俺の彼女には敵わない。
俺が気にしてることなんてとっくの昔にお見通しで、全部受け止めて包み込んでくれるんだから。
本当に、敵わない。
「ねえ、玲依さん。ぎゅーしていい?」
「うむ。おいで」
玲依さんが広げた腕の中に、身を滑り込ませる。
体重をかけて寄りかかり、存在を確かめるように強く抱きしめる。そんな俺の頭を撫でてくれる玲依さんに甘え、瞼を閉じた。
生きている。俺の腕の中に、いてくれる。
これから先も一緒に居ると、言ってくれた。これ以上のことはもうない。
生き返ったとかって、役所にどう届ければいいんだろうとか。玲依さんの周りの人間のことだとか。
考えなければいけないことは山ほどある。
でも今は。
「玲依さん」
「ん」
「……取り敢えず、俺ん家かラブホで続きしない?」
「たわけが」
「あいてっ!」
いつも通り、そこそこ真剣な願望込みで茶化せば、頭に拳骨が飛んできた。
ああそうか、もう石じゃないんだなと思って、自然と笑みがこぼれる。
「なんじゃお主、ニコニコしおって。やはり、ドMなのか……」
「いや、そうだけど、そうじゃないっ!」
ジクジクと痛む頭を押さえて抗議すれば、「すまぬすまぬ、冗談じゃ」と玲依さんがカラカラ笑った。やはり、この人には快活な笑顔がよく似合う。
この人がこれからもずっと笑っていられるように、俺がするんだ。
「好きだよ、玲依さん」
「愛しとるよ、優」
ちゅっ、と小鳥みたいなキスをする。
照れたように微笑む玲依さんの頬に手を伸ばし、もう一度、今度は深く、口づけをする。
彼女が平成のエロゲじみていてよかった。奇跡が起こってよかった。
俺の隣にいてくれてよかった。
「……玲依さん、好き」
「うむ」
「大好き。愛してる。付き合って」
「阿呆めが。もう付き合っとるじゃろ」
「じゃあ結婚して」
「……考えておく」
「っしゃ‼」
「はは、たわけが」
なんて。
こんな風に軽口を叩きながら、俺たちはこれからも生きていくのだろう。
――平成のエロゲ産幽霊はもういない。
いるのは、銀髪合法のじゃロリ巨乳な、人間で、ちょっと変わってるけど普通の女の子で、とんでもなくかわいい、俺の愛しの彼女だ。
Q.人間の三大欲求の中で、最も強い欲求は何か。
そりゃあ大抵の人間は食欲だとか、睡眠欲求だとかを挙げ連ねるだろう。なにせ、食べなくちゃ死ぬし、寝なきゃ死ぬからだ。
なら、生存に必須な食欲や睡眠欲求こそが、三大欲求の頂点を飾るべき欲なのか?
――否! あえて言わせてもらおう。三大欲求の頂点は〝性欲〟であると!
お前らはセックスしてる最中に腹が減るのか? 腰を打ち付けている最中に「眠みぃ~~~~~」って思うのか? 思わねえだろ? ……思わねえよな⁇
だが、飯食ってる最中に「゛あ~、ヤりてぇ~~~、柔らかそ~~~」ってテレビ画面のAV女優に発情するのは男の常だし、熟睡中に透け透けレースのベビードールを着たえっちぃお姉さん様に騎乗位される夢を見て、朝起きたらおパンツが大変なことになっていたことなんて週に三回はみんな経験していることだろう。
食と睡眠が生きるのに必要な〝だけ〟の欲であるのに対して、性欲とは個の生存に必要が無くとも己の内側から湧いてくる渇望。
もうわかっただろう。
つまり、性欲こそ至高であると――。
「……と、いうわけで、玲依さん! 今すぐ俺とセックスしてくれ」
「無理に決まっとるじゃろドアホ」
「あいてっ」
今日も今日とて、そんなことを宣った俺の頭に、豪速でぶつけられた小石のつぶて。絶対に人間じゃ出せないスピードだし、絶対に人間にぶつけちゃダメな威力のやつだ。
可哀想な俺はヒィヒィと涙を目に浮かべ、隣の美少女を見る。
あ、やっぱこのお方胸がでけえ。たゆんって言ったぞ、たゆんって。
……エロゲじゃん。
「おい、優よ。お主、今どこを見とる」
「おっぱい」
「素直過ぎるのも考えものよの……。ほれ、もっと他のとこも舐め回すように見んか。例えばこの超絶プリティフェイスとか」
「あ、乳以外に用はないんで」
「――滅せ」
「いてててて。あの、そろそろ石ぶつけんのやめてくれません⁉ 喘ぐぞ⁇」
むすっとした表情で小石の群れをぶつけてくる玲依さんに、片目を瞑って必死に叫ぶ俺。ちなみに俺にはMっ気もあるので、この状況はそれなりにご褒美だったりもする。
が、普通に危ないので、一旦やめにしていただきたい。
なにせここは、大阪で二番目にでかい大和川を跨ぐ、高速道路という名の橋の上なのだ。まかり間違って真夜中の大和川にフォールインワン&ゴートゥーヘブンしてしまった日には、地元新聞の一面を飾ってしまう。
まあ、そんなことになる前に、玲依さんが助けてくれるとは思うけど。
「でもほんと、そろそろやめてくださいって~。〝生きてる人間〟に危害を加えるのは玲依さんのポリシー的にも避けたい状況なんでしょ? ね⁇」
「う゛……、それを言われると、ちと弱いな……」
「それに俺ドMなんで、んなことしても悦ぶだけっすよ。ほら、ちょっと勃ってきてる」
「こわ……」
玲依さんが心底ドン引いたって表情で静止した瞬間、空中に浮かんでいた小石の残弾がパラパラと落下した。彼女の念動力すら途切れさせてしまうとは……、俺の言動はそんなになのか⁇
一度冷静になって考えてみてほしい。だって、平成のエロゲでしか見たことないような、銀髪碧眼合法のじゃロリ巨乳が、心底軽蔑した眼差しで石を投げてくるんだぞ? 股間にクるものがあるだろうが。男子諸君ならきっと、わかってくれることだろう。
なお、念動力を発動させるたびに巨大なおっぱいが、ゆっさゆさと揺れているものとする。
「おい、優よ。また鼻の下が伸びておるぞ」
「おっと、失敬」
「やれやれ。今度は何を考えておるんだか」
「やだな。玲依さんのことに決まってるじゃないっすか。……大好きですよ」
「はっ? な……!」
「あ、照れた。かわい~」
「くっ、おのれ、外道め……!」
「あはははは」
