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第2章 剤と愛に飢えし者たち
第8話 侵入者と略奪者
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「んだよここは... こんな豪奢な建物なんざに住み込んで、随分といい御身分じゃねぇか。」
エデンを離れ、徒歩で数分ほどの地。獣と思しき畜生の骸や、捨てられた魔剤缶がさして珍しいものでもない荒廃した道のりを歩いてきた魔沙斗と神次は、さながら次元の境界を跨いで現れたが如き豪奢な建物を見上げ大いに驚き、その後すぐに腹立たしげに吐き捨てた。
「なぁ、ほんとにここに奴らの言ってた『ソロモンの鍵』の器とやらがいんのか?」
「さぁな。神だなんていうちゃんちゃらおかしいような奴を崇めてるような奴らが言ってたことだぞ?」
魔沙斗は仮面の男たちが必死の形相でその悪辣さを訴えた『ソロモンの鍵』とやらに関する情報を完全に信用していたわけではなかった。
そもそも己の母親を殺害し、孤児院というシェルターの中においてでさえ、あらゆる世の悪意や不条理といったものをこの目で見て、この耳で聞いてきた彼には、それが人であれ情報であれ盲目的に信じ込むことはまずなかった。
かの如き信条を、その人生で持って己の心に刻みつけてきた魔沙斗は最初、当然のこととして己の血液が持つ力のことについて半信半疑であった。
しかしながら、行動と実験によって疑わくも忌まわしい仮説を、事実だと証明してしまった魔沙斗にとって、コンラートが示した不吉な予言は呪いのように脳に苦悩の皺をはっきりと残していた。
クリスマスという狂態と喧騒が入り乱れる聖日に吹き荒ぶ冷たい風。それに吹かれる魔沙斗の頬を、覚悟の熱が桜色に染め上げる。
塵芥のようにその日その日を漂うだけであった彼の人生という大海にある日唐突に与えられた、『ソロモンの鍵』の器の殺害という羅針盤は、ある種の執念、そして紛うことなき行動指針といったものを彼に与えていたのだ。そのためには、いかなる可能性も無碍にするわけにはいかない。
「誰も彼もが剤を飲み、殺るか殺られるかだってんのに、随分と豪華なところでくだらねー研究なんかやってんだなぁ」
独り言ではなく、眼前に聳え立つ趣向を凝らした大聖堂の様な建物に向かってべったりと吐きつけるように、神次がある種の執念を帯びた視線で睨め付ける。誰も彼もが生きるか死ぬかの瀬戸際を己の力だけで生きていくことを強いられ、そのためならばいかなる狂態を晒すことも構わない者たち。
そんな彼らをまるで見下すかのように悠然と拠を構えていたこの建物は、神次にとっては不快なものとして認識された。
「くだらねー研究とはいうが、金にならない研究や、何やら小難しい理屈を捏ね回すのは力と余暇を持て余した者の道楽であり、無駄なことだって考えるのはあまり賛成しかねないな。」
「魔沙斗~ あんまりバカにすんなって。オレはこういうせせこましいことは嫌いだけど、こういう酔狂な野郎に限ってすごいものを発明したり?だとかすんだろ?」
「あぁ。だが...」
「「それが神学ってなれば話は別になるよな」」
魔沙斗と神次がそれぞれ同時に同じことを口に出す。彼らは今、荒涼とした区画に場違いに佇むこの建造物のかつての主たちのライフワークを、容赦もなく断じて見せたのだ。
「にしても、直にはいんのか?なんか罠とかありそうな気もすっけど... それよか別の入り口から侵入とかをしたほうが...」
「いや、正面だ。第一に正面入口からの侵入というのは一見愚かに見えるが一番効率がいい。窓から侵入でもしてみろ。もし試みがバレて攻撃された時に反撃に転ずるのは至難の技だ。そして二番目に... 単純にこの建物を見てると腹の虫がおさまらねぇ。こいつは正面きってぶっ潰す」
「マジかよ!?」
