顔がイイだけのチャラ男なんて、大嫌いです! 〜カタブツ営業職女子が、美貌の新入社員に堕ちるまで〜

冬島六花

文字の大きさ
12 / 34
第2章 親友の言葉、ラブホの夜、そして二人の変化

2.3.湯気に隠した本音★(3,265字)

しおりを挟む
 バスルームのドアが開き、柔らかな音が室内に広がった。

(来た……! 絢斗くんが、本当に、ここに……!)

 思わず胸が跳ねる。湯気に包まれて現れた絢斗は、白いガウンをゆるく羽織り、湯上がりの熱をその身にまとっていた。胸元の合わせが緩く、きめ細かな肌と引きしまった筋肉がちらりとのぞく。タオルドライしただけの茶色い髪が額に張りつき、首筋を一筋の水滴が滑り落ちる。

 普段の飄々とした彼とは違う、危ういまでに色気を帯びたその姿に、沙月の指先が震えた。

「次、沙月さんどうぞ」

 落ち着いた低音。いつもの軽快さを抑えたその響きに、思わず胸の奥がざわつく。

「ええ、ありがとう。私もシャワーを浴びてくるわね」

 返事もままならず、手近なタオルを掴んで立ち上がる。
 慣れないふかふかのカーペットに転びそうになりつつ、絢斗の視線を意識しすぎないようにバスルームへ向かう。
 脱衣場で、汗で肌に張りついたシャツとスカートを脱ぎ、下着とともにカゴへ入れる。

 浴室のドアを開けた瞬間、甘い石鹸の香りと、むせかえるほどの湯気が彼女を包んだ。
 ピンク色のタイルが艶やかに光り、そして――壁の一面が鏡張りだった。映り込んだ自分の姿に、沙月は息を呑む。

(なに……これ)

 無数に反射する自分の肢体。濡れた肌、背に広がる黒髪、ほんのりと上気した頬――羞恥と昂ぶりがないまぜになり、心臓がひときわ高鳴る。  

 指先でタオルをぎゅっと握りしめる。柔らかな布の感触が、不安と期待をないまぜにして彼女を縛る。  
 足を湯船に浸すと、熱が肌を撫で、胸元までゆっくり沈んでいく。小さく波打つ水面に、心拍が映る気がした。  

 絢斗は、今、すぐ外にいる――。あの、白いガウンに包まれた、湯気に濡れた彼が。

 想像するだけで、身体中の感覚が熱を持つ。
 バスルームを満たす湯気が、鏡を曇らせ、彼女自身をぼやかす。けれど心だけは、むしろ冴え冴えと絢斗を思い描いていた。

(嫌いだと思っていたのに。 彼の軽い言葉や仕草を、あんなに鬱陶しく感じていたのに)
   
 ――今は、違う。

 沙月はお湯の中で、薄く開いた唇に指先を寄せ、目を伏せた。
 ピンクのタイルが淡く光る。
 揺れる水面、曇る鏡、湯気に溶ける自分の輪郭。

 絢斗が待つ部屋への扉は、すぐそこにある。
 それを開けたら、今までと同じではいられない気がして。

 沙月の胸は、熱と震えに支配されていた。

(こんな場所で、こんな状況で――どうして、こんなに)

 鏡越しに映った自分の瞳は、潤みを帯び、熱を抱いていた。
 湯気に濡れたピンクのタイルが、柔らかな光を反射してきらめく。

 ドキドキしながら湯船を出てシャワーを浴び、脱衣場へと出る。

 沙月はタオルで全身を拭き、ふわりとガウンを羽織った。湯上がりの肌は桃色に染まり、ガウンの裾からのぞく白い脚が、ほのかな艶を帯びている。

 バスルームを出ると、絢斗はソファに腰掛け、リモコンを手にテレビを眺めていた。深夜のニュース番組。世界中で起きた出来事を、短いハイライト映像で紹介している。
 だが、絢斗の視線は画面にありながら、意識の半分はこちらに向いている気配がする。
 緩くはだけたガウンの裾から、引きしまったふくらはぎがのぞき、そこに残る湯気の気配までもが、沙月の視線を離さなかった。  