こうやって目を細めてとろんと笑いかければ、顔を赤らめてそっぽを向いてしまうんだから、本当に玲依さんはチョロかわいい。マジでかわいい。今すぐにも襲って、性的に食べてしまいたいくらいだ。
まあ、それは当分、叶いそうにもないけれど。
そんなこと、俺にだってわかっている。
「――なあ、優よ」
「嫌です」
「はあ……本題を告げる前に返答する奴があるか、バカたれ。儂は何も意地悪をしたくて、言っておるわけじゃない。お主のためを思ってのことよ」
「……」
ずるい。そんな辛そうな目で言われたら、何も言い返せないじゃないか。
「……いい加減、儂のことは諦めよ。もう、出会ってから二週間じゃ。連日連夜、朝まで儂に付き合うて……、お主の負担も相当なもんじゃろう。今日は特に、目の隈が濃い」
「……」
「もう、これっきりにしよう」
「……やだ」
いつになく真剣な声で、快晴の日の海みたいな碧眼で、真っ直ぐに玲依さんが俺を見つめる。視線で射抜く。
俺はそんな彼女から目を逸らすこともできずに、子供じみた丸っこい拒絶を零す。
「そう幼子みたいに駄々をこねるでない。お主もわかっとるじゃろう。なにせ儂は――〝幽霊〟なんじゃから」
「……」
そう言った玲依さんの身体は、ぼんやりと向こう側が見えるほど、文字通り透き通っていた。それがどうしようもなく悲しくて、でもその儚さが美しくもあって、俺は複雑な心境を吐き出せないまま、きゅっと眉を下げる。
「……昨日言った通り、いつかは〝死神〟に消される運命じゃ。だから、お主とは一緒にはなれぬのよ」
夜空を見上げた玲依さんの碧眼は、酷く寂し気な色をしていた。何も返せず沈黙する俺の横顔を、目の前を通過する車のヘッドライトが照らしていく。
きっと、この高速道路を走る運転手たちの目には、俺が一人で黄昏れている様子しか映っていないんだろう。玲依さんは見えていないんだろう。
……わかってる。
だって。
俺は〝人間〟で。
玲依さんは〝幽霊〟だから。
そして、幽霊である玲依さんはいつか、〝死神〟に見つかって、消滅させられてしまうから。だからこんなナリして意外にも真面目な彼女は、絶対に俺に振り向いてはくれない。
そんなことはわかっている。
けど。
「玲依さん」
「なんじゃ」
「――俺さ、平成のエロゲが大好きなんだよ」
「ん⁇」
突如、脈絡もへったくれもないことを言い出した俺に呆ける玲依さんを置き去りにし、俺は続ける。
「キャラデザも、泣けるストーリーも、ヌけるエロシーンも。全部をこよなく愛してる。愛も友情も青春もセックスも、大事なことは全部エロゲで学んだ。Keyとゆずソフトが俺の人生のバイブルなんだよ」
「突然どうした⁉ 気でも触れたのか⁉」
「いや、俺のこれは正常でしょーが」
「それもそうか……」
あっけなく納得されてしまった。なんか釈然としないが……、まあ、いいか。
「んで、今、俺の目の前には銀髪碧眼の合法のじゃロリ巨乳幽霊がいる!」
「な、なんじゃと! ……いや、優よ。男児に現実を見せるようで悪いが、髪は普通に月二で美容院で染めとったし、この超ロングハーフツインはエクステじゃし、目はただのカラコンじゃよ。口調だって、ただ中二病を卒業できないまま、ここまで来てしもうただけじゃし……。服は男受けの悪さに定評のあるフリフリブラウスじゃし……。童顔巨乳と幽霊だけは事実じゃが……」
気まずげに視線を明後日の方向に逸らし、もじもじと内股をすり合わせるいじらしい玲依さんに、キュンと甘い電気信号が俺の下半身付近を爆走する。破壊力がえぐい。
その恥じらいこそが至高のスパイスであることを、鈍感な彼女は理解しえないのだろう。
ならば、わからせるまで。
「……ふっ、甘いな。玲依さん」
「なにっ⁉」
「確かに、自認なんちゃらだとか、二次元の美少女が現実だとだいぶイタいのは今や周知の事実だ。だが! 俺は羞恥心に喘ぐ玲依さんの花姿を見られた感謝だけで、ありがとうございますって言いながら五発はヌけるぜ? ……今すぐ証明しようか?」
「いらんわ。絶倫か」
言ってから、数秒遅れてくすくすとバイブレーションしはじめる玲依さん。
うん。やっぱ悲し気な顔より、そういう顔の方がかわいいし、玲依さんにはずっと笑っていてほしい。乳も揺れてるし。……支部のGIFかな。
「で、話を戻すけど、俺の目の前には平成のエロゲ産美少女幽霊・玲依さんがいる」
「二十一歳じゃけどな」
「まだ言うか、むしろご褒美だわ。合法ロリなんて見た目と実年齢が離れていればいるほど美味いんだから。俺より年上に生まれてきてくれて、本当にありがとうございます。……で、何の話してたっけ?」
「儂が平成のエロゲ産美少女幽霊じゃというところまでは聞いたな」
「あ、そうそう。その平成のエロゲ産美少女幽霊が、成仏できなくて困ってて、死神っていう存在に追われてて、なおかつ、今まで幽霊なんか見たこともない・霊感なんか微塵もない俺の前にこうやって姿を現してくれている。そんなお誂え向きの状況を、エロゲ好きの俺が見過ごせるとでも⁇」
「……お主、儂のこのひっ迫した状況を、エロゲになぞらえて楽しんでおるのか⁇」
「うぐっ」
そう言われると心臓が痛むが、そのジト目上目遣いは下半身にクる。この場合、俺は胸と股間のどっちを抑えればいいんだろう。
この画角で玲依さんの顔が俺の股間の位置にあったら、完っ璧にアウトだった。いや、もうすでに半勃ちだけれども。
「……まあ、別に良いがな。儂は寛大じゃから許してやる」
「ははっ、ありがたき幸せ」
「それで続きは?」
「続きって言われても、もうあんまないんだけど……。まあとにかく、俺は玲依さんの成仏を手伝いたいの。で、成仏つったらやっぱセックスだろ? だから、俺は玲依さんと除霊セックスして、昇天成仏させたいの!」
「アホか! 企画ものAVの見過ぎじゃわ! あとそれだと、儂がまるで悪霊みたいではないか!」
「ぐえっ」
言うが早いか、再び小石を一個飛ばしてくる玲依さん。
どう考えてもこれは俺が悪いし、霊体である彼女は物理的に俺を殴ったりすることはできないため、致し方なし。甘んじて受け入れよう。
