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再会編
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キャッチボールの後は大抵私のアパートでご飯を作って食べる。と言っても二人共最後の焼肉パーティーのときから、料理は全く上達していないので、カレーやシチューの類になることが多い。こんなことならお祖母ちゃん達に習っておけばよかったと、今更ながら思う。
大輔もさほど遠くない場所に部屋を借りて、一人暮らしをしているので、たまにお邪魔するのだが、
「女を一人で帰せるか」
明るい時間帯でも必ず送ってくれるので、二度手間になるよりはと、うちに来てもらっているのだ。
「文緒、皿出せ」
自分が持ち込んだ大きなフライパンで、大量のチャーハンを炒めていた大輔が、ガスコンロの火を止めて催促する。私は指示通り普通の皿と大皿を渡した。
「相変わらず食べるね」
練習後の大輔の食欲は通常の比ではない。私も今でも女としては食事の量は多いけれど、それでも全然敵わない。
「文緒が相手だと食が余計に進むんだよ。他の女の前でこんなにガツガツやってたら、一発で引かれる」
米を一粒残らずお皿に乗せて、苦笑する大輔。
「一緒にご飯を食べる人がいるんだ」
ミニキッチンからチャーハンを部屋に運んで、板張りの床に座る。六畳一間のワンルームと呼ぶには、何の変哲も無い地味な部屋だが、私は結構気に入っている。
「キャプテンはないんだな」
初めて遊びに来たとき、何点かの野球漫画や「フィールド・オブ・ドリームス」のDVDを見つけた大輔が、不思議そうに訊いてきた。
「一応読んだけど、あれは上福元さんに貸してもらうつもりだから、あえて揃えなかった」
そう答えたら嬉しそうに笑った後、ふいに口を尖らせた。
「お前はじい様達には優しいよな」
意味が分からなくて放っておいたら、でかい図体で拗ねてしまったので、昔の大輔が垣間見えてちょっとだけほっとした。
「妬ける?」
頂きますと二人で手を合わせるなり、大輔は大きな口を開けてチャーハンをかき込み始めた。気持ちいい食べっぷりだ。
「そうだね」
私もスプーンを口に運びながら、考えるまでもなく頷く。
「本当に?」
「羨ましい」
動きを止めて期待に満ちた視線を寄越す大輔に、私はこのところ抱えていた心情を吐露した。
「私も大輔の体が欲しい」
かしゃんとスプーンを落とし、大輔がぎょっとしたように私を眺める。
一緒に歩いていても、並んでご飯を作っていても、私と大輔の差は歴然だ。中学生の頃は隣を向けば彼の顔があったのに、今では肩しか見えない。何よりキャッチボールで手加減される対象になってしまったことが悔しい。
もちろん当時お祖父ちゃん達も、私や大輔に合わせてくれていた。でも彼らは遥かにベテランだ。同じ場所に立っていた大輔に、置いていかれるのとは訳が違う。
「そういう意味かよ。驚かすな」
大仰にため息をついて、大輔はのろのろとスプーンを拾った。
「ごめん。昔馴染みに嫉妬なんて、醜いよね」
「だから意味が…」
困ったように大輔は頭を掻く。
「うちの部なんだけどな」
しばらく黙々と食事に励み、全部平らげたところで、大輔が唐突に切り出した。
大輔は現在軟式野球部に在籍している。高校時代は硬式野球に身を捧げ、甲子園を目指して日夜練習に明け暮れていたが、戦績は芳しくなかったということだった。大学では初心に戻って、野球を楽しむつもりで軟式を選んだのだそうだ。
「実は部員は男子限定じゃないんだよ」
「女子も入部できるの?」
「ああ。ただこれまでは別に部があったから、女子の参加記録はなくて、特に募集もかけていなかったんだ」
要するに軟式野球部は男女問わず、幅広く門戸を開いているということらしい。
「女子部の廃部に伴って、大々的に宣伝する話が持ち上がっている」
廃部で行き場を失った、既存の部員だった女子学生からの嘆願もあり、おそらく実現するだろう、と。
「自分で立ち上げるか迷っているようだったから、ギリギリまで伏せておこうと思ってた。ごめん」
ばつが悪そうに謝る大輔に、私は笑って首を振った。
「大輔のせいじゃないじゃん」
「いや、黙っていた理由はもう一つあるんだ」
さっと視線を逸らして続ける。
「文緒を男ばかりの魔窟に入れたくないんだよ」
「魔窟?」
軟式野球部はかなりの曲者の集まりなのだろうか?
