とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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再会編

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翌日の午後。学食で昼食を済ませて、中庭でのんびり日光浴をしていると、偶然軟式野球部の水野さんが姿を現した。目的は同じなのか眠そうな目をしている。とりあえず会釈をしたら、水野さんも「どうも」と低く呟いて、何故か勝手に隣に腰を下ろした。

「何をしている?」

興味なさそうに問う。社交辞令のつもりだろうか。嫌々話しかけられるのは逆にうざい。今日は中庭に訪れる人も少なく、せっかく静かな中で柔らかな光を独占していたのに。

「休憩です。用が無いなら無理に口を開かなくていいですよ」

眠いんでしょ? と言外に含ませると、伝わったのか水野さんは意外そうに目を見開いた。この人は特に愛想が悪いわけではないが、やたらと笑顔を振り撒くタイプでもないらしい。目や口など部分的なパーツで気分を表している。

「ご機嫌を取らなくてもいいということか」

「取る意味が分かりません」

おそらく私の周囲には難解な人種はいないのだ。司も真琴も大輔も果てはお祖父ちゃん達まで、自分の気持ちに正直な人ばかり。おかげで私は相手の思いを察することには長けていない。遠回しな物言い程面倒臭いものはない。

「気遣いが足りないと怒られたことがあってな」

「誰に?」

「前につきあっていた女」

それを聞いて先日の司とのやり取りが脳裏に蘇った。新入生の勧誘期間が終わる間際、自分とつきあってくれるなら同好会に入会してやると、司に迫った馬鹿女がいたというのだ。しかもその子は小学生時代、司目当てに少年野球チームに出入りしていたベタベタ女。

「あの運動音痴の女を気に入ってるんでしょ? 私とつきあわないとあの人が泣くわよ?」

しかも司が自覚していない真琴への恋心を盾に、こんな脅迫をしてきたというのだから頂けない。腹が立ったので一旦つきあって、同好会の存続決定後に別れちゃえばいいと口走ったら、司からお前は鬼畜だと笑われた。そういう司だってベタベタ女に、性格悪いと言って振ったのだから同じ穴のむじなだ。

「相手の足元を見て交際を迫るような女なんか、労わる余地なし」

司にかけた言葉をうっかり洩らしたら、水野さんはぱちぱちぱちとゆっくり瞬きを繰り返した。

「桂は気持ちがいい程男だな」

「なれるものならなりたいですよ、男に」

女が劣っているとか男が偉いとか、偏った考えは微塵も持っていない。ただ恵まれた体が羨ましいのだ。昨日私が打ち負かしたピッチャーとて、本気で対峙していたら手も足も出なかったかもしれないし、おそらくきつい練習や長時間の試合では私が真っ先にばてる。

ちなみにピッチャーからはあの後素直に謝られた。冗談のつもりだったのに、私があっさりバッターボックスに入ったため、引っ込みがつかなくなったのだそうだ。悪いことをしてしまった。

「小沢のじいさん並みの単細胞め」

大輔にもこってり絞られた。もっとも口ではなく行動で示せるところが、文緒の凄いところだとフォローも忘れなかったが。ちょっとくすぐったいけれどその評価は嬉しい。

「俺もその気持ちは少し分かる」

さらりと零した水野さんを振り返れば、意外に目線が近かった。大輔だともう少し見上げる形になる。

「倍の練習をしても追いつけないものもあるからな」

あいつが胴長で水野さんは足が長いと表現してしまえばそれまでだが、彼は私が感じていた以上に男としては小柄だったのだろう。努力の結果体力や筋力はついても、背が伸びたり骨格が急にがっしりしてくることはない。それはもしかすると男故の苦労。

「強い体が欲しい」

拍子を取ったわけでもないのに、二人同時にぼやいてお互いを眺める。水野さんは声を出さずにふっと目を細めた。私もつられて小さく笑う。

「女子の入部はやぶさかではない。ただなまじ男の中にいれば、どうしても今のような悩みはつきない。技術を持っている者なら尚更。そのことは女子軟式野球部の面々にも伝えてある。それでも良いなら歓迎する」

軟式野球部の部員は現在三十五名。そこに廃部になった女子部から六名が入部を表明しているらしい。もちろん練習も毎回全員揃うのは難しく、その都度変則的な方法でやっているのだそうだ。監督はいるが主に主将であり三年生の水野さんが指揮を執っている。

「時に桂は板倉とは長いのか?」

唐突に水野さんが話題を変えた。大輔とのつきあいの期間を指しているのだろう。経緯した時間は五年もあるが、実質共に過ごしたのはたったの六日間だ。

「正確には中学時代の一週間やそこらです」

水野さんはまたゆっくり瞬きを繰り返す。ずいぶん可愛らしい癖だ。

「ではしばらく会ってもいなかったのか。なのにあんなに親しいのか」

「何年分もの価値のある出会いでしたから」

「一体どこで? 中体連か何かか?」

私と大輔を結び付けているものを考えれば当然の発想だ。でも私は首を横に振って否定した。

「今はもう無いであろう、とうもろこし畑です」

心底理解できないという表情で、水野さんは眉間に皺を刻み込んでいた。




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