こういった、小競り合いみたいな和やかな時間も、あと何日続けられるかわかんないんだし。
「……ほんとは、居なくなってほしくなんかないんすけどね」
「……ん? すまぬ、耳が遠くて聞こえなんだわ。お主、今なんと?」
「あ~! ほらやっぱ、こーゆーとき、すーぐ突発性難聴になる~~~。ほんと、そーゆーとこまで、エロゲじみなくていいんだけどーーーーー!」
「ご、ごめんつかまつる……?」
「や、いーよ。別に、玲依さんが悪いわけじゃないし……」
「さ、さようか?」
「ん! おっきい声出してごめんね」
悪いことしたかな、と、玲依さんが心配げに俺の顔を覗き込む。
街灯と俺の虚像を映して、うるんだ碧眼がぱちりと瞬く。
これはカラコンらしいから、彼女本来の瞳の色は俺と同じ黒なんだろうけど、彼女ならきっと、何色でもかわいく見えるんだろうなと、確信している。
「……? 優?」
白桃色の頬に手を伸ばしかけたところで、そう言えば触れられないんだったと思い出して、だらりと腕を下ろした。
玲依さんは目の前にいるのに、とてつもない距離を感じて、少し胸の奥が痛くなる。
「んーん、なんでもない。――大好きだよ、玲依さん」
「!」
なんでもないように微笑んでそう告げれば、「……あまり儂を揶揄うでない」と、耳の先端を赤くして目を逸らす玲依さん。
冗談だと、揶揄っているのだと思って、本気にしていないんだろう。
違うのに。本当に、好きなのに。
「自業自得だけど、届かないって悲しいなぁ……」
「?」
相変わらず、平成エロゲナイズドされている彼女には、囁き声というものが届かないらしい。
まあここは現実なので、耳が悪いとかって科学的な理由の裏付けがあるんだろうけど。
でもまあ、言葉が耳に届いたとしても、こんな俺の告白を、彼女は本気で受け取ってはくれないだろう。
「好きだよ」
縋るように、祈るように、もう一度呟く。
どうか気づいて・気づかないでと、相反する思いを抱えたまま、心の声をぽつりと零す。
「好き」
小鳥みたいなキスをしたい。細い首筋に舌を這わせたい。それよりも、ぎゅっと抱きしめてほしい。触れられないのに、どうしたって求めたくなってしまう。
いつか、メイクもカラコンも服も全部取っ払ったありのままの彼女を見てみたいと、本気でそう思うのだ。
「……充分、伝わっとるから。そんなに何度も口にせんでよい、ぞ」
気恥ずかしさに頬を紅潮させているのに。
耳の先端まで赤くなっているのに。
うるんだ瞳で、けれど真正面から俺を見つめて、伝えてくれる。
「かわいいね、玲依さん」
そんな、俺には到底持ちえない真っすぐさに、二週間前のあの日から、俺は心底惚れ抜いているのだ。
◆
――てなわけで、強制的過去回想に入らせていただこう。
まあ、そんなに長くはないので気軽に聞いていってほしい。
二週間前のある日の晩、メンタルがえげつない沈降化現象を引き起こしていた俺は、半ばぼんやりとした心地で「あ、死の」と急に思い立って、大和川に身投げするために外に出た。
数週間もの間引きこもっていたのに、我ながらすさまじい行動力だったと思う。
死にたかった理由は、自分でもまだよくわかっていない。
人間関係とか、漠然とした将来への不安とか、仲の良かったダチが死んだことだとか。そういうのが色々重なって、ダメになったんだろうとは思うけど、どれが決定打だったのかはわからない。
でも自殺を決意したきっかけはよく覚えている。
時計の秒針をぼーっと眺めていたときに、洗面所の蛇口が出しっぱになっていることに気づいたのだ。それだけだった。
ジャージャー流れる水の音がやけに耳について、閉め忘れたんだな、と当たり前のことを思って、いつから出しっぱになってたんだろうなって考えようとして、気づけば外に出ていた。
たぶん、家の鍵も閉め忘れていたと思う。スマホも財布もなにも持っていなかったし。
とにかくもう死のうと思って、歩道橋を普段よりずっと重い足取りで上がって、欄干を跨いで越えたところで。
「やめよ! 早まるな!」
と。必死な顔で駆け寄ってきた半透明の美少女幽霊に、ポルターガイスト全開で引き止められ、ゆさりと揺れる巨大なたわわを目の当たりにした。
瞬間、俺の脳髄と股間に電撃が走った。
思い出したのだ。
メンタル限界生活の中でも、全然性欲だけは衰えていなかったことを。
「あー死にて~。俺ってゴミ~」と思いながら日に五、六回はヌいていたし、なんなら疲労感が天元突破してるおかげで最近は普段より濃かったことを。
正常時に幽霊なんて見ようもんなら、パニックホラー俳優も仰天のオーバーリアクションで逃げ出していただろうが、その時の俺は「へ~、幽霊っていたんだ~。それよりこの子かわいいな。Hカップかな」しか考えていなかった。
脳みそが下半身の眷属になっていたんだと思う。
結果、見事、俺の性欲は希死観念にすら勝利してしまった。
えっちな年上のお姉さんに食われて腹上死したらしいダチのことだって、一瞬で頭の片隅からすっぽ抜けた。
まあ、今度あいつの墓にはうなじが綺麗な人妻NTRもののAVを差し入れてやろうと思う。
ともかく。
そんな経緯で玲依さんに命を救われた俺は、毎夜この橋に通うようになった。
ご覧の通り、決して下半身の暴走ではなく、ちゃんとした乙女チックな恋だったということだけご留意いただきたい。
で、玲依さんの元へ通うさなか。
「将来のことが不安で~」
と、玲依さんに相談すれば。
「そりゃお主は今この時分にやるべきことを為しておらんからじゃろう。ちゃんとやっとる人間は不安を感じる暇すらなかろうて」
と、辛辣な正論を返され。
「玲依さんに一目惚れしました。抱かせてください」
と、直球で勝負すれば。
「やはりお主だけは大和川へ投げ捨ててやろうか」
と、ちょっくら念動力で高い高いされ。
そうやって俺と玲依さんは短い時間の中で着実に仲を育んでいった。
そして、昨日。
「儂はな、ここで死んだんじゃよ。この橋で。丁度、この間のお主のように、真夜中の大和川へ飛び降りて、死んだ」