「あ、沙月さん! お湯、気持ちよかったですか?」

 振り向いた絢斗が沙月に向けたのは、職場にいるときのような、爽やかな笑顔。 
 けれど――絢斗の問いかけは、何気ないのに、どこか艶やかだった。

「ええ、とっても。鏡張りなのには驚いたけれど、こういうお風呂も、たまにはいいわね」

 沙月は小さく頷きながら、視線を逸らす。  
 頬に宿った熱が消えず、胸の奥でトクン、と重たく音を立てる。
  
「……でしょう。俺も、身体の芯からぽっかぽかになりました」

 少し迷った後、沙月はぎこちない動作で、ベッドの端に腰を下ろす。ひんやりとした冷たさとふかふかとした柔らかさが、同時に背中へ広がった。
   
 ふと訪れた沈黙。テレビはお笑い芸人が視界をする深夜のバラエティ番組に移る。
 テレビから流れる明るい笑い声が、現実感を薄める遠い音に変わる。

 ゆっくりと顔を上げると、絢斗の横顔が目に入った。
 無防備に、けれど静かに。彼はただそこにいて、何もせずに、けれど沙月の存在をたしかに感じているのがわかった。

 胸が、ぎゅっと高鳴る。
 全身が、お湯以上に火照りを増す。

 沙月は一度だけ深呼吸をして、小さな勇気をすくい上げた。

「あの……絢斗くん」

 声に出すと、それだけで身体の奥から震えが伝わる。
 絢斗はリモコンを置き、手を止め、そしてテレビの電源を切った。

 彼が、ゆっくりとこちらを向く。
 世界の音が、ふっと消える。
 聞こえるのは、自分の鼓動だけ。
 そして――。
 二人の視線が交わった瞬間、沙月の胸の奥で、熱い波が一気に広がった。

(きれいな瞳……本当にこの子には、人を惹きつける魅力があるわ)

 絢斗の茶色の瞳がまっすぐ彼女を捉え、濡れた唇から漏れる浅い息が、空気をかすかに震わせる。
 白いガウンの隙間からのぞく逞しい胸筋に、柔らかな照明が淡い陰影を落としていた。額に張りつくタオルドライした髪先。湯上がりの熱に染まった肌。

 沙月の指先がタオルをきゅっと握り、布の感触にすがるように掌を押しつける。
 彼の一挙手一投足に、体温も、心臓のリズムも、乱される。

 やがて絢斗が静かに立ち上がり、ゆっくりと沙月のすぐ隣まで移動し、腰掛けた。

(あ、絢斗くんが、ガウン姿で、私の隣にいる……!?)

 ベッドが音もなく波打ち、鏡張りの壁に映る二人の姿が、さらに現実感を遠ざける。

(へ、変に思われないようにしなきゃ。私は彼のメンターなんだから)

 沙月は震える膝をそっと寄せ、隣に滲む彼の熱を意識する。ガウンの裾がふわりと触れ合い、そこからじんわりと伝わる体温に、息を止めたくなる。
 ベッドの冷たさと、絢斗の肌から立ち上るかすかな熱。正反対の感触に挟まれ、胸の高鳴りは収まらない。 

 絢斗の手がそっと伸び、沙月の太ももに触れた。

(な、何っ? これ、絢斗くんの手よね? 絢斗くんが、私に触れてるの……?)