神次の提案が一蹴される。好き嫌いといった己の感情の類を露骨に表出するのを避ける類の人間というものは、往々にして己の趣向を正当化する様な理屈をこね回し、さも論理的であるかのように振る舞う。少なからずその様な毛を持つ捻た人間である魔沙斗を以ってしてこのようなことを言わしめるほどに、この建物は場違いといったものを体現していた。
「てか、アイツら連れてこなくてよかったのか?曲がりなりにもこのクソむかつく建物の前の居住者だったんだろ?アイツらが一番よくここを知ってるとは思うんだけど?」
「連れてくかよ。あんな腰抜け共、連れて行ったところで足手纏いになるだけだ。ここを占拠したやつの肉壁として使ってやってもいいんだが、アイツらに死なれたら俺は別に困らないが、お前は困るんだろう?」
「まぁな... ちょっとオレもあいつらの研究には興味があって。まっ、クソムカつくことには変わりはねぇんだけどな!」
貧民街やスラムのど真ん中にあえて豪邸を建設し、毎晩酒池肉林の宴に明け暮れる様な真似をすれば、苦悩に喘ぎその日その日を生きながらえる人々からの深き憎悪を招くのは当然の帰結であろう。殺戮と不条理が当然の日常として吹き荒れる世界において、さも平和を当然のこととして振る舞い、見なかったこととするようなものは、その存在だけで大いに人々の神経を逆撫でする。貧民が暴虐と革命を開始した時、真っ先に富裕層や貴族の館が襲撃され、略奪されるのと同じように。
「さぁ、入るぞ」
豪奢な趣向や装飾が凝らされた、正面入口の上品な木製の大扉は野蛮性を孕んだ人薙ぎ、そう、魔沙斗の遠慮のない蹴り上げによって無惨にも破壊された。
愚挙を体現したかの様な存在であるこの大聖堂にも似た建造物は、さしたる抵抗も見せずに二人の怒れる侵入者の堂々たる侵入を許した。
「研究する場所ってよりかは、豪邸って感じがするぜ」
不埒にも、館の内部に並べられた上品な調度品の数々を眺めると、その都度翳した神次の手より放たれた紫電がすぐさまそれを灰と焼きついた不快な臭気へと変えていった。
「よし... っと。どれが罠かもわかんねーから、調べたら一応ぶっ壊しとかねーとな」
「ん?おい、待てよ...?」
正面玄関から強行的な突破を果たし、そのまま我がもの顔で闊歩する凱旋将軍のように、遠慮のかけらもなく、それでいながらも熟練の参謀の如き慎重さで廊下の歩みを進めていた魔沙斗は、何らかの異様な気配を感じて気を引き締める。
そこには、神次が破壊した調度品だけでなく、所々に焦げ付いた痕跡や、挽肉にされたような床にへばりつく血肉の数々。
「おい神次!気をつけろ!先客の気配がするぞ!」
廊下を進んだ先にある横の壁に、露悪的なファンンアートのように塗りたくられた黒く変色した血液。それを知覚した魔沙斗はあらかじめ血に濡れることを覚悟していたにも関わらず恐怖で一瞬身を縮ませる。
あれほど暴力が日常とされた生を送っていたにもかかわらず、魔沙斗が怯えたような声を発してしまったのには充分な理由が、壁面には存在していた。
「YHWH...」
その理由は、昏く沈色し、何らかの生物の血液で描かれたと思しき、YHWH という文字がそこには何らかのサインのような意匠を凝らして書かれており、その下には頸より上を永遠の留守とした人間の亡骸が静かに横たわっていたからであった。
「まさかとは思うが、この言葉って...」
上擦った声で口に出したその時、寒天を切り裂くような鋭い轟音が、人のいないはずの館の中を人間離れした速度で急速に接近してくるのを知覚する。
その轟音を知覚してもなお、その羊としての限界を超えられない肉体の枷に囚われ咄嗟の回避行動を起こせなかった魔沙斗にとって、音が専ら自分ではなく神次を狙って駆けていったことは幸いであった。
「うわっ!?あっぶねぇ!?」
器である存在は、その肉体的な能力において遥かに羊を超越する。神次はあらかじめ異変を感知した魔沙斗からの警告を受け取っていただけあり、野生に生きる彪がその身を逸らすかのような華麗な所作でもって音を纏って襲いくる”ソレ”を回避する。
