とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

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とうもろこし畑編

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四日目の早朝。とうもろこし畑で素振りに励む私と大輔を遠巻きに眺めながら、じい様四人組は顔を突き合わせてひそひそ内緒話に時間を費やしていた。朝練に着いてくるから起きている間は、ずっと野球に齧りついていたいのかと思ったらどうも違うらしい。

「文緒は野郎の中にばかりいたから、頭の中が男なんだよ。恋愛ドラマにはまるばあさん連中とは、明らかに一線を画すぞあれは」

内容までは聞こえないが誰の声かは判断がつく。これは小沢のおっちゃん。

「隣に女の子がいるのに、男が平気で眠れると信じているあたり、子供で可愛いじゃない」

次に上福元さん。何だか微笑ましい表情を浮かべている。

「大輔が全く意識されていないことだけは確かだな。ばあさんが荒れそうだ」

そして板倉のお祖父ちゃん。やれやれと肩をすくめている。

「同じく。下手にちょっかいを出してぶち壊さなきゃいいが」

最後にお祖父ちゃん。

「大輔が自覚しているだけに気の毒だな」

何を補足したのやら全員で神妙に頷いている。

一体どんな作戦会議なのか、四人が四人とも全く異なる表情だ。しかも隣で黙々とバットを振る大輔も今日はご機嫌斜めで、おはようと挨拶したきりろくに口もきかない。

大体昨夜も一緒に寝床に戻った後、皆を起こしてはいけないからと、スマホのメモ機能を使って筆談していたのだが、

「どうして俺に相談しない?」

「他の男の前で泣くな」

徐々にエキサイトしてきたのかそんな文言が続き、しまいには昼間届いていていたのを見落としていた、監督のスマホ経由での司からのメールに私が気づいたら、いきなり会話を止めてプイッと背中を向けてしまった。その後は頭を叩こうが肩を突こうがなしの礫だったので、放って私も眠りについたのだ。

そもそも相談も何も、打ち明けるつもりも泣くつもりもなかったし、相手は自分の祖父だ。他の男も糞もあったもんじゃない。大輔の怒りの理由がさっぱり分からない。

ちなみにスマホは大輔は今回の引越しを機に、私の場合は突然走りに行ったりするので、GPS代わりに持たされた。

「大輔、機嫌直してよ。私が悪いことをしたなら謝るから」

せっかく二人で練習をしているのに、二人でなら出来ることがいっぱいあるのに、険悪になっているのは勿体ない。

「一緒にいられるの、あと少しなんだよ? 喧嘩しないでキャッチボールしようよ」

そこで大輔はバットを振る手を止めた。申し訳なさそうに俯く。

「そうだよな、ごめん」

しょんぼりと肩を落とす大輔。私は彼からバットを受け取ってグローブを渡した。

「で、不機嫌の原因は?」

「本当に気づいてないの?」

呆れたように大輔が眉を顰める。私はこてんと首を傾げた。

「全く」

嘘だろと大輔が嘆くと、じい様達も一斉にため息を洩らした。みんなどうしてしまったのだ。




打点王対決は壮絶を極めた、というのは冗談で、私と小沢のおっちゃんのほぼ一騎打ちとなった…という予想も裏切って、トップを独走しているのは何と板倉のお祖父ちゃんだった。上福元さんは元々守備の人で、うちのお祖父ちゃんは打撃を得意としない投手。大輔は昨夜の寝不足がたたって調子が今一つ。

しかもヒットが出ないということは還るランナーもいないので、結果私と小沢のおっちゃんは出塁してもそのまま残塁となり、得点には殆ど結びつかない。よって先頭打者ホームランを放った板倉のお祖父ちゃんに、唯一打点がついているのである。他五名はつまりゼロ。

「こうなったら全員で板倉攻略だ」

地団太踏んで悔しがる小沢のおっちゃんが、またマイルールで暴走を図る。

「荒木、エースが投げろ。ファースト大輔、セカンド俺、外野上福元。そしてキャッチャーは残り物の文緒」

「嫌な言い方するよね、くそじじい」

毒づきながらもお祖父ちゃんのボールを捕ることができて、実はかなり心が躍っている状態の私。小沢のおっちゃんもなかなか粋なことをしてくれる。祖父と孫のバッテリーだなんて。

「四番にそこまで恐れられるとは光栄光栄」

バットを支えに踏ん反り返りながら、板倉のお祖父ちゃんがわざとらしく嘯く。これで一名のみ異様に熱くなること決定。

「よし、上福元。巨人の星を歌え、星は大リーグボールだ」

案の定小沢のおっちゃんが、上福元さんとお祖父ちゃんに作戦を指示する。どうも大リーグボールが登場するのはこのアニメらしい。お祖父ちゃんは俺は荒木だと苦笑しながらぼやいている。

「闘魂こめてもいけるけど?」

これは知っている。確か実在の巨人軍の球団歌。板倉のお祖父ちゃんがアンチ巨人だから、動揺を誘って切り崩すつもりのようだ。せこい、せこすぎるぞ、主将キャプテン小沢。

「お前ら、俺を怒らせたな」

ミットを構えた私の耳に、世にも怖ろしい地獄からの低い声が届く。バットを短く持った板倉のお祖父ちゃんの目は完全に座っている。

「拙いな、これは」

眉を顰めて振りかぶったお祖父ちゃんの予言通り、真っすぐに私に向かってきたボールは、またも受け止めることは叶わず澄んだ空へと飛んでゆく。

「やっぱり。だから煽るなと言うに」

呑気に右肩を解すお祖父ちゃんとは対照的に、地面にグローブを叩きつける小沢のおっちゃん。まるで子供のまま大人になったような人だ。悠々とベースを回る板倉のお祖父ちゃんに、上福元さんは六甲おろしを口ずさむ。そこは外さずに阪神ファンだったのね。

一方私はキャッチャーとしての醍醐味を味わえず、またも不満だけが残る結果となった。これが本当の残り物。あぁじい様ギャグが感染った。



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