とらぶるチョコレート

文月 青

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茂木編 カタツムリの恋

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行動力があるというのか節操がないというのか、えりかは翌日の夕方カタツムリ便の営業所に俺を訪ねてきた。なまじお客様となれば断ることはできない。事情を知っている何人かの従業員は、色めき立って俺を隠すように盾を作ったけれど、彼女は全く意に介さずににっこりと微笑んだ。

「お仕事中すみません、茂木湊はおりますか?」

どうして身内でもないのにその口調。一従業員を訪ねてきた人の台詞じゃないだろう。窓口にいたのは入社して日が浅い人なので、少々お待ち下さいとあっさり請け合ってしまう。

「茂木さん、お客様です」

うん、彼女が悪いんじゃないよ。仕事だからね。むしろ職場に私事を持ち込んでいる俺が一番問題だ。怒りを滲ませる先輩達に頷いて、俺はゆっくりえりかの元に赴いた。

「ご無沙汰しています、立花さん。ここでは仕事の邪魔になりますので、一旦外に出ましょうか」

仕事の邪魔という部分を強調したのに、えりかには全く伝わっていないらしい。

「私も二人きりの方がいいわ。でもどうしてそんなに他人行儀なの? 大人みたいで格好いいけど」

この子は一体幾つのつもりなのだろう。一応自分も社会人なのだから、大人みたいという言い方は如何なものか。内心で大きくため息をつきながら、俺はとにかくえりかを営業所の外に引っ張り出した。

「何の用なの?」

取り繕う必要もないので、さっさと話を済ませてしまおうとぞんざいに訊ねる。

「何だか冷たいよ? 湊。せっかくまたつきあうつもりできたのに」

頭が痛くなってきた。えりかは今でも俺が彼女を好きだと思っているのだろうか。脳内がお花畑過ぎる。俺はあえて制服のカタツムリのプリントを摘まんで見せた。

「えりかは別れるとき何て言った?」

「湊の顔も体も性格も好き」

「それは要らない」

「…カタツムリは恥ずかしい」

自分の台詞をちゃんと憶えてはいるようだ。

「だったら分かるよね? 堂々と営業所に踏み入ってはいけないことは」

まずそこから自分の行いを反省して欲しい。その意思がなくても従業員を侮辱したことに違いはないのだから。

「ごめんなさい。悪かったと思ってる。子供だったの」

謝意は恐ろしいほど感じない。あまりにもあっけらかんとしている。えりかってここまでお馬鹿な子だったかな。多少我儘でも周囲を不快にすることはしなかった筈なのに。同級生から職場で結構ちやほやされていると聞いていたが、もしかしてそれが悪い方向に拍車をかけたか。

「俺、心に決めた女性ひとがいるんだ」

長引かせてしまうと相手の思うつぼになりかねない。下手に小細工しないできちんと事実を伝えた方がいいだろう。

「どんな人なの?」

えりかの眉間に皺が寄った。

「可愛らしい女性だよ」

奈央さんの笑顔を思い浮かべるだけで、自然に口元が緩む。俺って自覚しているよりもずっと、奈央さんが好きなのかもしれない。

「つきあってるの?」

「…まだ」

正直に答えようとしたところで躊躇いが出た。奈央さんの気持ちが上向きになっている今、彼女の存在を突きとめてあれこれ詮索されるのは得策じゃない。

「じゃあまだ私にもチャンスはあるよね」

その自信はどこから来るんだろう。羨ましい。

「私ね、今チョコレートショップで働いているの」

チャンスなんてない、きっぱり断言する前に聞き捨てならないことが耳にこだました。チョコレートショップ?

「ちょっとあって仕事辞めたの。湊は甘い物が好きだったよね。昨年できた専門店、知らない?」

後ろから頭を殴られたような気がした。そこは言わずと知れた、俺が奈央さんに一目惚れした思い出の場所。

「カフェの担当だから、食べに来て? ね?」

そのうち奈央さんを誘って行こうと思っていたが、すくなくともえりかが勤めているうちは絶対無理だ。よりによって何故あの店なんだ…。

じゃあねと明るく手を振って去っていくえりかに、俺は妙な敗北感を味わっていた。



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