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とうもろこし畑編
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五日目の朝がきた。大輔との練習も呼吸が合ってきて、お互い気を使わずに、スムーズに動けるようになった。同じ釜の飯とはよく言ったもので、やはり寝起きを共にしていると、親近感というか仲間意識が湧くらしい。口喧しい小沢のおっちゃんでさえ可愛く見えてくる。
もっとも小沢のおっちゃんの場合は、昨夜お祖母ちゃんから聞いた話で、意外に情熱的な一面を知ってしまったせいかもしれない。
「何だ、お前ら。朝からにやにやしやがって」
起きたときから含み笑いをする私と大輔に、小沢のおっちゃんは不機嫌も顕に吐く。けれど私達にはそれすらも照れ隠しに見えて、ひとりでに口元が緩んでしまうのだ。
「男だよね、おっちゃん。絶対不幸にしないと誓う、なんてさ」
「もしかしたら幸せにするって言われるよりグッとくるかも。人は見かけによらないね」
ひそひそと囁き合う私達の会話を漏れ聞いたのか、万年日焼け顔だという真っ黒い顔を真っ赤にして、小沢のおっちゃんがどやしつけてくる。
「お前ら今日は球場に出入り禁止だからな。練習なら余所でやれ!」
背後でお祖父ちゃん達がくすくす笑う中、私と大輔はボールとグローブを手に、朝食もそこそこに家を出たのだった。とうもろこし畑に行ったからといって、追い出されることはないと分かっていたけれど、せっかくなので今日は大輔が通っていた中学校に足を運んでみることにした。
村人が殆どいないひっそりとした集落を抜け、小高い丘を上ったところに、鉄筋コンクリートの二階建て校舎が姿を現した。一階に三学年の教室があり、二階には美術室や音楽室などの特別教室があるそうだ。年々生徒が減少しているため、現在では空き教室も多いのだとか。
校舎の隣には体育館。それらの前には決して広くはない校庭。野球もサッカーも入り乱れての練習だったらしく、バックネットとサッカーゴールの配置が微妙なら、どちらも錆びてぼろぼろな上に手ずから修復したような跡が窺えた。
フェンスの代わりにぐるりと周囲を囲んでいる桜の木は、まだ蕾も膨らんでおらず、旅立ちの日に花を咲かせてくれる気配はない。もっとも今年はその花を愛でる生徒も先生もいないのだ。
「とうもろこし畑はあの辺だよ」
大輔が校舎の裏手からある一点を指差す。家よりも地面が目立つような状況でも、彼にはそこがどこかちゃんと分かるようで、ゆっくり視点を動かしてゆく。
「こういうのも見納めと言うのかな」
見たくてももう二度と目にすることはできない、水の底に沈んでしまう村。大輔が十四年の日々を刻んだ場所。
「実感ないんだよな」
振り返った大輔はいつも通りの笑顔だった。だから私も頷いて笑った。
「キャッチボールしよ?」
お世辞にも整備が行き届いているとは言い難い、それでも大輔の思い出が詰まった校庭で、私達はただ無言でボールを投げ合った。
昼食の時間に遅れるとお祖母ちゃんに叱られるので、切りのいいところでキャッチボールを終わらせた私と大輔は、帰り道のとうもろこし畑で小沢のおっちゃんを見かけた。しかも一人ではなく、何と奥さんである小沢のお祖母ちゃんと二人である。
「どこに投げてんだ、ちゃんと俺に返せ」
「煩いわね。ちょっと手元が狂っただけじゃない」
お互いに文句を口にしながらも、それは楽しそうにキャッチボールをしていた。
「小沢のお祖母ちゃんも野球するの?」
グローブをはめた姿も、ボールの握り方もぎこちない小沢のお祖母ちゃん。少なくとも慣れている人の動きではない。現におっちゃんが一つ何かするたびに口を挟んでいる。
「知らない。一緒にやってるとこ、初めて見た」
大輔も目を丸くしている。こちらの存在に気づいていないのをいいことに、私達はしばらく二人を眺めていた。
近めの距離で、ボールも相手に合わせてやんわり投げている小沢のおっちゃんに対し、少し怖がっているのか上手く捕らえられなくて、後方に逸らしてしまうお祖母ちゃん。本気で投げ返してもなかなか届かなくて、ボールはおっちゃんのグローブに収まらない。
「ボールから目を離すな。自分にぶつかるぞ」
「分かってるわよ。ほんの少し人より上手いからって偉そうに」
「ほら、逃げるな」
「あれ以来逃げたことなんてないでしょ」
その一言におっちゃんがぴたりと止まった。ようやく真っすぐ飛んできたボールは、容赦なくおっちゃんの肩にぶつかる。鍛えているおかげなのか、さほど痛そうでもないのだが、ワンテンポ遅れておっちゃんが呻いた。
「いってえ」
「ぼさっと突っ立ってるからよ」
笑いながら歩み寄るお祖母ちゃんに、おっちゃんはけっとそっぽを向く。
「汚ねーぞ、この野郎。昨夜といい、今といい」
「何が」
お祖母ちゃんは涼しい顔でとぼけたけれど、更にむくれたおっちゃんの肩に手を当てて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「一緒に頑張ろうね、お父さん」
おおと呟いたおっちゃんの耳がやっぱり赤い。お祖母ちゃんにべた惚れなんだね、今でも。
「なぁ、文緒」
