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第2章 剤と愛に飢えし者たち
第10話 硝煙、閃光、そして魔剤
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神次とコードネーム・エンペラーと名乗る男二人の器たる超常の存在の決闘は、今や拮抗に陥り、停滞という名の泥沼に嵌まり込んでいた。
「いい加減くたばりやがれっ!」
「くたばれと言われてくたばるやつがどこにいるんだい?そう言われると、ますますこの有益で、興味深い怠慢という白昼夢に溺れていたくなるね!」
「わけわかんねぇこといってんじゃねぇぞ!」
互いが互いに罵倒の五月雨を降らせながら、すでに幾度となく繰り返された衝突が再演される。
館の奥部の闇より、魔沙斗と神次の命を刈り取るべく矢継ぎ早に襲い掛かってきた悍ましい触手の連続攻撃は、エンペラーが謎の幻影を実体化して以降はぴたりと止んだ。
それにより、戦闘の勘と戦場における趨勢の変化に敏い神次は、あの触手が自立した何かの存在ではなく眼前に浮かび上がるこの男が持つ力、おそらくは魔素により駆動する存在であることを確信していた。
以降、エンペラーの背後に蜃気楼のように浮かび上がる、勇猛な獅子の顔面を中心とし、そこからほぼ等間隔で五本の馬の如き筋肉質な健脚が群生している幻影は、ハリケーンの如き回転を以って、魔沙斗を狙い続けて執拗な攻撃を浴びせかけた。
器ではない魔沙斗にとって、その攻撃は軽く擦るのみでも致命傷になりうる。攻撃の余波を喰らった館の壁面と床には、畑の畝のように抉れ、掘り返された傷跡が生々しく刻まれ、その威力を物語っている。
魔沙斗に向けられたその攻撃。暴力性を多分に孕んだ獣の回転刃を、その拳に雷撃を纏わせた神次の、弾丸のような殴打が跳ね除けて以来、戦闘の局面は神次とエンペラーの一騎打ちとなった。
「弱い奴を嬲ったところで、面白さとしては劣るからね。とはいえ、勝てないとわかってて挑んでくるのは面白い!これこそが蟷螂の斧ってか?気に入ったよ。君は後で実験用に後回しだ。ボクにはまだやることがあるからね」
毀誉褒貶入り混じる一言だが、その際にエンペラーが魔沙斗に向けて放った、”弱い”という侮蔑的なフレーズ。
弱き者に価値はなく、羊はただその尊厳を犯され嬲られるのみ。アグレッション後の世界を覆ったこの極限までに無慈悲な救い無きエートスを、魔沙斗も例外なくその骨身に刻み込まれてサバイブしてきた。故にこの”弱い”という宣告は、それだけで全ての人格の否定たり得るものであった。
そうでありながら、魔沙斗にはこの挑発を堪え、冷静に受け流すだけの器量があった。エンペラーが自らを歯牙にも掛けない存在として扱い興味を失ったことをこれ幸いとばかり、手早くピストルに弾丸を再装填すると二人が繰り広げる熾烈な戦火を観察することに徹した。
エンペラーの背後に浮かび上がる幻影の獣。それが跳躍したかと思うと、さながら車輪のように回転を伴って神次に襲いかかり、神次はそれを渾身の力と魔素を込めた拳で殴り返す。細かな動きや挙動の差異こそあれ、この類の攻防が幾度繰り返されただろうか。
しかし、完全に膠着したと思われた戦況も、やがて毒が回るようにじわじわと、エンペラー有利に傾き始めた。
神次が打撃を放つたび、徐々にその拳に纏われた雷撃の光量や音が、消えかかる火種のように弱くなってゆく。確実にその魔素を消耗しているのは明らかであった。
対して、さながらエンペラーの守護霊であるかのように佇む、駒のような獅子から生える足の蹄の先には時折どこからともなく妖しく光る魔剤の缶が出現し、それを受け取ったエンペラーが魔剤を飲み魔素を補給する間に、幻影が神次に攻撃を放つことで、魔剤の供給に際して生じる隙を完全にカバーしていた。絹織物の如く織り込まれた綿密な、それでいて荒れ狂う暴威の弾幕に対し、やがて防戦一方に追い込まれた神次にはなす術がなかった。
エンペラー本人と幻影がそれぞれ独立して動くために、神次には幻影の相手を強いられている間エンペラーに接近することは叶わなかった。
(クソが... 奴は攻撃と回復を交互に行ってるせいで隙が全く生まれねぇ... あの幻影の蹄に生じる魔剤をなんとかしねぇと... かといって不用意な挑発は禁物だし、弾丸の残りもこれだけだ...)