その時、卓越した動体視力を宿した神次はたしかに”ソレ”を視界に捉えた。
自律した原生生物の如く蠕動するグロテスクな触手のような存在。それが振るう、死神の鎌のような容赦のない一薙を。
「おいおい!いきなりなんだテメェは?」
その触手のようなものが飛んできた館の奥の暗闇に向けて、神次がその右手に走る刺青の回路を激しく発光させながら悪態を突く。
それに対して返されたのは、礼儀正しい返事ではなく、確実にその生命を刈り取るべく放たれた職手の第二波による無慈悲なる一撃。
「っ!?ぐわあぁぁっ!?」
「クソッ!?大丈夫か神次!?」
怪異の持つ身体器官にも似た醜悪な触手、それでいて剃刀も同然の鋭利さをその身に孕んだ波状攻撃が浴びせられる。一切の余白を残らないかのような執念を帯びた几帳面な連続攻撃の数々に、器たる神次すらも回避することが敵わなかった。
辛うじて急所たる首筋や腕に対する一閃を避けたものの、その身体の表層を切り裂いた神次が大きく吹き飛ばされ、鮮血が空を舞う。
「おいおい... 人様の土地に勝手に侵入しておいて、なんなんだテメェは?はないんじゃない~?その無礼さ、YHWH並みだね。」
粘っこい、人を煽ったような声が闇より響く。
その刹那、魔沙斗は見た。先ほどまで自分たちがいた館のロビーに高く浮かび上がり、不敵に自虐的な笑みを浮かべる男の姿を。
「なっ!?人が浮いてやがる!?あの野郎が、奴らの言ってた『ソロモンの鍵』の器か!?」
咄嗟に声を発する。それと同時に戦闘態勢へと瞬転した魔沙斗を選別するようにねっとりと見つめた後、口角を意地悪く釣り上げた男が、館の内部に浮かび上がったまま高らかに叫ぶ。
「そうさ!そう!知っているのか!ボクこそが神を殺す者にして、YHWHの処刑人。『ソロモンの鍵』の器たる男、コードネーム・エンペラーだよ!」
そう高らかに名乗りを上げた男は、すぐに吹き飛ばされた神次にジャッジするかのような冷徹な視線を向けると、すぐに興味を失ったように魔沙斗への視線を向け、感極まって心酔するように大袈裟に両手を広げ、叫んだ。
「嗚呼、こういう口上、一度やってみたかったんだよな!カッコよく決まった上に、なんか御誂え向きの生贄動物まで登場したし、ボクはなんてツイてるやつなんだろうなぁ!?」
エデンを離れ、徒歩で数分ほどの地。獣と思しき畜生の骸や、捨てられた魔剤缶がさして珍しいものでもない荒廃した道のりを歩いてきた魔沙斗と神次は、さながら次元の境界を跨いで現れたが如き豪奢な建物を見上げ大いに驚き、その後すぐに腹立たしげに吐き捨てた。
「なぁ、ほんとにここに奴らの言ってた『ソロモンの鍵』の器とやらがいんのか?」
「さぁな。神だなんていうちゃんちゃらおかしいような奴を崇めてるような奴らが言ってたことだぞ?」
魔沙斗は仮面の男たちが必死の形相でその悪辣さを訴えた『ソロモンの鍵』とやらに関する情報を完全に信用していたわけではなかった。
そもそも己の母親を殺害し、孤児院というシェルターの中においてでさえ、あらゆる世の悪意や不条理といったものをこの目で見て、この耳で聞いてきた彼には、それが人であれ情報であれ盲目的に信じ込むことはまずなかった。
かの如き信条を、その人生で持って己の心に刻みつけてきた魔沙斗は最初、当然のこととして己の血液が持つ力のことについて半信半疑であった。
しかしながら、行動と実験によって疑わくも忌まわしい仮説を、事実だと証明してしまった魔沙斗にとって、コンラートが示した不吉な予言は呪いのように脳に苦悩の皺をはっきりと残していた。
クリスマスという狂態と喧騒が入り乱れる聖日に吹き荒ぶ冷たい風。それに吹かれる魔沙斗の頬を、覚悟の熱が桜色に染め上げる。
塵芥のようにその日その日を漂うだけであった彼の人生という大海にある日唐突に与えられた、『ソロモンの鍵』の器の殺害という羅針盤は、ある種の執念、そして紛うことなき行動指針といったものを彼に与えていたのだ。そのためには、いかなる可能性も無碍にするわけにはいかない。
