お見合い以前

文月 青

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番外編

長女の災難 3

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ようやく悪夢の食事会が終わった。お祝い気分はどこへやら、最後に自分の子供より年下の弟妹ができるんじゃないかと、本気で心配する羽目になろうとは思ってもみなかった。相手も一応大人だ。夫婦生活に口を挟むつもりは毛頭ないが、避妊は忘れずにとだけは念を押してやりたい。

「今日はありがとう、香姉」

レストランを出てすぐに結衣が言った。皆は一旦実家に戻るが、私と修司はここでお暇をすることになっている…いや急遽そう変更した。

「別れたくなったらいつでも連絡して。協力は惜しまないわ」

隣に立つ孝之を一瞥してにっこり笑ってやる。結衣は冗談として受け取ったのだろう。その際はよろしくと頷いたが、馬鹿長男は勘弁しろよと嘆いている。泣け泣け。こっちは百パーセント本気だ。

それにしても孝之がここまで結衣にべた惚れするとは。咲ともちゃんとつきあってはいたのだろうが、元カノの妹で、弟の幼馴染で、お向かいの家の娘とくれば、年齢差も含めて今回はリスクは相当大きかった筈だ。もっとも体の相性が良かったと答えかねないので、絶対理由を訊ねたりはしないが。

「香姉は帰りはどうするの? 旦那さんが迎えにくるの?」

出戻って来い(男の場合もそう言うのだろうか)とぐずぐず粘る母親達を見送り、一気に疲れに見舞われた体を労わるべく、肩や腰をとんとん叩いていると、ホテルの駐車場に車を停めていた修司が訊ねてきた。辺りはすっかり闇に包まれている。

「電車よ」

我が家は実家から一時間ほどの所にある。わざわざ夫に子連れで迎えにきてもらう必要はない。

「じゃ乗ってかない? 送っていくよ」

「いいわよ。駅は目の前だし。あんたは早く奥さんの元に帰りなさい」

修司の自宅はここから約四十分。うちとは近いが送ってもらうと彼が遠回りになる。ありがたい申し出だが、母親達のろくでもないメールの件もあるし、優先すべきは待っている家族だ。

「大丈夫だよ。ちゃんと連絡入れたから」

「でも」

「ほら、行くよ」

当然のように背中を押され、私は結局修司の言葉に甘えることにした。つくづくお互い良い伴侶に恵まれたものだ。




助手席のシートに身を預けて小さく息をつく。考えてみれば修司の車に乗るのは初めてだった。私が結婚して家を出たのは二十三歳のときで、当時修司は運転免許を持たない高校生。富沢・田坂両家の中で唯一母親達に毒されない全うな修司を、実の弟のように可愛がっていた私は、自由になれることを喜ぶ半面、彼を置いていくことだけが心残りだった。だから結婚後も頻繁に連絡を取り合っていたし、私の夫や子供とも家族のように仲がいい。

「こちらは姉のように慕っていると理解しているのに、それでも香と二人きりにならない、会うときは必ず俺が一緒にいるとき。修司君のそういうところが好ましい」

夫が修司を気に入っている理由の一つである。息子の離婚を企てる母親を持っているとは、到底想像できない常識人。なので修司が二年前に結婚してからは、こちらもなるべく会うのを控えていたのだ。彼の家庭に波風を立てる行為はしたくない。

あ、現在二人きりか。まぁこれは成り行きの結果で、わざわざ示し合わせたわけじゃないしな。旦那にもメールで許可を取っているし問題はないだろう。

「どうしたの?」

流れるようにスマートに運転する修司を感慨深く眺めていたら、前方を向いたまま彼が小さな笑いを洩らした。走っているのはラッシュ後のなだらかな道。窓の外には郊外に立つスーパーや飲食店の灯りが煌々としている。

「修司も大人になったんだなぁって」

「淋しい?」

悪戯っぽい口調で訊ねてくる。香姉、香姉と纏わりついていた頃が懐かしい。実際修司も兄である孝之よりも私を頼りにしていた。

「少しはね」

妹である結衣と咲がそれぞれの道を歩んでいるように、当然修司にだって自分の進むべき道がある。どんなに親しくても一生傍にいることはない。

「香姉にはさ。孝兄と結婚する選択肢はあった?」

「ないわ」

「即答だね」

迷わず言い切った私に肩を揺らしつつ、修司はゆっくりとカーブを曲がる。徐々に現れる住宅街に、我が家まであと僅かだと知る。

「急に何よ」

私と孝之は幼少の頃からそりが合わなかった。無視や喧嘩をするような目に見えて不仲だったわけではない。ただどこまで行っても平行線を辿るのだ。似たような環境で育ったのに、お互いの中身がそっくりで近しい間柄の結衣や悟とは違い、考え方もその行動も全く理解できない真逆な状態だと言える。

そもそも孝之の物事を自分中心に考える、能天気で無神経な言動が大嫌いな私。母親達がけしかけようとけしかけまいと、あいつと結婚どころかつきあうことすら絶対ないと断言できた。

「嫌い嫌いも好きのうちって諺もあるし、一度聞いてみたかったんだよ。それより」

一旦言葉を切って修司が真正面を凝視した。目前に迫った借家である戸建ての駐車場に、見慣れた車と男女各一名ずつの姿がある。

洋子ようこさん?」

どうやら修司の奥さんがうちを訪ねてきているらしい。突然の客に夫が困惑した様子で対応している。

「みたいだね」

特に驚きもせずに呟いてから、修司は洋子さんの車の隣に自分のそれを横付けした。私達が一緒に外に降り立った瞬間、洋子さんはふんと鼻を鳴らした。

「ほら、やっぱり二人はできていたんじゃない」




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