決闘から、徐々に虐殺の第一幕である嬲りへと変わりゆくその戦況を、館に備え付けられた殺戮の舞台にしてはあまりにも場違いなコリント式の優美な柱の背面に身を潜めながら見つめていた魔沙斗は苦虫を噛み潰したような表情を貼り付けていた。
「はぁ... はぁ... おいおい、ワンパターンだなぁ...」
「キミこそ動きが随分と通り一辺倒だね!見た目に反してその戦闘スタイルは常に受動的か!まぁ仕方ないよね。本当はまだまだいろいろボクもできるんだろうけど、まだいまいち要領を掴めていなくてね。」
「はぁ?どういう意味だよそれは?」
「言ったところでどうせわからないでしょ。てかキミ、そろそろ”限界”だろ?そろそろ飽きたし、屠って上げるよ...」
「へっ...!言ってくれやがる!」
「いいねぇ、最後まで健気じゃないと面白くない!面白い!シケないやつには苦しくない殺し方で眠りにつかせてやる。それがボクなりの最大のリスペクトだ!」
疲労が蓄積しているにも関わらず、憎まれ口を叩く神次。そんな様子を一瞥すると、口角を嗜虐と愉悦に釣り上げたエンペラー。
「ソロモン七二柱の一柱にして、誇り高き地獄の大総裁ブエルよ!我は知を求め、血を得たり。真理を求むものに栄光を、愚妹なるものに永劫の責苦を!貴殿の名は讃えられよ!YHWHの名は今こそ穢されよ!」
彼がその右手を館の天蓋に向けて翳し、ヘブライ語の詠唱を口ずさむと同時、獅子の双眸が熾火の如く紅き光を放ち、伸びる五つの蹄の先の悉くに魔剤缶が実体化する。
「おぉ!力がわくよ!『ソロモンの鍵』の力はこれほどまでとはねぇ... さぁ!器としての格の違いってのを、その人生を勉強代に教授してあげるよ!」
五本もの魔剤缶がエンペラーの背後で聖人を照らす光輪の如くゆるやかに回転を始める。
これまでの戦況では一度たりともなかった光景。一撃必殺に相応しいほどの餞別を放つため、大量の魔素が動員される。
それは余興の終幕を告げる死神のアナウンスにして、敵対者を冥界へと送る案内灯。
となるはずであった。
館の内部で震える空気。それを切り裂くかのように炸裂した轟音と共に、一人の男の頬の指呼の間を、その役目を終えた排莢が跳躍する。
柱の陰より、明確な殺意をもって放たれた銃弾が、今まさに魔剤を飲もうとしたエンペラーの手の上部を撃ち抜いたのだ。エンペラーの指が第二関節から全て、爆風で木端のように吹き飛ばされ背面の瓦礫の海原へとダイブする。
神次にとっては救命の弾丸にして、エンペラーにとっては興を削ぎ落とす無粋な一発。
弾丸の主、それはまさしくこの戦場で雌伏に徹していた魔沙斗であった。エンペラーの手に刻まれた創傷。それはすぐさま肉が焼けつくような音と共に、歪なスライムにも似た輪郭を描き再生してゆく。
「はぁ... 無駄だってことを二回言わないとわからないのか?でもその愚直さは愛でる価値があるね... とはいえ痛みは感じるんだよ、チクショウ。その蛮勇の実験の借りは高くつくぞ?」
不快そうに眉を顰め、魔沙斗が放った銃撃の無意味さを嘲るように笑ってみせたエンペラー。それに対し、魔沙斗は腹の中で笑いを浮かべてみせた。乾坤一擲の大勝負に打って出た魔沙斗だったが、神次なら自分の意図に気が付いているだろう。そのことを確信しての、笑いだった。