橋の欄干にもたれかかって夜空を仰ぎ、内緒の思い出話を語るみたいに、あったかくて懐かしい記憶に浸るように、玲依さんは自分の死因を語りだした。
「死んだのはだいたい、二か月前くらいじゃ。こんな見た目でこんな性格なのでな、上手く周りに馴染めんで、これから先もずっとこうなのかと思ったら……な」
「……」
身に染みて、自分事のように心臓が痛む話だった。
「玲依さんは、死んだこと後悔してる?」
気づけば口に出していた。
言ってから、やらかしたと思って口を押えた。顔から血の気が引いた。
玲依さんは「よいよい」と笑って流してくれた。
「儂は、死んだことをもの凄く後悔しておるよ。今だから言えることじゃが、儂は死にたかったのではなくて、ただ安寧や休息が欲しかったんじゃ。それ以外にも方法はあったろうに、視野が狭くなっていたんじゃろうな。死んだら楽になると、そう信じ込んで身を投げた。……まだ死体も上がっとらんから、家族は儂が死んだことすらも知らんかもしれん」
「……そっか」
「死んでよかったことなど何もないとも言い切れんが、生きていられるならそっちの方が良い」
「……」
納得がいった。だから、玲依さんは俺を引き止めてくれたんだろう。
本当に、この人は素直で真っすぐで、悲しくなるほど――生きていてほしかったと心から思うほど、優しすぎる。
快活に笑って「ま、念動力は至極使い勝手が良いがの」と零す玲依さんに、俺はなんて返したらいいのかわからずに押し黙った。
「じゃが、儂を消滅させようとたまに死神が襲いかかってきおるし、やはり死んでからのデメリットの方が多いかもしれん」
「え、なにそれ? 死神⁇ 襲ってくる⁇ 初耳なんだけど⁇」
「あれま、言ってなんだか」
「聞いてなんですよ⁉」
「あはは、日本語が変じゃぞ」
唐突に爆弾情報を落とした玲依さんに、目を白黒させて絶叫する俺。
その後詳しく話を聞いていくにつれ、「だいぶヤバい状況じゃん! なんでもっと早く言わないかなあ!」とちょっとおこになったことは言うまでもない。
もちろん、ぷるぷると小刻みに身を震わせて「す、すまぬ……」と涙目で許しを請う玲依さんは大変かわいかった。勃った。
「じゃあ、今日はいったん帰るけど、どうやったら成仏できるのかとか調べてくるから! ほんと! 覚悟しといてくださいよ‼」
と、ザコ敵の捨て台詞みたいな文言と共に、前かがみで退散したのがまじで今朝方のこと。
それから一睡もせず真剣にどうやったら成仏できるのかを調べて、調べて、調べた結果、除霊SEX系AVに行きついて、性欲の素晴らしさを説きながら玲依さんに迫ったのがさっきのこと。
つまり、回想終了である。
◆
所帰って、現在。
「で、本日もそろそろ夜が明けるわけじゃが……、ほら優よ、そろそろ帰らんか」
「やだ。……もうちょい玲依さんと一緒に居たい」
「本当に、お主は……、ほんとうに、もう」
白み始めた空の下、俺は仔犬の甘え啼きみたいな声でごねていて、玲依さんは仕方ないなって顔で俺をあやしていた。実質、赤ちゃんプレイである。
「いや、ここに留まっても仕様がないじゃろう。どうせ、お主もうすぐ儂のことが見えんくなるんじゃし」
「……」
玲依さんお得意の正論が炸裂し、俺はしゅん……と勢いをなくした。
そう。
俺が玲依さんのことを認識できるのは夜の間だけで、朝になるとまるっきり見えなくなってしまうのだ。
その証拠に段々と、今もなお玲依さんの身体が薄くなり続けている。
確かに、今ここに残ったところで、俺にできることなんて微塵もないだろう。
玲依さんは世にも珍しい除霊セックス反対派みたいだし、他の成仏手段を考えるためにもそろそろ一度帰宅した方がいい。
そんなことはわかっている。
だが俺はまだ、玲依さんを――揺れるその巨大な乳を眺めていたいのだ。
「……でも本気で成仏を目指すならアプローチを変えて、玲依さんの未練をあたるとかした方がいいかもな。なら今日は生前の玲依さんを苦しめた連中を一掃するとか……」
「ゆ、優? いくらなんでも、儂のためにそこまでせんで良いからな⁉」
「あ、ミスった! 心の声と逆だった!」
ここにきて優くん痛恨のミス! ……だめだ、本当に頭が働いていない。眠気と頭痛がえぐすぎる。
さすがに作業効率を上げるためにも一旦仮眠を取りに帰った方がいいだろう。まだ玲依さんと一緒に居たかったけど。
「ふわぁ~……、んー……、じゃあ名残惜しいけど、俺はそろそろおいとまします。じゃ、また今晩。今度こそいい報告ができるように頑張るから期待してて」
「うむ。言いたいことは色々あるが……、取り敢えず、くれぐれも警察に捕まったり、身体を壊したりするようなことはするでないぞ。……お主が会いに来てくれんようになれば、儂とてほんの少しは、寂しいからの」
「うわ、わ……、貴重なデレをありがとうございます! 下半身ともども、めちゃくちゃ元気になりました‼ 感謝の気持ちを込めて、今すぐ何発かヌきましょうか⁉」
「寝言は永眠して申すな、たわけが」
調子を取り戻した俺に、しっしっと手を振る玲依さん。
俺の心配までしてくれるなんて天使過ぎる。いや、幽霊だけど。
しかめっ面すらかわいい彼女に満面の笑みでバイバイすれば、小さく手を振り返してくれた。だめだ、離れがたすぎる……。
だがいつまでも留まるわけにもいかないので、挙動が愛らしすぎる玲依さんに最高に気持ち悪い笑みをお返しし、いい加減帰路につこうと来た道を振り返ろうとした――瞬間。
「え、は?」
眼前に広がる光景に、絶句して凍りついた。
車の行きかう高速道路を挟んだ、その向こう側。
ゆらゆらと風に棚引くボロ布と、昇り始めた陽光を受けてきらめく大鎌。
そして、ボロ布の下から覗くしゃれこうべ。
――それが、十数体分。
「ん?」
目をこする。だが、道路の向こう側に広がる光景は変わらない。どうやら眠すぎて多重で見えているわけではないらしい。
と、いうことはつまり、ええと、どういうことだろう。
「えー……、玲依さんの魂を狩るために、〝死神〟さんたちが総出でお出ましになったと。……いや、多くね⁉」
