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とうもろこし畑編
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驚いたことに板倉のお祖父ちゃんは先頭打者ホームランを放った。しかも初球打ち。メンバーから喝采を受けながらベースを回るお祖父ちゃんを余所に、あんぐりと口を開ける小沢のおっちゃんと私。いくら俄かピッチャーとはいえそこは野球経験者。ボールはかなり速かった。
「どれ、一塁の守備に就こうかの」
ホームを踏むなり息切れするのも何のその、板倉のお祖父ちゃんは自分のグローブを手に、二番打者の上福元さんと入れ替わった。ボールが吸い込まれていった空の下で、球拾いに走った外野の大輔の姿が見える。耕していない表面のでこぼこに当たると転がる方向が変わるので、行きつ戻りつしながら追いかけている。正にイレギュラー。
一度もボールを受けていないのに。こんな苦いキャッチャーデビューってある?
「うちの祖父ちゃんは一番普通っぽいけど、あれで結構曲者なんだよ」
半ば呆然としながらホームベースの前で突っ立っていると、小沢のおっちゃんにボールを返しにきた大輔が近づいてきた。
「あんたのお祖父ちゃんにはびっくりしたよ。でも違うの。キャッチャーなの」
私はぎっと大輔を睨んだ。不思議そうに目を瞬く大輔に、少年野球チーム時代の仲間であると共に、年下でありながら私が一目置いている司の存在をさらりと伝える。
「それ、男?」
当然のように頷く私に、何故か大輔は眉を吊り上げた。
「彼氏なわけ?」
「何でよ。まだ小学生なのに」
「小学生…」
ぽろっと洩らした大輔に私は恨みがましく呟いた。
「馬鹿にしたでしょ。でもその辺の中学生なんか目じゃないくらい、小さいのに膨大な練習をこなしている奴なんだからね」
「誤解だ。下手な俺が例え小学生だろうと馬鹿にできるか」
そのとき睨み合っている私と大輔の頭がタイミングよく引っ叩かれた。
「痴話げんかは後でやれ。上福元が打てんだろうが」
マウンドを降りてきた小沢のおっちゃんが不機嫌も顕に怒鳴る。上福元さんはバッターボックスから離れて、素振りをしながら楽しそうに歌を口ずさんでいる。
「答よーりもっと大事なことーは、勇気出して自分を試すことーだ。君は何かができる。誰も何かができる」
また野球アニメの歌かと鼻白んでいたら、今度はセカンドのお祖父ちゃんが腰を擦りながらやってきた。
「ありゃ"キャプテン"だな」
合わせて自身もハミングしている。一瞬呆れかけたけれど歌詞にグッとくるものを感じて、私も初めての曲なのについ聴き入ってしまった。ちゃんと教えてもらって、監督経由で司にメールしてやろう。きっと励まされると思う。
「おのれ余裕をかましやがって。三振に切ってやるわ」
苦虫を噛み潰したような表情を崩さない小沢のおっちゃん。台詞とは裏腹に落ち込んでいるのは、さっきの板倉のお祖父ちゃんのホームランが原因だろう。
「そこでカッカするからピッチャーに向かないんだろ」
からから笑いながらお祖父ちゃんと大輔が定位置に戻ると、上福元さんはようやくバッターボックスに入った。私も腰を下ろしてミットを構える。
「今のいい歌だね」
「そうだろ? 話もいいんだよ。名門中学で二軍の補欠だった主人公が、転校先で努力してキャプテンに選ばれるまでになるというね」
そこで上福元さんがちらっと外野を一瞥してから耳打ちした。
「キャッチボールも上手くできなくて、祖父ちゃんにびしびししごかれていた大輔が、俺の持っていた漫画を読んでこっそり泣いていたのは内緒な」
言い方は茶目っ気たっぷりだったが、上福元さんの眦は優し気に垂れている。きっと陰ながら応援していたんだろう。岸監督と司みたいで笑みが零れる。
「お前もか、上福元。いい加減じゃれてないで投げさせろ」
痺れを切らした小沢のおっちゃんが、怒って予告もなしに直球をぶち込んできた。あっさりカットする上福元さん。
「生意気な」
そう来ないとな、と小沢のおっちゃんがすぐに振りかぶる。真っ直ぐミットを狙ったボールは、キンと音を鳴らして内野に飛ぶ。
「荒木!」
板倉のお祖父ちゃんが声をかけ、セカンドゴロを捌いたお祖父ちゃんが一塁へ送る。ぽてぽて走っていった上福元さんは難なくアウトになった。ワンアウト。
「あちゃー」
ぺろっと舌を出して、お祖父ちゃんと守備を交代する。
「小沢のおっちゃん、三振はどうしたのよ?」
まだボールを一球も受けていない私は、不満たらたらで文句をぶつけた。
「次は荒木だから安心しろ」
「なめんなよ」
バットの先を突きつけて、お祖父ちゃんはピッチャーを威嚇する。格好いいじゃん。
「DHを出すぞ」
でも後がいけない。この人数で誰が指名打者になれるんだ。
「はいはい、こっち!」
突然割り込んだお祖母ちゃんに、全員ーー嘯いたお祖父ちゃんまでがぎょっとなる。
「実はお祖母ちゃん、メジャー並みの選手だったとか?」
「ないない」
孫と夫が唖然としてそんな会話を交わす中、お祖母ちゃんは仁王立ちで雷を落とした。
「何時だと思ってるの! とっくにお昼過ぎてるのよ!」
「どれ、一塁の守備に就こうかの」
ホームを踏むなり息切れするのも何のその、板倉のお祖父ちゃんは自分のグローブを手に、二番打者の上福元さんと入れ替わった。ボールが吸い込まれていった空の下で、球拾いに走った外野の大輔の姿が見える。耕していない表面のでこぼこに当たると転がる方向が変わるので、行きつ戻りつしながら追いかけている。正にイレギュラー。
一度もボールを受けていないのに。こんな苦いキャッチャーデビューってある?
