とらぶるチョコレート

文月 青

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茂木編 カタツムリの恋

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翌朝目覚めた奈央さんは、これまで見たことがないくらい恥じらっていた。昨夜の余韻に浸るような気だるげな自分に、眩い日差しの中で裸身を晒していることに、隙間なくぴったり密着している俺に。素の女の子に戻ったような奈央さんに、俺は以前あやめさんが見せてくれた写真を思い出した。

ーー店長が作るお菓子とお喋りが大好きな、どちらかといえば女の子らしい子だったの。

長い髪を風になびかせ、可愛いワンピース姿で笑っていた奈央さん。あの頃のように、あの頃以上に、これからもずっと笑っていて欲しい。

「茂木さん、ありがとう」

胸元がくすぐったくなるような囁きが洩れた。腕を緩めて奈央さんの顔を覗くと、どこか甘えた仕草でやだ、見ないでと伏せようとする。距離がぐっと縮まったような気がした。言葉では埋められなかった何かが、奈央さんを取り巻く重い枷を払ってくれたと感じた。

ねぇ、奈央さん。片岡の呪縛は解けましたか? やっと心のまま誰かを想うことができるようになりましたか? 俺はほんの少しでもあなたを救うことができましたか?

「待っててくれたんですよね?」

そっと奈央さんの頭に唇を落とす。

「俺に出会うまで、待っててくれたんですよね?」

何度も頷きながら肩を震わせる奈央さんに、二度とあの笑顔を失くさせないと誓いながら抱き締める俺だった。





「やったな」

翌日出勤するなり背後から橋本さんに呟かれた。できるだけ平静を装って振り返ったつもりだったのに、彼が揶揄う気満々の笑顔で立っていたので、一気に羞恥が蘇った俺は手の平で顔を仰いだ。

「お前は乙女か」

橋本さんが苦笑する。自分でも理由が分からないんだけれど、昨夜のことを思い出すと何故か体が火照って仕方がない。今朝は今朝で奈央さんの作った朝食を食べて、お弁当を渡されて、

「いってらっしゃい」

いつも以上に輝いている奈央さんに見送られて、まるで未来の結婚生活を先取りしたような、容量オーバーの幸せにパンクしそうだ。いやパンクは困るが。

「そんなに良かったのか?」

意味ありげに口の端を上げる橋本さん。

「下世話な想像をしないで下さい」

「することなんてみんな同じだろうが」

「違います。全然違います」

たぶんあんまり奈央さんが恥ずかしがるから感染ってしまったのだ。朝食を作るためにベッドを出るときも、服を着替えるときも、こっちを見ちゃダメ、反対向いててって頑として譲らないから、頭から布団を被っていたのだけれど、

「もう! 茂木さんのエッチ!」

そこは男の性でちょっと布団を避けたら、真っ赤な顔でこんな可愛い反応を返されるんだから、俺もどうしていいか分からない。昨夜もっと凄いことをしているのに、何なのこの初々しさ。つられて俺まで裸を見せるのが照れ臭くなり、いい大人が二人揃ってしばらくもじもじするという妙な状況ができあがった。

「男にこんな顔させるとは。恐るべし、奈央」

半ば呆然としながら橋本さんが俺のほっぺたをぺちぺち叩いた。

「どう考えてもお前の方が初めてって様相だぞ。何なんだよ、気持ち悪い」

「だってあの破壊力は確かに初体験です」

「はぁ?」

やめろ想像したくねー、今日はあの店に集荷に行きたくねーとぼやく橋本さん。

「そこそこ経験のある男に初体験って言わせるって、しかもこんなワンコ相手にあの枯れ女が! 俺今日から女を見る目が変わりそうだ」

「本当に失礼ですね、橋本さん。今朝の奈央さんは朝露を浴びた若葉のようでしたよ」

「がー! だからやめろ。聞きたくねー!」

どうしてなのか今日一日俺と顔を合わせる度、橋本さんは両手で耳を塞いでいた。変なの。





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