弾丸の直撃の衝撃により手放され、放擲されたボールのように勢いよく吹き飛ばされた魔剤缶。そう、まさしくこれこそが魔沙斗の狙いだったのだ。すぐに床面に直撃した魔剤缶がひしゃげるような歪な音を立てて、その中身が溢れ出す。
あたりには硝煙と魔剤の甘ったるい香りが入り混じり、独特の芳香が充満していた。
「神次ッッッ!」
腹の底から想いの奔流を込めて叫ぶ魔沙斗。命拾いしたとばかりに安堵の笑みを浮かべ魔沙斗に微笑んだ神次は、すぐさまその意を介したとばかりに幻影が持つ魔剤缶に向けて雷撃を射出する。
「ちっ...!不意打ち!?」
魔沙斗に気を取られていたエンペラーの背後の幻影を、神次の放った雷撃が撃ち抜く。またしても別の蹄の先に握られた魔剤缶が跳ね飛ばされ、鮮血が弾け飛ぶように迸る剤が、地を池へと転じさせてゆく。
「甘いんだよ!死ぬのはテメェだ!」
運命を決する瞬間は一瞬のことであった。反撃の糸口を掴んだ神次はその膂力を一身に込めて跳躍する。残り少ない魔素を惜しみなく両の脚へと迸らせ、超速の砲弾へと転じた神次が、一瞬にして空に浮くエンペラーとの距離を詰める。
忌々しげに体勢を整え、咄嗟に防御の姿勢を取ったエンペラーだったが、その刹那よりも短い時間が明暗を分けた。
元よりその腕力に自信のある神次の、渾身の力を込めた一撃。回避も迎撃することも能わず、致命傷は避けたものの、不完全な体勢のまま床に叩きつけられるエンペラー。それと同時に彼が左の手に持っていた魔剤缶も全て電撃により破壊され、両者の全身を魔剤が濡らす。
床一面を覆い、プスプスと溶鉱炉のような音を立てて泡立つ魔剤の海に叩きつけられるエンペラー。器でこそあれ、肉体的な鍛錬とは無縁とも言えるエンペラーの痩躯は満足な受け身を取ることも出来ぬままその髄を床に直撃させる。
「よくやった神次!」
すかさず魔沙斗が手にしたピストルの引き金を引き、銃声が轟く。
「いてぇっ!やめろォ、クソがァッ!」
エンペラーとって、銃による一撃などその命を奪うにはあまりにも無力。だが、痛みと衝撃に悶える今の彼にとって、それは所詮痛覚を刺激するだけの、蟲が噛み付いた程度のものであるとはいえ鬱陶しいものであるに違いはなく、咄嗟に両の腕で銃弾の次なる追撃を防ぐようにガードの姿勢をとる。
それが彼にとっての命取りとなった。
「いまだ、やれ!!!!」
残り全ての弾を惜しむことなく続け様に撃ち尽くし、エンペラーに集中砲火を浴びせた魔沙斗がピストルを投げ捨てると同時、咆哮をあげる。
まさしく魔沙斗がエンペラーの魔剤を狙って発砲したその理由を、彼はその身を持って味わうこととなった。
「はぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっ!!!!!!!!」
まるで水溜りのように床一面を覆う魔剤。その水面に向けて神次が激しく拳を打ち下ろしたかと思うと、腕を走り抜ける刺青の網が回路のように光り輝き、残り全ての魔素を振り絞った全身全霊の一撃を放つ。
バンッッッッッッッッ!!!!