「うちの祖父ちゃんは一番普通っぽいけど、あれで結構曲者なんだよ」
半ば呆然としながらホームベースの前で突っ立っていると、小沢のおっちゃんにボールを返しにきた大輔が近づいてきた。
「あんたのお祖父ちゃんにはびっくりしたよ。でも違うの。キャッチャーなの」
私はぎっと大輔を睨んだ。不思議そうに目を瞬く大輔に、少年野球チーム時代の仲間であると共に、年下でありながら私が一目置いている司の存在をさらりと伝える。
「それ、男?」
当然のように頷く私に、何故か大輔は眉を吊り上げた。
「彼氏なわけ?」
「何でよ。まだ小学生なのに」
「小学生…」
ぽろっと洩らした大輔に私は恨みがましく呟いた。
「馬鹿にしたでしょ。でもその辺の中学生なんか目じゃないくらい、小さいのに膨大な練習をこなしている奴なんだからね」
「誤解だ。下手な俺が例え小学生だろうと馬鹿にできるか」
そのとき睨み合っている私と大輔の頭がタイミングよく引っ叩かれた。
「痴話げんかは後でやれ。上福元が打てんだろうが」
マウンドを降りてきた小沢のおっちゃんが不機嫌も顕に怒鳴る。上福元さんはバッターボックスから離れて、素振りをしながら楽しそうに歌を口ずさんでいる。
「答よーりもっと大事なことーは、勇気出して自分を試すことーだ。君は何かができる。誰も何かができる」
また野球アニメの歌かと鼻白んでいたら、今度はセカンドのお祖父ちゃんが腰を擦りながらやってきた。
「ありゃ"キャプテン"だな」
合わせて自身もハミングしている。一瞬呆れかけたけれど歌詞にグッとくるものを感じて、私も初めての曲なのについ聴き入ってしまった。ちゃんと教えてもらって、監督経由で司にメールしてやろう。きっと励まされると思う。
「おのれ余裕をかましやがって。三振に切ってやるわ」
苦虫を噛み潰したような表情を崩さない小沢のおっちゃん。台詞とは裏腹に落ち込んでいるのは、さっきの板倉のお祖父ちゃんのホームランが原因だろう。
「そこでカッカするからピッチャーに向かないんだろ」
からから笑いながらお祖父ちゃんと大輔が定位置に戻ると、上福元さんはようやくバッターボックスに入った。私も腰を下ろしてミットを構える。
「今のいい歌だね」
「そうだろ? 話もいいんだよ。名門中学で二軍の補欠だった主人公が、転校先で努力してキャプテンに選ばれるまでになるというね」
そこで上福元さんがちらっと外野を一瞥してから耳打ちした。
「キャッチボールも上手くできなくて、祖父ちゃんにびしびししごかれていた大輔が、俺の持っていた漫画を読んでこっそり泣いていたのは内緒な」
言い方は茶目っ気たっぷりだったが、上福元さんの眦は優し気に垂れている。きっと陰ながら応援していたんだろう。岸監督と司みたいで笑みが零れる。
「お前もか、上福元。いい加減じゃれてないで投げさせろ」
痺れを切らした小沢のおっちゃんが、怒って予告もなしに直球をぶち込んできた。あっさりカットする上福元さん。
「生意気な」
そう来ないとな、と小沢のおっちゃんがすぐに振りかぶる。真っ直ぐミットを狙ったボールは、キンと音を鳴らして内野に飛ぶ。
「荒木!」
板倉のお祖父ちゃんが声をかけ、セカンドゴロを捌いたお祖父ちゃんが一塁へ送る。ぽてぽて走っていった上福元さんは難なくアウトになった。ワンアウト。
「あちゃー」
ぺろっと舌を出して、お祖父ちゃんと守備を交代する。
「小沢のおっちゃん、三振はどうしたのよ?」
まだボールを一球も受けていない私は、不満たらたらで文句をぶつけた。
「次は荒木だから安心しろ」
「なめんなよ」
バットの先を突きつけて、お祖父ちゃんはピッチャーを威嚇する。格好いいじゃん。
「DHを出すぞ」
でも後がいけない。この人数で誰が指名打者になれるんだ。
「はいはい、こっち!」
突然割り込んだお祖母ちゃんに、全員ーー嘯いたお祖父ちゃんまでがぎょっとなる。
「実はお祖母ちゃん、メジャー並みの選手だったとか?」
「ないない」
孫と夫が唖然としてそんな会話を交わす中、お祖母ちゃんは仁王立ちで雷を落とした。
「何時だと思ってるの! とっくにお昼過ぎてるのよ!」
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