俺の渾身のツッコミを受け、死神一同は一斉にカタカタと歯を打ち鳴らし始めた。威嚇か爆笑かはわからないが、十数体分の大合唱である。クソうるせえ。
「……まさか、こんな大群で来おるとは。儂も買い被られすぎたものよの」
対岸を睨み据え、毅然と笑ってみせる玲依さんはさすがの貫禄である。俺はチビりそうになっているというのに、この差はなんなんだろう。
だが。
「……さすがの儂も年貢の納め時かもしれんな」
彼女の透けた白魚の手が小刻みに震えているのを、俺の目は確かに捉えた。
だから。
「玲依さん、逃げよう! ん? あ、すり抜け……ってそうだ、手繋げないんだった~~~‼ 俺、かっこわる……って、今それどころじゃねーわ! こっち! ついてきて‼」
「お、おお……?」
「いいから走れ!」
「あ、相分かった!」
俺は玲依さんの手を引こうとして失敗した不格好さそのままに、駆けだした。
「はあ、はあ……、っく、は、……徹夜明けの、全力疾走きっつ……」
走る。
いつまで逃げればいいんだろうとか、どこまでだとか。
そろそろ普段なら玲依さんが見えなくなる時間だとか。
めっちゃ胸揺れてるな。超かわいいとか。
脳みそをフル回転させ、必要なことも余計なことも全部考えながら、ただひたすらに橋を駆け下り、階段を駆け下り、土手を爆走する。
「ふっ、は、……」
振り返る。
すぐ後ろには小走りで着いてくる玲依さん。
そのさらに後方に、十数体の死神ども。
幸いなことに、奴らは浮いてるくせにさほど速度は出せないようだった。
これなら振り切れそうだ。
「――あ」
そう思ったのに。
「優! 止まれ!」
グサッと、俺の眼前に、大鎌が一本、突き刺さった。
驚愕。瞠目。まばたき。急停止。
その零コンマ数秒の隙をつき、瞬間移動じみた速度で前に回り込む一体の死神。
いや、本当に瞬間移動だったかもしれない。
奴は鎌を持っていなかった。
大地に刺さった大鎌が引き抜かれる。振り上げられる。
刹那、俺の脳裏を掠める〝死〟の一文字。
「――っ」
避けられるか? いや、無理だ。第一後ろには玲依さんがいる。
死? 死ぬのか? せっかく玲依さんに救ってもらった命なのに?
考えろ。手はあるはずだ。考えろ。ここで俺が死んだら、玲依さんはどうなる? そんなのだめだ。なんとかしなければ。なんとか……ああでも。
これ、マジで無理なヤツだ。
「優!」
玲依さんの悲痛な叫びが鼓膜をつんざく。
どうせなら、最期に見る光景は玲依さんがいいと思って、視線を送る。
そこには涙目で、必死に俺の身体に縋る玲依さんがいた。まるで初めて出会った日の、俺が一目惚れした日の再現みたいだ。
斬撃に巻き込まれるかもしれないから離れていてほしいのに、彼女を遠ざけるすべすら俺にはない。
でもまあ、触れられないとはいえ、平成のエロゲ産・銀髪碧眼合法のじゃロリ巨乳に抱きつかれるなんていう状況は男としての本懐であるわけで。
こんなときでも勃つもんは勃つんだなあ、と感慨に耽りながら来たる衝撃に備え、俺は静かに瞼を閉じた。
が、しかし。
「ん?」
一向に衝撃は訪れなかった。
どういうことだと訝しみながら、恐る恐る瞼を開く。
「え、うわっ!」
驚いて間抜けな声をあげ、思わず後ずさった。
そりゃ驚きもするだろう。なにせ、大鎌の切っ先が目と鼻の先にあったし、十数体の死神が円陣でも組むように俺たちを取り囲んでいたのだから。
だが、それだけ接近していてなお、奴らは攻撃を仕掛けてこない――いや、攻撃を仕掛けられないようだった。
まるで俺と死神たちの間に反重力でも発生しているみたいだ。
死神たちがどれだけ力を込めても、どれだけ近づこうとあがいても、見えない壁に阻まれて到達出来ないでいる。
「えっ、玲依さん、玲依さん、これどういうこと⁇」
「わ、儂にもわからん……、一先ず、助かったのか?」
ぱっと隣の玲依さんに問いかければ、彼女はぶるぶると激しく首を横に振った。当然、たわわもぶるんぶるんと左右に揺れている。
……やっぱ、支部のGIF画像みたいだな。ああ、どうしよう。どんどん愚息が直立していく……。
「お? おお? 見よ、優! さらに死神どもが遠のいてゆくぞ!」
「……ッ、ス~……、……あね、そーゆーことね。オーケー。完っ全に、理解した……」
「?」
ピンとこない様子で小首を傾げる玲依さん。とてもかわいい。
が、それどころではない。おっかない死神どもを遠ざける方法が判明したのだ。
もうわかっただろう。それはつまり……。
「玲依さん。落ち着いて聞いてほしいんだけど」
「なんじゃ?」
「死神をね、遠ざける方法がわかったんですよ……」
「なんと! して、その方法とは何ぞ」
「それがさ、今、俺、おちんちんが勃っ……ちゃってるん、ですよね……」
「はあ? わりといつものことじゃろ。それがどうし――いや、お主まさか……!」
「うん。たぶん、そのまさかっすね……」
「つまりその、あれか。いわゆるその……」
「うん」
「……除霊セックスを、した方がよい感じか」
「っすね~……」
「うっそじゃろ」
ここで今一度、冒頭の俺の性欲に対する大演説を思い出してほしい。
性欲とは、三大欲求の一つ。
食欲や睡眠欲求とは異なり、生存に必要なくとも湧き上がってくる、欲の中の欲。
生きることへの活力そのもの。精気。
それすなわち、生気。
つまり、死をつかさどるものの天敵。
「いやいやいやいや、お、お主何を考えとるんじゃ! 第一、儂らは触れ合うことも出来ぬのだぞ! 不可能じゃ! 儂、幽霊じゃし!」
「ノープロブレム。大丈夫だよ、玲依さん。俺に、良い考えがある」
「なにも大丈夫ではないが⁉」
赤面してイヤイヤと首を振る玲依さんに、人生で言ってみたかったセリフ第十六位を口にし、思案の海に潜る。
確かに、俺と玲依さんは物理的に触れ合うことはできない。人間と幽霊だからだ。
だが、よく考えてみてほしい。
俺たちはなぜ、AVやエロ漫画で興奮する? えっちなASMRで興奮する?