声も発することを許されず、爆発にも似た衝撃。噎せかえるほどの甘ったるい魔剤の海の中、まるで主であるかのようにその海の中央に位置していたエンペラーは、ねっとりと濃縮された濃密な魔剤の海を走り抜ける電撃に責め上げられ、絶命寸前の魚のように激しく痙攣した。
それと同時に、神を冒涜したかのような禍々しい姿形の獅子の幻影が霧散して消えていった。
「よし、ナイスだ。かなり危険な賭けだったがな...」
言葉も発することもできずに、魔剤を伝う高圧の電撃に悶えるエンペラーとは対照的に、一仕事終えた風に額の汗を拭う魔沙斗は右腕を覆う包帯を解いてゆく。
このまま放置したところで、先ほどのようにこの男は器としての超然の力で復活するに違いない。しかし、彼が器であると判明した以上、己の血を持って、あの存在の心臓に楔を撃ち込み、終わりを告げてやることが可能になる。
「はぁ~~~~~っっっっ!もう限界だ!これでよかったんだよな...?」
十秒ほど後、持てる力の全てを電撃に変えてエンペラーを感電させ続けた神次が、疲労困憊の様子で膝をつき、肩をぜえぜえと震わせている。
「あぁ... 助かった。伝わらなかったらどうしようかと不安もあったが... ともかくよかった。後は俺に任せてくれ。」
魔剤はよく電流を流す。大量の魔剤を伝い、高圧の電流を一身に浴びせ続けられたエンペラーの服は所々が焼け落ちてしまっており、半裸のような状態と化していた。
魔沙斗の包帯の装が完全に解かれ、完治していない傷跡が露出する。そこに爪先を喰い込ませ、血を滲ませる。僅かの時間、痛みに顔を歪めた魔沙斗であったが、すぐにでもこの不気味な男に引導を引き渡すために、忌まわしき血を付着させた指先を男の口から挿入しなければならない。
その生命活動を終了させるには、彼が気絶している今しかない───
そう思い、倒れ伏すエンペラーを上から覗き込んだ魔沙斗の背を衝撃が走り抜けた。
「傷痕が... ない...!?」
繊維が焼き斬られ露出した男の右腕。彼がコンラートのいう『ソロモンの鍵』の器であるならば確実に存在するはずの傷痕。生を受けて間も無くという段階でありながら、その身に『ソロモンの鍵』の魔剤を注入した証拠であるその傷跡が、存在しなかったのだ...
「いい加減くたばりやがれっ!」
「くたばれと言われてくたばるやつがどこにいるんだい?そう言われると、ますますこの有益で、興味深い怠慢という白昼夢に溺れていたくなるね!」
「わけわかんねぇこといってんじゃねぇぞ!」
互いが互いに罵倒の五月雨を降らせながら、すでに幾度となく繰り返された衝突が再演される。
館の奥部の闇より、魔沙斗と神次の命を刈り取るべく矢継ぎ早に襲い掛かってきた悍ましい触手の連続攻撃は、エンペラーが謎の幻影を実体化して以降はぴたりと止んだ。
それにより、戦闘の勘と戦場における趨勢の変化に敏い神次は、あの触手が自立した何かの存在ではなく眼前に浮かび上がるこの男が持つ力、おそらくは魔素により駆動する存在であることを確信していた。
以降、エンペラーの背後に蜃気楼のように浮かび上がる、勇猛な獅子の顔面を中心とし、そこからほぼ等間隔で五本の馬の如き筋肉質な健脚が群生している幻影は、ハリケーンの如き回転を以って、魔沙斗を狙い続けて執拗な攻撃を浴びせかけた。
器ではない魔沙斗にとって、その攻撃は軽く擦るのみでも致命傷になりうる。攻撃の余波を喰らった館の壁面と床には、畑の畝のように抉れ、掘り返された傷跡が生々しく刻まれ、その威力を物語っている。
魔沙斗に向けられたその攻撃。暴力性を多分に孕んだ獣の回転刃を、その拳に雷撃を纏わせた神次の、弾丸のような殴打が跳ね除けて以来、戦闘の局面は神次とエンペラーの一騎打ちとなった。
