相棒はかぶと虫

文月 青

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11月 3

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角を触ったりすれば微かに動くので、生きているのは分かるのだけれど、以前はケースを軽く叩いても反応していたのに、今はそんな姿さえも見られない。じっとしているのがやっとというようなかぶと虫を、ただ不安を抱えて眺めることしか俺にはできない。

かぶとが俺の部屋に来なくなってからも、どこかでまた帰ってきてくれるような気がしていた。かぶと虫の様子を伺いにひょっこり現れそうで。でも今度は本当に会わずに終わりになってしまうのだろうか。

「女の子?」

キッチンでお昼ご飯を食べながら、俺は思い切ってかぶとの話題を出してみた。祖母ちゃんの三回忌から夏の間だけ我が家を訪ねてきた、俺と同い年の自分はかぶと虫だと名乗った女の子。

「親類の中に、葉と同じ年頃の娘は何人かいた筈だが」

祖父ちゃんが味噌汁を飲みながらうーんと唸る。今日のメニューは親子丼と大根の味噌汁。祖父ちゃんが育てた玉ねぎの甘みと大根の柔らかさが堪らない。

「名前がかぶと虫というのはさすがに嘘だろ」

寒くないように室内を暖めたキッチンで、今日もみんなの注目を浴びているかぶと虫に目をやりつつ、兄さんが親子丼をかき込む。料理用のお酒を差し入れしてくれたばかりの酒屋のおじさんも、

「ださ、って喋り方も記憶にないなぁ。若い子たちはまじうける~みたいな言葉使ってたから」

女子高生の流行語らしき口真似をしては首を振る。

「本当に身内なのか?」

兄さんの問いに今度は俺が頭を振った。

「分からない。俺は全く覚えがないけど、向こうは祖母ちゃんの葬式のときに俺を見かけたらしい」

かぶとと話した最後の日。暑いお盆の最中。ぐったりとした体で彼女は俺のことを心配していたと言った。冬眠した俺に何もできないまま、二年の時が過ぎてしまったと。

「年齢を訊いたら十八令だって」

「令?」

兄さんはその単位(?)に心当たりがあるのか、一旦箸を覆いてスマートフォンで何かを調べ始めた。祖父ちゃんと酒屋のおじさんが興味津々で脇から覗く中、素早く上下していた指が止まった。

「かぶと虫の幼虫の成長段階を、令数というので表すらしいぞ」

ただ三段階ぐらいまでで、さすがに十八というのは作り話だろうが。と兄さんは続ける。

「かぶと虫と名乗ったのは、強ち適当じゃなかったのかもしれないな」

何故俺の前に現れたの? どういう意図でかぶと虫と名乗ったの? 俺が冬眠を終えるまで本当に待っていてくれるの?

俺は何度も繰り返した疑問を再び脳裏に浮かべながら、テーブルの上の動かないかぶと虫をみつめていた。




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