セックスで重要視されるのは、本当に触覚だけか? ――違うだろ。
間接照明に映える、あられもない艶姿。耳朶を擽る嬌声。絡まる舌から伝う唾液の味。柔肌から香り立つ甘い匂い。指の沈み込む双丘の感触。
それら全てを味わい尽くしてこその、セックスだ。
現状、俺の指は玲依さんに届かない。触れられない。
でも、声は届く。まだ、その姿を見ることもできる。
なら、いくらでもやりようはあるはずだ。
「……」
俺たちを取り囲む死神の群れを睥睨する。
奴らに玲依さんのあられもない姿を見せることになると思うと癪だが、今は生きるか死ぬかの瀬戸際。ヤってみるだけの、価値がある。
「――見とけよ、死神ども。俺らのいちゃラブ♡セックスで、大気圏外までぶっ飛ばしてやんよ」
今ここに、聖戦のギャラルホルンが鳴り響いた!
「お、おい、優? なぜにじり寄ってくるんじゃ? 目がキマっておるぞ……?」
「いいから。一旦玲依さんは目、瞑ってて。……俺のこと、信じて?」
「くぅ~……! セックスに縺れ込ませようとするときばかり、可愛らしい顔をしよってからに……! じゃが、それしか手は無いんじゃもんな!」
「うんうん‼」
「仕様がないもんな!」
「しょうがないしょうがない‼」
「もらい事故みたいなもんじゃしな! 儂ら、悪くないよな⁉」
「悪くない悪くない‼ 大丈夫、何があっても全責任をもって俺が娶るから!」
「その言葉に二言はないな?」
「もち‼」
「……ええい、ままよ。この身、この魂、お主の好きなように弄りまわすがいい! ……じゃが、儂はそういった経験は皆無じゃから、や、優しくするんじゃぞ」
「ありがとうございますっ‼」
諦めの境地に達し、顔をしわくちゃにして五体投地した玲依さんに、俺はゆっくりと覆いかぶさった。
こうしてみると、玲依さんは本当に可愛い。短い草の上に流れる綺麗な銀髪も、紅潮した頬も、仰向けになってなお存在を主張している巨大な胸も、俺に全部を委ねて目を閉じていることも。
全部が愛しくてたまらない。喉の奥の方からきゅーっと耐えがたい熱情がせり上がってくる。
通り過ぎ去っていく自転車に絶対変な目で見られただろうことすら気にも留めず、俺は彼女の顔のすぐ横に両肘をついて、縁まで真っ赤になった耳に唇を寄せた。
触れてもいないのに、玲依さんの身体がビクンと跳ねる。
「好きだよ、玲依さん。大好き。――愛してる」
「ひぁっ……!」
吐息を多く孕んだ声で擽るように囁けば、か細くて甘い熱のこもった声が小さく漏れた。華奢な腰が上向きに反って、嬌声を堪えるように玲依さんが指の背を口に咥える。
ずっと言いたかった言葉。真っすぐに届けたかった想い。
普段口にしているそれよりもいっそう執着を滲ませて、縋るように、許しを請うように耳元で零す。
「……玲依さん、ね、声我慢しないで。俺、もっと玲依さんの声聞きたい。おねがい」
「うぅ……、わ、わかった……」
「ん、いいこ」
ちゅ、と軽いリップ音を鳴らせば、玲依さんは「んっ……」と甘い声を出して身を捩った。目を閉じている分、聴覚が過敏になっているんだろう。
太ももを擦り合わせて身体をくねらせる玲依さんに、「好きだよ」「大好き」「愛してる」を繰り返して、馬鹿の一つ覚えみたいに何度も何度も愛を囁く。
「好き」
「んぅ……」
「玲依さん。大好き」
「ええい、わ、かった、から……っ!」
「えへ、かわいい」
耳元で呟いてふっと息を吹きかければ、「ひあぁぁっ♡」と今日一番の甘い声をあげ、玲依さんはガクガクと腰を揺らした。
その時。
「ん? あれ、玲依さんが、あったかい……?」
俺は確かに、玲依さんに温度を感じた。
組み敷いて密着した身体から、仄かな熱がじんわりと伝わってくる。とくんとくんと微かに鼓動の音がする。
いや、それ以前に――。
「俺、玲依さんに触われてる……⁉」
「んぇ……?」
そう。先程までは空気のようにすり抜けていた彼女の身体に、肉感が宿っている。
目をとろんとさせて荒い呼吸を繰り返している玲依さん自身は気づいていないかもしれないが、脇腹を指先でつーっとなぞれば擽ったそうに反応するし、薄い腹の肉も僅かに摘まむことができる。
つまり、玲依さんが実体化してきているのだ。
「!」
死神の様子を確認するべく背後を仰ぎ見れば、大鎌を構えた彼らははるか遠く……とまではいかないが、四、五十メートルは離れていた。
それだけ玲依さんの生気――性欲が強まっているのだろう。
「……ねえ、玲依さん。ひょっとして今、甘イキした?」
「なっ……! し、しとらんっ! 断じて、まだ、イって、にゃんか……っ!」
「んんー……、そっか~」
噓だ。どう見ても噓だ。絶対イった。
だって、目には潤んだ熱がこもってるし、余韻で腰が痙攣してるし、呂律も回ってないし。
ここが二次元なら、今頃は瞳孔がハート型にでも変形しているだろう。そんな場面すら思い描けるほど確実に、イった。
耳への刺激だけで甘イキするなんて、玲依さんはえっち方面の才能がめっちゃあるのかもしれない。とてもかわいい……という周知の事実は置いておいて。
一旦、話を進めよう。
今、玲依さんは甘イキした。反応の感じからして、本イキではなく甘イキなのは確かだ。
で、甘イキしただけで、俺は玲依さんに触れられるようになった。
なら、本イキさせたらどうなるんだ?
……昇天成仏の逆に、生き返ったりするんじゃねーの?