「弱い奴を嬲ったところで、面白さとしては劣るからね。とはいえ、勝てないとわかってて挑んでくるのは面白い!これこそが蟷螂の斧ってか?気に入ったよ。君は後で実験用に後回しだ。ボクにはまだやることがあるからね」
毀誉褒貶入り混じる一言だが、その際にエンペラーが魔沙斗に向けて放った、”弱い”という侮蔑的なフレーズ。
弱き者に価値はなく、羊はただその尊厳を犯され嬲られるのみ。アグレッション後の世界を覆ったこの極限までに無慈悲な救い無きエートスを、魔沙斗も例外なくその骨身に刻み込まれてサバイブしてきた。故にこの”弱い”という宣告は、それだけで全ての人格の否定たり得るものであった。
そうでありながら、魔沙斗にはこの挑発を堪え、冷静に受け流すだけの器量があった。エンペラーが自らを歯牙にも掛けない存在として扱い興味を失ったことをこれ幸いとばかり、手早くピストルに弾丸を再装填すると二人が繰り広げる熾烈な戦火を観察することに徹した。
エンペラーの背後に浮かび上がる幻影の獣。それが跳躍したかと思うと、さながら車輪のように回転を伴って神次に襲いかかり、神次はそれを渾身の力と魔素を込めた拳で殴り返す。細かな動きや挙動の差異こそあれ、この類の攻防が幾度繰り返されただろうか。
しかし、完全に膠着したと思われた戦況も、やがて毒が回るようにじわじわと、エンペラー有利に傾き始めた。
神次が打撃を放つたび、徐々にその拳に纏われた雷撃の光量や音が、消えかかる火種のように弱くなってゆく。確実にその魔素を消耗しているのは明らかであった。
対して、さながらエンペラーの守護霊であるかのように佇む、駒のような獅子から生える足の蹄の先には時折どこからともなく妖しく光る魔剤の缶が出現し、それを受け取ったエンペラーが魔剤を飲み魔素を補給する間に、幻影が神次に攻撃を放つことで、魔剤の供給に際して生じる隙を完全にカバーしていた。絹織物の如く織り込まれた綿密な、それでいて荒れ狂う暴威の弾幕に対し、やがて防戦一方に追い込まれた神次にはなす術がなかった。
エンペラー本人と幻影がそれぞれ独立して動くために、神次には幻影の相手を強いられている間エンペラーに接近することは叶わなかった。
(クソが... 奴は攻撃と回復を交互に行ってるせいで隙が全く生まれねぇ... あの幻影の蹄に生じる魔剤をなんとかしねぇと... かといって不用意な挑発は禁物だし、弾丸の残りもこれだけだ...)
決闘から、徐々に虐殺の第一幕である嬲りへと変わりゆくその戦況を、館に備え付けられた殺戮の舞台にしてはあまりにも場違いなコリント式の優美な柱の背面に身を潜めながら見つめていた魔沙斗は苦虫を噛み潰したような表情を貼り付けていた。
「はぁ... はぁ... おいおい、ワンパターンだなぁ...」
「キミこそ動きが随分と通り一辺倒だね!見た目に反してその戦闘スタイルは常に受動的か!まぁ仕方ないよね。本当はまだまだいろいろボクもできるんだろうけど、まだいまいち要領を掴めていなくてね。」
「はぁ?どういう意味だよそれは?」
「言ったところでどうせわからないでしょ。てかキミ、そろそろ”限界”だろ?そろそろ飽きたし、屠って上げるよ...」
「へっ...!言ってくれやがる!」
「いいねぇ、最後まで健気じゃないと面白くない!面白い!シケないやつには苦しくない殺し方で眠りにつかせてやる。それがボクなりの最大のリスペクトだ!」
疲労が蓄積しているにも関わらず、憎まれ口を叩く神次。そんな様子を一瞥すると、口角を嗜虐と愉悦に釣り上げたエンペラー。
「ソロモン七二柱の一柱にして、誇り高き地獄の大総裁ブエルよ!我は知を求め、血を得たり。真理を求むものに栄光を、愚妹なるものに永劫の責苦を!貴殿の名は讃えられよ!YHWHの名は今こそ穢されよ!」