「誰も彼もが剤を飲み、殺るか殺られるかだってんのに、随分と豪華なところでくだらねー研究なんかやってんだなぁ」
独り言ではなく、眼前に聳え立つ趣向を凝らした大聖堂の様な建物に向かってべったりと吐きつけるように、神次がある種の執念を帯びた視線で睨め付ける。誰も彼もが生きるか死ぬかの瀬戸際を己の力だけで生きていくことを強いられ、そのためならばいかなる狂態を晒すことも構わない者たち。
そんな彼らをまるで見下すかのように悠然と拠を構えていたこの建物は、神次にとっては不快なものとして認識された。
「くだらねー研究とはいうが、金にならない研究や、何やら小難しい理屈を捏ね回すのは力と余暇を持て余した者の道楽であり、無駄なことだって考えるのはあまり賛成しかねないな。」
「魔沙斗~ あんまりバカにすんなって。オレはこういうせせこましいことは嫌いだけど、こういう酔狂な野郎に限ってすごいものを発明したり?だとかすんだろ?」
「あぁ。だが...」
「「それが神学ってなれば話は別になるよな」」
魔沙斗と神次がそれぞれ同時に同じことを口に出す。彼らは今、荒涼とした区画に場違いに佇むこの建造物のかつての主たちのライフワークを、容赦もなく断じて見せたのだ。
「にしても、直にはいんのか?なんか罠とかありそうな気もすっけど... それよか別の入り口から侵入とかをしたほうが...」
「いや、正面だ。第一に正面入口からの侵入というのは一見愚かに見えるが一番効率がいい。窓から侵入でもしてみろ。もし試みがバレて攻撃された時に反撃に転ずるのは至難の技だ。そして二番目に... 単純にこの建物を見てると腹の虫がおさまらねぇ。こいつは正面きってぶっ潰す」
「マジかよ!?」
神次の提案が一蹴される。好き嫌いといった己の感情の類を露骨に表出するのを避ける類の人間というものは、往々にして己の趣向を正当化する様な理屈をこね回し、さも論理的であるかのように振る舞う。少なからずその様な毛を持つ捻た人間である魔沙斗を以ってしてこのようなことを言わしめるほどに、この建物は場違いといったものを体現していた。
「てか、アイツら連れてこなくてよかったのか?曲がりなりにもこのクソむかつく建物の前の居住者だったんだろ?アイツらが一番よくここを知ってるとは思うんだけど?」
「連れてくかよ。あんな腰抜け共、連れて行ったところで足手纏いになるだけだ。ここを占拠したやつの肉壁として使ってやってもいいんだが、アイツらに死なれたら俺は別に困らないが、お前は困るんだろう?」
「まぁな... ちょっとオレもあいつらの研究には興味があって。まっ、クソムカつくことには変わりはねぇんだけどな!」
貧民街やスラムのど真ん中にあえて豪邸を建設し、毎晩酒池肉林の宴に明け暮れる様な真似をすれば、苦悩に喘ぎその日その日を生きながらえる人々からの深き憎悪を招くのは当然の帰結であろう。殺戮と不条理が当然の日常として吹き荒れる世界において、さも平和を当然のこととして振る舞い、見なかったこととするようなものは、その存在だけで大いに人々の神経を逆撫でする。貧民が暴虐と革命を開始した時、真っ先に富裕層や貴族の館が襲撃され、略奪されるのと同じように。
「さぁ、入るぞ」
豪奢な趣向や装飾が凝らされた、正面入口の上品な木製の大扉は野蛮性を孕んだ人薙ぎ、そう、魔沙斗の遠慮のない蹴り上げによって無惨にも破壊された。
愚挙を体現したかの様な存在であるこの大聖堂にも似た建造物は、さしたる抵抗も見せずに二人の怒れる侵入者の堂々たる侵入を許した。
「研究する場所ってよりかは、豪邸って感じがするぜ」
不埒にも、館の内部に並べられた上品な調度品の数々を眺めると、その都度翳した神次の手より放たれた紫電がすぐさまそれを灰と焼きついた不快な臭気へと変えていった。
「よし... っと。どれが罠かもわかんねーから、調べたら一応ぶっ壊しとかねーとな」
「ん?おい、待てよ...?」