 温かな掌がガウン越しに滑り込み、素肌へと辿り着く。
 その瞬間、肌がピクリと震えた。指先から駆け上る火照りが、呼吸を浅くしていく。

「沙月さん」

 ハスキー声が耳を撫で、彼の吐息が首筋をふわりと撫でた。
 わずかに香るシトラスが、鼻腔を甘く刺激する。

「絢斗くん、その……」

 沙月の唇がかすかに開き、そこから逃げた吐息が震える。
 鏡に映る二人――火照った頬、湯上がりの肌、指先に震える熱。すべてが、夜の空気に溶けていく。

 絢斗の指がゆっくりと、慎重に、彼女の太ももを撫でる。

「あっ……」

 男らしい節のある指先が、意図をたしかめるように肌をなぞり、そのたびに沙月の身体から、小さな疼きが波紋のように広がった。

 汗ばむ首筋に冷気がひやりと触れ、彼女は思わず身じろぐ。
 バスルームで鏡越しに見た自分の裸――羞恥と興奮の入り混じったその記憶が、また鮮明によみがえってくる。

 こんな場所で、こんなふうに。
 かつては、彼を〝軽い〟と嫌悪したはずなのに――いま、こんなにも。

 絢斗の目が、変わらず彼女だけを捉えている。
 そこにあるのは、戯れではない。たしかな思い。熱。
 ベッドに沈んだ沙月の指先が、無意識に力を込める。冷たい生地が、掌にぬるく絡みつく。
 絢斗の指が太ももに深く馴染むたび、息が漏れ、喉がひりつく。
 唇が乾き、無意識に舌で湿らせる。
 触れ合う体温。湯上がりの肌。緩やかに溶け合う夜の空気。

 夜のネオンが、窓越しにベッドを淡く照らす。
 その光の中で、沙月の胸はガウン越しにかすかに波打ち、絢斗の指先は、彼女の火照った肌に、たしかな熱を刻みつけていた。

 二人の世界には、もう外の音も、時間の流れもなかった。  
 ただ、二人の間に満ちる、静かで熱い――ときめきだけが、すべてだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

契約妻のはずが豹変した夫の激愛に浸されています

結祈みのり
恋愛
両親の不仲の影響で、恋愛や結婚に夢のない春華は、約二年前、実家のしがらみから逃れるために大手企業の御曹司・聡と結婚した。親からの結婚の催促にうんざりしていた彼は、同じく自由を求める春華に契約夫婦になろうと提案してきたのだ。お互いを縛らず、周囲に結婚相手を明らかにしない単なる同居人。そんな関係が続いていたある日、ひょんなことから後輩に告白された春華。それを知っても夫の態度はいつも通り――と思っていたら、なんだか独占欲めいたものに変わっていって……!?

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

エリート御曹司は傷心の彼女に溢れる深愛を甘く刻み込む

松本ユミ
恋愛
旧題:君に捧げる一途な愛~御曹司は傷ついた彼女を守りたい~ 木下志乃は付き合っていた彼氏を妹に奪われた過去があり、恋愛に消極的になっていた。 ある日、志乃と同じ会社で働いている無口で堅物と言われている経理部課長の小笠原政宗と知り合う。 いろんな偶然が重なり、一緒に過ごす機会が増えた志乃と政宗。 次第に政宗のことが気になり始めるけど、元カレの裏切り行為に心に傷を負った志乃はどうしても一歩踏み出せずにいた。 そんな志乃を「誰よりも大切にする」と言って政宗は一途な愛で包み込み、二人の距離は縮まっていく。 だけど、ひょんなことから政宗がとある会社の御曹司だと知った志乃。 政宗本人からそのことを聞かされていない志乃はショックを受けてーーー。

大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

菊池まりな
恋愛
25歳の朱里は、同じ部署の先輩・嵩にずっと片想いをしていた。けれども不器用な朱里は、素直に「好き」と言えず、口から出るのはいつも「大嫌い」。彼女のツンデレな態度に最初は笑って受け流していた嵩も、次第に本気で嫌われていると思い込み、距離を置き始める。 そんな中、後輩の瑠奈が嵩に好意を寄せ、オープンに想いを伝えていく。朱里は心の奥で「私は本当は死ぬほど好きなのに」と叫びながらも、意地とプライドが邪魔をして一歩踏み出せない。 しかし、嵩の転勤が決まり、別れが迫ったとき、朱里はついに「大嫌い」と100回も繰り返した心の裏にある“本音”を告白する決意をする――。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。

翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。 和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。 政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

処理中です...