「勘違いするなよ? 俺は文緒と野球できる日を、本当に心待ちにしていたんだからな。でもお前に再会したら、あまりにも変わっていなくて」
正直カチンときた。確かに高校時代の三年間、練習環境は良くなかったし、試合の経験もない。私のレベルはほぼ上がっていないだろう。加えて中学から数センチ伸びただけの、ひょろひょろした体型では、男の中では見劣りするに決まっている。
「あんまりだよ、大輔。布団を並べて寝た仲なのに」
頬っぺたを膨らませる私に、そういうところがなぁとぼやいて、大輔はがっくりとうな垂れた。
「せめて同じ釜の飯を食ったの方にしておけ」
大輔もさほど遠くない場所に部屋を借りて、一人暮らしをしているので、たまにお邪魔するのだが、
「女を一人で帰せるか」
明るい時間帯でも必ず送ってくれるので、二度手間になるよりはと、うちに来てもらっているのだ。
「文緒、皿出せ」
自分が持ち込んだ大きなフライパンで、大量のチャーハンを炒めていた大輔が、ガスコンロの火を止めて催促する。私は指示通り普通の皿と大皿を渡した。
「相変わらず食べるね」
練習後の大輔の食欲は通常の比ではない。私も今でも女としては食事の量は多いけれど、それでも全然敵わない。
「文緒が相手だと食が余計に進むんだよ。他の女の前でこんなにガツガツやってたら、一発で引かれる」
米を一粒残らずお皿に乗せて、苦笑する大輔。
「一緒にご飯を食べる人がいるんだ」
ミニキッチンからチャーハンを部屋に運んで、板張りの床に座る。六畳一間のワンルームと呼ぶには、何の変哲も無い地味な部屋だが、私は結構気に入っている。
「キャプテンはないんだな」
初めて遊びに来たとき、何点かの野球漫画や「フィールド・オブ・ドリームス」のDVDを見つけた大輔が、不思議そうに訊いてきた。
「一応読んだけど、あれは上福元さんに貸してもらうつもりだから、あえて揃えなかった」
そう答えたら嬉しそうに笑った後、ふいに口を尖らせた。
「お前はじい様達には優しいよな」
意味が分からなくて放っておいたら、でかい図体で拗ねてしまったので、昔の大輔が垣間見えてちょっとだけほっとした。
「妬ける?」
頂きますと二人で手を合わせるなり、大輔は大きな口を開けてチャーハンをかき込み始めた。気持ちいい食べっぷりだ。
「そうだね」
私もスプーンを口に運びながら、考えるまでもなく頷く。
「本当に?」
「羨ましい」
動きを止めて期待に満ちた視線を寄越す大輔に、私はこのところ抱えていた心情を吐露した。
「私も大輔の体が欲しい」
かしゃんとスプーンを落とし、大輔がぎょっとしたように私を眺める。
一緒に歩いていても、並んでご飯を作っていても、私と大輔の差は歴然だ。中学生の頃は隣を向けば彼の顔があったのに、今では肩しか見えない。何よりキャッチボールで手加減される対象になってしまったことが悔しい。
もちろん当時お祖父ちゃん達も、私や大輔に合わせてくれていた。でも彼らは遥かにベテランだ。同じ場所に立っていた大輔に、置いていかれるのとは訳が違う。
「そういう意味かよ。驚かすな」
大仰にため息をついて、大輔はのろのろとスプーンを拾った。
「ごめん。昔馴染みに嫉妬なんて、醜いよね」
「だから意味が…」
困ったように大輔は頭を掻く。
「うちの部なんだけどな」
しばらく黙々と食事に励み、全部平らげたところで、大輔が唐突に切り出した。
大輔は現在軟式野球部に在籍している。高校時代は硬式野球に身を捧げ、甲子園を目指して日夜練習に明け暮れていたが、戦績は芳しくなかったということだった。大学では初心に戻って、野球を楽しむつもりで軟式を選んだのだそうだ。
「実は部員は男子限定じゃないんだよ」
「女子も入部できるの?」
「ああ。ただこれまでは別に部があったから、女子の参加記録はなくて、特に募集もかけていなかったんだ」
要するに軟式野球部は男女問わず、幅広く門戸を開いているということらしい。
「女子部の廃部に伴って、大々的に宣伝する話が持ち上がっている」
廃部で行き場を失った、既存の部員だった女子学生からの嘆願もあり、おそらく実現するだろう、と。
「自分で立ち上げるか迷っているようだったから、ギリギリまで伏せておこうと思ってた。ごめん」
ばつが悪そうに謝る大輔に、私は笑って首を振った。
「大輔のせいじゃないじゃん」
「いや、黙っていた理由はもう一つあるんだ」
さっと視線を逸らして続ける。
「文緒を男ばかりの魔窟に入れたくないんだよ」
「魔窟?」
軟式野球部はかなりの曲者の集まりなのだろうか?
「勘違いするなよ? 俺は文緒と野球できる日を、本当に心待ちにしていたんだからな。でもお前に再会したら、あまりにも変わっていなくて」
正直カチンときた。確かに高校時代の三年間、練習環境は良くなかったし、試合の経験もない。私のレベルはほぼ上がっていないだろう。加えて中学から数センチ伸びただけの、ひょろひょろした体型では、男の中では見劣りするに決まっている。
「あんまりだよ、大輔。布団を並べて寝た仲なのに」
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