正面玄関から強行的な突破を果たし、そのまま我がもの顔で闊歩する凱旋将軍のように、遠慮のかけらもなく、それでいながらも熟練の参謀の如き慎重さで廊下の歩みを進めていた魔沙斗は、何らかの異様な気配を感じて気を引き締める。
そこには、神次が破壊した調度品だけでなく、所々に焦げ付いた痕跡や、挽肉にされたような床にへばりつく血肉の数々。
「おい神次!気をつけろ!先客の気配がするぞ!」
廊下を進んだ先にある横の壁に、露悪的なファンンアートのように塗りたくられた黒く変色した血液。それを知覚した魔沙斗はあらかじめ血に濡れることを覚悟していたにも関わらず恐怖で一瞬身を縮ませる。
あれほど暴力が日常とされた生を送っていたにもかかわらず、魔沙斗が怯えたような声を発してしまったのには充分な理由が、壁面には存在していた。
「YHWH...」
その理由は、昏く沈色し、何らかの生物の血液で描かれたと思しき、YHWH という文字がそこには何らかのサインのような意匠を凝らして書かれており、その下には頸より上を永遠の留守とした人間の亡骸が静かに横たわっていたからであった。
「まさかとは思うが、この言葉って...」
上擦った声で口に出したその時、寒天を切り裂くような鋭い轟音が、人のいないはずの館の中を人間離れした速度で急速に接近してくるのを知覚する。
その轟音を知覚してもなお、その羊としての限界を超えられない肉体の枷に囚われ咄嗟の回避行動を起こせなかった魔沙斗にとって、音が専ら自分ではなく神次を狙って駆けていったことは幸いであった。
「うわっ!?あっぶねぇ!?」
器である存在は、その肉体的な能力において遥かに羊を超越する。神次はあらかじめ異変を感知した魔沙斗からの警告を受け取っていただけあり、野生に生きる彪がその身を逸らすかのような華麗な所作でもって音を纏って襲いくる”ソレ”を回避する。
その時、卓越した動体視力を宿した神次はたしかに”ソレ”を視界に捉えた。
自律した原生生物の如く蠕動するグロテスクな触手のような存在。それが振るう、死神の鎌のような容赦のない一薙を。
「おいおい!いきなりなんだテメェは?」
その触手のようなものが飛んできた館の奥の暗闇に向けて、神次がその右手に走る刺青の回路を激しく発光させながら悪態を突く。
それに対して返されたのは、礼儀正しい返事ではなく、確実にその生命を刈り取るべく放たれた職手の第二波による無慈悲なる一撃。
「っ!?ぐわあぁぁっ!?」
「クソッ!?大丈夫か神次!?」
怪異の持つ身体器官にも似た醜悪な触手、それでいて剃刀も同然の鋭利さをその身に孕んだ波状攻撃が浴びせられる。一切の余白を残らないかのような執念を帯びた几帳面な連続攻撃の数々に、器たる神次すらも回避することが敵わなかった。
辛うじて急所たる首筋や腕に対する一閃を避けたものの、その身体の表層を切り裂いた神次が大きく吹き飛ばされ、鮮血が空を舞う。
「おいおい... 人様の土地に勝手に侵入しておいて、なんなんだテメェは?はないんじゃない~?その無礼さ、YHWH並みだね。」
粘っこい、人を煽ったような声が闇より響く。
その刹那、魔沙斗は見た。先ほどまで自分たちがいた館のロビーに高く浮かび上がり、不敵に自虐的な笑みを浮かべる男の姿を。
「なっ!?人が浮いてやがる!?あの野郎が、奴らの言ってた『ソロモンの鍵』の器か!?」
咄嗟に声を発する。それと同時に戦闘態勢へと瞬転した魔沙斗を選別するようにねっとりと見つめた後、口角を意地悪く釣り上げた男が、館の内部に浮かび上がったまま高らかに叫ぶ。
「そうさ!そう!知っているのか!ボクこそが神を殺す者にして、YHWHの処刑人。『ソロモンの鍵』の器たる男、コードネーム・エンペラーだよ!」
そう高らかに名乗りを上げた男は、すぐに吹き飛ばされた神次にジャッジするかのような冷徹な視線を向けると、すぐに興味を失ったように魔沙斗への視線を向け、感極まって心酔するように大袈裟に両手を広げ、叫んだ。
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