彼がその右手を館の天蓋に向けて翳し、ヘブライ語の詠唱を口ずさむと同時、獅子の双眸が熾火の如く紅き光を放ち、伸びる五つの蹄の先の悉くに魔剤缶が実体化する。
「おぉ!力がわくよ!『ソロモンの鍵』の力はこれほどまでとはねぇ... さぁ!器としての格の違いってのを、その人生を勉強代に教授してあげるよ!」
五本もの魔剤缶がエンペラーの背後で聖人を照らす光輪の如くゆるやかに回転を始める。
これまでの戦況では一度たりともなかった光景。一撃必殺に相応しいほどの餞別を放つため、大量の魔素が動員される。
それは余興の終幕を告げる死神のアナウンスにして、敵対者を冥界へと送る案内灯。
となるはずであった。
館の内部で震える空気。それを切り裂くかのように炸裂した轟音と共に、一人の男の頬の指呼の間を、その役目を終えた排莢が跳躍する。
柱の陰より、明確な殺意をもって放たれた銃弾が、今まさに魔剤を飲もうとしたエンペラーの手の上部を撃ち抜いたのだ。エンペラーの指が第二関節から全て、爆風で木端のように吹き飛ばされ背面の瓦礫の海原へとダイブする。
神次にとっては救命の弾丸にして、エンペラーにとっては興を削ぎ落とす無粋な一発。
弾丸の主、それはまさしくこの戦場で雌伏に徹していた魔沙斗であった。エンペラーの手に刻まれた創傷。それはすぐさま肉が焼けつくような音と共に、歪なスライムにも似た輪郭を描き再生してゆく。
「はぁ... 無駄だってことを二回言わないとわからないのか?でもその愚直さは愛でる価値があるね... とはいえ痛みは感じるんだよ、チクショウ。その蛮勇の実験の借りは高くつくぞ?」
不快そうに眉を顰め、魔沙斗が放った銃撃の無意味さを嘲るように笑ってみせたエンペラー。それに対し、魔沙斗は腹の中で笑いを浮かべてみせた。乾坤一擲の大勝負に打って出た魔沙斗だったが、神次なら自分の意図に気が付いているだろう。そのことを確信しての、笑いだった。
弾丸の直撃の衝撃により手放され、放擲されたボールのように勢いよく吹き飛ばされた魔剤缶。そう、まさしくこれこそが魔沙斗の狙いだったのだ。すぐに床面に直撃した魔剤缶がひしゃげるような歪な音を立てて、その中身が溢れ出す。
あたりには硝煙と魔剤の甘ったるい香りが入り混じり、独特の芳香が充満していた。
「神次ッッッ!」
腹の底から想いの奔流を込めて叫ぶ魔沙斗。命拾いしたとばかりに安堵の笑みを浮かべ魔沙斗に微笑んだ神次は、すぐさまその意を介したとばかりに幻影が持つ魔剤缶に向けて雷撃を射出する。
「ちっ...!不意打ち!?」
魔沙斗に気を取られていたエンペラーの背後の幻影を、神次の放った雷撃が撃ち抜く。またしても別の蹄の先に握られた魔剤缶が跳ね飛ばされ、鮮血が弾け飛ぶように迸る剤が、地を池へと転じさせてゆく。
「甘いんだよ!死ぬのはテメェだ!」
運命を決する瞬間は一瞬のことであった。反撃の糸口を掴んだ神次はその膂力を一身に込めて跳躍する。残り少ない魔素を惜しみなく両の脚へと迸らせ、超速の砲弾へと転じた神次が、一瞬にして空に浮くエンペラーとの距離を詰める。
忌々しげに体勢を整え、咄嗟に防御の姿勢を取ったエンペラーだったが、その刹那よりも短い時間が明暗を分けた。
元よりその腕力に自信のある神次の、渾身の力を込めた一撃。回避も迎撃することも能わず、致命傷は避けたものの、不完全な体勢のまま床に叩きつけられるエンペラー。それと同時に彼が左の手に持っていた魔剤缶も全て電撃により破壊され、両者の全身を魔剤が濡らす。
床一面を覆い、プスプスと溶鉱炉のような音を立てて泡立つ魔剤の海に叩きつけられるエンペラー。器でこそあれ、肉体的な鍛錬とは無縁とも言えるエンペラーの痩躯は満足な受け身を取ることも出来ぬままその髄を床に直撃させる。