再びキャッチボールを始めた二人から目を離さずに、大輔が私の名前を呼ぶ。
「全然違う所で会うことになっても、またキャッチボールできるよな」
「あたぼうよ」
小沢のおっちゃんを真似て答えたら、大輔は振り向いて上出来! と笑った。
もっとも小沢のおっちゃんの場合は、昨夜お祖母ちゃんから聞いた話で、意外に情熱的な一面を知ってしまったせいかもしれない。
「何だ、お前ら。朝からにやにやしやがって」
起きたときから含み笑いをする私と大輔に、小沢のおっちゃんは不機嫌も顕に吐く。けれど私達にはそれすらも照れ隠しに見えて、ひとりでに口元が緩んでしまうのだ。
「男だよね、おっちゃん。絶対不幸にしないと誓う、なんてさ」
「もしかしたら幸せにするって言われるよりグッとくるかも。人は見かけによらないね」
ひそひそと囁き合う私達の会話を漏れ聞いたのか、万年日焼け顔だという真っ黒い顔を真っ赤にして、小沢のおっちゃんがどやしつけてくる。
「お前ら今日は球場に出入り禁止だからな。練習なら余所でやれ!」
背後でお祖父ちゃん達がくすくす笑う中、私と大輔はボールとグローブを手に、朝食もそこそこに家を出たのだった。とうもろこし畑に行ったからといって、追い出されることはないと分かっていたけれど、せっかくなので今日は大輔が通っていた中学校に足を運んでみることにした。
村人が殆どいないひっそりとした集落を抜け、小高い丘を上ったところに、鉄筋コンクリートの二階建て校舎が姿を現した。一階に三学年の教室があり、二階には美術室や音楽室などの特別教室があるそうだ。年々生徒が減少しているため、現在では空き教室も多いのだとか。
校舎の隣には体育館。それらの前には決して広くはない校庭。野球もサッカーも入り乱れての練習だったらしく、バックネットとサッカーゴールの配置が微妙なら、どちらも錆びてぼろぼろな上に手ずから修復したような跡が窺えた。
フェンスの代わりにぐるりと周囲を囲んでいる桜の木は、まだ蕾も膨らんでおらず、旅立ちの日に花を咲かせてくれる気配はない。もっとも今年はその花を愛でる生徒も先生もいないのだ。
「とうもろこし畑はあの辺だよ」
大輔が校舎の裏手からある一点を指差す。家よりも地面が目立つような状況でも、彼にはそこがどこかちゃんと分かるようで、ゆっくり視点を動かしてゆく。
「こういうのも見納めと言うのかな」
見たくてももう二度と目にすることはできない、水の底に沈んでしまう村。大輔が十四年の日々を刻んだ場所。
「実感ないんだよな」
振り返った大輔はいつも通りの笑顔だった。だから私も頷いて笑った。
「キャッチボールしよ?」
お世辞にも整備が行き届いているとは言い難い、それでも大輔の思い出が詰まった校庭で、私達はただ無言でボールを投げ合った。
昼食の時間に遅れるとお祖母ちゃんに叱られるので、切りのいいところでキャッチボールを終わらせた私と大輔は、帰り道のとうもろこし畑で小沢のおっちゃんを見かけた。しかも一人ではなく、何と奥さんである小沢のお祖母ちゃんと二人である。
「どこに投げてんだ、ちゃんと俺に返せ」
「煩いわね。ちょっと手元が狂っただけじゃない」
お互いに文句を口にしながらも、それは楽しそうにキャッチボールをしていた。
「小沢のお祖母ちゃんも野球するの?」
グローブをはめた姿も、ボールの握り方もぎこちない小沢のお祖母ちゃん。少なくとも慣れている人の動きではない。現におっちゃんが一つ何かするたびに口を挟んでいる。
「知らない。一緒にやってるとこ、初めて見た」
大輔も目を丸くしている。こちらの存在に気づいていないのをいいことに、私達はしばらく二人を眺めていた。
近めの距離で、ボールも相手に合わせてやんわり投げている小沢のおっちゃんに対し、少し怖がっているのか上手く捕らえられなくて、後方に逸らしてしまうお祖母ちゃん。本気で投げ返してもなかなか届かなくて、ボールはおっちゃんのグローブに収まらない。
「ボールから目を離すな。自分にぶつかるぞ」
「分かってるわよ。ほんの少し人より上手いからって偉そうに」
「ほら、逃げるな」
「あれ以来逃げたことなんてないでしょ」
その一言におっちゃんがぴたりと止まった。ようやく真っすぐ飛んできたボールは、容赦なくおっちゃんの肩にぶつかる。鍛えているおかげなのか、さほど痛そうでもないのだが、ワンテンポ遅れておっちゃんが呻いた。
「いってえ」
「ぼさっと突っ立ってるからよ」
笑いながら歩み寄るお祖母ちゃんに、おっちゃんはけっとそっぽを向く。
「汚ねーぞ、この野郎。昨夜といい、今といい」
「何が」
お祖母ちゃんは涼しい顔でとぼけたけれど、更にむくれたおっちゃんの肩に手を当てて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「一緒に頑張ろうね、お父さん」
おおと呟いたおっちゃんの耳がやっぱり赤い。お祖母ちゃんにべた惚れなんだね、今でも。
「なぁ、文緒」
再びキャッチボールを始めた二人から目を離さずに、大輔が私の名前を呼ぶ。
「全然違う所で会うことになっても、またキャッチボールできるよな」
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