隣の他人

文月 青

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本編

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別におさんどんが嫌なのではない。苦手なことでもやらなければならないことはやるつもり。ただこの絵面はどうなのよと思うわけ。

「不味い」

食費について揉めた二日後の夜。私と瀬戸はテーブルに向かい合ってご飯を食べていた。仕事が休みでのんびりしていたところ、予想外に早く帰宅した瀬戸からさっさと飯にしろとお叱りが飛び、腑に落ちないまま食事の支度に取りかかったというのにこの一言。昔うちのおばあちゃんがはまっていた青汁のCMか。

そりゃ確かに素晴らしく美味しい物は作っていない。炊飯器が炊いた米と豆腐と揚げの味噌汁、鯖の切り身の塩焼き、買ってきたひじきの煮物、素を使ったきゅうりの浅漬け。殆ど出来上がっている物に少し手を加えただけ。だけどあっさりこき下ろされると面白くない。

「だったら食べるな」

腹が立って瀬戸の魚の皿を奪う。彼は慌ててそれを自分の方に引き寄せた。

「食べないとは言ってない」

「食べてほしいとも言ってない」

焦げかけた鯖を巡ってしばし睨み合った後、私達はどちらともなく笑い出した。

「そういえば昔も同じようなことあったな」

おかわりと茶碗を差し出しながら瀬戸が言う。受け取ってご飯をよそいつつ私も懐かしさに更に笑いが込み上げる。

あれは高校二年生のときのバレンタイン。瀬戸からたまにはチョコレートを寄越せと厳命が下った。彼は昨年も結構な数のチョコを貰っていたから、敢えて私は贈らないと決めていたのだけれど、本人の希望だから仕方がないという建前の元うきうきと準備を始めた。

それがいけなかった。初めてのことに舞い上がって手作りチョコなんぞを用意してしまった私は、瀬戸に群がる女の子達を遠目に、形の崩れた味も微妙なトリュフの箱を背中に隠した。チョコを渡す行為もそうだが、ただの友人のくせに張り切っていた自分が恥ずかしかった。

さすがに処分する気にはなれなかったので、家に帰って自分で食べようと思った。でも瀬戸はそんな私を見逃さなかった。

「チョコは?」

綺麗にラッピングされた色とりどりの袋を大量に抱えているくせに、当然のように催促する瀬戸は、

「変な物ができちゃったから、来年ちゃんと買うっす」

その台詞で手作りだと勘づいたらしく、へらへら笑ってごまかす私から包みを取り上げると、澄ました顔で踏ん反り返った。

「腹を下す覚悟はできているから安心しろ」

「病院代を請求されるのはご免だから返せ」

このときも一旦は険悪なムードになったものの、瀬戸が勝手に包みを開けてチョコを口に放り込んでしまったことによって、お互い笑うしかなくなってしまった。

「あのチョコも不味かったな」

さらっと酷いことを吐いて瀬戸は二杯目のご飯を口に運ぶ。

「だから食べるな。材料費を返せ」

私はあの頃を真似てわざと悪態をついた。ところが瀬戸は急に真面目な表情になり、一旦箸を置いて自室に入っていった。すぐに戻ってきたと思ったらいきなり薄っぺらい物を突き出す。

「忘れてた。とりあえずこれを使え」

目の前に置かれたのは瀬戸名義の通帳とキャッシュカード。平然と食事を再開した瀬戸を私は呆然とみつめた。

「冗談だから。真に受けないでよ」

ぎゅっと唇を噛み締める。疑っていたわけではないけれど、食費を出すといった瀬戸の言葉が本気だったと改めて知らされる。そして私はそんな彼に対して痛い失言をしたのだ。

「不味いと連発する奴に食べてもらうご飯なんか作れない。だからこれは要らないよ」

同居するにあたって決めたのは家賃や光熱費は使用分を折半すること。食費は一緒に食卓につくのは稀だろうから、スマートフォン等個人所有物と同様各自で賄うこと。不具合が出たら都度改善はすることになっているが、少なくとも現段階で瀬戸の通帳を預かる必要性はない。

「不味いけど、食べるのが嫌なわけじゃない」

ぽつりと瀬戸が呟いた。見当違いな話に私は眉を顰める。

「ここに引っ越してきてから誰かと飯食ったの初めてだし、それ以前も家庭的な雰囲気を勝手に持ち込まれるのはうっとおしくて、正直できるだけ避けてた」

深入りしたくない瀬戸らしい考え方。彼はどんな人が相手でもこのスタンスを貫いてきた。体は重ねても心は重ねない。だから振られてしまうのだと本人は自覚しているのだろうか。

「下手に馴染まれても面倒だし」

何故ここで昔の女の愚痴が続くのかと、こっそり嘆息する私に強烈な一撃が炸裂する。

「でもどうでもいい話なんかしながら、斗田とこうやって飯食うの、そんなに悪くない」

テーブルを力いっぱい叩き壊したくなった。どうしてこいつはこのタイミングでそんな台詞を吐くのだろう。期待しないで済むようずっと不味いと文句をつけてくれたらよかったのに。友人としてだと分かっていても勘違いしそうになる私を揶揄っているのか。

瀬戸は呑気にご馳走さんと手を合わせている。体中にじわじわと広がってくる喜びを必死で抑えつつ、私は泣きたい気持ちで瀬戸の通帳と空になった食器を眺めていた。







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