「よくやった神次!」
すかさず魔沙斗が手にしたピストルの引き金を引き、銃声が轟く。
「いてぇっ!やめろォ、クソがァッ!」
エンペラーとって、銃による一撃などその命を奪うにはあまりにも無力。だが、痛みと衝撃に悶える今の彼にとって、それは所詮痛覚を刺激するだけの、蟲が噛み付いた程度のものであるとはいえ鬱陶しいものであるに違いはなく、咄嗟に両の腕で銃弾の次なる追撃を防ぐようにガードの姿勢をとる。
それが彼にとっての命取りとなった。
「いまだ、やれ!!!!」
残り全ての弾を惜しむことなく続け様に撃ち尽くし、エンペラーに集中砲火を浴びせた魔沙斗がピストルを投げ捨てると同時、咆哮をあげる。
まさしく魔沙斗がエンペラーの魔剤を狙って発砲したその理由を、彼はその身を持って味わうこととなった。
「はぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっ!!!!!!!!」
まるで水溜りのように床一面を覆う魔剤。その水面に向けて神次が激しく拳を打ち下ろしたかと思うと、腕を走り抜ける刺青の網が回路のように光り輝き、残り全ての魔素を振り絞った全身全霊の一撃を放つ。
バンッッッッッッッッ!!!!
声も発することを許されず、爆発にも似た衝撃。噎せかえるほどの甘ったるい魔剤の海の中、まるで主であるかのようにその海の中央に位置していたエンペラーは、ねっとりと濃縮された濃密な魔剤の海を走り抜ける電撃に責め上げられ、絶命寸前の魚のように激しく痙攣した。
それと同時に、神を冒涜したかのような禍々しい姿形の獅子の幻影が霧散して消えていった。
「よし、ナイスだ。かなり危険な賭けだったがな...」
言葉も発することもできずに、魔剤を伝う高圧の電撃に悶えるエンペラーとは対照的に、一仕事終えた風に額の汗を拭う魔沙斗は右腕を覆う包帯を解いてゆく。
このまま放置したところで、先ほどのようにこの男は器としての超然の力で復活するに違いない。しかし、彼が器であると判明した以上、己の血を持って、あの存在の心臓に楔を撃ち込み、終わりを告げてやることが可能になる。
「はぁ~~~~~っっっっ!もう限界だ!これでよかったんだよな...?」
十秒ほど後、持てる力の全てを電撃に変えてエンペラーを感電させ続けた神次が、疲労困憊の様子で膝をつき、肩をぜえぜえと震わせている。
「あぁ... 助かった。伝わらなかったらどうしようかと不安もあったが... ともかくよかった。後は俺に任せてくれ。」
魔剤はよく電流を流す。大量の魔剤を伝い、高圧の電流を一身に浴びせ続けられたエンペラーの服は所々が焼け落ちてしまっており、半裸のような状態と化していた。
魔沙斗の包帯の装が完全に解かれ、完治していない傷跡が露出する。そこに爪先を喰い込ませ、血を滲ませる。僅かの時間、痛みに顔を歪めた魔沙斗であったが、すぐにでもこの不気味な男に引導を引き渡すために、忌まわしき血を付着させた指先を男の口から挿入しなければならない。
その生命活動を終了させるには、彼が気絶している今しかない───
そう思い、倒れ伏すエンペラーを上から覗き込んだ魔沙斗の背を衝撃が走り抜けた。
「傷痕が... ない...!?」
繊維が焼き斬られ露出した男の右腕。彼がコンラートのいう『ソロモンの鍵』の器であるならば確実に存在するはずの傷痕。生を受けて間も無くという段階でありながら、その身に『ソロモンの鍵』の魔剤を注入した証拠であるその傷跡が、存在しなかったのだ...
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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