「はは」
我ながら、子供じみて童貞じみた可笑しな妄想だ。
だけど、そうなんじゃないかっていう確信めいた予感が俺の中で渦巻いている。
なにせ、目の前の銀髪碧眼合法のじゃロリ巨乳は、平成のエロゲから飛び出してきたようなとんでも女なのだ。
であれば。
この幽霊が平成のエロゲ産であれば。
――物語の盤面をひっくり返す奇跡は、約束された必然だ。
「玲依さん、好き」
「……わしも、おぬしが好きじゃよ。好き。……大好きじゃ、優」
「そか。……そっか。ありがと、玲依さん。俺も大好き」
「……うゆ」
「ん。じゃあ続けるけど、トばないでね」
「へ……? ぅあ、あ……っ♡」
首筋を強めにじゅっと吸って、ブラウスの中に冷えた指を滑り込ませる。無意識の力がこもって浮き出た首筋を舌先でごりっと舐め上げ、大きさを確かめるように下着越しに胸を揉み、先端を爪の先で引っ搔く。
「やっ……、ぁぅ、っお……♡」
「かわい」
「ひぁ、っ、~~~~~♡」
快感を逃がそうと弱々しく身を捩るが、俺の重みが邪魔をして上手くいかないらしく、「も、むり、やだぁ……っ♡」と目尻に涙を浮かべて両足をバタつかせる玲依さん。
潤んだ瞳に若干の怯えを滲ませて俺を見上げる彼女に、得体の知れない嗜虐性が背筋を駆け上がる。俗にいうキュートアグレッションってやつなんだろう。
よわい。抵抗できないんだ。かわいい。泣いちゃった。かわいい。もっと見たい。好き。……好き。好き。好き。好き!
「んふ……っ!」
考えるより先に、キスをしていた。
片手で手首を押さえつけて顔の角度を変え、狭い口内に無理やり舌をねじ込む。
「んむ、ん、んぅ……っ♡」
舌先を絡ませて嬲り、上顎の歯列の裏をゆっくりと舐めながら、ブラジャーをずらして感度の高いところは避け、その周囲を挑発的に撫でる。早鐘を打つ心臓の音が、直に伝わってくる。俺で、感じてくれている。
「ひゃ、ぁ、う……♡」
「は……」
息が続かなくなって顔をあげれば、唾液の糸がつーっと伝った。けほけほと噎せながら酸素を補給しようと肺を上下させる彼女をえっろ……と思いながら見下ろして、手の甲で己の口を乱雑に拭う。
イったわけでもないのに、脳と視界がチカチカする。度数の高い酒を煽ったみたいに、思考がずっとくらくら揺れて、夢見心地な幸福感が頭の奥の方からじゅわーっと上ってきている。
もっと欲しい。もっと、彼女と繋がっていたい。
セックスがしたい。
「はっ、は……っ」
「れいさん。おれ、もっとちゅーしたい。舌、べーってして。できる?」
「んぅ、えぇ……、?」
「そ。じょーずじょ―ず。そのままね」
「ぇあ……っ♡」
俺の言う通りに突き出された舌を唇で柔くはんで離し、ジュッと吸いつく。
「ぁ、んぇ、ん……♡」
はんで、舐め上げて、吸って、離れて、深くまで舌を入れる。
わざと音が際立つように唾液を絡め、くるくると乳輪をいじる。
玲依さんが俺の下でバタバタともがいている。漏れ出す嬌声がどんどん甘く、高くなっていく。
華奢な腕が俺の背に回される。快楽に耐えるように、掻き抱くように、爪が立てられる。そのわずかな痛みも刺激となって、バチバチとした電流のような快楽物質が脳内に溢れ出す。
「ぁ、ん、ゆう……♡ んむ、ゆう……っ♡」
息継ぎの隙間に俺の名を呼ぶ甘ったるい声が、とろけきった顔が、麻薬のように理性を溶かしていく。
イきそうなんだろう。でもあと少しが足りなくて、イけなくて、でも気持ちいいのが終わんなくて、もどかしくてたまらないんだろう。
かわいい。もっと、乱れる玲依さんを見ていたい。もっと縋って、俺の名前を呼んでほしい。俺を求めてほしい。俺の傍にいてほしい。ずっとこうしていたい。終わらせたくない。
でも、いつかは終わらせなくちゃだから。
もう、イかせてあげなきゃいけないから。
「ぷは……、玲依さん、イきそ? イきたい?」
「ひぅ、い、イきたい! イきたい……っ♡ イかせて……、ゆう」
「あは。ん、いーよ。……好き。大好き。愛してる」
「んうぅ……♡」
「じゃあ――イけ」
「ぁ」
熱を込めた吐息で囁き、ピンと胸の先端を指先ではじいた。
「あ゛~~~~~~~~っ♡♡♡」
俺の背を掻き抱いて、玲依さんが絶頂した。
胸と腰が反って、足先までビクンビクンと痙攣している。赤面して荒い息を吐きながら、「お゛、うぁ」と嗚咽を漏らして快楽の余韻に浸っている。
そんな玲依さんを見て俺は、ちゅ、と軽い口づけを落とした。
ずるずると上体を倒し、巨大な胸に顔をうずめる。疲れ果てて脱力しきっている彼女の身体を力強く抱きしめ、鼓動に耳を傾ける。
本当は今すぐ続きをしたい。最後までシてしまいたい。
でも、それは俺の身勝手な欲望でしかないから、この熱は収めないといけない。
「はぁ……はぁ……」
「好きだよ、玲依さん。……好き」
「ふぅ……、っは……」
ごめん、と言いかけた言葉は飲み込んだ。とくんとくんと、鼓動の音が緩やかになっていく。呼吸も整えられて、穏やかになっていっている。
「……」
目を瞑る。川のせせらぎが、風の声が、高速道路を走る車の排気音が、耳につく。
俺は達していないのに、すごく、心地いい気分だ。
なんだか、あったかくて、眠い。
「ゆう」
まどろみかけていた俺は、玲依さんの声で現実に引き戻された。
でも返事をする気にはならなくて、ぐりぐりと額を谷間に押しつけ、反対側を向く。
「優、死神は、追い払えたか……?」
「あ!」
そうだった。今度こそ完全に精神が現実に帰ってきた。
ガバッと上体を起こし、周囲を見回す。
「あぶな。目的忘れてた」
「……じゃろうな」
「えっと、死神は……、あ」
いた。
大和川の下流。水平線ギリギリに、数個の黒い点が浮かんでいた。
目を凝らしてもそれが何かはわからないが、まああれらが死神の群れであることは間違いないだろう。
点の群れが、陽炎のように揺らめいている。
俺はそれをじっと睨むように眺めた。
数秒か、数分か、いつまでそうしていたかはわからない。
点を見つめて、見つめ続けて、まばたきした瞬間。
ゆらりと大きく揺れ動いて、風に飛ばされるように消失した。
冥土に帰っていったのだろう。ほっと安堵に、長い息を吐く。
「……玲依さん、死神は消えたよ」
「さようか。……ところで優よ」
