顔がイイだけのチャラ男なんて、大嫌いです! 〜カタブツ営業職女子が、美貌の新入社員に堕ちるまで〜

冬島六花

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第1章 心を惑わす新入社員

1.5.昼下がり、甘い波紋(2,045字)

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 翌日、正午を少し過ぎた頃。昼休みのオフィスに、人影はまばらだ。

(あと少し、キリのいいところまで終わらせないと、午後のミーティングに間に合わないわ)
 
 沙月はノートパソコンに向かい、黙々と資料作成に没頭していた。辺りに響くのは、キーボードの軽快な打鍵音。画面の白い光が彼女の頬を照らし、ベージュに塗られた爪がキーを叩くたび、一瞬だけ光に反射して控えめにきらめく。薄く汗ばんだ首筋に、白いシャツの襟が張りついていた。

(お昼は……まぁいいわ。階下のコンビニで間に合わせればいいから)

 ギラギラと照りつける太陽が、ガラスに揺れる。乾いた唇に時折カップを当てるが、中のコーヒーはすでに冷え、苦味だけが舌に残った。時計の針は正午を回り、空腹が静かに彼女の意識をかすめる。

「おつかれさまっす、沙月さんっ!」

 軽やかな声が背後から響き、沙月の肩が反射的に跳ねた。

「えっ? なに……絢斗くん?」
 
 振り向くと、絢斗が笑顔で立っている。茶色く柔らかいウェーブのかかった髪が額にかかり、捲り上げたシャツの袖口からは、陽の光を思わせるぬくもりが滲み出ていた。彼の手に提げられた紙袋から、焼きたてのパンの香ばしさがふわりと漂う。

「これ、どうぞ」
「わ……私に?」
 
 その匂いに、沙月の胃がふたたびきゅっと小さく疼いた。

「差し入れっす。腹減ってるかと思って。会社のそばにある、コモレビカフェのサンドイッチです」

 ニッと笑って、茶色の紙袋を彼女のデスクに置く。
 中から顔をのぞかせたのは、人気カフェのサンドイッチと、社内の自販機で扱っているペットボトルのロイヤルミルクティーだ。
 トーストの香ばしさ、レタスの鮮やかな緑、そしてハムの薄いピンクが目を引き、マスタードのほのかな刺激が香り立つ。思わず紙袋に手を伸ばした指先に、ざらりとした感触が伝わる。

「私が時々行くお店じゃない! それに、ロイヤルミルクティーも、よく飲んでいるものだし……」

 言葉尻が、かすかに震えていた。首筋に浮いた汗は冷えて、頬にはじんわりと熱がこもる。絢斗は肩をすくめ、さらりと答えた。

「ですよね! この前、備えつけのコーヒーじゃなくて、たまに自販機のミルクティー買ってるでしょ? 本当はこっち派なんじゃないかと思って」

 その言葉に、沙月の心臓がひときわ大きく脈打った。彼女はミルクティーのボトルを握りしめる。冷たさが掌に沁み込み、彼の気づきが、胸の奥を静かに波立たせる。絢斗の甘いシトラス系の香りが空気に溶け、オフィスの無機質な空気を、まるで春のように柔らかく変えていく。

 沙月は視線を落とし、唇をきゅっと噛んだ。舌に残るコーヒーの苦味が、喉奥で疼いた。
 絢斗が彼女の横にしゃがみ込む。

(えっ? 近い……!)

 蛍光灯の下で茶色い髪が優しく光り、彼の体温がほんの一瞬、彼女の膝に触れた気がした。
 ――息を呑むほど、彼は近くにいる。
 呼吸が、知らず乱れる。

「ちゃんと食べてくださいね。めっちゃ頑張ってたから、しっかり栄養補給してください」

 絢斗の声は軽やかで、ウインクのひとつがいたずらっぽく添えられる。
 
「私のこと、よく見ているのね。……ありがとう、この借りは、必ず返すわ」

 沙月は袋を開け、サンドイッチにそっと手を伸ばした。トーストのぬくもりが指先に伝わり、レタスのシャキッとした歯ごたえとハムの柔らかさが口の中でほどけていく。マスタードの刺激が舌先をピリリと走り、胃の奥がじんわりと温まる。

 袋の奥には、ストラップつきの小さなぬいぐるみが入っていた。リボンつきの小さな袋に入れられ、カフェの店名と「10th Anniversary」の文字が入ったシールが貼られている。どうやら、お店の10周年記念で制作されたマスコットのようだ。こんなキャンペーン期間にお店に並んで買ってきてくれたと知って、気持ちが温かくなる。

(私らしくない、可愛らしいデザイン……でも、そうだ!  これ……メイクポーチの金具につけてみようかしら)

 外からは見えない、けれど鞄を開けた瞬間に見える場所に、このマスコットをつけてみたかった。まるで絢斗と秘密を共有しているみたいで、ドキドキするから。

 ミルクティーのキャップを開けると、甘い香りがふわりと鼻腔に広がり、冷たい液体が喉を通って体内に沁み込んでいく。気づけば、彼女の視線は絢斗に向かっていた。彼の指が紙袋を軽く叩く音が耳に残り、袖口からのぞく腕の筋が、一瞬だけ光を受けて浮かび上がる。沙月の胸の奥で、またしてもチリチリとした感覚が燃え広がった。

(嫌いだ。ああ、大嫌いなはずなのに)
  
 彼の気遣いが、何気ない言葉が、こんなにも胸を騒がせるなんて。  

 オフィスの空調が静かに唸り、昼下がりの陽がガラスに反射してきらめく。彼女はミルクティーを持ったまま、ぼんやりと絢斗が去った廊下を見つめていた。唇に残る甘い余韻が、五感をゆっくりと支配していく。まるでその甘さに、心まで絡めとられてしまいそうに。
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