「なに?」
「肌寒いから服を借りたいんじゃが……」
「あ、気が利かなくてごめん! すぐ上脱ぐから……って、え」
「やっと気づいたか」
「キャーーーーーーーーーー‼」
「おお、生娘のような悲鳴じゃな」
服を脱いで渡そうとして玲依さんを見下ろしたところで、俺は絶叫した。
それはもう女子高生もびっくりの黄色い悲鳴が俺の喉から吐き出された。
なぜなら、そこには全裸の玲依さんがいたからだ。
もう一度言おう。全裸の平成のエロゲ産・銀髪合法のじゃロリ巨乳がいたからだ。
「――こんなの、こんなのエロゲじゃん‼」
両手で目を覆って指の隙間から玲依さんの裸体を観察しつつ、もう一度叫んだ。
ありがとう世界。
なにせ、ただの全裸ではないのだ。
二次元から来たとしか思えない超ロングハーフツインは、エクステがなくなって肩より少し長いくらいになっていたし。
めっちゃ似合っていた青カラコンはなくなっていて、これまためっちゃ可愛い、きゅるっきゅるの黒目になっていたし。
肌とか美白過ぎてもはや発光して見えるけどもう透き通っていないし、乳首とかも桜みたいな薄ピンクだしで。
成人男性が乙女みたいな絶叫をしてしまうのも仕方がない状況だったのである。
あとやっぱりおっぱいでかい。
「き、奇跡だ……! でも、いつから?」
「イった直後から。なぜか肉体が完全復活したようじゃ」
「えっちすぎる……」
「いや、さっきまで意気揚々とまさぐっとったじゃろうが。前から思っとったが、お主急に童貞ムーブかます癖があるよな」
「は? どどどどど、童貞ちゃうわ‼」
「……知っとるわ。で、服」
「あっはいすみません」
ジト目で催促され、俺は光の速さで着ていた薄手のパーカーを脱ぎ捨て、土下座で献上した。
玲依さんが俺の服をずぼっと被るのを盗み見ては、こてこてと自分の指をいじって目を逸らす。
ああ、おっぱいが布に覆われていく……、でもこれ、彼シャツってやつじゃん……、いや彼ぴでもねーし、シャツでもねーけど……。
「……お主、さっきから心の声全部漏れ出とるぞ」
「ア、大変申し訳ございません‼」
「それとあんまりジロジロ見るでない。今は限りなく素の状態じゃし、そう良いものでもなかろうに……」
「はっ、恐れながら申し上げさせていただきますが、玲依さんはいつもかわいいし、もちろん今のその状態もむちゃくちゃ可愛いし、どう頑張っても見ちゃいますのでどうかお許しください!」
「……さようか。許す」
「ありがたき幸せっ!」
「じゃが、あともう一つ」
「?」
そこまで口にして、玲依さんは押し黙った。
最初の体勢のまま土下座をしていた俺は頭にはてなマークを大量に思い浮かべ、顔を上げる。
そして。
「え」
目に大粒の涙をためて、プルプルと震えている玲依さんが目に入って硬直した。
「え、な、どどどどど、どしたん? 話聞こか……⁇」
「……だまれヤリチン」
「ヤリ……、え、ほんとにどうしたの……、あ、まさかほんとに俺とするのが嫌だったとか……」
「違うわ! ……だってお主、彼ぴじゃないって言うた」
「へ?」
「責任取るって言ったのに、彼ぴじゃないってゆった!」
「あ、あ~~~~~~ごめんごめんごめんごめんごめん! あれはその、そういう意味じゃなくて!」
「……じゃあ、儂と付き合うてくれるか」
「もちろん。順番が逆になったけど、俺と付き合ってください」
「よし、お主は儂の彼ぴじゃな?」
「はい。わたくし優めは、麗しき玲依さんの彼ぴ一号であります」
「……一号とか言うな。儂の彼氏は未来永劫お主だけじゃ」
「え、好き」
「知っとる。ついでに言うと、お主は伝わっておらんと思っとるようじゃが、今までお主が儂に言ってきた〝好き〟も〝大好き〟も〝愛してる〟も全部、儂はちゃんと受け取っとるからな。……でなければ絆されもせんし、抱かせもせんよ」
「……好き」
「おう。儂も優を好いておるよ」
……まったく本当に、玲依さん――俺の彼女には敵わない。
俺が気にしてることなんてとっくの昔にお見通しで、全部受け止めて包み込んでくれるんだから。
本当に、敵わない。
「ねえ、玲依さん。ぎゅーしていい?」
「うむ。おいで」
玲依さんが広げた腕の中に、身を滑り込ませる。
体重をかけて寄りかかり、存在を確かめるように強く抱きしめる。そんな俺の頭を撫でてくれる玲依さんに甘え、瞼を閉じた。
生きている。俺の腕の中に、いてくれる。
これから先も一緒に居ると、言ってくれた。これ以上のことはもうない。
生き返ったとかって、役所にどう届ければいいんだろうとか。玲依さんの周りの人間のことだとか。
考えなければいけないことは山ほどある。
でも今は。
「玲依さん」
「ん」
「……取り敢えず、俺ん家かラブホで続きしない?」
「たわけが」
「あいてっ!」
いつも通り、そこそこ真剣な願望込みで茶化せば、頭に拳骨が飛んできた。
ああそうか、もう石じゃないんだなと思って、自然と笑みがこぼれる。
「なんじゃお主、ニコニコしおって。やはり、ドMなのか……」
「いや、そうだけど、そうじゃないっ!」
ジクジクと痛む頭を押さえて抗議すれば、「すまぬすまぬ、冗談じゃ」と玲依さんがカラカラ笑った。やはり、この人には快活な笑顔がよく似合う。
この人がこれからもずっと笑っていられるように、俺がするんだ。
「好きだよ、玲依さん」
「愛しとるよ、優」
ちゅっ、と小鳥みたいなキスをする。
照れたように微笑む玲依さんの頬に手を伸ばし、もう一度、今度は深く、口づけをする。
彼女が平成のエロゲじみていてよかった。奇跡が起こってよかった。
俺の隣にいてくれてよかった。
「……玲依さん、好き」
「うむ」
「大好き。愛してる。付き合って」
「阿呆めが。もう付き合っとるじゃろ」
「じゃあ結婚して」
「……考えておく」
「っしゃ‼」
「はは、たわけが」
なんて。
こんな風に軽口を叩きながら、俺たちはこれからも生きていくのだろう。
――平成のエロゲ産幽霊はもういない。
いるのは、銀髪合法のじゃロリ巨乳な、人間で、ちょっと変わってるけど普通の女の子で、とんでもなくかわいい、俺の愛しの彼女だ。
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